【Special】『MMAで世界を目指す』第9回:鈴木陽一ALIVE代表「長谷川賢に訊く世界のフィジカル」─03─
【写真】フィジカル強化のためにも、プログレスが拡大していく(C)PROGRESS
MMAワールドで勝つためには、フィジカル強化が不可欠となった。この連載では「MMAに必要なフィジカルとは?」というテーマについて、総合格闘技道場ALIVEを運営する鈴木社長=鈴木陽一代表が各ジャンルの専門家とともに、MMAとフィジカルについて考えていく。
Text by Shojiro Kameike
現役MMAファイターであると同時にProgress実行委員会代表を務める長谷川賢に、日本と海外のフィジカルについて訊く連載第9回も、遂に後編へ。世界のMMAファイターと、そのフィジカルを見てきた両者が辿り着いた一つの結論とは――新しい動きが始まる。
<連載第9回Part.01はコチラから>
<連載第9回Part.02はコチラから>
長谷川 体力や筋肉があったうえで、そこからどの技術を身につけるか。野球の技術を身につけると野球になり、格闘技の技術を身につけるから格闘技になるわけです。最近だと福田龍彌選手って、速くて強いじゃないですか。もちろん技術的にも凄いけど、その技術を支えるフィジカルが凄いと思うんです。でないと、あのカウンターは打てない。
――福田選手のMMAを支えているのは、まずムエタを学んだ現地の環境でしょう。そう考えると柔道、レスリング、ムエタイと何を学んだかではない。その前に小さい頃から、どれだけ体を動かしているかが重要になるとは思います。
長谷川 それも圧倒的な量をやらないと、世界では勝てないですよ。鼻血を出しながらもトレーニングしているような人たちばかりの世界ですから。みんな「テクニックが大事だよ」とか言うけど、僕たちが見るトップ選手たちの言う「テクニック」って、そうした下地の上に成り立っているものであって。
鈴木 日沖発がカナダTKOでベルトに挑戦した時、タイトルマッチだから5分5Rでした。最初は同じラウンド数、ミットをやると後半疲れて動きが落ちる。でもそのラウンド数をやっていけば、次第に続けられるようになる。僕も細かいミット持ちのテクニックがあるわけじゃない。ただ、とにかく5分5Rミットで受け続ける。ああいう常識外れというか、毎日5分5Rミットをやっていましたね。
長谷川 そうなると「今日もミット、5分5Rかぁ」って、朝起きた時に憂鬱になるんですよ。でもそれを乗り越えていかないといけなくて。
鈴木 加藤久輝もベラトールに出る時、自分から「ミットを5分5Rやってください」と言ってきました。やはり世界で戦う選手というのは、そういう意識がありますよね。
長谷川 自分で言ったあとに、「言っちまったぁ」と後悔しちゃうんですけどね(笑)。
鈴木 アハハハ。久輝も「自分で言ったことだけど嫌だった」と笑っていたよ。
――子供の頃に体力がないとスポーツだけでなく、勉強するための集中力も欠けるのではないですか。
鈴木 集中力もそうだし、子供なら免疫力にも影響を及ぼすかもしれないですね。オリンピックにおいても――ゴールデンエイジと呼ばれる年代に、いかにスポーツをしているか。小学校高学年から中学校の時に、ムチャをさせる部活に入っていたほうが大人になってから選手として成功している例があって。
ムチャっていうと変かもしれないけど、限界を超えたトレーニングをしていないと超回復も弱くなる。「フィジカル」というと、どうしても科学的な響きに聞こえるかもしれません。しかし実際は、動物としての機能を挙げることなんですよね。
長谷川 分かります、分かります。
鈴木 ダゲスタンとモンゴルは今、良い例ですよね。日本でも、そのフィジカルを強化する土壌が必要です。延々と腕立て伏せ、腹筋、スクワットをやらされる――今は「やらされる」と言ったらダメなのか(苦笑)。
長谷川 いや、僕たちはやらされていました。「寮が汚いから腕立て500回やれ!」とか。それこそ「プロでやりたいなら、まずはフィジカルを鍛えてこい」という話です。
鈴木 本当はそうですよね。まずは自分で、どれだけやってきているか。
長谷川 僕は、一番重要なのはスクワットだと思っています。重点的にやったおかげで、追い込まれて200キロぐらいでセットするようになって。
鈴木 すると脳内ホルモンが変わるでしょう。
長谷川 そうなんです。ピンチが楽しくなるから、スクワットが楽しくなっていました。自分で自分自身を追い込んでいると、同じ場所でトレーニングしていた外国人の人から「クレイジー・ファッキンボーイ」と呼ばれました(笑)。
鈴木 アハハハ! 科学的根拠の上に成り立った根性トレーニングが必要なんですよ。
長谷川 僕はMMAをやるうえで一番必要なのは「バランス」だと思っています。バランスが悪いと反応速度も落ちるんですよね。自分の中でバランスが整っている時に来るパンチと、バランスを崩している時に来るパンチは、絶対に後者のほうが速く感じます。どんな外部からのストレスが掛かっても、スクワットで鍛えたバランスがあれば、食らっても耐えられることだってありますから。
UFCファイターって、バランスを崩したところから打撃を出して、自分で笑っているじゃないですか。「あぁ、やっちゃった」みたいな。それは試合しながら自分の中で、「ダメな打ち方をしてしまった」と分かっているわけですよ。世界のトップ選手は、試合中に自分自身のダメなところを理解しながら戦っている。国内の試合を視ていても、そういった選手は少ないですね。
鈴木 まず圧倒的な走り込み、腹筋、背筋、スクワットとか。動物としての機能を上げて、さらに野性的なバランス感覚を養わないといけないと思います。バランスボールとかを使うとかよりも、本来はブン投げられた時にすぐ立ち上がったりとか。たまにボクサーでも前転後転してからミット打ちをやる選手がいて。
長谷川 あぁ、いますよね。
鈴木 ダウンしたような状態から打ち込むとか。
――柔道の受け身は、バランス感覚に影響を及ぼさないですか。
長谷川 受け身の時にバランス感覚を意識したことはないですね。やっぱり投げられないようにするためにバランス感覚を鍛えていて。
鈴木 それがね……柔術のクラスで、初めて格闘技をやるという子に前転後転をしてもらうんですよ。それだけでフラフラになっていますね。ああいう子たちを見ると、柔道で投げられる、受け身を取る時にも自然とバランス感覚が培われているんじゃないか――とも考えたりはします。
長谷川 なるほど。
鈴木 もう三半規管が出来ちゃっている人には分からないんですよ。たとえば40~50代の方のパーソナルトレーニングで、懸垂が一度もできないと組技もできない。キャッチしてもパームトゥパームで引っ張れない、とか。だから最低限の筋力は必要になります。私が修斗を学んだ頃は、足掛けグレコという練習があって。四つから足を掛けて倒す。あれが一番、体幹トレーニングになりました。
長谷川 佐山聡さんの指導が受け継がれている頃ですよね。やっぱり佐山さんは凄いなぁ。僕がMMAを始めて数カ月の頃、佐山さんに一度練習を見ていただいたことがあるんですよ。その時「こうやるんだよ、ああやるんだよ」と教わったことが、10年後ぐらいに「佐山さんが言っていたのは、こういうことだったんだ!」と分かって。
――まさに10年先を見ていた、と。
鈴木 佐山さんが提唱したアルファとオメガのうち、オメガが今のプログレスになっていると思います。それと「シュートボックス」というキックボクシング&テイクダウンの練習はアルファですし。
今もう一度「戦うとは何か?」というところから根本的に見直すためにも、私としては長谷川さんとも相談して、名古屋でアマチュアのプログレスを開催しようと考えています。以前に一度、カルペディエムの竹浦代表を招いて勉強会を開催したことがあるんですよ。次は大会開催かなと思って長谷川さんと話をし、これから準備を進めていきます。
長谷川 はい。僕は「外国人だからできる」という言葉が好きではありません。同じ人間だから、できないことはない。もちろん人種の差ではなく、個体差はあると思っています。だけど日本はオリンピックを見ても柔道、レスリング、ボクシングが強いじゃないですか。自分も詳しくはないけど、ウェイトリフティングも欧米とそこまで数値は変わらないそうで。だから絶対に日本人でもできると思っています。まずはプログレスルールを通じて、MMAやグラップリングの世界で戦うために必要なものを感じ取ってほしいです。