【UFC310】展望 アンカラエフ×ポアタンII。世にも奇妙な対面スマホ・トラッシュトーク合戦の行方は……
4日(土・現地時間)、ネバダ州ラスベガス近郊のパラダイスのT-モバイルアリーナにて、UFC 320「Ankalaev vs Pereira 2」 が開催される。コメインとして絶対王者マラブ・デヴァリシビリにコリー・サンドハーゲンが挑むバンタム級タイトルマッチが組まれている今大会のメインは、新王者マゴメド・アンカラエフに前王者にアレックス・ポアタン・ペレイラがダイレクト・リマッチを挑むライトヘビー級タイトル戦だ。
Text by Isamu Horiuchi
両者の初対決が行われたのは、今年3月のUFC 313だ。当時の王者ポアタン(石の拳)ことペレイラは、2023年末にイリー・プロハースカを2RTKOに下して2階級制覇を達成。昨年はジャマール・ヒル、プロハースカ、カリル・ラウントリーの3人を驚異的な破壊力の打撃で沈めて3連続防衛を果たし、UFC最大のメガスターの座に昇り詰めた。
そんなペレイラとは対照的に、日陰の道を行くことを余儀なくされてきたのがアンカラエフだ。元凶は2022年12月のヤン・ブラホヴィッチとの王座決定戦にまで遡る。終盤組技で圧倒し逆転勝利を挙げたかに見えたアンカラエフだったが、まさかのドロー判定で戴冠を逃してしまった。さらに地味な試合展開にダナ・ホワイト代表が激怒。不可解判定の犠牲者ともいえるアンカラエフに救済措置が施されることはなく、次の王座決定戦はグローバー・テイシェイラとジャマール・ヒルの間で行われた。
英語を話さず派手なアピールも好まない質実剛健な立ち居振る舞いも災いし、その後アンカラエフには下位ランカーとの試合ばかりが組まれてゆく。自分より実績の低い選手達が次々とタイトル戦に抜擢される中、腐ることなく2年間勝ち続けたアンカラエフがやっと手に入れたのが、7カ月前のペレイラ戦だったのだ。
ノートラッシュトークの前回の対戦に対し、奇妙な因縁が生まれた再戦
人気では天と地ほどの差があったものの、実力的にはきわめて拮抗した頂上決戦となった前戦。アンカラエフは、ペレイラの前足の外側に踏み込んでの左ストレートを有効に使って主導権を握り、2R終盤には一瞬ペレイラのヒザを落とすビッグショットを当てた。さらに後半は組みついて金網に押し付けてのダーディボクシングで巧みにポイントを稼ぎ、逆転を狙うペレイラにビッグヒットを許さないまま試合終了。
冷遇に次ぐ冷遇を乗り越えたアンカラエフが、現在UFC最大のドル箱王者を判定3-0で下し、悲願の初戴冠を果たしたのだった。
そこから7カ月の時間を置いてのダイレクト・リマッチとなった今回、実は両者の間には前回は見られなかった奇妙な遺恨が生まれている。ことの始まりは、アンカラエフの公式アカウントより投稿されるツイートの数々だ。以前からこのアカウントでは、(片言の英語すらほとんど話さず相手を挑発することもない)アンカラエフの普段の言動とは合致しない攻撃的な英語ツイートが投稿されており、本人ではなくマネジャーのアリ・アブデルアジズの仕業であることが半ば公然の事実扱いされていた。
そんなアンカラエフ公式アカウントは、戴冠後も時折挑発的なコメントを投稿。「逃げてばかりいる相手と戦うのはなかなか大変だったよ」、「奴はケージ側に押し付けられたと怒っているが、私は奴をKO寸前まで追い込んだ」、「UFCから6月にアレックスと再戦のオファーを受けて私は承諾したのに、向こうが断ったのだ」等、ペレイラに向けられたものが多かった。
当初はこれらを静観していた前王者ペレイラだが、徐々に怒りが蓄積していったようだ。今回の再戦が公式に発表されると「マネジャーの手によるものなのだろうが、奴の名の下で書かれているのだから奴にも責任がある」、「俺は逃げてなどいない。嘘を書く奴らは気に食わない」とメディアで反論を開始した。
そして先週、公式YouTubeアカウントにてペレイラは「アンカラエフは犬の糞の如き王者だ」という過激なタイトルの動画を投稿。そこでペレイラは、ともにベガスのUFC PIで練習をする両陣営のニアミスを避けるために、PIのスタッフが別の部屋にいるアンカラエフに「今はまだペレイラ達がラウンジにいるから出てこないで」と指示を出し、それを受けたアンカラエフは部屋に篭っていた(とスタッフの女の子が言っていた)という話をまくしたてた。
その上で「奴は俺らチームと鉢合わせするのを恐れて隠れているんだ。俺たちはプロだから、決してこんな場所で相手を襲ったりしないのに。マヌケ野郎のクソ王者が!」と、たとえそれが事実だとしても(単にUFC側の方針に素直に従っていただけの)アンカラエフ側からすればイチャモンとしか思えないであろう論法で罵倒した。
すると、アンカラエフ公式ツイッターも英語で「私が戦う予定の愚か者が、私が隠れているとか言ったようだが、私が奴にリマッチを与えてやるのだから、奴は大いに感謝すべきだ」と反撃に出た。
さらに数日後、ペレイラ陣営とアンカラエフ&コーチがUFC PIのラウンジで顔合わせ。お互いの言語を解さないので当初は会話が成り立たなかったが、やがてスマホの英語ーロシア語の翻訳機能(と、英語とポルトガル語を話すペレイラ側の若手選手による通訳)を介したやりとりが開始。かくて、恐るべき戦闘能力を持つ巨人二人が、小さなスマホに向かって背を丸めて言葉を吹き込んでは、それが相手の言葉に翻訳され、読んだ相手がスマホに向かって返答し、再翻訳されるのをおとなしく待ってから、再びスマホに向かって話す…というUFC史上もっともシュールなトラッシュトーク合戦(?)が幕を開けたのだった。ペレイラ陣営の動画チームによって録画されたその内容は……。
アンカラエフ 僕がいつ隠れたというのだ?
ペレイラ 女の子がそう言った。動画にも残っている
アンカラエフ その子が何を言おうと関係ない。僕はここにいるんだから。何か用があるのか?
ペレイラ 今更どうでもいい。コイツは言いたいことを言えばいい。今俺たちは戦えないんだから
アンカラエフ 僕は大丈夫だ。いつでも構わない。
ペレイラ お前のことはプロとして尊敬するが、10月4日にはぶん殴る。顔を引っ叩いてやる。
アンカラエフ 僕らは10月4日に戦うのだから、これ以上(罵倒の)言葉を交わす必要はないね。
ペレイラ 俺から何かを言ったことなどない。いろいろ言うのはコイツの方じゃないか。そして今こうやって面を突き合わせてみても、コイツはクソ野郎だ。
アンカラエフ なんの話をしているんだ? なんで僕が隠れていることになるんだ?
以上のように話はどうにも上手く転がらず。やがてアンカラエフが去ろうとすると、ペレイラは自身のキャッチフレーズである「Chama! (やるぞ!)」と一言。するとアンカラエフも「No Chama! Let’s go! 10月4日だ!」と返答してその場を後にした。
その後同日に撮られたメディアインタビューでは、アンカラエフは通訳を通して「今回僕は怒っている。ぶちのめしてやりたいし、その瞬間を待っている」、「最近までアレックスをリスペクトしていたけど、もうその気持ちは失せた。こちらが隠れているなどと嘘を吐く人間は尊敬できない」、「アレックスは世間で過大評価されていたと思う。でも僕は実際に戦って奴を体感し、倒した。今回は前回より楽に勝てる。フィニッシュするよ。向こうも戦い方を変えて僕に勝てるとは思っていないだろう。それをするには年寄りすぎる。僕と再戦するのは、ただ大金を稼ぎたいだけだと思う」と、以前とは比べ物にならない強い口調で前王者をこき下ろしてみせた。
有意義なものを何も生み出さなかったかに見えた人間凶器二人の珍妙なるスマホトークだったが、結果として、今まで柔和な髭面と言語の壁、そして本人の意志に構わず放言するマネジャーの影に隠れていたアンカラエフの「喧嘩上等」な一面を覚醒させたようだ。
ちなみにその後アンカラエフ公式アカウントは「ところで僕は、この2カ月は自分でツイートしているんだよ。チャットGPTとグーグル翻訳は最高だ!」と投稿。当然の如くファン達からは「嘘つけ、アリ!」というツッコミが殺到したのだった…。
ライトヘビー級最高峰の対戦はテイクダウンの攻防が与える影響、心理戦が鍵?!
とまれ、紛れもなく世界の重量級頂上決戦である今回の再戦、その鍵は前回同様にスタンドにおける距離の攻防にある。サウスポーのアンカラエフとオーソドックスのペレイラ。前回は、アンカラエフが世界中で恐れられているペレイラの前手=左拳を巧みに捌きつつ、その外側を取りながら踏み込む左ストレートを中心にプレッシャーをかけることに成功し、主導権を握ったことが大きな勝因となった。
その背後では、テイクダウンをめぐる心理的攻防が働いていたようだ。ペレイラは、前戦にていつもより手数が減ってしまったことについて尋ねられた際「相手はテイクダウンを狙ってきていたからね。それによって距離も変わってくるから、調整せざるを得なかった。もっとアグレッシブに戦うべきだったか? おそらくね」と語っている。
実際に試合を見返すと、アンカラエフはテイクダウンを予期させる上半身のフェイントを随所に見せている。そうやってペレイラを警戒させてストレートで圧をかけ、アンカラエフはペースを支配した。戴冠後に公式アカウントも「レスリングを使って打撃の突破口を開くのが、今回のゲームプランだったよ」と語っている。
ならばこの再戦の大きな見どころは、レスリングの練習を重ねているというペレイラが今回、どれほどアンカラエフのテイクダウンを恐れずに自らのストライキングゲームを貫くことができるのか、にあるだろう。
■視聴方法(予定)
10月6日(日)
午前7時00分~UFC FIGHT PASS
午後11時~PPV
午前6時30分~U-NEXT
■UFC320対戦カード
<UFC世界ライトヘビー級選手権試合/5分5R>
[王者] マゴメド・アンカラエフ(ロシア)
[挑戦者]アレックス・ポアタン・ペレイラ(ブラジル)
<UFC世界バンタム級選手権試合/5分5R>
[王者] マラブ・デヴァリシビリ(ジョージア)
[挑戦者] コリー・サンドハーゲン(米国)
<ライトヘビー級/5分3R>
イリー・プロハースカ(チェコ)
カリル・ラウントリー(米国)
<フェザー級/5分3R>
ジョシュ・エメット(米国)
ユーゼフ・ザラル(米国)
<ミドル級/5分3R>
ジョー・パイファー(米国)
アブス・マゴメドフ(ドイツ)
<ミドル級/5分3R>
アテバ・グーティエ(カメルーン)
トレストン・ヴァインズ(米国)
<ミドル級/5分3R>
ジェラエルド・マーシャート(米国)
ミハウ・オレキシェイジュク(ポーランド)
<ミドル級/5分3R>
エドマン・シャバジアン(米国)
アンドレ・ムニス(ブラジル)
<バンタム級/5分3R>
ファリド・バシャラット(アフガニスタン)
クリス・グティエレス(米国)
<フェザー級/5分3R>
ダニエル・サントス(ブラジル)
ユ・ジュサン(韓国)
<女子バンタム級/5分3R>
メイシー・シェエソン(米国)
ヤナ・サントス(ロシア)
<バンタム級/5分3R>
パッチー・ミックス(米国)
ヤクブ・ヴィクワチ(ポーランド)
<ウェルター級/5分3R>
プナヘラ・ソリアーノ(米国)
ニコライ・ベレテンニコフ(カザフスタン)
<ウェルター級/5分3R>
ラムズ・ブラヒメジ(米国)
オースティン・ヴァンダーフォード(米国)
<女子フライ級/5分3R>
ベロニカ・ハルディ(ベネズエラ)
ブローガン・ウォーカー(米国)