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【Special】『MMAで世界を目指す』第9回:鈴木陽一ALIVE代表「長谷川賢に訊く世界のフィジカル」─02─

【写真】背景のインパクトが強い(C)SHOJIRO KAMEIKE

MMAワールドで勝つためには、フィジカル強化が不可欠となった。この連載では「MMAに必要なフィジカルとは?」というテーマについて、総合格闘技道場ALIVEを運営する鈴木社長=鈴木陽一代表が各ジャンルの専門家とともに、MMAとフィジカルについて考えていく。
Text by Shojiro Kameike

現役MMAファイターであると同時にProgress実行委員会代表を務める長谷川賢に、日本と海外のフィジカルについて訊く連載第9回。フィジカル、体力の違いは何も体の強さだけに表れるわけではない。力は技を成長させる要素を持っている。そう語られた前編に続き、この中編ではMMAファイターにとって重要な「下地」となるフィジカルの鍛え方について深堀していきたい。

<連載第9回Part.01はコチラから>


鈴木 ALIVEも世代が変わり、今は高校生のプロ選手が出てきました。また、その世代からフィジカルトレーニングを強化していて。シンプルにフィジカルと打ち込みだけ、というクラスを選手練の中で始めました。

そのフィジカルという面で考えないといけないのは、「ベンチプレスで挙がるのは体重の何パーセント」とか数値の部分だけでなく、生物としての基本性能なんですよね。山を走る、懸垂が何回できるとか、基本性能を上げていかないとダゲスタンや中央アジアの選手には勝てないとも思っています。それに対して、米国のMMAファイターはグラップリングの前に、基本的なレスリングからやっていきますよね。

――それこそMMAレスリングやグラップリング以外でも、レスリングあってのボクシング、レスリングあってのムエタイでもあるでしょう。

長谷川 全てのベースとなる部分をレスリングでつくり上げる、と捉えているということですよね。僕の経験でいうと、フィジカルトレーニングを始めた当時は、MMAの練習ができないぐらい追い込まれていました。

鈴木 あぁ、なるほど。

長谷川 始めた当初は本当にキツかったです。朝7時から砧のラグビー場でラガーマンたちと走る。2時間ぐらい走り、ごはんを食べて休んでから、昼にフィジカルトレーニングに取り組む。そうなるともうMMAの練習は、ミットを打つぐらいしかできなかったです。そこで考えて午前は筋トレ、午後にMMAをやるようにしました。それでも毎朝起きる時には憂鬱になるほど、午前の練習では追い込まれていましたよ。

鈴木 今は日本でもテクニック動画やSNSから起こる技術論がある。少し前はフォークレスリングとか、純粋に組んで投げるという世界観がありました。プログレスは、まさにその世界観が成立しているルールだと思います。そこにもっとフィジカルも――やはり技術を使うための力がない人は最低限、ベンチプレスやスクワットをやらないといけない。

――慧舟會東京本部代表であった故・守山竜介さんは「今の若い人のバランスが悪いのは、子供の頃に相撲で遊んでいないからだ」と仰っていました。一方、モンゴルの人たちは街で友人と再開した時に、組んで「元気かどうか」を確認すると、テレビ番組で紹介されていました。文化として、日常として組むことが染みついているかどうかで異なりますね。

長谷川 分かります。僕たちの時代は、子供の頃に相撲どころか、体育の授業で柔道もやっていなかったです。モンゴルでいえば、そういった男の強さを誇りにする人たちが多い文化で。

――今の日本で、子供の頃に組み合うような環境を整えることは難しいかもしれません。でもMMAの世界で勝とうと思うなら、当然考えないといけない問題ではあって。

プログレスルールで中島太一を下している大脇征吾。本人は「立ち技が得意じゃない」と語るが、柔道時代に培われたフィジカルは見えた(C)MMAPLANET

長谷川 確かに簡単なことではないです。でも力が強いほうが、勝利に近づくことは間違いない。それこそ合理的なことですよね。

鈴木 うん、そうだね。

長谷川 ベンチプレスで150キロを挙げることは難しいですよ。でも先ほど鈴木社長が仰っていた「最低限」ぐらいまでは皆――プロスポーツ選手であれば、そこまで時間をかけなくても到達すると思います。そこに到達しないなら、もう辞めたほうがいいんですよ。申し訳ないけど僕なら「それができないと正直、MMAには向いていない」と言っちゃいます。

鈴木 パワー、フィジカル……強い体をつくらないと、まず練習ができないんですよ。今の若い選手に向けてフィジカル面について言いたいのは、単純に数字で表されるものだけでなく、ドロドロになるぐらい懸垂やスクワットをやってみるとか。なんて言うと、古い世代だと思われてしまうかもしれないけど。

長谷川 いや、本当にそうなんですよ。僕もどれだけビッグスリー(ベンチプレス、スクワット、デッドリフト)をできるか、だと思っています。ONEで戦っていた時は、結構な数値を挙げられるようになっていました。ハッキリ言えば、MMAって全部できないといけない。その「全部」には「強くボールを投げられるかどうか」も関わってきます。

鈴木 今、海外のジムに行くと、だいたい雲梯がありますよね。

長谷川 ありますね! ある。サンディエゴのアライアンスにもありました。

鈴木 今は水泳選手も懸垂をやるそうですね。握力と生命力は比例する、という理論があります。人類の進化で考えると、まず赤ちゃんの中で生存率が高いのは、お母さんにつかまっていることができる子だった。その前に類人猿の時代でいうと、木につかまっていられると生存率が高かった。だから握力と生命力は比例するということにつながっていて。

長谷川 それが生物としての力ということですね。

鈴木 そう。ウチは今、竹本啓哉が柔術クラスを担当していて。クラスが終わると18~19歳の道着懸垂をやっているんですよ。

長谷川 へぇ~、それは面白い。

――道着懸垂とは何ですか?

長谷川 道着を引っかけて懸垂するんですよ。最初に流行ったのは、井上康生さんが五輪に出る時、「こうやってトレーニングしています」と紹介された時かなぁ。

鈴木 道着懸垂は、まず握力がないとできない。生成AIが発達している時代だけど、AIでは分からない、肉体的なトレーニングに立ち返る時期に来ていると思っています。

――18~19歳の選手たちは、道着懸垂ができるのですか。

鈴木 いや、まだできないです。だからまずは懸垂バーから始めていますね。

長谷川 僕は高校生の時、柔道部でやっていました。

鈴木 そうなんですよ。こういうトレーニングは本来、ゴールデンエイジと呼ばれる成長期に取り組むと、大人になってから差が出ます。

――子供の頃から他のスポーツに取り組んでいたり、力をつけるトレーニングを経験していると、MMAを始めるうえでも下地が違いますよね。

高校生の年代にMMAを始めることも多くなっている。この時期に必要なのは過度な減量でなく、下地となるフィジカルづくりだ(C)SHOJIRO KAMEIKE

鈴木 その「下地」という言葉がふさわしいと思います。科学的に体重の何パーセントがどうとか、血中の乳酸濃度がどうと言う前に……。

長谷川 まずMMAをやるために必要な体力や筋力をつけないといけませんね。正しいことをやっていても、正しくなくなる時ってあるじゃないですか。たとえば鈴木社長が僕とスパーリングしていて、鈴木社長が正しい十字の形に入る。でも僕がパワーで外したら――それは正しいことをやっているのに、正しくなくなる。

鈴木 すごくよく分かります。

長谷川 ということは、自分が正しいことをするためにも相手のパワーを抑える力が絶対に必要なんですよ。このスポーツをやっていて、力が必要ない時なんてない。高校の時にも、技の入り方がすごく綺麗だけど、入っても力がないから投げることができない部員がいました。でもそこから力をつけようとすると、技がおかしくなっていくんです。

鈴木 加藤久輝も本来の適正試合体重は80キロぐらいだと思うんです。ハンドボール時代の日本代表のトレーニングがあったから、それより上のウェイトでも戦えている。どの競技をベースとしているかではなく、フィジカルのベースをつくる走り込み、懸垂、腕立て伏せ、スクワットは――科学的には見えないけど、まさに「下地」として必要ですよ。

長谷川 何のスポーツをやっても、速くて力が強い選手は強いんです。

<この項、続く

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