【Special】月刊、良太郎の一番:2月 デュプレッシー×ストリックランド「完成度を感じさせない変なクセ」
【写真】バランスのいい打撃、5分5R攻め続けるスタミナ、高いフィニッシュ力。実はデュプレッシーのMMAファイターとしての完成度は非常に高い(C)Zuffa/UFC
過去1カ月に行われたMMAの試合からJ-MMA界の論客が気になった試合をピックアップして語る当企画。背景、技術、格闘技観を通して、MMAを愉しみたい。
Text by Takumi Nakamura
大沢ケンジ、水垣偉弥、柏木信吾、良太郎というJ-MMA界の論客をMMAPLANET執筆陣がインタビュー。今回は良太郎氏が選んだ2025年2月の一番──2月9日に行われたUFC312のドリキュス・デュプレッシー×ショーン・ストリックランド、この一戦から見えてくる2人のファイトスタイルについて語らおう。
――今回はドリキュス・デュプレッシー×ショーン・ストリックランドの一戦をセレクト…というよりも、こちらからリクエストして語っていただくことになりました。
「伝説の25分間の塩試合ですね(笑)」
――というのも…あの25分間にどんな攻防があったのか。それを打撃の専門家の良太郎さんに語っていただきたいと思ったからなんです。まずはストリックランドについてお聞きしたいのですが、彼はジャブ・ワンツー・左フック・前蹴りなど淡々と同じ攻撃を繰り返しますよね。
「ショーンがやっているは白黒時代のL字ガードのボクサーで、今のボクシングでL字ガードを使う選手からすると、L字ガードというのがおこがましいです(苦笑)。形としてはフリッカージャブを使うL字ガードですが、UFCの舞台でどうしてこれが通用するのか……これは僕も不思議でしょうがないです」
――良太郎さんから見てもそうなんですね。
「戦績的に言ってもUFCでが7敗しかしてないですし、とにかく相手からするとやりづらいんでしょうね。僕はジャブの研究でストリックランドの試合を結構見るんです。超専門的に言うと、フリッカースタイルのジャブ=前手をダラリと下げてスナップを効かせて鞭のように打つイメージだと思うんですよ。でもストリックランドのジャブはさらに細分化されていて、手首をブラブラにしておいて当たる瞬間にナックルを入れる打ち方、ブラブラのままで弾く打ち方を使い分けています。みんなストリックランドのジャブをボコボコもらっちゃうのは、ストリックランドが手首の動きでフェイントを入れて、相手の反応を見ながら打ち方を変えているからだと思います。ただ普段のストリックランドだったらあのジャブが当たりだすと鬼神のごとくラッシュを仕掛けるのですが、この試合に関してはそれができなかった。僕は戦前から25分間塩試合になると思っていましたが、予想を超える塩加減でしたね(苦笑)」
――一方のデュプレッシーについてはいかがでしょうか。
「デュプレッシーに関しても、デュプレッシーと戦った相手はみんな『アイツは何をやっているか分からないけど強い』って言うじゃないですか。それと同じで僕も何が強くて強いのか正直分からないです(苦笑)」
――決して打撃のフォームは綺麗ではないですよね。
「はっきり言って上手くないですよ。イメージ的にはラガーマンが打撃のミット打ちをやってみた、みたいな打ち方です。上半身がごつくて、その筋肉を活かしてパンチを打つっていう。ただデュプレッシーはキック出身なんですよね」
――アマチュアキック・ムエタイ出身で、10代の頃にWAKOの世界選手権で優勝したこともあります。
「そうなんです。ああ見えて意外とスイッチヒッターで、関節蹴り、関節前蹴り、前蹴り、左ミドル…蹴りはよく出すんですよ。フォームは下手だけど蹴りを当ててポイントを取るのは上手いんでしょうね。それがまさに戦った相手にしか分からない独特の空間とや間合いなんだと思います。打撃系の格闘技はいつの時代も『なんでその打ち方とフォームでパンチを当てられるの?』って選手がいるじゃないですか。めちゃくちゃ前ですけど、全日本キックで活躍したサトルヴァシコバさんとか」
――懐かしい!2000年~2008年に一撃必殺の左ストレートで活躍した選手ですね。
「ヴァシコバさんの武器は左ストレートしかないんですよ。で、みんなもそれを分かっているじゃないですか。でもバシバシと左を当てて倒しちゃう。だから不器用とは少し違うんですよね。その選手にしか分からない当てるタイミングがあって、戦った相手は本当にやりづらいんでしょうね」
――またデュプレッシーは息が上がるのも早い印象もあります。ただスタミナは切れないという。
「すぐに息上がってる“風”に見えますね。試合が進んで汗をかき出して『フォー!』と叫びながら左ミドルを蹴りだすと逆に元気になっていくので(笑)、間違いなくスタミナはあります」
――上手い下手は抜きにして、パンチも蹴りも左右どちらでも出来る選手ではあると思います。
「デュプレッシーとストリックランドの試合は5分5R=25分間、テイクダウンがなかった、MMAグローブのムエタイマッチだったわけですが、デュプレッシーは色んなことが出来るんですよ。見方を変えれば、5Rフルに打撃を出せるスタミナがあって蹴りもパンチも出来る。蹴りをキャッチされない=制空権を支配しているわけですし、パンチでストリックランドの鼻を折ってるじゃないですか。だから『25分間、スタミナが切れることなくパンチも蹴りも出し続けて、相手の鼻もへし折った』と書けば、ものすごく見栄えはいいのですが、実際に映像を見てみると、そうは見えないんですよね(笑)」
――不思議な選手ですね(笑)。
「つまらない試合になることもみんな予想していたわけじゃないですか。でもデュプレッシーのように自分のやりたいことを5R完遂するのは簡単じゃないし、レコード的にもデュプレッシーはUFCでは無敗で、ストリックランド以外にもイスラエス・アデサニャやロバート・ウティカーも蹴散らしているから誰も文句を言えないわけですよ。確か試合後にアデサニャが言っていたんですが『デュプレッシーはめちゃくちゃ動きが遅くてびっくりするんだよ。でも突然速くなったりするから本当にやりづらいんだ』って。戦った相手にしか分からない緩急のつけかたもあるんだと思います」
――第3者目線でスピードがあるのではなく、向かい合った時にスピードを感じるわけですね。
「結局スピードって第3者が見て速いと思うかどうかではなくて、対面した相手に対して速いと思わせることが大事なんです」
――物理的に速いことと相手が速いと思うことは別物ですよね。
「別ですね。僕が指導する時もそこは意識しています。デュプレッシーとストリックランドの話に戻ると、2人とも細かい技があるにはありますけど、僕が今まで解説してきたUFCのトップストライカーたちと比べると技術的には落ちます。でもそれを補えるのが総合力ですよね。デュプレッシーもストリックランドも色んな要素がミックスされた時に抜群の強さを発揮するんだと思います」
――MMAはやることも多くて、5分5Rでスタミナも必要。多くの要素がミックスされて勝ち負けが決まる方こそ、一部分を切り取って「なんでこれで勝てるの?」と思うような選手が勝てる競技でもあるかもしれませんね。
「だからデュプレッシーとストリックランドで言えば、お互いやりづらくて、お互い相性が悪かったんでしょうね。デュプレッシーはMMA戦績が25戦23勝2敗で、判定勝ちも3つしかなくて、そのうち2つはストリックランド戦じゃないですか。だからデュプレッシーはめちゃくちゃフィニッシュ率が高いんですよ。しかもパンチ、蹴り、サブミッション…とバランスもいい。それで5分5R動き続けるスタミナもあるわけだから、こんなに完成された選手はいないです。ただそれを感じさせない変なクセというか変な魅力があって、みんなが好きになるかと言われたら、ちょっと違う選手だなと思います(笑)」