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【UFC321】展望 ヘビー級選手権試合。底が見えないアスピナル×穴を塞いで(?!)3度目の正直ガンヌ

【写真】13試合中5試合がヘビー級戦という今大会。締めは当然、世界ヘビー級選手権試合だ(C)Zuffa/UFC

25日(土・現地時間)UAEはアブダビのエティハド・アリーナにて、UFC 321「 Aspinall vs Gane」 が行われる。ヴィルナ・ジャンジローバとマッケンジー・ダーンの間で争われる女子ストロー級王座決定戦をコメインとするこの大会のメインは、王者トム・アスピナルにシリル・ガンヌが挑むヘビー級タイトルマッチだ。
Text by Isamu Horiuchi

王者アスピナルは、UFCヘビー級戦線にて初回KOの山を築き続ける英国出身の32歳だ。UFCデビュー以来9戦8勝8フィニッシュ。そのうち7つが初回決着で、UFC唯一の敗戦である2022年7月のカーティス・ブレイズ戦は、開始15秒でローの着地時にヒザを負傷して続行不可能となったもの。オクタゴンで相手に攻め込まれたことがほとんどなく、悉く短時間で圧勝しているため強さの底がまだ全く見えていない。

一撃必殺の拳が際立つアスピナルだが、もともとのバックグラウンドは柔術家でもある父親に幼少時から学んでいる組技だ。2022年3月のアレクサンダー・ヴォルコフ戦ではボディロックと抜群のタイミングで入るダブルレッグという二種類のテイクダウンを見事に決めている。さらにそこからタイトに胸を合わせる抑え方、腰を切って足を抜くパス等寝技での体捌きの秀逸さも披露した上で、ストレートアームバーでフィニッシュ。極めの強さまで見せつけている。


初戴冠は2023年11月のMSG大会だ。当初予定されていた王者ジョン・ジョーンズ×スタイプ・ミオシッチのヘビー級タイトルマッチがジョーンズの怪我で流れると、ダナ・ホワイト代表はそのカードを温存するために、リザーバーとして控えていたセルゲイ・パブロビッチと4位のアスピナルの間での暫定王者決定戦を組んだ。

69秒で王座奪取。60秒で王座防衛

わずか2週間半の前の告知で上がった大舞台で、アスピナルは大きく踏み込んでの閃光の如き右をテンプルに叩き込み、ぐらつくパブロビッチにさらに目にも止まらぬ左右フックを叩き込んで巨体を薙ぎ倒すと、すぐさま上から鉄槌を連打。69秒で試合を終わらせてみせた。マットに突っ伏して喜びを表現したアスピナルは、幼少時から二人三脚で歩んできたヘッドコーチである父親にそのベルトを捧げた。

翌2024年の7月には、上述のアクシデント故に唯一敗れているカーティス・ブレイズを迎えて、地元英国のマンチェスターにて暫定王座の初防衛戦に臨んだ。両者の距離が近づいた瞬間、リアルタイムでは見えないほど速いジャブを当てて倒したアスピナルは、背後からパウンドの嵐を見舞ってフィニッシュ、今度は1分ジャストで仕留めてみせた。

試合後のインタビューでは、正規王者(であるにもかかわらず、暫定王者の自分を差し置いて元王者のミオシッチを挑戦者に迎えたレジェンドファイトを予定している)ジョーンズに「ハロー、ジョン! 個人的に君への恨みは何もない。でも僕は自分の方が強いと思うし、君を倒せると知っている。獲りに行くぞ!」と丁寧なメッセージと送った。

さらにアスピナルは「聞いてくれ。僕は普通の人間。普通の家族、家庭、地域の出身だ。いま家で視てくれているあなた方と同じくね。でも時には、そんな普通の人間たちが並外れたことをやってのけることができる。僕はその証明だ。みんな懸命に頑張り、目標に向かって行ってほしい。自分を抑えることなしに!」と言葉を重ねた。

決して相手を煽らず、スーパースターとして派手に振る舞うのではなく、あくまで「普通の人々」の一人として戦い、人生にて努力を重ね目標に邁進する姿を示すというのが、アスピナルが選んだプロとしての姿勢だ。

その後ジョーンズは2024年末にミオシッチを倒し、正規王座防衛に成功した。当然アスピナルとの王座統一戦を望む声が高まったが、以前から「アスピナルと戦っても、俺のレガシーにはなんの足しにもならんよ」と公言していたジョーンズは応えず。結局半年以上経った今年の6月、デイナ・ホワイト代表はジョーンズの引退を発表。同時にアスピナルを新しく正規王者に認定するとした。

対戦要求していたジョーンズに逃げられた形となったアスピナルだが「まず言いたい。人生とキャリアにおいて前に進む彼に、神の祝福があらんことを。我々も次に行こうじゃないか。僕はどんな相手とも戦うよ。今こそヘビー級戦線を動かす時だ。みんな待ちくたびれていたんだから」と、いかにも彼らしい態度で前向きに対応した。そして今回、アスピナルは現在のUFCヘビー級の中では最大の難敵と思われるガンヌを相手に、正規王者の初めての防衛戦に向かう。

チリンなヴァイブス

対する挑戦者のガンヌはフランス西部生まれで、父親はカリブ海西インド諸島にあるフランスの海外県であるクアドループの出身。普段からなんともchillin’ (まったりとした)なヴァイブスを発散しており、自身のドキュメンタリー映像においてもレゲエを流しながらご機嫌にゆったり踊り、幼少時に訪れたクアドループにてココナッツを用いてマリファナを嗜んでいた人々の話を楽しそうに語り、「ラスタマン(※レゲエ文化人??)!」と叫ぶ場面があり、その立居振る舞いにはカリブ海文化の影響を強く感じさせるものがある。

24歳の時に地元を離れ、ワークスタディ(働きながら学ぶ学生支援制度)でパリを訪れたガンヌは、勤めていた家具店の同僚に勧められてムエタイをはじめ、すぐにその才能を発揮してプロのリングで勝利を重ねた。家具店が潰れたこともあり、より真剣に取り組んだムエタイにてガンヌは14戦全勝9KOの記録を残しており、それ以前はサッカーとバスケの経験しかなかったことを考えても、その天賦の才のほどが伺われるというものだ。

やがて当時フランシス・ガヌーのコーチでもあったフェルナンド・ロペスと出会い、彼の勧めでMMAの道に。2018年8月にデビューし3連勝3フィニッシュを経て、翌2019年の8月にUFCデビュー。オクタゴンでも連勝街道を進み(最初の2試合は肩固めとヒールで一本勝ちしている)、2021年の8月にはデリック・ルイスとの暫定王座決定戦に駒を進めた。ここで圧倒的なスピード差を利して一方的に打撃を当てたガンヌは、3ラウンドに何度かダウンを奪った上でラッシュをかけてTKO勝利、無敗のまま王座に輝いた。

ちなみに筆者はその翌月に堀口恭司にインタビューする機会があり、ATTの仲間とこの試合を観戦した彼に感想を尋ねたところ「いや、あれ凄いっすよ。なかなかでかい体の人が、あんなに動き回れないっすから。子供の頃からやっていたんすかね、あの人?」と語ってくれた。

他の選手の試合にあまり興味を示さない堀口をもってここまで言わしめるほどの、ヘビー級離れした機動力とナチュラルタレントをガンヌは持ち合わせている。

そして翌2022年1月に迎えた大一番=正規王者ガヌーとの統一戦(元ロペス門下のチームメイト対決でもあった)。一進一退で迎えた5R早々、ガンヌは見事なタイミングでテイクダウンを奪取。勝利の芽が見えてきたところで、なんとヒールを狙って自ら倒れ込み、上を取り返されてしまうという痛恨のミス。この失敗が響いて最終Rを失ったガンヌは、僅差でプロ初敗北を喫するとともに、ヘビー級真の世界一というとてつもない栄光を逃してしまった。彼が発する魅力的なヴァイブスの根源を成している「大らかさ」が、一番大切な場面で悪い形で現れてしまったかのような痛恨の初黒星だった。

その後地元フランスで行われたタイ・ツイバサ戦で会心のKO勝利を挙げたガンヌは、2023年3月に再び大チャンスを得る。UFCと条件で揉めたガヌーのリリースを経て空位となったヘビー級タイトルを、ジョン・ジョーンズと争うこととなったのだ。が、ここではやや不用意に出した左ストレートをかわされて組みつかれてしまったガンヌは、そのままグラウンドに持ち込まれ、最後はケージ側に追い込まれてのギロチンでタップ。いいところなく敗れてしまった。

有り余る才能を有していながらも、肝心なところで詰めが甘く、一番大切な試合で勝てない──そんな印象が強く与えてしまったガンヌだが、その後セルゲイ・スピヴァックとアレクサンダー・ヴォルコフに2連勝。今回三度目の正規王座挑戦のチャンスを引き寄せた。

そんな両者の戦いの下馬評は、底を見せていない王者アスピナルが大きく有利と出ている。当然のことだ。ヘビー級を一撃で倒す凄まじい威力の拳を誇るアスピナルと、軽い打撃を当て続けての判定勝利が多いガンヌ。もともとは組技主体で、テイクダウンからのサブミッションで圧勝する姿も披露しているアスピナルと、ガヌー戦やジョーンズ戦でグラップリングにおける穴を露呈したガンヌ。「自分の大きな武器は、瞬間瞬間で正しい判断ができること」と自信満々に語り、その言葉の正しさを試合で証明し続けているアスピナルと、大一番で誰もが目を疑うような選択をやらかしているガンヌ。これまでの両者を比較すると、王者有利説を補強する要素が次々と思い浮かぶ。

しかし、ガンヌこそ我々がまだ見ていないアスピナルの「底」を露呈させてくる可能性を一番秘めた選手であることも確かだ。アスピナルの最大の武器は、一瞬で距離を詰めて放つ拳にある。それが途方もない威力を発揮するのは、相手が反応できないほどのスピード差があるが故だ。

が、ガンヌはUFCヘビー級で、唯一アスピナルに劣らぬスピードと機動力の持ち主であり、距離のコントロールでも卓越している。軽い足取りで遠い距離を保ちながらロー、前蹴り、関節蹴りと多彩に足を飛ばし、気を散らされた相手にサウスポーから閃光の如きジャブを当てるのを必殺パターンとする。アスピナルと言えども、そのうるさい手足を掻い潜り距離を詰めるのは容易ではないだろう。「トムは、僕のようなタイプの相手と戦ったことはない」と語るガンヌの言葉に嘘はない。

アスピナルもそれは百も承知で「シリルはスーパーアスレティックですごいスピードで動く。だからこっちもスーパーフィットな状態を作り、スーパーシャープに行く必要があるよね」とまったく油断はしていない。距離を保ちたいガンヌと、一瞬で詰めて仕留めたいアスピナル。間合いを制するのはどちらか。そこにグラップリングの要素がどう影響してくるのか。

「僕らの試合は重量級のニューエイジの戦いだよ。二人とも10年前のヘビー級選手とはまったく違う動きができるからね」とアスピナル。その言葉の通り、今まで見たことがないような速さと洗練度を併せ持つ、ヘビー級の頂点をめぐる攻防を堪能したい。

■UFC321対戦カード

<UFC世界ヘビー級選手権試合/5分5R>
[王者] トム・アスピナル(英国)
[挑戦者] シリル・ガンヌ(フランス)

<UFC世界女子ストロー級王座決定戦/5分5R>
ヴィルナ・ジャンジローバ(ブラジル)
マッケンジー・ダーン(米国)

<ライトヘビー級/5分3R>
イリー・プロハースカ(チェコ)
カリル・ラウントリー(米国)

<バンタム級/5分3R>
ウマル・ヌルマゴメドフ(ロシア)
マリオ・バウティスタ(米国)

<ヘビー級/5分3R>
アレキサンダー・ヴォルコフ(ロシア)
ジャイルトン・アルメイダ(ブラジル)

<ライトヘビー級/5分3R>
アレクサンドル・ラキッチ(オーストリア)
アザマット・ムルザカノフ(ロシア)

<ライト級/5分3R>
ナスラ・ハクパレス(ドイツ)
クイラン・サルキルド(豪州)

<ミドル級/5分3R>
イクラム・アリスケロフ(ロシア)
パク・ジュンヨン(韓国)

<ライト級/5分3R>
マテウス・レンベツキ(ポーランド)
ルドヴィット・クライン(スロバキア)

<ヘビー級/5分3R>
ヴァルテル・ウォウケル(ブラジル)
ルイ・サザーランド(英国)

<フェザー級/5分3R>
ホセ・デルガド(米国)
ナサニエル・ウッド(英国)

<ヘビー級/5分3R>
クリス・バーネット(米国)
ハムディ・アルデルワハブ(エジプト)

<フライ級/5分3R>
アザット・マクスン(カザフスタン)
ミッチ・ラポーゾ(米国)

<女子ストロー級/5分3R>
ジャケリニ・アモリン(ブラジル)
魅津希(日本)

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