【Special】月刊、良太郎のこの一番:8月 プラチス×ニール「ムエタイをやりこんで覚えた独自の感覚」
【写真】派手な戦い方と豪快なキャラクターに目を奪われがちのプラチスだが、そこには確かなスキルが隠されている(C)Zuffa/UFC
過去1カ月に行われたMMAの試合からJ-MMA界の論客が気になった試合をピックアップして語る当企画。背景、技術、格闘技観を通して、MMAを愉しみたい。
Text by Takumi Nakamura
大沢ケンジ、水垣偉弥、柏木信吾、良太郎というJ-MMA界の論客をMMAPLANET執筆陣がインタビュー。今回は良太郎氏が選んだ2025年8月の一番──8月16日に行われた UFC319「du Plessis vs Chimaev」のカルロス・プラチス×ジェフ・ニールの一戦。ラウンド終了間際のスピニングバックエルボーでのKO劇、ファイトスタイルとキャラクターともにインパクト大のプラチスについて語らおう。
――8月の一番はプラチス×ニール、プラチスのスピニングバックエルボーでのKO勝ちをセレクトしていただきました。
「彼は2024年からUFCに参戦していて、前回の試合も含めて5試合もパフォーマンス・オブ・ザ・ナイトを取っている、いわゆる花形の選手ですよね。もともとはタイガームエタイとプーケットファイトクラブ所属で6年ぐらいムエタイをやっていて、MMAに来てからずっと試合を見ていたんですけど本当に華がありますよね。しかもアウトロー寄りのキャラクターで、僕が大好きなタイプですね(笑)」
――今回も試合直後にタバコを吸っている姿がSNSで話題になっていましたが、いわゆる“飲む・打つ・買う”的な昭和のスター感がありますよね(笑)。
「試合が終わったら酒を飲んで、タバコを吸って、パーティー三昧みたいな(笑)。キャラクターもあって、ファイターとしてもいい選手だし、見ていて本当に面白い選手だと思います」
――両手を下げ気味に構えるプラチスのファイトスタイルについてはいかがでしょうか。
「戦い方と勝ち方が派手で、彼のキャラクターに引っ張られる部分もあるんですが、ムエタイをベースにしつつ、それを完全にMMAにアジャストできている選手だと思います。人に教える感覚でプラチスの試合を見て、いくつかの引き出しを持っていることは見て取れるんですけど、まず文句なしでヒザ(蹴り)の使い方が上手いですね。サウスポーのMMAファイターの中でも、奥足の使い方も含めて、あそこまでしっかり(ヒザを)狙って打てる選手はなかなかいないと思います」
――ムエタイベースではありつつ、彼独特のセンスや感性がミックスされているイメージです。
「あとは彼のフレームですよね。彼は身長185cmに対して、リーチが2m近く(198cm)あるんですよ。僕は選手のガードの位置や(攻防する)ゾーンのポジションについて話すことが多いんですけど、プラチスは完全に両手をだらりと下げた状態から打撃を繰り出すスタイルで、自分から(相手に)アジャストしていくんですね。彼のムエタイの試合も何試合か見たんですけど、ムエタイとMMAでそこまでベースは変わっていないんですよ」
――ムエタイでもああいった戦い方をしているんですね。
「ただ一時期尋常じゃないペースで試合をしていて、何かのインタビューで『2年間で20試合近くやった』や『毎週試合していた時期があった』『トータルで100戦以上やっている』と言っていて、そういう実戦を積み重ねて中で自分のスタイルを作りあげたんだと思います。例えばサウスポー×サウスポー(相四つ)の場合、プラチスは左カーフを蹴って、普通はポジションが取りづらいんですけど左のテンカオ(ヒザ蹴り)を突き刺せるんですよね。またサウスポー×オーソドックス(喧嘩四つ)だったチャールズ・ラドキ戦では前手(右手)でラドキの前手(左手)を掴んで左ストレート→ヒザ蹴りを入れたり、自分の中で完全にヒザ蹴りを当てる動きが体に染みついているんだなと思いました。相手がタックルに来たタイミングでもヒザを刺せるし、首相撲からでもヒザを刺せる。そこは彼独特のリズムがあると思います。
あとは左ストレートもめちゃくちゃ上手いですね。ちゃんと自分の手で(ストレートを当てる)ゾーンを作って、リーチの長さを活かして真ん中を打ち抜いたり、左右のパンチを大きく振ってから真ん中に絞ったり。あとは腕が長い分、パンチを打ったらそのまま相手を掴んで上から覆いかぶさる→自分のゾーンに引き込んでヒザ蹴りを入れることが出来る。ラドキ戦のように積極的に相手のリストを掴んでヒザ蹴りを入れていますよね」
――ガードが低い分、被弾するリスクはないのでしょうか。
「基本的に相手の攻撃はボディームーブで避けていますが、ご指摘の通り、相手にフィジカルで押されて、自分のエリアまで入られて思いっきりガツン!という一発をもらってしまう危うさはあります。ただそこは立ち技をやり込んだ経験がある分、プラチス独自の感覚というか、ここだったらギリギリ相手の攻撃をもらわないという本人にしか分からないポジショニングが自然に染みついてる感じですね」
――例えばMMAは立っている状態で打撃・レスリングとやることが多い分、構えを一つの型に決めすぎない方がいい選手もいるのでしょうか。
「それは間違いなくありますね。僕も選手を指導するなかで、基本的にはガードすることをベースに教えるのですが、例えばキックボクサーがMMAに転向する場合、手足が長くてリーチがある選手だったらハイガードで構えるだけでなく、ガードを下げて視野を広く見ることも推奨するんですよ。もちろん基礎ができていることが大前提ですが」
――ガードを上げてしっかり構えるかどうかは選手の特徴次第なんですね。
「両手を下げる構えを成立させるためにはボディムーブとステップ、あとはテイクダウンディフェンスが必要です。プラチスで言えばテイクダウンディフェンスの部分がかなり改善されつつあって、より戦い方が洗練されてきていますね。タイガームエタイとプーケットファイトクラブで学んだムエタイを軸にして、ファイティング・ナーズでテイクダウンディフェンスをしっかり叩き込まれている。そうやって基礎を固めつつ、余分なものをそぎ落として自分の強味を最大限に活かしたものがプラチスのスタイルだと思います」
――試合では見せていないだけで、練習ではちゃんとレスリングも出来るのでしょうね。
「かなりしっかりやれると思いますよ。試合になると倒せる感覚があるからああいう試合をするだけで。打撃のスキルに関しても左ストレートは骨盤を使って真っ直ぐに射抜けているし、独特だけどヒザ蹴りを入れるのが上手い。あのリーチの長さがあってこそですが、プラチスのヒザ蹴りの入れ方は勉強になります」
――プラチスのヒザ蹴りは本人がいけると思った瞬間にヒザが出ているようなタイミングですよね。
「そうです。極論ジャブぐらいの感覚でヒザを出してますよね。(パンチの)引き手と同時に出したり、左ミドルからの追撃で出したり……色んなパターンもあります」
――感性の鋭さは残したまま、基礎を外堀から埋めていくというスタイルの作り方もあるんだなと思います。
「先ほども少し触れましたが、キックからMMAに転向した選手は意外と打撃のガードがオープンな選手が多いんですよ。イスラエル・アデサニャとかアレックス・ペレイラとか。彼らはハイガードでかっちり構えるというよりも腕をオープン気味にしてちゃんと相手を見ている。ミドルレンジの打撃が得意でテイクダウンを対処できるのであれば、腕を下げる・オープンにするスタイルもありだと思います。少し話はそれますがGLORYのテイジャニ・ベスタティがMMAへの転向を表明したじゃないですか。彼がMMAでどう転ぶかが結構楽しみなんですよね。キック時代はロングレンジからズバズバ攻撃を当てて圧倒的に強かったスタイルですが、MMAになるとそこにレスリングが入ってくるじゃないですか。そうなった時にベスタティがどういう対処ができるかですよね」
――確かにプラチスの打撃の考察から考えてもベスタティがMMAでどんな試合をするかは興味深いです。
「プラチスの場合はテイクダウンディフェンス→自分のポジションに戻る・取り返すことに特化しているから、みんなプラチスを捕まえたくて攻めるけど、逆にそこでプラチスが打撃を当てて勝つことが出来ている。ただ年齢とキャリアを重ねて反射神経が落ちてくると、今の戦い方をキープするのがしんどくなると思うんですよね。そうなったらプラチスはボディムーブだけで避けたりせずに、もっとポジショニングを意識して避けるようになるんじゃないかなと思います。まだまだプラチスのファイトスタイルに危うさがあることは間違いないですが、今のところは攻撃力と殺傷能力でそれをカバーしている印象ですね」
――次戦はレオン・エドワーズとの対戦が決まっていますが、プラチスにとってはキャリア的にも最大の強敵です。
「ここはプラチスにとって正念場ですよね。相手は連敗中の元チャンピオンで絶対に負けられない立場じゃないですか。そのエドワーズを飲み込むぐらいの勢いと殺傷能力でKOするようなことがあれば、一気に上位陣に食い込んでくると思っています」
――しかもプラチスがエドワーズのように大崩れしない・手堅いスタイルを崩せるかどうかも興味深いです。
「エドワーズが攻めてきた時にボディワークだけで避けきれるのかどうか。ただプラチスがリーチ・フレームを活かして、自分のゾーンを取り続けて一方的に攻める可能性もあると思います。どっちに転ぶか分からない試合だし、勝負論はありますよ」
――プラチスがチャンピオンレベルの選手かどうかが試される試合です。
「そう思います。ここを超えると一気に上まで来るだろうし、ここを超えられないと足踏みすることになりますよね」
――言い方は悪いですがキャラ先行型に見られているプラチスが実力的にどうなの?という部分が問われますね。
「査定試合の意味合いが強い試合だと思います。キャラクターも十分あって、倒せる技も十分ある。あとはチャンピオンになる器と実力があるかどうか。酒も飲んでタバコも吸うようなヤツがUFCでチャンピオンになるかもしれないというロマンをプラチスに見たいですね(笑)」