【UFC322】展望 世界ウェルター級選手権試合 豪&打のマダレナ×ダゲスタン・グラップラー=マカチェフ
【写真】この惑星で一番のウェルター級の戦いが見られることは間違いない (C)Zuffa/UFC & MMAPLANET
15日(土・現地時間)、ニューヨーク州ニューヨークのマジソンスクエアガーデンにて、UFC 322「Della Maddalena vs Makhachev」 が行われる。ヴァレンチーナ・シェフチェンコの女子フライ級王座に、女子ストロー級王座を返上したジャン・ウェイリが挑む女子軽量級頂上対決をコメインとする今大会のメインイベントは、男子中量級の頂上決戦──ウェルター級新王者ジャック・デラ・マダレナに、イスラム・マカチェフがライト級王座を返上して挑む大一番だ。
Text by Isamu Horiuichi
豪州出身の王者デラ・マダレナ(以下JDM)は、14歳の頃から始めたボクシングを主武器に、2022年1月のUFCデビュー以来8連勝中だ。昨年3月にジルベウト・ドゥリーニョ・バーンズの組技を凌ぎきり、3Rにカウンターの右ヒザをクリーンヒットさせ鮮烈なKO勝利でコンテンダーの座に駆け上がった。
そして今年5月にウェルター級王者ベラル・モハメッドに挑戦。序盤立ち技主体で攻めてくるモハメッドに対して伸びるジャブを中心にプレッシャーをかけ、テイクダウンを許さず主導権を握った。終盤鬼気迫る勢いで距離を詰めてきたモハメッドにバックを許し、テイクダウンを奪われる場面もあったマダレナだが、その度に凌いで立ち上がる。そして劣らぬ殺気と気迫で前進しパンチのラッシュで大反撃に出て、UFC史上屈指の激闘となった最終Rを制して王座に輝いた。
イスラム・マカチェフ=次元の違うグラップリング力
対するマカチェフは、長年パウンド・フォー・パウンド(PFP)トップ2の座を譲らない元ライト級絶対王者だ。UFCで実に10連勝を達成した後、2022年10月にシャーウス・オリヴェイラとの王座決定戦を2R肩固めで制し、兄貴分のカビブ・ヌルマゴメドフが保持していたライト級ベルトを戴冠した。
敵地豪州に乗り込んだ初戦は5Rの激闘を僅差の判定で制し、2戦目は左ハイをヒットさせて初回KO勝ち収めている。世界最強のMMAグラップラーが、世界最高峰のMMAストライカーを打撃で葬るという衝撃的な結末をもって、マカチェフは誰もが認める全MMAファイターの頂点の座に就いた。
昨年10月には、キャリア最後の世界挑戦と決めて挑んできたダスティン・ポイエーと対戦。金網に詰められないことを徹底し粘り強く戦う挑戦者に対して、打撃でも互角に渡り合った。そして最終R、オクタゴン中央でシングルを仕掛けたマカチェフは、掴んだ左足を大きく旋回させるように引き付けて体勢を崩すことに成功。がぶってからのダースチョークでタップを奪った。得意パターンを対策してきた相手のさらに上をゆく、見事な「奥の手」を披露してのフィニッシュだった。
今年の1月には最強の挑戦者アルマン・ツァルキャンとの一戦が予定されていたマカチェフだが、前日になってツァルキャンが背中の負傷で欠場し、(当日別の試合が組まれていた)ランキング10位のヘナート・モイカノに挑戦者が変更されたことが発表された。急遽実現したこの試合で、初回にカウンターの左右のフックを貰い尻餅をつかされたマカチェフだが、すぐに体勢を立て直してテイクダウンを奪取。スクランブルを試みた挑戦者をがぶって瞬時にダースチョークを極めてしまい、改めて次元の違うグラップリング力を見せつけた。
試合のたびに底知れぬ強さを発揮する絶対王者は、かねてからウェルター級に上げての二階級制覇に興味を示していた。しかし練習仲間のモハメッドが同級王座に君臨していたため、ライト級に留まっていた。その状況が、今年5月にモハメッドがJDMに敗れて王座転落したことで変わった。マカチェフは正式にベルトを返上し、ウェルター新王者JDMへの挑戦が実現することとなった。
「もうライト級でやるべきことは全て成し遂げた。重要なのは金じゃない。レガシーのために戦うんだ」と語るマカチェフ。もしこの試合に勝利すれば、史上11人目(男子では10人目)のUFC二階級制覇、特にライト&ウェルター級制覇はBJペン以来二人目となる。
これはマカチェフの兄貴分にしてMMA史上最も偉大な戦士とされるカビブ・ヌルマゴメドフすら成し遂げなかった偉業だ。そこでこの試合を、カビブをも凌駕するGOAT(Greatest of All Time)の座にマカチェフが挑む試合、と捉える向きもある。しかし、そのような「カビブ超え」のナラティブを誰よりも強く否定するのはマカチェフ本人だ。
曰く「僕にカビブより多く防衛したいか、とか聞いてくる連中がいるけど、馬鹿げた質問だよ。カビブは兄弟だ。自分の記録を僕に破られたくない、とか考えるわけがない。二カ月にも渡って家族にも会わず、僕らチームを支えてくれているんだ。チームに新王者を誕生させることは、カビブの夢でもあるんだ。だから彼の業績を超えたいかとか、そういう質問には答えたくないね」。
かくも強固な両者の絆を鑑みるに、この試合はマカチェフ個人の戦いというより、故アブドゥルマナプ・ヌルマゴメドフの導きによりUFCの頂点に立ち、故郷ダゲスタンの名を世界に轟かせた二人の兄弟弟子=カビブとマカチェフが力を合わせて挑む戦い──師の遺志を継いだ彼らが、ダゲスタン・ファイターズのさらなるレガシーを格闘技史に刻まんとする試合なのだろう。
相応しい実力を証明する絶好の機会=JDM
対照的にJDMは、前述のバーンズ、モハメッド以外にはまだビッグネームを倒しておらず、レジェンドへの道を歩み始めたばかりの新王者だ。前回の王座挑戦自体が第一コンテンダーのシャクハト・ラクモノフの長期欠場を受けて実現した面があり、また試合ではモハメッドが自称「カネロばりの拳」の威力を証明しようと必要以上に立ち技で挑んで来る等、運も味方した上での戴冠と取ることもできる。
そんな新王者にとってマカチェフとの一戦は、王座に相応しい実力を証明する絶好の機会と言える。
「(減量に苦しんでいた)イスラムにとっても、階級アップはいい判断だと思う。当日はベスト・イスラムが現れると考えているよ。ただ、階級を上げるタイミングが悪い。今は僕が王者だからね」と穏やかな口調で語る新王者は、いつも通り静かな自信を覗かせている。
「ラグビーの方がサンボよりMMAのバックグラウンドとしてはるかに優れている」(クレイグ・ジョーンズ)
挑発合戦を好まない両雄によるこの大一番。そんな清い世界最強決定戦に、少々の遺恨テイストと興味深い視点を加えてくれるのが、DMと同郷であり組技指導に当たるクレイグ・ジョーンズの存在だ。世界最強の重量級組技師の一人にして、進化するノーギ・グラップリングの最先端をゆく──同時に業界屈指のジョークスターにしてコミカルトラッシュトーカーでもある──ジョーンズは2023年、マカチェフのライト級王座に挑んだヴォルカノフスキーのコーチを担当し、対策を授けた。
迎えた2月の第1戦。ヴォルカノフスキーはマカチェフの序盤の攻勢を見事に凌ぐと、ラウンドを経るごとに強さを増してゆく。結局僅差の判定で敗れたものの、終盤は疲弊したマカチェフを組み伏せる場面まで作り世界を驚嘆させた。
この結果を受けて動画をアップしたジョーンズは、得意満面の表情で「分かっただろ! (マカチェフたちが用いる)サンボはフェイクだと言うことがな!」、「みんなダゲスタンの連中に恐れ慄いているけど、このたった一人の豪州人(=自分)があっさりその秘密を解析しちまったというわけだ!」、「イスラムは相手を抑え込むことについてはすごく強い。でもその分野で一番優れているのは米国のフォークスタイルレスリングであって、ダゲスタンの連中のフリースタイルレスリングではない。さらにサンボはグラップリングとしては我々柔術より遥かに劣っているんだ」、「俺たちはヴォルクがイスラムに倒されても、背中を向けて立つことができると分かっていたし、実際そうなった。ヴォルクはあの試合で、ラグビーの方がサンボよりMMAのバックグラウンドとしてはるかに優れていることを証明したな!」と言いたい放題。
無茶苦茶な煽り方をしながらも、実際にUFCで猛威を振い続けるダゲスタン勢の攻略の糸口を示したことで、大いに存在感をアピールした。8カ月後のの再戦でヴォルカノフスキーはマカチェフのハイに初回であえなく沈んでしまったのだが、この際にもジョーンズは「今回はグラップリングの展開が一切なかったからな! 俺はこの敗戦の責任の全てをチームの打撃コーチに押し付けて、初戦における功績だけありがたく受け取ることにするよ!」と流石の受け答えを披露している。
そのジョーンズ、2024年にMMA界では鳴りを潜めていた(もっとも、8月に優勝者に賞金1億6千万円という前代未聞のグラップリング大会「クレイグ・ジョーンズ・インビテーショナル」を開催し、ADCC世界大会にぶつけるなど世界のグラップリング業界の勢力図を揺るがすような大仕事をした)が、今年の5月に再び「打倒ダゲスタン」の野望に向けて動き出す。ダゲスタン勢の練習仲間であるモハメッドに挑戦するJDMのチームに加わり組技対策を伝授し、試合当日もセコンドに加わったのだ。
果たしてこの試合でJDMは、飛躍的なテイクダウンディフェンスの向上を見せ、下になっても腰で跳ね上げ距離を作り立ち上がることに成功、見事に王座奪取に成功した。戴冠直後に新王者は「クレイグには本当に助けてもらったよ。僕の組技の特性を見極めた上で、役に立つ改善点をいろいろと指導してくれたんだ」と語り、ジョーンズ直伝の対策の有効性を証言した。
そして今回、ジョーンズは早期からJDMのキャンプに参加。現在のダゲスタン軍団の大将と言えるマカチェフ打倒に向けて指導を重ねている。具体的な対策に関しては多くの言葉を漏らさないJDMだが、「ジョーンズが授ける打倒ダゲスタンの青写真」について尋ねられた際には「試合でそれが効果を発揮すると確信しているよ」と笑って返答している。
「俺はダゲスタン・システムの正体を見切ったぜ! まあたいしたもんじゃない。俺らの柔術に存在するシステムに比べたらな」とうそぶくジョーンズ。「カビブとグラップリングで戦ったら、下からバギーチョークで極めるよ。奴はタップしないだろうから眠ることになるな!」と放言したこともある。
もちろん自らの敗戦等も含め、全てを冗談の対象としてしまうこの稀代のジョーカーの言葉の全てを真に受けることはできない。実際ジョーンズの存在について問われたマカチェフも「一人のコーチがたかが一度や二度キャンプに参加したからって、選手の実力がすぐに変わるはずがないだろう」と、きわめて常識的な見解でその影響を一笑に付している。
しかし、近年における世界のMMAにおいて、ヌルマゴメドフ一派が打倒不可能とも思えるほどの際立った強さを見せ続けている事実──カビブは2020年10月に29戦無敗で王者のまま引退し、マカチェフも2016年から15連勝中──を考えると、この試合におけるジョーンズの存在はやはり興味深い。
真のトップレベルの戦いでヌルマゴメドフ軍のファイター達。現状そんな彼らを倒したのは、今年の1月にウマル・ヌルマゴメドフの挑戦を退けたバンタム級王者マラブ・デヴァリシビリのみ。ただしそれは、人間離れしたスタミナをもってノンストップでテイクダウンを仕掛け続け相手を疲弊させるという、何人(なんぴと)たりとも真似のできない戦い方を実践しての勝利だった。
最高峰のストライキングとグラップリングの凌ぎ合い
では、ストライキング主体のMMAファイターが、超一流ダゲスタングラップラーを凌駕することは可能なのか?
その鍵は、競技柔術家を名乗るジョーンズの手にあるのか?
思えば30年以上前、UFCの地は柔術が圧倒的な有効性を示すことで開闢した。やがてレスリングや打撃に覇権を奪われた柔術は、世界中に愛好者を持つ(ギあり&なしの)競技スポーツとして目覚ましい発展と、著しい技術的進化を遂げた。そんな打撃を前提としない競技柔術の最先端を征くジョーンズが、現在の──こちらも年々凄まじい進化を続ける──MMAにおける有効な鍛錬法&戦闘技術のパワーバランスを塗り替えるのに一役買うとしたら、なんとも奇妙かつ予測不可能な歴史の展開ではないか。
かくも壮大なる(?)テーマをも内包したこの大一番。勝敗の行方を大きく左右するのは序盤の攻防だろう。もしJDMが序盤からマカチェフにテイクダウンかバックテイクからのコントロールを許してしまうなら、たとえ極めは凌いでもスタミナを奪われ、その後も苦しい戦いを余儀なくされるだろう。
モハメッド戦の序盤にてJDMは、王者が挑んできた打撃の攻防で優位に立った。そして組まれるたびに巧みに右腕を差し込んで距離を作り半身の体勢を取って倒されず、やがて振り解くことに成功していた。が、マカチェフは打撃も用いてより執拗に組み付き、JDMを金網側に追い詰めに来るだろう。百戦錬磨のマカチェフにそれを許さない拳の圧力を、JDMは見せることはできるのか。
またモハメッド戦で多用した半身の防御は、必然的にバックを奪われる可能性を孕む。それをも許さない、あるいは背中を取られても寝技に持ち込まれずに振り解く術を、JDMは披露することはできるのか。これまでの試合では倒されても動き続けて距離を作り、立ち上がることに成功してきたJDM。ジョーンズの助力も経て、マカチェフの抑え込みから逃れる方法をも習得しているのか。
「イスラムは打撃も上手く、ただのグラップラーだとは思っていないよ。でも打撃の攻防になったら僕が有利だ。疲弊させその心をブレイクし、MSGの大舞台でフィニッシュするよ」と語るJDMと、「ジャックは打撃では世界でベストの一人だ。でも僕は彼をテイクダウンして疲弊させ、やがてフィニッシュできると思っているよ」と語るマカチェフ。最高峰のストライキングとグラップリングの凌ぎ合い、そこに柔術ジョーカーによるスパイスも加わった大一番を、堪能したい。
■視聴方法(予定)
11月16日(日・日本時間)
午前8時00分~UFC FIGHT PASS
午後12時0分~PPV
午後7時30分~U-NEXT
■UFC322対戦カード
<UFC世界ウェルター級選手権試合/5分5R>
[王者] ジャック・デラ・マダレナ(豪州)
[挑戦者] イスラム・マカチェフ(ロシア)
<UFC世界女子フライ級選手権試合/5分5R>
[王者] ヴァレンチーナ・シェフチェンコ(キルギス)
[挑戦者] ジャン・ウェイリ(中国)
<ウェルター級/5分3R>
ショーン・ブレディ(米国)
マイケル・モラレス(エクアドル)
<ウェルター級/5分3R>
レオン・エドワース(英国)
カルロス・プラチス(ブラジル)
<ライト級/5分3R>
べニール・ダリューシュ(米国)
ベノワ・サンドニ(フランス)
<ミドル級/5分3R>
ボー・ニコル(米国)
ホドルフォ・ヴィエイラ(ブラジル)
<ミドル級/5分3R>
ロマン・コピロフ(ロシア)
グレゴリー・ホドリゲス(ブラジル)
<女子フライ級/5分3R>
エリン・ブランチフィールド(米国)
トレイシー・コーテズ(米国)
<バンタム級/5分3R>
マルコム・ウェルメーカー(米国)
イーサン・ユーイング(米国)
<ミドル級/5分3R>
ジェラルド・マーシャード(米国)
パット・サバチーニ(米国)
<女子ストロー級/5分3R>
アンジェラ・ヒル(米国)
ファティマ・クライン(米国)
<ミドル級/5分3R>
ベイサングル・ススルカエフ(ロシア)
エリック・マコニコー(米国)
<ライト級/5分3R>
スラヴァ・ボルシェフ(ロシア)
マテウス・カミーロ(ブラジル)























