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【UFC328】展望 憎悪が増幅。TDコントロール&RNCのチマエフ×ジャブ&位置取りのストリックランド

【写真】現地時間7日の記者会見でも、当然のように一触即発の場面が(C)Zuffa/UFC

9日(土・現地時間)、米国ニュージャージー州ニューアークのプルデンシャル・センターにて UFC328「Chimaev vs Strickland」が開催される。ジョシュア・ヴァンに平良達郎が挑戦するフライ級タイトルマッチをコメインとするこの大会のメインイベントは、新王者カムザット・チマエフにショーン・ストリックランドが挑戦するミドル級タイトル戦だ。
Text by Isamu Horiuchi

チマエフは、プロとして15戦全勝12フィニッシュ。比類なきテイクダウン力とコントロール力、そして極めをもって一方的に攻撃しての勝利を重ねており、新王者にして「同階級にもはや敵なし」と言われるほどの存在だ。

その恐るべき強さから、UFCデビュー後すぐに将来の王者候補と目されてきたチマエフだったが、2022年の9月にケヴィン・ホランドに完勝した後は米国入国ビザが下りず、年に1度、移住先のUAEのアブダビ大会で試合するのみの時期が2年間も続いた。

これは出身地であるチェチェン共和国の首長にして「独裁者」と称されるラムザン・カディロフ──米国当局からは人権侵害に関与したとして入国禁止の制裁対象とされている──とチマエフがごく親しい間柄であることが原因だと報道されている。

(C)Zuffa/UFC

かくして2024年10月のアブダビ大会では、チマエフは元王者のロバート・ウィティカーと対戦。あっという間にテイクダウンに成功してバックを奪うと、エスケープを試みるウィティカーの動きをことごとく封じて有利なポジションをキープ。そして1R3分半のところでRNCグリップを作って絞めあげ、歴戦の勇者が一瞬でタップした。ウィティカーの下の前歯が数本が歯茎の骨ごと内側にめり込みへし折れるという、途轍もない極め力をチマエフは見せつけたのだった。


ストリックランドが排外主義的&ゲイ蔑視的な要素を組み込んで口撃を加速

(C)Zuffa/UFC

2025年、ようやくビザ問題が解決し(昨年1月に発足したドナルド・トランプ政権とUFCが蜜月関係にあることが大きいと言われている)、8月にシカゴにて満を持して王者ドリキュス・デュプレッシーへの挑戦が実現した。「未経験の長期戦に持ち込まれたらスタミナ的に不利なのでは」との予想が多く聞かれるなか、チマエフは初回から4Rまで全て開始30秒以内にテイクダウンを奪っては抑え込み、スタミナを切らすことなく王者を削り続けた。

5Rも優位に進めたチマエフは、(場の空気を読んだ?)レフェリーの恣意的なブレイクにもめげず、最後も上を取り返して終了。三者とも50-44という圧勝で王座戴冠を果たした。

(C)Zuffa/UFC

対するストリックランドは、プロMMA30勝7敗。数限りないスパーリングで磨き上げた自己流L字ガードとジャブを主武器に、数々の敗戦を乗り越え叩き上げでランキングを登ってきた。2023年9月、当時の絶対王者イスラエル・アデサニャに挑戦。1Rに強引に距離を詰めての右でダウンを奪うと、巧みなディフェンスでその後の反撃も許さずに判定3-0で完勝。

(C)Zuffa/UFC

打撃の洗練度を窮めて立ち技格闘技でも頂点を取った王者を、身勝手流ボクシングで制圧するという衝撃の番狂わせで王座に就いた。

その後2024年1月にデュプレッシーに1-2で惜敗して王座転落すると、約1年後に実現したリマッチでも打撃でペースを握られ、王座奪還に失敗した。

(C)Zuffa/UFC

が、今年の2月にはランキング4位にして8連勝中のアンソニー・ヘルナンデスと対戦。不利が予想されるなか、ストリックランドはヘルナンデスのプレッシャーを巧みに距離を取って捌き、テイクダウンも許さずに十八番のジャブを面白いように当てて完全にペースを握った。

そして3R。強烈なヒザをボディにめり込ませたストリックランドは、効いたと見るやすかさず左右のフックとアッパーの猛ラッシュをかけ、見事TKOに仕留めてみせた。この勝利を受けてUFCは──現在5連勝中で戦績的にはよりタイトル挑戦に相応しいと思われるナソーディン・イマボフではなく──ストリックランドに3度目の王座挑戦の機会を与えたのだった。

この決定が、寡黙なロシア系フランス人のイマボフより、ポリティカル・コレクトネスを一切気にかけない「アメリカ人男性の本音」を独特のダミ声でがなり立てる米国人ストリックランドの方がより数字を稼げる、というビジネス的な動機によるものであることを疑う者は少ないだろう。

実際ストリックランドとチマエフの間には数年来の遺恨があり、さらにストリックランドが排外主義的&ゲイ蔑視的な要素(彼の発言をフォローしている者からすればごく馴染み深いものだ)を組み込んで口撃を加速させていることで、他の試合にはない緊張感が生まれている。

両者の因縁は2021年の後半から2022年にかけて、ストリックランドが拠点とするラスベガスのエクストリーム・クートゥアにチマエフが練習に訪れていたことに遡る。チマエフと肌を合わせたストリックランドは、練習で何度もタップを取られたことを認めてその強さを称えつつも、「俺は、柔術で相手に抱きついて自分の○○○を相手の顔に押し付けるような真似はしねえんだよ。俺がやるのは男のダンス(殴り合い)だ」と冗談交じりながらも自分の優位性を主張していた。

その後チマエフが当時の居住国のスウェーデンに帰国すると、ストリックランドは「奴は心の弱い野郎だ。練習でもっぱら自分より小さくて弱い相手を選び、ボコボコにして大威張りで帰る」と攻撃を開始。対するチマエフも「僕はパートナーをいじめたりしないよ。ただハードに練習するだけだ。ショーンのことも何度もタップさせた。それが気に入らなかったんだろうね」と(静かに微笑みながら)言い返すようになった。

この関係悪化の裏には「自分が他のチェチェン出身選手に関するジョークを言ったら、それを耳にしたチマエフが勘違いして激怒した」(ストリックランド)、「練習でお互いヒートアップした翌日、自分に襲われるのではと恐れたストリックランドが銃を持ってジムを歩き回っていた」(チマエフ)等とさまざまな話があるようだ。

(C)Zuffa/UFC

やがてストリックランドは「あんな低俗な人間は見たことがねえ。尊厳など何も持ち合わせていない。奴はそもそも(出身国の)チェチェンから逃げてきた。無差別に人を殺す独裁者のせいでな。でもその後、奴はチェチェンに戻った。誰かさん(首長のラムザン・カディロフ)がGワゴン(メルセデス・ベンツの高級車)を買ってくれるからだ。『僕は喜んであなたの娼婦になりますよ! あなたに跪きます。Gワゴン、最高です!』ってな」

(C)Zuffa/UFC

「でもでもそのうち繋がれた首輪があまりにキツくなった。米国政府がそいつ(カディロフ)をテロリストとして指定した。なぜか分かるか? チェチェンでは人が殺されて、人権など無視だからだ。それでチマエフは恐れおののき、たまらずまだどこか(UAE)に逃げ出しやがったんだよ」と、通常選手同士があえて触れないような政治的事情に一切の躊躇も容赦もなく言及――口撃を続けた。

幼少時に過酷な体験を経て、成人してからも精神の不安定さを漂わせている点では共通

さらに「奴はコロナの感染症で一度引退したんだぞ。なあ、ただの風邪で引退する選手が他にどこにいる? それほどの臆病者だってことだ。実際に(スパーでボコボコにして)奴を引退させたのは俺だけどな」との放言も。チマエフがかつてコロナによる合併症に苦しみ、バスルームに吐血した写真を投稿するとともに引退宣言したのは事実だが、ストリックランドとの練習はチマエフの復帰決定後、そして復帰後に行われていたので最後の発言は単なるブラフだ。

このように歯に衣着せぬ言論で対立図式を作ったストリックランドは、ヘルナンデス戦で会心のTKO勝利の直後にも「次はあのチェチェンの娼婦をぶちのめしてえんだけどな!」とチマエフに言及。タイトル挑戦を引き寄せてみせた。

この両者、事情は大きく異なるが、幼少時に過酷な体験を経て、成人してからも精神の不安定さを漂わせている点では共通している。笑顔での放言が通常運転のストリックランドだが、以前デュプレッシーに過去の虐待体験をからかわれた時には一瞬で頭に血を上らせ、後に殺害予告じみたDMまで送りつけた過去がある。チマエフも、近年こそ落ち着いた様子で静かに微笑み話す様子がお馴染みだ。が、かつては試合中に相手をリフトして「全員ぶっ潰してやる!」と叫んでから叩きつける等、尋常ではない破壊衝動を心に秘めていることが伺われた。

そんな危なっかしい二人による因縁の対決とあって、注目度はいつに増して高い。ちなみに筆者はこの記事を執筆際、いつものように対戦する両者の名前で関連動画の検索をかけた。すると(実際は行われてもいない)計量時のフェイスオフ等で、両者が素手で殴り合っているフェイク写真のサムネイルとともに、「チマエフ、ストリックランドを襲撃!」(あるいはその逆)等のタイトルが添えられている釣り動画(英語ではclick bait=クリックを誘うための釣り餌と呼ばれる)が今までになく大量に湧いてきた。

昨今AIによるフェイク画像の生成がますます容易になったためというのもあるだろうが、ケージ外でのルールを超えた危険な戦いへの期待が大衆の心のどこかにあるとされていることの裏付けでもあるだろう。

ちなみに今回UFCは、試合前の乱闘騒ぎの勃発を防ぐために、両者のホテルを別々にする、通常のセキュリティ体制に加えて、地元の警察に更なる両陣営の監視を頼む、予定されていたフェイスオフを禁止する等の措置を講じている。

(C)Zuffa/UFC

かくも危険な匂いが漂うこの試合だが、下馬評は圧倒的にチマエフが有利だ。言うまでもなく勝敗の一番の鍵は、今まで全ての試合(打撃で秒殺KO時以外)で相手を制圧しているチマエフのテイクダウン&コントロールを、ストリックランドがどれだけ凌げるか。ストリックランドがデュプレッシーとの第1戦で幾度となくテイクダウンを許したこと、チマエフがそのデュプレッシーから5R通して好き放題にテイクダウンを奪ったことを考えると、この試合もチマエフが早々に倒してコントロールする一方的なものとなる可能性が高いのは否めない。

チマエフもまた「昔一緒に練習した時は、僕は何度も彼からテイクダウンを奪ってタップを取ったよ。彼は当時から大して変わってないだろうし、今回も同じことだ」と静かに自信を覗かせる。

「初回ストリックランドが2、3回立ち上がることに成功したら、その後は汗と疲労でチマエフは楽な戦いではなくなる」(デュプレッシー)

ただし、ストリックランドはデュプレッシーにテイクダウンを奪われはしたものの、その度に抑え込まれず立ち上がっていることも事実だ。そのことに注意を促すのは、他ならぬデュプレッシー本人だ。「僕はショーンをテイクダウンはしたけど、彼を抑え込めたのかってことさ」と語る王者は、「ストリックランドの立ち上がる能力、そこで使う技術、持っている力は身体的な面ではカムザットを大きく上回るんだよ」と続ける。

(C)Zuffa/UFC

よって、まずは初回に注目だと元王者は語る。「もし初回ストリックランドが2、3回立ち上がることに成功したら、その後は(チマエフにとって)汗と疲労で楽な戦いではなくなるよ。ストリックランドのスタミナは証明済みだからね。そしてカムザットがストリックランドのゲームを戦わなくてはならなくなったら、彼のチャンスは少ないと思うよ。カムザットの打撃は強いけど、恐ろしく強いわけじゃない。そしてその動きは分かり易い。彼がテイクダウンに来るのは分かるんだよ」

果たして挑戦者は、誰をも制圧してきたチマエフの抑え込みから逃れることができるのか? ストリックランドのヘッドコーチのエリック・ニックシックは、チマエフの恐るべきコントロール力を以下のように分析している。

「カムザットは自分のルート(道筋)において非常に長けているんだ。一つ優位なポジションを取ると、(そこに留まってパウンドでダメージを与えて)次のポジションへの移行を相手に強制する。相手が次に進むことのできる道を前もって熟知していて、その先を行くんだ。きわめてシステマティックなんだよ。こちらとしてはそこがパズルだ。どうやってカムザットに何度もやり直しを矯正するかだ」

限られた道筋のみを相手に提示した上で、常に先をゆくチマエフ。ストリックランドはそこを強行突破し、強引に自分の道を切り拓いて立ち上がるフィジカルと技術を持っているのか。場外乱闘の可能性が取り沙汰され、実際の戦いでは王者の圧勝が予想されるこの対決だが、ケージ内で世界最高峰の凌ぎ合いが見られる可能性は、確かに存在する。

■視聴方法(予定)
5月10日(日・日本時間)
午前6時00分~UFC FIGHT PASS
午前5時30分~U-NEXT


■UFC328対戦カード

<UFC世界ミドル級選手権試合/5分5R>
[王者]カムザット・チマエフ(UAE)
[挑戦者]ショーン・ストリックランド(米国)

<UFC世界フライ級選手権試合/5分5R>
[王者]ジョシュア・ヴァン(米国)
[挑戦者]平良達郎(日本)

<ヘビー級/5分3R>
アレキサンダー・ヴォルコフ(ロシア)
ワルド・コルテスアコスタ(ドミニカ)

<ライト級/5分3R>
ドリュー・ドパー(米国)
マイケル・ジョンソン(米国)

<ウェルター級/5分3R>
ショーン・ブレディ(米国)
ジョアキン・バックリー(米国)

<ライト級/5分3R>
キング・グリーン(米国)
ジャレミー・スティーブンス(米国)

<ミドル級/5分3R>
アテバ・グーティエ(カメルーン)
オジー・ディアス(米国)

<ウェルター級/5分3R>
ヨエル・アルバレス(スペイン)
ヤーソラフ・アモソフ(ウクライナ)

<ライト級/5分3R>
グラント・ドーソン(米国)
マテウス・レンベツキ(ポーランド)

<ライト級/5分3R>
ジム・ミラー(米国)
ジャレッド・ゴードン(米国)

<ミドル級/5分3R>
ローマン・コピロフ(ロシア)
マルコ・トゥーリオ(ブラジル)

<フェザー級/5分3R>
パット・サバティーニ(米国)
ウィリアム・ゴミス(フランス)

<ミドル級/5分3R>
ベイサングル・ススルカエフ(ロシア)
ジジョルデン・サントス(ブラジル)

<フライ級/5分3R>
クレイトン・カーペンター(米国)
ホセ・オチョア(ペルー)

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