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【UFC319】展望 不自然な完璧デュプレッシー×隙がない精神不安定チマエフ。ススルカエフは5日で2試合

【写真】セレモニアル計量では、以前の空気感に戻っていた?!チマエフ(C)zuffa/UFC

16日(土・現地時間)、イリノイ州シカゴのユナイテッドセンターにて UFC 319「du Plessis vs Chimaev」 が開催される。

日本では圧倒的に注朝倉海×ティム・エリオットが注目を集めている同大会のメインイベントは、すでに2回防衛に成功している王者ドリキュス・デュプレッシーに、無敗の挑戦者カムザット・チマエフが挑むミドル級タイトルマッチだ。
Text by Isamu Horiuchi

今年11試合目となるUFCタイトル戦の中でも、この試合は世界のMMAファンからの期待度が最も高い試合の一つだ。その理由は、これまで王者のデュプレッシーと挑戦者チマエフのどちらも──それぞれ大きく異なる形で──その強さの底を見せていないことにある。

デュプレッシーは、2020年の10月にUFCデビューを果たして以来6連勝(5フィニッシュ)を経て、2024年1月にショーン・ストリックランドのミドル級タイトルに挑戦。激闘を判定2-1で制し、南アフリカ初のUFC王者となった。その後8月に元王者のイスラエル・アデサニャを4Rチョークで仕留めると、今年の2月にはストリックランドと再戦し、終始打撃でペースを支配して判定3-0で返り討ちにしている。


「人は私の戦い方を『醜い』とか言うけれど、私に言わせれば『効果的』なんだよ」(デュプレッシー)

その戦いぶりで目立つのは、名だたる強豪達を倒し続ける世界王者としては動きがぎこちなく、洗練度に欠けているように見えることだ。特に打撃のフォームやフットワークはお世辞にも綺麗とはいえず、スピードも感じさせない。かつて戦った(そして敗れた)ロバート・ウィティカーとイスラエル・アデサニャの元王者の二人も口を揃えて「実際に対峙して驚いたのは、とにかく動きが遅いことだ」と語っている。

それでもデュプレッシーは、世界最高峰のストライカー達を前にしても強靭な身体と強固なガードを用いて下がらない。そして左右にスイッチしながら、不恰好ながら重い蹴りを織り交ぜた多彩な攻撃を繰り出し、彼らと渡り合う力を持つ。前述のコメントの後にウィティカーは、「でも、そう思ってたらいつの間にか奴のパンチをもらっていたんだよ」と苦笑した。アデサニャ戦においても、鋭い打撃を何度も被弾し消耗したかに見えたデュプレッシーは、そこで強引に距離を詰めて右を当て、逆転勝利に繋げてみせた。

また、少年時代の柔道やレスリングでも特に目立った実績を残していない王者は、スピードやキレのあるテイクダウンの使い手とは言い難い。かつては(打撃主体に戦う)ウィティカーに綺麗にダブルレッグを取られたこともある。が、立ち上がると無骨な大外刈りで投げ返し、ハーフ上から強烈なパウンドと肘を入れて大ダメージを与え、戦局を逆転してみせている。

「人は私の戦い方を『醜い』とか言うけれど、私に言わせれば『効果的』なんだよ。私の動きはぎこちないかもしれないけど、意図的にやっているんだ。みんながやっているような動きをしてもいずれ読まれて攻略されてしまうだろう」と語るデュプレッシー。決して華麗ではない打撃を当てる巧さ、不恰好でも相手を捻り倒す無類の身体の強さ、状況に応じて戦い方を変えるファイトIQの高さ、苦境に怯まない鋼鉄の精神力、仕止めどころを逃さない優れた勝負勘を持ち合わせていることは疑いようがない。

ライバル達やプロのコーチ達が揃って首をかしげるような動きをし、時にピンチに陥りながらも最後には必ず勝利を奪い取り、UFC無敗街道を征く王者。他に類を見ないその強さは、未だ解読困難で底が見えないままだ。

対するチマエフは、王者とは対照的にきわめて分かり易い形で強さを見せつけてきている。UFCデビューは王者と同じ2020年だ。7月のアブダビのヤス島大会でデビューすると、わずか2カ月で3試合に出場。その全ての試合において開始直後から一方的に攻撃を仕掛け、相手に何もさせずにフィニッシュしてみせた。3戦目のジェラルド・マーシャート戦に至っては、僅か17秒でのKO勝利。こうしてチマエフは、あっという間に世界で最も熱い注目を集める若手ファイターの座を勝ち取った。

その後コロナウィルス感染症に伴う合併症に苦しみ引退を表明する等、紆余曲折はあれどオクタゴン内で勝利を重ねたチマエフは、2023年10月のウェルター級元王者カマル・ウスマン戦でも1Rを一方的に支配し、3R判定2-0で勝利した。

さらに昨年10月には元ミドル級王者のロバート・ウィティカーと対戦。1R早々にテイクダウンを奪い背後に付くと、そのまま逃さず攻撃を続け、最後は顎の上から腕で絞め上げると歴戦の勇者ウィティカーが即座にタップ。下の前歯三本が完全に乖離して口の奥深くに押しやられてしまうという、戦慄的なまでの極め力を見せつけてチマエフは通算戦績を14戦全勝とした。誰の目にも一目瞭然の凄まじい強さを発揮し続け、底知れないのがチマエフだ。

凄まじい攻撃力と表裏一体のような形で、精神的な不安定さを露見させていたチマエフ

そんな両者によるミドル級頂上決戦は、試合開始後から一瞬たりとも見逃すことができない。試合が始まるや否や様子見など一切せずに相手に迫り、打撃のフェイントから素早くも深いダブルレッグを仕掛けるのがチマエフの常套手段だ。予期していた相手がいかに反応しようとも問答無用にドライブして相手を崩し、またワキをくぐって背中に回る。一旦バックに付いてしまうと、凄まじいコントロール力を発揮して決して相手を逃さず、強烈な打撃で相手を削り、やがて恐るべき締め力で相手の首を刈る、あるいは顔面ごと破壊する──。

この誰もが分かりきっているが、名だたる選手たちが防げずにいるチマエフの必殺パターンに、比類なき心身のタフネスを誇るデュプレッシーがどう立ち向かうのかが、この決戦の第一の見所となる。

念願の世界挑戦を前に、いつになく落ち着いた様子のチマエフは「まあこれまでウィティカーや(ダレン)ティルといった、打撃主体の選手がテイクダウンを取れたのだから、僕も彼からテイクダウンを取れると思うよ」と静かに自信を覗かせている。

それに対して、強豪レスラー達を招聘してチマエフのテイクダウンに備えてきた王者は、自分は今までの対戦相手とは全く違うと断言する。

「今までカムザットと戦った多くの選手は間違いを犯していた。『テイクダウンに気を付けなければ』って思いながら試合に臨み、向こうがテイクダウンを仕掛けてくるまで何もせず、結局テイクダウンされてしまう。それじゃダメだ。戦わなければいけないんだよ。カムザットは極めて優れたレスラーだ。だからテイクダウンに来るだろうし、おそらく私をテイクダウンするだろう。

でも私もテイクダウンを仕掛けるし、彼から取るかも知れないよ。私は彼に打撃を当てるだろうし、向こうもこちらを殴るだろう。私は、その全てをまったく恐れない。そうやって全ての試合を戦ってきたんだ。殴られるだろうし、テイクダウンも取られるだろう。問題はそこでどうするかってだけだ。向こうが得意な組技の準備は万全にやってきたけど、カムザットの戦いをするつもりなど全くない。私がするのはドリキュスの戦いだ。それはつまり、世界王者たることだよ」

これまでいかなる強敵の攻撃をも受け止め跳ね返してきた王者は、今回も揺るぎなき自信をもって挑戦者を正面から迎え撃ち、あらゆる状況下において王者に相応しい戦いを貫く覚悟を示している。そこにチマエフが、誰をも圧倒してきた桁外れの爆発力をもって襲いかかった時に、いったい何が起こるのか──MMAファンとしてこれほど胸躍る1Rはそうないだろう。

もし王者が序盤のチマエフの攻撃を耐え、その勢いを止めることができたなら、試合は次のフェーズへと移行する。チマエフがプロ全14戦においてフィニッシュできなかった試合は、2022年4月のジウべウト・バーンズ戦と前述のウスマン戦だ。両戦とも1Rの攻勢を凌がれたチマエフは、2R以降は攻撃のペースが落ち打撃を被弾する場面が見られた。それでも要所でテイクダウンに入ってピンチを凌ぎ、3R判定を勝ち取ったチマエフ。が、同じことを初めての5R戦において、(ウェルター級を主戦場とする)バーンズやウスマンより遥かに体格に勝るデュプレッシーに相手に同じことができるのか。

王者は、チマエフは5Rを戦う準備はできていないと推測する。

「彼は前回のウィテカー戦でも、5R制だからといって(1Rで仕留めるという)プランを変えたりはしなかった。だから今回も、おそらく5Rあることをあまり考えずに戦ってくるだろうね。でも考えるべきだよ。5Rは長いんだから。私はそこをまったく恐れていないよ。私はフルスピードで戦うことを厭わないし、疲れた状態でも一日中戦える。何度もやってきた。だから今回も終始フルスピードで戦おうじゃないか」

直近3回の世界王座戦の全てにて4または5Rを戦い、尽きぬスタミナと比類なき精神力で総力戦を競り勝って来たデュプレッシーが、長期戦に最大の勝機を見ていることは間違い無さそうだ。序盤を凌いだ王者が、強烈にしてなんとも予測しにくい形の圧力をかけてきた時、我々は今までに見たことのない形でチマエフの精神と肉体が試される姿を目撃できるだろう。

かつてはその凄まじい攻撃力と表裏一体のような形で、精神的な不安定さを露見させていたチマエフ。試合中や直後に「全員破壊してやる!」と叫び、新型コロナの合併症に苦しんだ時は吐血した写真とともに引退宣言を投稿し、計量オーバーを犯した時には「そんなことはどうでもいい!」と開き直っていた。それは本人が戦時下のチェチェンで生まれ「幼い頃は周りが戦争しているのは当たり前で、世界中どこもそんなものだと思っていた。戦争が終わった時は6歳で、食べるものもなく苦しい生活でみんな身を寄せ合って暮らしていたんだ」と語る境遇で幼少期を過ごしたことと無関係ではないだろう。

が、昨年のウィティカー戦あたりから、メディアの前でチマエフはきわめて穏和な雰囲気を漂わせはじめている。常に微笑み、かつては言葉の端端から感じられた棘がすっかり取れた静かな口調で話すチマエフに対して、「余計に怖い」という感想が多数聞かれるほどだ。

この心の変化について尋ねられた際、本人は「長くやっていれば仕事に慣れるってことさ。初めの頃は興奮しすぎてクレイジーなことをやっていた。でもそのうちくつろげるようになるし、冷静になるというだけだよ」とだけ語っている。

が、チマエフの落ち着きは単なる「慣れ」で片付けられるものではないかもしれない。彼は近年、チェチェンのホームタウンにて子供達のために格闘技ジムを設立した。MMAは子供達には危険すぎるからケージは設置せず、まずはレスリング等の格闘技の修練をさせる方針だという。

かつて、自身の驚異的な殺傷能力をももてあますほどの危うさと刹那的な雰囲気に満ちていた若者は、今や己の繁栄だけでなく、祖国の未来に自分の生きる意味を見出しはじめているようだ。その心の成熟ぶりは、全キャリアの中で最も過酷な戦いとなる可能性があるこの大一番にて、いかなる形で本人を助けるのだろうか。

どうなる――セレブ契約=ピコ、朝倉&MVP×生え抜き勢

なお今大会はBellator時代にその将来を大きく買われていたアーロン・ピコが、PFLを離れてオクタゴン初陣をレローン・マーフィーを相手に戦う。冒頭に書き記したように朝倉海がエリオットと、さらにマイケル・ペイジがジャレッド・キャノニアーと戦う。彼ら3人は最近のUFCではめっきり減ったVIP待遇契約の選手たちだ。コンテンダーシリーズやフィーダーショーから契約を勝ち取り、プレリミからキャリアを踏み始めるのがデフォルトとなっているUFCにおいて、セレブ契約――つまりベスト・オブ・ザ・レストの世界最高峰挑戦に対し、叩き上げファイター達が意地を見せることができるか。興味深い、メインカード3試合だ。

また今大会ではTUF20年記念シーズン=TUF33の決勝戦が行われる予定だったが、ウェルター級決勝のホドリゴ・セジナンド×ダニイル・ドンチェンコ戦は両者の負傷で延期され、フライ級ファイナルのアリビ・イジリス×ジョセフ・モラレスだけが実施される。

またキング・グリーンの負傷により、×ディエゴ・フェヘイラ戦がファイトウィークになって消滅。UFCでは火曜日のコンテンダーシリーズの秒殺KO勝ちで、ダナ・ホワイトが最大の賛辞を送ったベイサングル・ススルカエフが、エリック・ノーランと対戦することが4日前に決定している。

チマエフのチームメイトといして、キルクリフFCでトレーニングを積んできたとはいえ、インターバルは事実上3日での連戦は異例中の異例といえる。ムスタザ・タルハを僅か184秒で倒したハンズパワーが、本来はウェルター級でCFFCチャンピオンのノーランを相手を相手に爆発するのか。チマエフの再来というべきインパクトを残すことができる――この試合も注目したい。


■視聴方法(予定)
8月17日(日)
午前7時00分~UFC FIGHT PASS
午後11時~PPV
午前6時45分~U-NEXT

■UFC319対戦カード
<UFC世界ミドル級選手権試合/5分5R>
[王者] ドリキュス・デュプレッシー(南アフリカ)
[挑戦者]カムザット・チマエフ(UAE)

<フェザー級/5分3R>
レローン・マーフィー(英国)
アーロン・ピコ(米国)

<ミドル級/5分3R>
ジャレット・キャノニアー(米国)
マイケル・ペイジ(米国)

<ミドル級/5分3R>
ジェフ・ニール(米国)
カルロス・プラチス(ブラジル)

<フライ級/5分3R>
ティム・エリオット(米国)
朝倉海(日本)

<ミドル級/5分3R>
ベイサングル・ススルカエフ(ロシア)
エリック・ノーラン(米国)

<ミドル級/5分3R>
ジェラエルド・マーシャート(米国)
ミハウ・オレキシェイジュク(ポーランド)

<女子ストロー級/5分3R>
ジェシカ・アンドラーデ(ブラジル)
ルピタ・ゴディネス(メキシコ)

<ライト級/5分3R>
アレキサンダー・ヘルナンデス(米国)
チェイス・フーパー(米国)

<ライト級/5分3R>
エジソン・バルボーザ(ブラジル)
ドラッカー・クローズ(米国)

<女子フライ級/5分3R>
カリーニ・シウバ(ブラジル)
ジオニ・バルボーザ(ブラジル)

<TUFシーズン33フライ級決勝/5分3R>
アリビ・イジリス(カザフスタン)
ジョセフ・モラレス(米国)

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