【Special】月刊、良太郎の一番:6月 トプリア×オリヴェイラ「パーリングと同時に放たれたボラート」
【写真】フィニッシュになった右フック=ボラートはもちろん、ジャブの顔とボディへの打ち分けなど、今回もトプリアの試合には濃密な技術が詰まっている (C)Zuffa/UFC
過去1カ月に行われたMMAの試合からJ-MMA界の論客が気になった試合をピックアップして語る当企画。背景、技術、格闘技観を通して、MMAを愉しみたい。
Text by Takumi Nakamura
大沢ケンジ、水垣偉弥、柏木信吾、良太郎というJ-MMA界の論客をMMAPLANET執筆陣がインタビュー。今回は良太郎氏が選んだ2025年6月の一番──6月28日に行われたUFC 317「Topuria vs. Oliveira」のイリャ・トプリアとシャーウス・オリヴェイラのライト級王座決定戦。
フェザー級で圧倒的な強さを見せてきたトプリアがライト級転向初戦でオリヴェイラを一撃KOするという衝撃的な結末を迎えた一戦。この連載でもトプリアの打撃を高く評価してきた良太郎氏がこの歴史的KO勝利について語る。
――6月はやはりこの試合、イリャ・トプリア×シャーウス・オリヴェイラの一戦をセレクトしていただきました。良太郎さんは連載がスタートした当初からトプリアの打撃を高く評価していましたが、このKO勝ちは予想していましたか。
「僕は絶対にトプリアならKO勝ちできると思っていたんですけど…想像を超えるKOでしたね」
――僕も事前にトプリア勝利を予想していたのですが、それはトプリアの打撃スタイルだったら上の階級でも通用すると思ったうえでの予想でした。だからこそオリヴェイラが両差しでトプリアに組む→四つ組みの攻防でテイクダウンを仕掛けた際、トプリアが上のポジションを取ったことに驚きました。
「試合が始まってトプリアとオリヴェイラが向かい合った時、明らかに2人のフレームの大きさが違ったじゃないですか。オリヴェイラが身長178㎝・リーチ188㎝、トプリアが身長170㎝・リーチ173㎝なので、この数字を見ただけでも、明らかにトプリアとオリベイラはサイズが違いますよね」
――身長差8cm・リーチ差15㎝は同じ階級とは思えないですね。
「ちなみにフライ級のアレッシャンドリ・パントージャが身長165㎝・リーチ172cmなので、身長とリーチだけでいったらトプリアはパントージャに近いと言ってもいいくらいですから。ただ僕はフレーム差がある分、トプリアからすると当てる的も大きいから打撃そのものは当てやすかったと思うんですよ。ただ組み技になるとそうはいかない。フレームの差がある分、組みではオリヴェイラが有利だと思っていたんです。もともとトプリアはグレコローマンレスリング出身&柔術黒帯で、組み技のバックボーンを持った選手が超強豪ストライカーになった典型例だと思うんですけど、最近の試合ではそこまで組みの強さを見せる場面が少なかったじゃないですか。だからオリヴェイラに組まれたどうなるんだろう?と思っていたら、いきなりあれ(上を取る)でしたからね。あんなことが出来る選手はなかなかいないですよ」
――しかもテイクダウンしたあともオリヴェイラのガードを膝で割ってパスガードにも成功したことにも驚きました。
「そうなんです。テイクダウンや投げの攻防でサイドを取ったわけではなく、寝技の攻防をやってパスガードしている。あの試合はすべての攻防・展開においてトプリアが凄すぎますね(笑)」
――ぜひ良太郎さんには打撃に特化して今回のKO劇を振り返ってもらいたいと思います。
「僕がずっと言っていることですが、トプリアはメキシカンボクシングの完成系のMMAファイターだと思っているんですよ」
――マックス・ホロウェイ戦後の取材ではトプリアの右脇を絞って、常に右のパンチを打てる状態にしている構えについて技術解説してもらいました。今回もその右のプレッシャーがかかっていたのでしょうか。
「そうですね。先ほど話した通り、トプリアとオリヴェイラはかなり体のフレームに差がありました。フィニッシュシーンは顔にジャブを打っておいて、それをフェイントにしてボディジャブ、再び顔へのジャブ。ジャブを上と下に振っておいて、オリヴェイラのジャブを左手でパーリングしながら右のボラート(メキシカンボクサーが使うフック)をぶちこみました。KOシーンだけを切り抜いたら右のボラートで倒しているんですけど、僕の推測でトプリアはオリヴェイラに対して左ボディが打ちづらかったと思うんですよ」
――ボディが打ちづらかった?
「いつものトプリアはしっかり構えの形を作ったらボディを効かせてから上にパンチを振るんですよ。先に首から下にパンチを振るのはメキシカンボクシングの基礎。ただトプリアはオリヴェイラと対峙して構えを見た時に角度的に左ボディを打ちづらかったと思うんです。しかもオリヴェイラはオリヴェイラでパンチを打ち返してくるし、ガードを上げて蹴りも出してくるので。そこでトプリアはジャブからボディフックじゃなくて、ボディジャブに切り替えたんですよ。あれがさすがでしたね。実際にオリヴェイラはトプリアのボディジャブに反応してしまい、自分のジャブをパーリングされた時にはトプリアにパーリングされて右のボラートを打ち抜かれていた、と。ボラートに関してはシンプルに体を先に振って、その体幹の強さで右の拳が出てくる打ち方です」
――あの場面は右ストレートよりも右フックの方がよかったという選択なのでしょうか。
「それもあるだろうし、オリヴェイラのジャブをパーリングする動きと右のボラートを打つ動きがほぼ同時なんですよね。右のオーバーハンドフックの場合、左の股関節にグッと力を入れて、上から右の拳を振り下ろすじゃないですか。でもトプリアのボラートは左手でパーリングした段階で体が回り始めていて、右拳の引きつけも始まっているんです。組みのところでトプリアの腰の強さにも触れましたが、きっとトプリアは体幹や軸の強さも異常だと思うんですよ。普通は左のパーリングから右フック系のパンチを打とうと思ったら、体重移動しなければいけないので少し時差があって右の拳が動くんですね。でもトプリアがその時差がなくて、ほぼ同時なんですよ。あれはトプリアの尋常じゃない体幹・軸の強さが成せる業だと思います。オリヴェイラは完全にトプリアの右が見えていなかったですし、返しの左はおまけの一撃でしたね」
――体幹・軸の強さはパンチ力にもつながっているのでしょうか。
「もちろんです。パンチを当てる技術はもちろん、パンチの威力そのものも尋常ではないと思います。試合後にマラブ・デヴァリシビリが『トプリアの打撃は強すぎてスパーリングできない』『ボディブローで2回倒された』と発言していた動画を見たんですけど、あれは大げさじゃないと思います。この連載でも話したようにトプリアのボクシングスキルはものすごく高いレベルで、メキシカンスタイルをしっかり使いこなしたうえで組み・寝技も抜群に強い。本当に穴がないチャンピオンだと思います」
――そういった意味ではレスリングや柔術で培った体の強さが打撃に活きているわけですよね。
「体が強いうえに体の使い方も上手いです。その二つがミックスされて総合的にフィジカルが強いですね」
――トプリアは世界的に有名なジムに所属しているわけではないので、どんなトレーナーがトプリアにボクシングを指導しているのか気になりますね。
「僕はあれはメキシカンボクシングだと思います。メキシカンボクシングをかなり大雑把に分けると2パターン、攻め主体と守り主体に分かれるんですけど、完全にトプリアは攻め主体のメキシカンボクシングですね。そのテクニックをMMAに完全にアジャストさせて、なおかつ自分のスタイルのなかで適材適所で使い分けていますからね。あとトプリアはマインドも強いですよ。試合前に『オリヴェイラを1RでKOする』と言って、その通りに倒しちゃうわけですからね。トプリアは自分のファイトスタイルを信じて貫いているし、実際にどんな相手でもトプリアの一発を喰らったら倒されると思うんですよ。マックス・ホロウェイ、アレックス・ヴォルカノフスキー、シャーウス・オリヴェイラをKOした相手と戦うことになったら……どう考えても警戒しますよね。トプリアからしたら今度はそれを踏まえて試合を組み立てられるので、より有利になっていきますよね」
――ライト級転向初戦でオリヴェイラをKOしたトプリアですが、これからどんな相手と対戦を見たいですか。
「ライト級はいいキャラが多いですし、是非バックアップ選手でスタンバイしていたアルマン・ツァルキヤンとやってほしいですね。むしろ唯一トプリアを止められるのはツァルキャンくらいしかいないと思いますよ」
――僕も長くMMAを見てきて、今回のトプリアはコナー・マクレガーがジョゼ・アルドをKOした試合と同じくらい衝撃を受けました。時代が変わる瞬間というか、それまでに価値観がすべて破壊されるようなKO勝ちだったと思います。
「ただ単にバカ力でパンチをぶち抜いたわけではなくて、オリヴェイラの下からの仕掛けを切って、自分のフィールドに持ち込んで、圧倒的なスピードと反応から生まれる強力な一撃を叩き込んで終わらせたわけじゃないですか。まさに心技体すべてが世界最高レベルで揃った試合ですよね。もうトプリアは手がつけられないところに行ったチャンピオンだと思います」