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【Special】『MMAで世界を目指す』第9回:鈴木陽一ALIVE代表「長谷川賢に訊く世界のフィジカル」─01─

【写真】対談は3回にわたって掲載します(C)SHOJIRO KAMEIKE

MMAワールドで勝つためには、フィジカル強化が不可欠となった。この連載では「MMAに必要なフィジカルとは?」というテーマについて、総合格闘技道場ALIVEを運営する鈴木社長=鈴木陽一代表が各ジャンルの専門家とともに、MMAとフィジカルについて考えていく。
Text by Shojiro Kameike

今回は現役MMAファイターであると同時にProgress実行委員会代表を務める長谷川賢に、日本と海外のフィジカルについて訊いた。長谷川は国内ヘビー級(DEEPメガトン級)の試合はもちろんONEタイトルマッチ、米国での試合や練習も経験。さらに現在はモンゴルをはじめアジア人ファイターを発掘している。そんななかで長谷川が見たフィジカルとは。


鈴木 今回は選手として海外での試合を経験し、現在はプログレス実行委員会として強豪外国人選手を招聘している長谷川賢さんをお招きしました。長谷川さんには「日本人選手が世界で活躍するためのフィジカル」についてお聞きしたいと思います。よろしくお願いします。

長谷川 よろしくお願いします!

2度にわたり当時のONEミドル級王者オンラ・ンサンに挑んでいる長谷川。現在と比べたらーー細い(C)MMAPLANET

鈴木 早速ですが日本MMAの現状を見ると、フィジカルトレーニングに取り組んでいる選手は少ないのではないかと思っています。格闘技が専業ではない選手が少なくないことも関係しているかもしれません。MMAファイターの練習は打ち込み、ドリル、ミット、スパーリングで終わることが多くはないですか。

長谷川 僕もプロになって最初の頃は、それほどフィジカルにはフォーカスしていなかったです。礒野元さんから言われたのは「アマチュアに多いタイプだ」と。僕はアジリティ(敏捷性)が高いけど、フィジカルは強くない。それをアジリティで誤魔化しながら戦っているということでした。

鈴木 なるほど。

長谷川 「普通ならフィジカルで勝負するところを、アジリティですり抜けている。その能力は高く買っているけど、フィジカル強化が急務だよ」と言われて。そう言われたあと米国へ練習に行った時も――デビュー当時の僕はヘビー級で、米国で練習していると『やっぱりこの選手たちとはフィジカルが違うな』と感じました。そこで初めて、日本人選手のヘビー級は成り立たないと思ったんです。

鈴木 米国のヘビー級だと体重は100キロ以上あるのに体脂肪率が10パーセントとか、そういう選手がいたりしますからね。

長谷川 ヘビー級のリミットである120キロまで減量してくる選手がいるわけじゃないですか。そうなるとライトヘビー級とヘビー級では、他の1階級差とも違う。僕も米国で練習したあとライトヘビー級に下げて、フィジカルトレーニングに取り組むようになりました。

日本人選手でフィジカルの強さを感じたのは、岡見勇信さんです。特にヘクター・ロンバート戦直前の岡見さんは凄かった。ミドル級なのに、岩と組んでいるような感覚でしたね。「これが世界のスタンダードなんだな」と思いました。

鈴木 岡見選手はUFCで最も結果を残した日本人選手の一人です。しかし、その岡見選手もUFCでベルトを巻くことはできなかった。そう考えると、国内各団体のトップランカーでも、海外の選手と比べてフィジカルでは劣っている可能性があるわけですよね。

長谷川 可能性がある――というより、間違いなく劣っていると思います。正直なところ、僕が礒野さんに言われてから取り組んでいたフィジカルトレーニングの量と比べると、多くの選手がその半分もやっていないのが現状で。

鈴木 長谷川さんはプログレス実行委員会として選手発掘のために、いろんなアジアの国を回っていますよね。そうしたアジアの国々の練習はどうなのでしょうか。

長谷川 アジアの選手も、まず身体が出来ていますね。それが生まれ持ってのものなのか、トレーニングで身につけたものなのかは、選手にもよるとは思います。モンゴルでは興味深い話を聞いたんですよ。モンゴルの地方選手が言うには「ウランバートルの選手は腕立て伏せもできないよ」と。

鈴木 えっ!?

Gladiatorフライ級王者オトゴンバートルは、ウランバートルから約640キロ離れた、中国との国境にあるバヤンホンゴル県出身(C)MMAPLANET

長谷川 「地方でゲルに住んでいるような遊牧民たちはフィジカルが強いんだ」と聞きました。もちろん腕立て伏せができないわけはないんですけど(笑)。ただ、それだけモンゴルの地方出身の選手はフィジカルが突出しているということですよね。

鈴木 最近のダゲスタン系ファイターのSNSを見ていると、練習は懸垂をはじめとして原始的なトレーニングを延々としているイメージがあります。

長谷川 これはフィジカルの話から逸れるかもしませんが、世代として「僕より上」「僕より下」で組み技の練習量が全然違うと思います。あくまでMMAファイターに限った話ではありますけど、組み技の練習量が少ないためにフィジカルで劣っているのではないか――そう感じることは多々ありますね。

鈴木 そうですね。昔は有名な道場へ出稽古に行くと、木口式トレーニングなど対人トレーニングや対人のスパーリングが多かった。

――個人的な印象としては木口道場出身ファイター、そして和術慧舟會出身ファイターですね。岡見選手がそうであるように。慧舟會東京本部に掲げられていた「力なき技は無能なり」という言葉が懐かしいです。

長谷川 あぁ、なるほど。慧舟會出身の人たちは皆、力が強かったです。そこまで組みの練習が多いことに加えて、補強もあって。

――現在は韓国でコリアン・トップチームの練習を見ると、いつも慧舟會東京本部を思い出します。

鈴木 これはインターネットやSNSの普及も大きいと思っています。ウチの選手たちを見ていても、YouTubeやSNSで技術の動画を入手できる。セミナーの動画を視ながら「こういう技がある」と言ってくるんだけど、僕から「じゃあ、その技をやりこんだの?」と訊くと、決してそうではないことが多いです。

長谷川 ベースがないと、それは単なる上積みにしかならないんですよね。

――たとえばMMAレスリングという言葉があります。それはレスリングというベースの先にあるもので、いきなりMMAレスリングの部分だけすくい上げることはできないとは思います。

長谷川 確かに。練習でも「なぜそれを練習しているのか」を分かっていない部分は多いと思います。大事な部分を理解せずに、形だけつくろうとしているから。

鈴木 それこそ最も原始的な格闘技であるレスリング=ちゃんと組んで相手を制することを考えるためには、プログレスのルールって良いと思うんです。MMAファイターが強くなるために、組んで倒して極める。下になったらスイープしたり、エスケープして立ち上がる。

長谷川 そこなんですよ。下になるのは、極める技術を持っているからこそ。でも多くのファイターはそうでなく、テイクダウンの攻防で負けて下にされてしまっています。

鈴木 ヌルマゴ軍団を見ても、特別なレスリングをしているわけじゃないと思います。

長谷川 彼らのMMAはワンパターンだと言う人もいるけど、そもそも強いから余計なことをしなくても勝てるわけですよね。「力も技術」という人もいますし。

――ダゲスタンや中央アジア勢は、もう生き物として強いと。

長谷川 はい。余計なことをしなくても良い強さ、というものです。ボクシングでもマニー・パッキャオは、基本的なワンツーが中心だったじゃないですか。ヌルマゴも現代MMAにあって、まずテイクダウンと倒して以降を突き詰めている。そのために何か足りないと思ったら、スクワットをするとか。要はフィジカルって、どれだけ強さと向き合っているかというパロメーターの一つだと思っています。

<この項、続く

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