【UFC317】展望フライ級世界戦 一点突破のカラフランス×パントージャ、盤石のバック奪取前の打撃戦は??
【写真】 これかマオリの戦闘の神とチャネリングをした結果か。冷たく見下ろすパントージャは雄弁な無表情だ(C)Zuffa/UFC
28日(土・現地時間)、ラスベガス近郊のパラダイスにあるTモバイルアリーナにて、UFC 317「Topuria vs. Oliveira」 が行われる。フェザー級王座を返上したイリャ・トプリアと、元王者のシャーウス・オリヴェイラによるライト級王座決定戦をメインとするこの豪華大会のコメインは、王者アレッシャンドリ・パントージャにカイ・カラフランスが挑むフライ級タイトルマッチだ。
text by Isamu Horiuchi
王者パントージャは、2023年7月にブランドン・モレノとの死闘を判定2-1で制して悲願のフライ級王座奪取に成功。その後12月のブランドン・ロイヴァル戦、昨年5月のスティーブ・アーセグ戦と、さながら挑戦者の如く開始直後から前に出る戦いを5R貫いて防衛に成功すると、昨年12月には初参戦にしてタイトル挑戦という破格の待遇でUFCと契約を果たした朝倉海と対戦した。
一切の無駄を廃して勝利に向かって凄まじい集中力を発揮する王者と、祖先の魂を精神的支柱として戦いに臨む挑戦者
試合前からプロモーションに努める朝倉に「チャンピオンならもっと盛り上げないと」等と挑発されても一切気にかける様子もなく、勝利に全集中して戦いに臨んだ王者は、試合開始10秒で火を吹いた朝倉必殺の跳びヒザにも全く怯むことなく前進。以降は、その跳びヒザのタイミングを関節蹴りで制する冷静さも見せ、試合を優位に進めた。
そして2R。パンチで下がらせてのダブルレッグで朝倉をケージに押し込んだパントージャは、回り込んで脱出を図った朝倉の足を小外で崩して背後に付いた。立ち上がった朝倉がケージ側で守りを固めるも、パントージャは再び朝倉の足を刈ってバランスを崩させ、網から引き離しつつ背中に飛び乗り、前に崩れた朝倉の体を仰向けにさせると同時に四の字フックを完成。
強固に密着して朝倉の動きを封じて左腕で絞めにかかり、さらに右腕での絞めに切り替えてマタレオンへ。朝倉は両手でパントージャの左手を掴んで引き下げるも、パントージャはその左手を右手で掴んで絞め続けて勝負を決めた。
組み付かれてチョークを狙われるまで段階の全てを想定し、万全の対策を講じてきたはずの朝倉に対し、ことごとく「その先」を行き制してみせた王者パントージャ。誰もが知っていた比類なき心の強さに加え、この上なく洗練された各技術と、その精確な遂行を可能とする凄まじき集中力。世界の頂きの果てしない高さを我々日本人に改めて思い知らせてくれる、圧巻の王座防衛だった。
対するカラフランスはニュージーランド出身、その身体には当地の先住民族マオリの血が半分流れている。ハイスクールではクラスで体格が一番小さかったことで標的にされ(本人は学校のトイレでいじめっ子に吊し上げられた記憶を語っている)、護身と自信回復を目的にMMAを始めた。
17歳でプロデビューすると、タイガームエタイジムの奨学金トライアウトに参加して見事合格、地元の大学は中退しプーケットに移住して専業ファイターを進んだ。なお、カラフランスの翌年にはアレクサンダー・ヴォルカノフスキーが、さらにその2年後にはダン・フッカーがこのタイガームエタイジムのトライアウトを勝ち取っている。
プーケットに拠点を置きつつ豪州のMMA団体ケイオズ(KOZ)の王座に就いたカラフランスは、2016年にはTUFシーズン24に出演するも、2回戦でパントージャに判定で敗れている(後述)。同年末にはRIZINで和田竜光と戦い、右を当ててヒザを付かせる場面を作ったもののカーフで前足を効かされ0-3の判定負け。が、その後5連勝して2018年12月にUFCデビューを果たしている。
UFCでは上位勢の壁に跳ね返されがちだったが、2021年から2022年にかけてホジェリオ・ボントリン戦を皮切りに、元バンタム級王者のコディ・ガーブラントの両者を剛腕でKO、さらにランキング2位のアスカル・アスカロフにも判定2-1で競り勝つと、2022年7月に、2年前に一度敗れているブランドン・モレノとの暫定王座決定戦に駒を進めた。3Rにパウンド&ヒジで元王者を出血に追い込む等ペースを掴みかけたカラフランスだったが、左ミドルを効かされ倒れたところに追撃されTKO負けを喫し、人生最大のチャンスを逃した。
2023年6月の次戦ではアミル・アルバジに判定1-2で惜敗した後、昨年8月に(前戦でパントージャ相手に大健闘を見せた)スティーブ・アーセグと対戦。南太平洋フライ級最強決定戦というべきこの試合にてカラフランスは、十八番の右オーバーハンドではなく、右を見せながら右足を前に運んでスイッチしての左オーバーハンドを3度目のトライで炸裂させてダウンを奪い、追撃して仕留めた。
この豪快な1RKO勝利をもって、12月に朝倉を倒してフライ級の独走を続けるパントージャの挑戦権を手中に収めた。
なお、試合後インタビューにてダニエル・コーミエに「なんでフライ級の君がこんなに1RKOを量産できるんだい?」と聞かれたカラフランスは「それは僕がマオリ(ニュージーランドの先住民族)だからだよ!」と答えている。彼は近年「かつてはそれを恥じたこともあった」という自らの出自に改めて立ち返り、祖先の文化を学ぶことの重要性を再認識したと語っているのだ。今回の大一番に向けてもマオリの戦闘前の舞踊ハカの専門家たちをジムに呼んで、共に伝統的な衣装を纏い踊るパフォーマンスを披露している。
曰く、「ハカは僕のtupuna(先祖たち)が戦場に向かう時に行っていたものだ。僕は戦う時に、間違いなく我々の戦争の神であるTūmatauenga (トゥーマタウェンガ )にチャネリング(=その霊を呼び起こすこと)しているよ。僕は戦闘に向かい、敵を狩る。そこに感情はなく、僕の行う全てにおいて、その道ははっきり開けているんだ。僕はマオリのアスリートとして、世界の舞台で戦おうとしている。もし今僕が自らの文化を胸に抱き背負わないとしたら、他に誰がそれをやるんだい?」
かつて自らの出自に苦しみ格闘技と出会った少年は、海を渡り世界を旅して――TUF以前に香港、マレーシア、グアム、台湾、中国で――戦い続けた。そして世界トップクラスの格闘家に成長した現在、体に流れる祖先の血のなかに改めて己のアイデンティティと存在意義を見出し、最高峰に挑もうとしている。
一切の無駄を廃して勝利に向かって凄まじい集中力を発揮する王者と、祖先の魂を精神的支柱として戦いに臨む挑戦者は、戦い方も大きく異なっている。パントージャは無類の心身のタフネスを誇り、強烈な拳と蹴り、レスリングと朝倉戦で見せた足技、さらに天下一品の寝技と全ての面で勝負できるオールラウンダーだ。対するカラフランスは、試合中の動きのほぼ全てを、スタンドで剛腕を炸裂させるという目的に収斂させる「一点突破型」だ。
距離が詰まった時の組みの攻防
挑戦者が戦い方を変えるとは考えにくいので、まず注目したいのは王者がどう出るかだ。ここ数戦はどれも鬼気迫る勢いで、時には顔面で相手の拳を受け止めながら前進して勝利をもぎ取ってきたパントージャだが、軽量級離れした破壊力の拳を持つカラフランス相手にも「被弾上等」を貫くのか。実は王者はモレノとの第2戦等、相手の打撃をよく見て鋭いジャブやカウンターでポイントを取る戦い方も使いこなす器用さと目の良さも持ち併せている。
実際、9年前の両者の初対戦時──世界中のフィーダーショーから同階級の王者を16人集め、UFC王座挑戦権を賭けて戦わせたMMA史上唯一無二のシリーズTUF 24「Tournament of Champions」の2回戦だ──では、1回戦のモレノとの激闘のダメージの残るパントージャはカラフランスとの打ち合いを避けることを選択。初回にテイクダウンからバックを奪ってポイントを取ると、2Rは強打をガードした後、必ず蹴りを打ち返す巧妙な戦い方でスタンドでも試合をリード。大きなダメージを受けることなく判定3-0で勝利を収めている。
今回の再戦に向けてパントージャは「カイ・カラフランスはMMA界のマイク・タイソンみたいなものさ。僕もシャープでなくてはならないよ」と語っている。その剛腕を封じる「シャープさ」とはどのような形を取るのか。朝倉戦のように前に出て先に当てて距離を潰すのか、あるいは9年前の対戦のようによく見て確実に防ぐのか。一つ間違えればたちまちマットに眠らされる恐るべきマオリの拳を王者がどう対処するのか、緊張感溢れる攻防を堪能したい。
また、二人の距離が詰まった時の組みの攻防も興味深い。下馬評では大きく不利を予想されるカラフランスだが、スタイル的には一点突破型の自分の方が有利だと主張している。「向こうは僕をテイクダウンしたいだろうけど、僕を抑えつけるのは難しいよ。僕は速すぎるし、フライ級で一番のテイクダウンディフェンスの持ち主だ」と自信を覗かせる。
9年前の試合でも一度バックを奪われるも凌ぎ、その後は王者のテイクダウンを振り解き続けたカラフランスだけに、説得力がある。しかし我々は前回、同じようにテイクダウン&サブミッションディフェンスに自信を持っていた朝倉を、各段階においてパントージャがことごとく凌駕して圧巻のフィニッシュに持ち込んだシーンを目撃している。一人のカイができなかったことを、もう一人のカイはどこまでやってみせるのか。振り解きたいカラフランスと抑え込みたいパントージャの組みの攻防の中に、日本が世界で勝つためのヒントが隠れている可能性は大きい。
■視聴方法(予定)
6月29日(日・日本時間)
午前8時00分~UFC FIGHT PASS
午後11時~PPV
午前7時 30分~U-NEXT
■UFC317対戦カード
<UFC世界ライト級王座決定戦/5分5R>
イリャ・トプリア(スペイン)
シャーウス・オリヴェイラ(ブラジル)
<UFC世界フライ級選手権試合/5分5R>
[王者] アレッシャンドリ・パントージャ(ブラジル)
[挑戦者] カイ・カラフランス(ニュージーランド)
<フライ級/5分3R>
ブランドン・ロイヴァル(米国)
ジョシュア・ヴァン(ミャンマー)
<ライト級/5分3R>
べニール・ダリューシュ(米国)
ハナト・モイカノ(ブラジル)
<バンタム級/5分3R>
ペイトン・タルボルト(米国)
フィリッピ・リマ(ブラジル)
<ミドル級/5分3R>
ジャック・ヘルマンソン(スウェーデン)
グレゴリー・ホドリゲス(ブラジル)
<フェザー級/5分3R>
ハイダー・アミル(米国)
ホセ・デルガド(米国)
<女子フライ級/5分3R>
ヴィヴィアニ・アロージョ(ブラジル)
トレイシー・コーテズ(米国)
<ライト級/5分3R>
テランス・マッキニー(米国)
スラヴァ・ボルシェフ(ロシア)
<ウェルター級/5分3R>
ニコ・プライス(米国)
ジェイコブ・スミス(米国)
<ヘビー級/5分3R>
ジャナタ・スミス(ブラジル)
アルヴィン・ヘインズ(米国)