【UFC319】朝倉海戦へ、38歳ティム・エリオットの想い―02―「海とのファイトで、僕は恐怖を楽しみたい」
【写真】試合まで1カ月ということもあり、かなり突っ込んだ話をさせてもらえた。そしてエリオットも、がっつり答えてくれました (C)MMAPLANET
16日(土・現地時間)、イリノイ州シカゴのユナイテッドセンターで開催されるUFC319「Du Plessis vs Chimaev」。同大会で朝倉海のオクタゴン2戦目の相手を務めるのが、ティム・エリオットだ。
text by Manabu Takashima
MMAPLANETでは7月18日(日本時間)に、エリオットをインタビューしTUFシーズン24の戦友が出場するRIZINフライ級トーナメントについて話を訊いた。もちろん、その話題はインタビューにあってエクストラであり、本編といえるのは朝倉海戦について尋ねた部分だ。
MMAファイターとして、水と油の両者。レスリング&グラップリングを跳ね返し、打撃で勝負したい朝倉。対して、エリオットは打撃の間合いを潰してテイクダウンからグラップリング勝負。絶対的にこの構図が成り立つスタイルマッチアップにあって、エリオットは水と油の融合を目指し、打撃の割合を増やしたいと言い切った。
試合まで1カ月ある時点での言葉だが、信じられるのか。そこには38歳になったファイターが、負傷明け1年8カ月振りの実戦に向かううえで様々な葛藤があることが伝わってきた。実際にエリオットが打撃を多用するかは分からない。ただし、「カイとの試合では、恐怖を楽しみたい」にいう言葉にティム・エリオットというファイター、いや人間の真実を見た想いがした。
<ティム・エリオット・インタビューPart.01はコチラから>
UFCフライ級にはワンパンチでKOできるようなエキサイティングな戦いができ、爆発力があるファイターはいなかった
――ティム、日本ではあなたへの注目度が凄く挙がっています。もちろん、朝倉海選手と戦うからです。
「カイは才能に溢れたファイターで、一発で試合を決めることができるパンチ力を有している。僕自身、凄くワクワクしているしファンの期待を裏切らない最高の試合になるだろう。UFCにイージーファイトはないからね。700日もMMAを戦っていなかったから、こうやってオクタゴンに戻れること自体が凄く嬉しい」
――1年8カ月ぶりのファイト。去年の5月には同じく日本人の平良達郎選手との試合が決まっていましたが、負傷欠場をしました。
「タツ・タイラとの試合前にACL(前十字靭帯)をやってしまった。治療に専念してから、回復に向けてハードワークを続けていたら次から次へとケガをしてしまって。追い込み過ぎて、スマートな練習ができていなかった。
僕も年を重ねてきたから、練習の仕方も見つめ直さないといけない時期がやってきた。年がら年中、思い切り自分を追い込むなんてもうできない。間違っていたよ」
――ACLの負傷が、ファイトスタイルに影響を与えることは?
「実際、試合を戦っていないから分からない。そこがどうなるのか。ただし、靭帯をやってからファイトにアジャストが必要になるのは当然だ。特にレスリングの面では。ただし、そこのアジャストは難しいことじゃない。グラップリングに関しても、心配はしていないよ。僕はどこでも戦える。15分間、どの局面でも戦えると自信を持っている」
――ところで朝倉選手がUFCデビュー戦で世界王座挑戦したことを、ティム自身はどのように感じていましたか。
「きっと多くの人が、ネガティブな印象を持っていただろう。でも、それって僕の時と同じだ。TUFシーズン24で優勝してDJに挑戦した時、凄くネガティブなリアクションが多く起こった。TUFで勝ったから手にした権利だったのにも関わらず、僕にとってUFC復帰戦がワールドタイトルになったから。
なんせTUFシーズン24は若いファイターが、勝ち抜くことを期待されていた。そこで僕のような一度UFCをリリースされたファイターが勝ち残ってしまった。僕の優勝は、皆をガッカリさせてしまったんだ。
カイに関して、RIZINのバンタム級王者でタイトル挑戦できる力があるとUFCが判断したから挑戦したんだ。TUFで優勝したら世界王座に挑戦できると決めたのもUFCだったのと同じようにね。カイはUFC初戦で、皆が思っていた以上のファイトができたと思う。と同時に、UFCで2試合、3試合と勝ってパントージャに挑戦していたら、内容はさらに違っていただろう」
――UFCで9年間、アップダウンのあるキャリアを築いてきたティムは、ベスト・オブ・ザ・レストという感じもある他団体のチャンピオン、朝倉海選手をどのように評価しているのでしょうか。
「う~ん、RIZINバンタム級での彼のパフォーマンスは相当なモノだったよ。それにUFCフライ級にはワンパンチでKOできるようなエキサイティングな戦いができ、爆発力があるファイターはいなかった。カイは運動神経も良いし、ファイターとしての能力が高い。そういう試合を長い間続けてきた選手だ。
見た目も若いから、30歳を過ぎているとは思ってもいなかった。ファイターとしても脂が乗り切っているはずだ。35歳を過ぎた僕からすると32歳、33歳、34歳は肉体的にもピークだと思う。
それにカイを始め、タツ・タイラらキョージ・ホリグチのように日本人ファイターが多く活躍することは、フライ級にとって良いことだ。結果的にファイトとは何かを本当に理解しているファンが、彼らの出場でUFCに興味を持つようになるからね。それはUFCにとって良いことだし、何といってそういうファンがいてくれることは、僕にとって最高だよ」
僕の柔術は大したことはない
――ティムのMMAはレスリングと柔術を融合させ、スクランブルが多い独特なリズムがあります。まず組むまでも、凄く変則的な打撃を使いますよね。日本のファンはティムのスクランブルを楽しんで視ることができるかと思います。
「これまでもテイクダウンをしても、ブーイングされてきたからね。まぁ僕のスタイルは、ファンの皆をハッピーにできるモノじゃないことは分かっている。
レスリングを使うと、ファンは打撃が見たくなる。柔術を使うと、レスリングが見たくなる。だから、僕は日本のファンに感謝しているんだ。僕の試合でもブーイングでなく、拍手を送ってくれそうで。そんなファンは、世界中を見渡してもほとんどいないからね。
日本ではファンがファイターを尊敬してくれる。本当に素晴らしいことだよ。まぁ、それをラスベガスのファンに求めることはないけどね。まだ、その経験はないけどいつか日本で戦いたい。僕の親友フアン・アルチュレタが日本で何度も戦い、カイとも戦った。フアンからは、どれだけ日本のファンが最高かを聞かされてきた。本当に日本で戦ってみたいね。
でも、そうやって僕のファイトを評価してくれたから正直に言うけど、僕の柔術は大したことはないんだ」
――えっ、そんなことをインタビューで口にするファイターはいないですよ……。
「3月にEBIに出て、三角絞めで負けた。長い間、実戦から離れていたから得意な部分で試合の空気を味わっておこうと考えたんだ。でも考えが甘かった。彼らに、そんな考えで戦うなんて……本気で戦う彼らのグラップリングは凄まじかったよ。
過去、UFCの試合で怖がったり、恐れを感じたことはなかった。でもEBIで戦っている選手たちの試合映像をチェックし、あの足関節が怖くなった。5000ドルのためにケガをしたくないって思ってしまったんだ。EBIはカルチャーショックだったよ。
彼らは本職の柔術家なんだ。対して僕はただ柔術を使うヤツでしかなかった。テニスとピンポンは違う。彼らは本職だ。メキシコシティでグラップリングを戦うことを楽しみにしていたけど、本物の柔術家が本気で戦うと力の差がどれだけあるのか理解できた。彼らは僕とは異質のグラップリングの強さを持っていた。あそこで戦うには、もっと本気で練習しないといけなかったんだ」
――ティムほどのMMAグラップラーがそう感じたのですね。実は自分はUFCでは平良選手や鶴屋怜選手のグラップリングで強さを見せていますが、概ね日本のMMAの穴はグラウンドゲームだと思っています。日本国内ではグラップリングで戦える選手が、世界に出るとそうではない。ボクシング、レスリングでは世界で日本人は大活躍していますが、グラップリングや柔術では本当に僅かです。
「なるほどねぇ……。ファンはグラウンド戦を見る目を持っているけど、ファイターはグラップリングに穴があると。まぁ、それでいうとカイ・アサクラとパントージャの試合が、まさにそういうことになるんだろうね。でも、僕の柔術はパントージャのようなブラックベルト・レベルではない。さっきもいったけど、EBIで実感した。その点、パントージャの柔術はMMAでは別格なんだよ。
僕はずっとレスリングをやってきて、高校卒業後は仕事を持たず柔術を習ってMMAファイターになるなんて選択は想像もできなかった。だから、カレッジに進んだ。そのままレスリングを続けて、4度オールアメリカンになった。今からするとハイスクールからカレッジまでの7年間はレスリング漬けの毎日を送っていたよ。そしてカレッジを卒業すると同時にMMAを始めた。
グラップリングが僕の持ち味ではあるけど、カイを相手に、自分のグラップリングゲームができるかといえば簡単じゃないと思う。彼はテイクダウンディフェンスをしっかりとしているから。何よりテイクダウンを狙われたタイミングで、跳びヒザを当てることができるファイターなんて本当に稀だ。だからこそ、カイとの試合が楽しみなんだ。
これまでの僕の打撃は、全てテイクダウンをするためだった。打撃があるから、テイクダウンが掛かりやすくなる。ただ、過去数試合はジムで見せているような動きができていない」
ドロドロの試合でなく、綺麗な戦いがしたい
――それは、どういう動きなのでしょうか。
「そうだね……僕がカイとの試合で見せたいのは、レスリングを減らして打撃を増やしたゲームなんだ」
――えっ? それでは朝倉選手の庭で戦うことにならないですか。ティムの打撃は変則的で、だからこそテイクダウンに通じていた。打撃を増やすとなると、朝倉選手にとって都合が良いかと。
「これまでのようなファイトなら、僕はカイのヒザの餌食になる。そのスペースを与えることになるんだ」
――朝倉選手はテイクダウン防御とスクランブルに優れている反面、その攻防が続くと体力を消耗する。ティムのスクランブルゲームは、彼の体力を削るかと予想していました。
「確かに僕は15分間、ノンストップのスクランブルゲームを仕掛けてきた。年を取って、あの戦いがまたできるのか。そこを考えて、少しカイの領域を自分のゲームに加えるほうが良いと思っている。そうすればブランドン・ロイヴァルとジョシュア・ヴァンのようなファンが喜ぶ試合になる」
――本気で言っていますか!! それともインタビューを使って、駆け引きをしていませんか(笑)。そんな賭けのようなこと。テイクダウン&コントロールこそ、勝つ確率が上がるかと。
「アハハハハ。それはそうだ。でも、僕は年を取ったんだよ。ドロドロの試合でなく、綺麗な戦いがしたい。練習ではそういう動きができている。でも、試合ではそうはいかない。ここを何とかしたいんだよ。もっとスムーズで、クリーンな動きをカイに試してみたいんだ。もちろん、如何に危険かは分かっているつもりだ」
カイという危険なファイターが、特別な感情を抱かせてくれる
――ティムの渾身のテイクダウン狙いと、パントージャ戦で朝倉選手がUFCでの寝技に少しでも恐怖心を持つようになっていれば、日本で見せた打撃の質量は落ちるかもしれない。そういう見方も実はしていました。ティムはこれまでUFCでKO負けがない。打撃に付き合わなく、打撃を怖がらない。だからこそ、この結果があると。
「僕はラッキーだったんだよ。ここまで大きなダメージを負うことなく戦い続けることができた。3、4度キツイ一発を受けたことがあるけど、パンチの集中砲火を受けることはなかった。それはスタイルとかでなく、ラッキーだったから」
――ラッキーが15年も続けば、能力ではないでしょうか。
「優秀なコーチのおかげだよ。僕はこれまでのキャリアに誇りも持っている。そして、まだ終わっていない。何より勝ち負けを抜きにして、カイとのファイトは僕にとって特別な試合になると思っているんだ。今の僕にとって、最高の対戦相手だから。
それにパントージャ戦があったからこそ、カイは僕のテイクダウンを警戒してくる。これは絶対だ。カイがそこを意識することで、打撃が当たるんじゃないかな。そしてパンチが当たればテイクダウン、柔術、グラップリングをより効果的に使え、彼を危険な状態に陥れることができる。僕は今回の試合をフライ級の歴史の1ページにしたいんだ。
カイは僕が気にかけてこなかった要素を持ったファイターだ。幸い、僕にはカイにはないケージの経験がある。とにかくカイは、僕を一発で倒すパンチを持っている。そういう相手に自分は何ができるのか。そういうファイトになるから、凄く楽しみなんだよ。
恐怖を感じる自分が好きだ。怖がって、ビビッている自分を楽しみたい。カイという危険なファイターが、そんな特別な感情を抱かせてくれる。カイとのファイトで、僕は恐怖を楽しみたい」
――いやぁ、ティムは素直に格好良いです。
「人は自分や家族の将来を考えると、不安を感じることがある。でも、そこに立ち向かっていく勇気を持っている。ホント、ローラーコースターに乗っているように気持ちが不安定になる。その恐怖を楽しめるのも、人間の強さだ。こんなにも長くの時間、その経験ができている。僕は本当に運が良い人間だよ。
実際のところ、ファイターとして僕は走りすぎているタイヤのようなものだ。時には自分を洗い流す必要がある。それが結局のところ、オクタゴンに足を踏み入れて戦うということなんだよ」
――ティム、今日はありがとうございました。改めて、朝倉選手との試合ではどのような戦いを見せたいですか。
「打撃だ。僕はただのレスラーじゃない。カイのような相手に、ずっと磨いてきたパワーショットを打ち込みたい」
■視聴方法(予定)
8月17日(日)
午前7時00分~UFC FIGHT PASS
午後11時~PPV
午前6時45分~U-NEXT