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【Special】月刊、水垣偉弥のこの一番:8月 デュプレッシー×チマエフ「完成されたハメコンボ」

【写真】対面した相手にしか分からないスピードとリーチ。そこにチマエフのテイクダウンの秘密があるというのが水垣氏の分析だ(C)Zuffa/UFC

過去1カ月に行われたMMAの試合からJ-MMA界の論客が気になった試合をピックアップして語る当企画。背景、技術、格闘技観を通して、MMAを愉しみたい。
Text by Takumi Nakamura

大沢ケンジ、水垣偉弥、柏木信吾、良太郎というJ-MMA界の論客をMMAPLANET執筆陣がインタビュー。今回は水垣氏が選んだ2025年8月の一番──8月16日に行われた UFC319「du Plessis vs Chimaev」のドリキュス・デュプレッシー×カムザット・チマエフの一戦。チマエフが圧倒的な強さを見せつけた試合について語らおう。


――8月の一番はチマエフとデュプレッシーの一戦をセレクトしていただきました。日本人選手の試合も多かった中、この試合をセレクトした理由はなんですか。

「確かに8月は日本人の試合もたくさんあったのですが、やっぱりこれかなと思いましたね。チマエフが衝撃的な強さでした」

――同感です。例えばイリャ・トプリア×シャーウス・オリヴェイラも衝撃的でな試合したが、ああいった決着になる可能性もあると思っていました。ただチマエフ×デュプレッシーがここまで一方的になるとは全く思っていなかったです。

「僕は1Rからチマエフがテイクダウンを取るけど段々と疲れてきて、中盤以降にデュプレッシーのターンが来ると思っていたんですね。でも実際にデュプレッシーのターンになったのは5Rの最後の最後に少しあっただけで終わるという。予想以上にチマエフが強すぎました」

――僕も事前に勝敗予想も後半にデュプレッシーがチマエフを追い上げての判定勝ちだったので………完全に予想が外れましたね(苦笑)。しかも5Rにデュプレッシーにチャンスが訪れたのも普通ではありえないタイミングでのブレイクがあったからですよね。

「確か2回くらいブレイクがあったんですけど、どちらもここでブレイク?というタイミングだったじゃないですか。おそらく1Rだったらブレイクにはなっていない展開だったと思うんですよ。それが5Rになってブレイクになったというのは……」

――ある意味、レフェリーがこのままでは試合にならないと判断したのかもしれないですよね。

「そんな感じでしたね。ただパンチの破壊力こそ試合序盤よりも落ちていましたが、チマエフは動いていたし、膠着していたわけでもないので、あのブレイクはチマエフにとってかわいそうだなと思いました(苦笑)」

――チマエフのファイトスタイルについてもお聞きしたのですが、チマエフはテイクダウン能力とポジションキープ力が群を抜いていると思います。ただこれまでもチマエフと同レベルのレスリング力やポジションキープ力があった選手はいたと思うのですが、なぜあそこまでチマエフは相手を圧倒できるのでしょうか。

「今までの選手も(テイクダウンの)形に入ればテイクダウンする力を持っていて、そこはチマエフと変わらないと思います。ただチマエフはテイクダウンの形に入るまでのスピードが早い。画面で見ているとあまり伝わってきませんが、チマエフはミドル級のなかではめちゃくちゃスピードがある。例えばデメトリウス・ジョンソンがきれいにタックルに入ってテイクダウンを取るとすごくスピーディーに見えるじゃないですか。それがミドル級になると、どうしてもスピード感がないように見えてしまいましたが、いざ対面するとめちゃくちゃチマエフのタックルが早いんだと思います。

 あとは体系的にもチマエフは腕が長いので、スピード+腕の長さで遠い間合いからでもタックルに入ることができる。そのスピードとタイミングが抜群です。しかもタックル一発でテイクダウンを取れるからスタミナのロスもないですよね。それでいてポジションキープもすごい。この試合でもマットヒューズポジションを3分ほどキープしているラウンドもありましたが、相当コントロール力がありますよね。おそらく一つのポジションをキープしていて、それがダメだったらこうする、それもダメだったらこうす……そういうパターンが確立されているんだと思います。格闘ゲームのハメコンボみたいな形で(笑)」

――なるほど。まさに必勝パターンですね。

「そういった完成されたハメコンボを持っていて、それを精度が高く、しかもハイスピードで続けることが出来る。だから相手はついていくことができない。それがチマエフの強さにつながっていると思います」

――チマエフがまるで打ち込みをやっているように相手をテイクダウンしてコントロールするのはそういった理由があるのですね。

「あとは僕らが見ている以上に対面した時に強さを感じるのだと思います。ここにいれば大丈夫だろうと思ったところでタックルに入られて、そのままコントロールされてしまうみたいな。もっと一回のタックルの決定率が低ければ、こうやって対処すればタックルが切れるという感覚もあると思うのですが、チマエフの場合は5回タックルに入って、タックルを切る糸口が見つかるのが5回目みたいな感じなんです。だからチマエフ攻略法が見えても時すでに遅しなんですよね」

――反撃する時間もなければ、それだけのスタミナも残っていないと。

「はい。(しばらく考え込んで)いやぁ~~強いですね。試合開始前に座って笑いながら相手を下から見ている映像が抜かれますけど、あれには狂気を感じます(苦笑)

――今からこの相手と5分5Rやるのか…と思いますよね。

「デスノートの死神に見えますよ(笑)。対戦相手はチマエフノートに名前を書かれるみたいな」

――これだけチャンピオンを圧倒してしまうと対戦相手がいないですよね。

「僕は一時期チマエフは接戦になったり、自分の形が崩れたら意外とモロいんじゃないかなと思っていたんですよ。でもドゥリーニョ(ギルバート・バーンズ)とやった試合では殴り合いや接戦になったのですが、最終的にチマエフが判定勝ちして。ああいう試合になっても勝てるんだなと思いました。だから今後マッチメイクをどうするのかなっていう。本当に階級を上げて史上初の3階級制覇とかそういう話になってくると思います」

――MMAという競技が洗練されると、自分の型を持つ、それを繰り返すスタミナがある……そういう選手が勝ち残ってくのかもしれないですね。いわゆるファンタジスタタイプは減っていくというか。

「確かにそうかもしれないですね。ただ普通はそれを頭で分かっていても、試合では出来ないものなんですけどね(苦笑)。僕はテイクダウン=打撃を効かせるのと同じくらい大変なことだと思うし、グラウンドコントロールも同じだと思うんですよ。それをチマエフは5分5Rやり続けるわけじゃないですか。真似しようと思って真似できるスタイルではないですよね。チマエフは誰とやっていくんですかね?」

――う~ん………少なくともミドル級では勝負論があってワクワクする相手は今のところいないですね。

「ですよね。例えば闘牛って基本的に人間が牛に勝つもので、人間がどう牛を仕留めるかを見せるものじゃないですか。それと同じ…とは言わないですけど、ここまで来ると誰が相手になっても今回の試合はチマエフがどうやって勝つんだろう?という見方をしちゃいますよね。ただあのスタイルをやりきるには試合前の練習や準備が相当重要だと思うんですよ。だからちょっとでも格闘技に対するモチベーションが下がって、今ほど練習で追い込めなくなってきたら、試合途中にガクッと動きが落ちちゃうかもしれないですよね」

――MMAで多くのことを達成して、厳しく自分を律する目的がなくなってしまうことが一番の敵かもしれませんね。

「試合までにやっていたハードなルーティンをこなせなくなる・キツイことをやれなくなるかもしれませんよね。あとは年齢を重ねて体力的に衰えてくると、そこも含めてどう準備するかが求められる。少しずつ体力のキャパシティーは落ちるもので、そのキャパ内で今までと同じことやるというのは相当メンタル的にきついんですよ。そうなった時にどういう選択をするか、ですよね。例えばMMAで大金を稼ぐことが目標の選手はそれを達成したら一気にダメになる。逆にお金や人気に依存せず、MMAを好きでやっている選手は長く続けられる。体力的にキツくなったとしても楽しく格闘技をやるために妥協点を見つけて仕上げられるかどうか。そういうところにモチベーションを置かないと、今のスタイルでチマエフが勝ち続けるのは難しいかもしれません。ただ……言い方を変えれば、自分が衰えない限りは相手がいない……そう思わせるチマエフはものすごい選手だと思います」

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