【UFC321】展望。マッケンジー×ジャンジローバ。光と影、再び相対する時…新UFC女子ストロー級王者誕生
【写真】エイネモ×ヴェウドゥム、青木真也×シャオリンのように卓越したグラップラー同士のMMAがグラップリング合戦にならないことはしばしある。それでも両者の参戦は組み技の攻防が前回より見てみたい(C)Zuffa/UFC
25日(土・現地時間)UAEはアブダビのエティハド・アリーナにて、UFC 321「Aspinall vs Gane」 が行われる。王者トム・アスピナルにシリル・ガンヌが挑むヘビー級タイトルマッチをメインイベントとするこの大会のコメインは、ヴィルナ・ジャンジローバとマッケンジー・ダーンの間で争われる女子ストロー級王座決定戦だ。
Text by Isamu Horiuchi
ここ数年間、UFC女子ストロー級はジャン・ウェイリが絶対王者として君臨していた。が、ウェイリは階級を上げてバレンティーナ・シェフチェンコのフライ級王座に挑むことを決意し、ベルトを返上した。(UFCは今年の2月から、一人の選手が二階級のタイトルを同時に保持することを禁止し、王者が別の階級に挑む際はベルトを返上しなくてはならないという非公式のルールを施行していると報道されている)そこで今回、ランキング1位のジャンジローバと5位のダーンという、卓越した柔術ベースの組み技技術を持つ両者の間で王座決定戦が行われる運びとなった。
ダーンの父は柔術界の鉄人
ランキングは下だが、知名度、人気ともに圧倒的に勝っているのはダーンの方だ。その父は柔術界の鉄人「メガトン」ことウェリントン・ディアス。もっともこの人物を形容するのに「鉄人」という使い古された言葉では不十分だ。1996年の第1回のムンジアル(柔術世界選手権)の黒帯アダルトの部で準優勝して以来、2019年まで黒帯アダルトの部に実に24回連続出場したメガトン。
その後数年はマスター&シニアの部で戦っていたが、2023年には55歳にして世界柔術黒帯アダルトの部に復帰し、コラル帯(黒帯を取得してから約30年以上指導や稽古を続け、柔術界への多大が認められた者のみに許される最高位に近い帯)取得者として初めて世界柔術アダルト黒帯の部に出場という途方もない記録を樹立している。
そんな父の下で幼少時から柔術に親しんできたダーンは、10代の頃から柔術世界選手権の全ての色帯の部で優勝。多彩かつ高度な技術を次々と繰り出す戦いぶり、美貌、輝くばかりの笑顔…と観る者を魅了するあらゆる要素を持ち合わせた彼女は、たちまち世界の注目を集める存在となった。
茶帯時代には日本のバラエティ番組にて、柔道経験のある芸能人とエキシビションマッチを戦ったことすらある(ちなみに当時から「野獣の如き風貌の父親から、なぜこのような美しい娘が」という声が囁かれていたが、よく見るとこの親娘の顔立ちは瓜二つだ)。
ダーンとはあまりに対照的な道を歩んできたジャンジローバ
2015年には黒帯としてムンジアルを筆頭に――。パン、アブダビワールドプロ柔術、ADCC世界大会、ノーギ・ワールズといったメジャー大会全制覇という偉業を達成したダーン。当時は毎回無差別級にも出場し、判官贔屓の観客の大声援を背に自分の倍ほどの体格のガビ・ガルシアに果敢に挑んでは場内を沸かせており、実際2015年のアブダビワールドプロの無差別級決勝では、ついにガルシアから僅差の勝利を挙げてダブルゴールドを達成している。
こうしてダーンは弱冠22歳にして競技柔術&グラップリング界で得られる栄光の全てを手にすると、翌2016年にはMMAプロデビュー。デビュー以来5連勝(3つの一本勝ち)の記録をもって、2018年3月にUFC初登場を果たした。
生まれつき斜視(両目の視線が平行にならない状態)を持つことで幼少期から苛めを受けたという彼女は、苛まれる不安を緩和するという目的を持ち5歳で柔術を始めたという。若くして姉を胃がんで失った時にはパニック発作に襲われ「周りの人々がみんな死んでしまう」と思い詰め、家の外に出ることすら恐ろしいと感じることもあったジャンジローバ。彼女に姉の死を忘れさせたのは道場での柔術の練習であり、苦手な遠出も柔術の大会出場の旅ならば安心してできるようになったと語っている。
柔術で才能を発揮したジャンジローバは、ブラジルで開催されるCBJJE主催の大会の各帯を制覇。茶帯時代には(のちに世界柔術を6度制覇しADCC世界大会も優勝する)ビア・メスキータに、黒帯としてはUFCトップランカーとなったクラウジア・ガデーリャに勝利して優勝した実績をも挙げた彼女だが、その名が国際的に知られることはなかった。当サイトのインタビューで彼女は「経済的な問題で、リオやサンパウロの大会には2年に1回くらいしか参加できなかったから、名前を挙げても、また表舞台から消えるような感じ」、「IBJJFのムンジアルに出たことはないの。ロサンゼルスの大会に出るだけのお金はないし、スポンサーもいなかった」と語っている。そんな厳しい現実のなか、ジャンジローバはMMA転向を決意した。
2013年にプロデビューし、祖国で10連勝を飾ると2017年12月にインヴィクタFCに登場。翌年3月には魅津希──奇しくも今度のUFC同大会に出場予定だ──を2-1で下してストロー級王座を戴冠し、さらに1つの一本価値を経て14戦全勝の戦績をもって2019年4月にUFCデビューを迎えた。
輝く柔術の星の下に生まれ、その導きのまま光の中を進んできたかのようなダーンと、生まれながらに試練を与えられ、柔術にすがり柔術に救われて過酷な人生を生き抜いてきたジャンジローバ。あまりにも違いすぎる柔術の道を経て世界最高レベルの組技師となった両者は、やがてともにMMAを志し、ほぼ同時期にその最高峰の舞台=UFCに辿り着いた。
その後両者は、それぞれ改めて厳しい道を征くこととなる。ダーンはUFCにおける最初の7試合で6勝1敗(4つの一本勝ち)を収めたが、その後マリナ・ホドリゲスやイェン・シャオナンといったランカー達には寝技を凌がれて苦戦。2023年11月にはジェシカ・アンドラーデの強打の前に生涯初のKO負けを喫し、翌年2月のアマンダ・レモス戦も二度ダウンを奪われ敗れた。
ジャンジローバは、デビュー戦でいきなり元王者のカルラ・エスパルサに挑み、ハイレベルなMMAグラップリング戦の末に惜敗。2020年12月にはダーンとの初対決で打ち負けると、21年10月にはアマンダ・ヒーバスにテイクダウンを切られて打撃をもらい続けて敗北した。
しかし両者はここで屈せず、絶え間ぬ努力を重ねて、進化を遂げてゆく。
ジャンジローバは2022年5月のアンジェラ・ヒル戦以来ここまで5連勝だ。昨年7月のレモス戦は引き込んでのハーフガードスイープを仕掛け、投げ返されるものの背後に付き、チョーク狙いからの腕十字で見事な一本勝利を挙げた。今年4月のイェン・シャオナン戦は、スタンドで巧みに距離を取り、打撃をもらわずに組みつくとグラップリングで全ラウンド完全支配して判定3-0で完勝。ナンバーワンコンテンダーの座を確固たるものにした。
ダーンの方も、昨年8月にルピタ・ゴディネス相手に、向こう見ずな打ち合いを避け精度の増したパンチで渡り合い、マウントを奪う場面も作って快勝。
今年1月には一度敗れているヒーバスと再戦し、下からの腕十字狙いからスイープし、マウントから改めて十字を取って会心の一本勝利を挙げた。そして上述のように王者ウェイリの王座返上があり、2位のタチアナ・スアレスが試合を消化したばかり、3位のシャオナンと4位のレモスはともに最近ジャンジローバが倒しているという状況も味方し、今回の王座決定戦に選ばれたのだった。
ジャンジローバがいかにダーンの打撃の間を縫って組みつくか
上述のように、この二人は約5年前の2020年12月に一度対戦している。この時はダーンが思い切りのいいワンツーを中心に果敢に前進し、ジャンジローバがそれを迎え撃つ展開に。2Rの打撃の交錯時、ジャンジローバが放った右ミドルのヒザがダーンの顔面にヒットし鼻が折れる場面があったが、ダーンは3Rも前進して強烈な右ストレートをヒット。結局スタンドの有効打の差で3者共29-28の判定でダーンに凱歌が上がっている。
試合前には「この試合は二人の柔術スペシャリスト同士の戦い。だからこそ特に大切なものとなる。ダーンはとても人気があり、世界的に有名な柔術選手。もし私がそんな彼女から一本とれたら素晴らしいこと」と語っていたジャンジローバ。試合ではダーンのシングルレッグを防ぎ、また上手く切り返して上を取る場面も見せた。しかし、ダーンの寝技を警戒したせいか自分からテイクダウンやトップからの攻撃を仕掛けることができず、己の最大の強みを活かせぬまま終わってしまった。
MMAという競技を通して我々は、ジャンジローバの人生を貫く魂の戦いを見ることができる
あれから5年。それぞれ鍛錬を重ね進化した両者は、いかなる戦いぶりを見せてくれるのだろうか。5年前は「ハイレベルなグラップラー二人がMMAで戦うと、立ち技の攻防に終始してしまう」というパターンに嵌ってしまったこの顔合わせ。今回も同じ展開が続くならば、当時以上に鋭く正確な打撃に磨きをかけているダーンの優位は否めないだろう。
よってこの試合の見どころの一つは、ジャンジローバがいかにダーンの打撃の間を縫って組みつくかだ。近年彼女は、スタンドでスイッチやフェイントを多用し相手に的を絞らせず、被弾を避けて組みつく術において大きな進歩を見せている。ダーンもそんな対戦相手について「ヴィルナのファイトIQはすごく向上していて、自分の戦いをやり抜くことができている。彼女は私が負けたマリナ・ホドリゲス、イェン・シャオナン、アマンダ・ヒーバスに勝っているけど、きっと私の敗戦から学んだのだと思う。(グラップラーは)こんなふうに戦っちゃダメだんだってね(笑)。私みたいに打ち合ってダメージを受けることなく、組みついて極めたり勝利する方法をうまく実行した」と(やや自虐ジョークを交えながら)語っている。
これは単に技術的な問題ではない。ジャンジローバは今回「この試合で一番大切なことは、技術以上に精神のあり方」と語っている。ダーンやヒーバスとの初戦で敗れ「私は王者の器ではないのでは」と疑うこともあったという彼女だが、常に専門家の指導を受けて精神面の改善に取り組んできた。5年前の自身と比べて「今の私は遥かにいい精神状態にある。当時は自分を抑えつけてしまっていたけど、今はそんなことはない」と語るジャンジローバ。
幼少時からさまざまな内なる敵と戦い続けてきた彼女は今回、世界の頂点を極めたグラップラーであるダーン相手に、自らの最大の武器でもある組技勝負に打って出ることができるのか。MMAという競技を通して我々は、ジャンジローバの人生を貫く魂の戦いを見ることができる。
もっとも、自らの内に潜む敵と戦い克服してきたことにおいては、ダーンも同様だ。今回の試合前のインタビューで彼女は、「これまで何度も『自分はこれ(MMA)をすべきじゃない』、『柔術に戻るべきかな』って考えたことがあった。柔術では私は全てを勝ち取ってきたから。これは自分を謙虚にする経験。白帯になって学び直し、進んでゆくようなもの。UFCは多くの批判者を集める大きな場。UFCファンは私を好きになって、嫌いになって、また好きになってくれたり、ローラーコースターに乗っているようなもの。ロンダ・ラウジーみたいに無敗で王者になれたらって思わないでもないけど、私はこれまでの自分の旅を誇りに思っている」と語っている。
ダーンは柔術ファンタジスタ
とまれ、ジャンジローバがダーンに組技勝負を挑んだ時、我々見る者には、前回見ることができなかった女子MMA最高峰のグラップリングの攻防を堪能できる可能性が開けてくる。お互いに柔術をベースに持つが、そのスタイルは共通の根を持ちつつも大分異なっている。
ダーンはときに現代の競技柔術・グラップリングの技術をほぼそのままMMAで通用させてしまう柔術ファンタジスタだ。下から目にも止まらぬ速さで仕掛けて相手の腕を絡め取るオモプラッタ、シッティングガードで相手の膝裏を抱えて足を絡めて崩す動き等、UFCの舞台では滅多に見られない技術を有効に使う。それでいてホイラー・グレイシーの黒帯を父に持つ者に相応しく、トップを取った時のマウントの安定感とそこからの極めの強さも出色だ。
ジャンジローバは、よりケージMMA用に進化したグラップリングの使い手
対するジャンジローバは、よりケージMMA用に進化したグラップリングの使い手だ。相手をケージに押し付けて逃げ道を封じてのテイクダウン、相手の足に自らの足を絡めて逃さない動き、背中を見せた相手への隙のない体重のかけ方等、現代MMAで多用される技術において誰よりも卓越した女子選手だ。ダーンもそれを承知で「私はヴィルナにケージに押しつけられたり、抑えられて膠着され負けてしまうつもりは毛頭ない。私のグラップリングが彼女より優れていることは知っているし、それは記録でも示されている」と語っている。
対するジャンジローバのコーチのヘナート・ベラメは「マッケンジーはすごい技術を持っているけど、MMAグラップリングならヴィルナが上だと信じている」と語る。二つの異なる女子最高峰の組技が交錯する場面を、今度こそ期待したい。
実はこの試合には──英語圏のファン(と呼べるのかは分からない人々)から「まったく興味がない」、「最大のトイレタイムだ」といった声、あるいはそれ以上に心ないコメントが少なくなく寄せられている現実がある。しかし、柔術系の組技を愛好する者や、試練を乗り越えて人が生きる姿に感銘を受ける者なら、この試合は見る価値がある。
輝く柔術の星の下に生まれたダーンと、苛烈な境遇下で柔術に生かされてきたジャンジローバ。どちらが王者に就こうとも、また組技の攻防がほとんど見られないまま試合が終わったとしても、この試合は柔術に人生を賭け、戦い続けてきたアスリートの勝利を告げるものとなる。
■視聴方法(予定)
10月25日(土・日本時間)
午後11時00分~ UFC Fight Pass
午後10時30分~ U-NEXT























