【Special】月刊、良太郎の一番:4月 ヴォルカノフスキー×ロピス「出入りとフェイントで脳を疲労させる」
【写真】中盤以降はジャブの制空権を支配したヴォルカノフスキー。そこには細かいフェイントが散りばめられていた(C)Zuffa/UFC
過去1カ月に行われたMMAの試合からJ-MMA界の論客が気になった試合をピックアップして語る当企画。背景、技術、格闘技観を通して、MMAを愉しみたい。
Text by Takumi Nakamura
大沢ケンジ、水垣偉弥、柏木信吾、良太郎というJ-MMA界の論客をMMAPLANET執筆陣がインタビュー。今回は良太郎氏が選んだ2025年4月の一番──4月12日に行われたUFC314のアレックス・ヴォルカノフスキー×ジエゴ・ロピスのUFC世界フェザー級王座決定戦。36歳という年齢で2連続KO負けからの再起を果たし、ベルトを巻いたヴォルカノフスキーの打撃スキルについて語らおう。
――4月はアレックス・ヴォルカノフスキー×ジエゴ・ロピスの一戦をセレクトしていただきました。この試合はヴォルカノフスキーがロピスに判定勝利した試合ですが、僕は戦前の予想ではロピス有利だと思っていました。ヴォルカノフスキーは年齢が36歳、2連続KO負け中だったので、ヴォルカノフスキーは分が悪いんじゃないかなと。
「しかもあの日はキャリアがある選手が若い選手に負けていく流れでしたからね」
――年齢とキャリアを重ねるとどうしてもダメージが溜まる・身体能力が衰える選手が多い中で、ヴォルカノフスキーが上り調子のロピスから5R判定勝利を収めたことに驚きました。
「ヴォルカノフスキは百戦錬磨のファイターで、僕はヴォルカノフスキーも大好きなんですけど、試合全体を通して振り返ると、1Rのヴォルカノフスキーは凄まじくステップを踏んでいるんです。ツーステップ、タンターン、ツーステップ、タンターンというイメージで前後にステップしている。後半になっていくと多少の疲れもあって動きが落ちたように見えるのですが、3R以降はヴォルカノフスキーがジャブの制空権を取り始めたんです。ヴォルカノフスキーは(打撃の)入り方に特徴があって、分かりやすく言うと左回り・右回り、どちらから入る時も全てフェイントのかけ方が違う。ヴォルカノフスキーはどの角度からでも必ずフェイントをかけてから入っていくんです。
しかもジャブを当てるために(フェイントを入れる)というよりは、自分の攻撃に対してロピスに何を出させるか。そういうフェイントのかけ方をしています。で、ヴォルカノフスキーはロピスが出してきた攻撃に対してアクションを起こす。しかもヴォルカノフスキーはそれを5分5R=25分間続けるので、ロピスとしてはめちゃくちゃ頭が疲労したと思います。それでラウンドを重ねていって、ロピスも最後はねじ伏せに行くしかなくなるんですけど、その頃にはジャブの制空権を取られていて手遅れになっている。そんな状況だったと思います」
――ロピスとしては何をしていいか分からなくなるような状態だったのでしょうか。
「そうですね。しかもそのフェイントに関しても、本当に来る打撃かフェイントなのかが分からないぐらい絶妙なんですよ。通常オーソドックス×オーソドックスの場合、ジャブを打って左に回って入るのがセオリーじゃないですか。でもヴォルカノフスキーは左回りだけじゃなくて、右回りも軸にしながら入るんです。具体的に言うと、ヴォルカノフスキーはジャブを入れたら一度左に回って、そこからすぐ右に回る。その時に右手を出しながらフェイントを入れて、ロピスがそのフェイントにひっかかったらカーフを蹴る。今度はそこから左に回って前後のステップからジャブを入れて、ロピスのジャブが当たらくなってきたら自分のビッグショットを狙う。そういう動きが色んなところに散りばめられているんですよ」
――こうして良太郎さんの解説を聞いていても頭が混乱してきます(笑)。
「しかもそういう動きが体に染みついているから、試合の後半になって制空権を取れたと判断したら回り方を左右で変えたりもするし、それを試合中の一部ならまだしも、25分間ずっと続けるわけなので、それはロピスも混乱しますよね。ヴォルカノフスキーは“ちょこまか動いて速い”とは少し違っていて、入り方がイン→アウト→イン→アウトで入ったり、右回り・左回りを変えたりして、そこを高度に使い分けている感じですよね。今回はそこまでサウスポーにスイッチしていなかったですが、ロピスに対してはオーソドックスでいった方がいいという判断だったんでしょうね」
――しかも連勝していて勢いがあるわけでもなく2連続KO負けという状況で、これだけ質の高いパフォーマンスを見せられるというのは、ヴォルカノフスキーのメンタル的なタフさを感じます。
「そうなんですよ。イスラム・マカチェフとイリャ・トプリアという絶対王者たちにやられているわけですからね。ただヴォルカノフスキーはヴォルカノフスキーでネジが外れていて(笑)、スクランブル発進で階級が上のマカチェフとやっちゃうわけじゃないですか。普通UFCのチャンピオンがそういうオファーは受けないですよ。それで言ったらあんなに短期間で防衛戦を重ねるアレックス・ペレイラもそうなんですけどね」
――3月はアンカラエフ、4月はヴォルカノフスキーをセレクトしていただきましたが、一発の強打を持つ相手に対して、いかにフェイントや手数の多さで勝負するかが重要だということが分かりました。
「僕も出入りとフェイントのかけ方は選手に意識させていて、グラップラーだったら出入りからテイクダウンやバックを取る展開まで持っていかせるようにするし、ストライカーの場合はジャブの制空権の取り合いが大事なので、そこもしっかり意識させます。ジャブの制空権で言えば、ヴォルカノフスキーとマックス・ホロウェイの試合を見ると、腕をだらっと下げてジャブをリズミカルに打つようなホロウェイに対し、ヴォルカノフスキーが色んなフェイントをかけてジャブで制空権を取っていって、徐々に差がついていくのが分かります。
またヴォルカノフスキーは百戦錬磨だから、ロピスの打撃をもらったあとのリカバリーも上手いんですよ。一発もらっても慌てないというか。前回のトプリア戦はヴォルカノフスキーがトプリアの圧倒的な爆弾(右フック)を処理しきれず、足が揃った瞬間にスイングフックを食らうという致命的なミスをしてしまいました。今回の試合でもロピスがアッパーを狙っていて、実際にいいアッパーをもらっているんです。おそらくあれはロピスの方がリーチが長くて懐が深いからヴォルカノフスキーが入ってくるところにショートアッパーを合わせる練習をしていたんだと思います。
ただヴォルカノフスキーは色んなことを想定しながら動いているので、仮にパンチをもらったとしても全く見えていない・分かっていない状態でもらうパンチではないんですよね。だから一発もらってからも戻しが早いし、焦らずに試合を進めることが出来る。普通はああいうアッパーをくらったら慌てるし、スイングフックをもらったら嫌がりますけど、すぐに立て直して自分のジャブの制空権に戻す選択をした。結局最後はロピスに突っ込まざるをえなくしてますからね」
――ヴォルカノフスキーは10試合連続でタイトルマッチを戦っていて王座返り咲きというのはものすごい戦績ですよね。
「同じように25分間動くスタイルでも、マラブ・デヴァリシビリはタックルとテイクダウンを交えたスタイルですけど、ヴォルカノフスキーは打撃メインでそれをやるわけじゃないですか。5Rを通しての入り方は本当にすごいと思いますね。早く動くだけじゃなくて、しっかりどの角度からでもフェイントを入れて、その細かいフェイントの中で自分だけが当てられる技をチョイスする。相手のビックショットを喰らっても、すぐに立て直せるというのは本当に百戦錬磨だと思います」
――しかもそれを36歳という年齢で見せてくれるというのは勇気をもらえますね。
「あの年齢でもパフォーマンスが落ちないし、25分間やっちゃうわけですからね。今UFCチャンピオンの年齢数が少し上がり気味ですけど、タイトルマッチを年2回、ちゃんとトレーニングキャンプを張って体を仕上げていけば、ヴォルカノフスキーくらいの年齢でも防衛を続けられるかもしれませんよね。そういう意味でも勇気をもらうヴォルカノフスキーの王座戴冠でした」