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【Special】月刊、水垣偉弥のこの一番:8月イ・チャンホ×ダールミス・チャウパスゥイ「休み時&動き時」

【写真】18日のDEEP X Black Combatと比較すると、打撃だけでなく組みのMMAとしての完成度という部分で中国&韓国に日本は遅れをとっているのではないかと怖くなる(C)MMAPLANET

過去1カ月に行われたMMAの試合からJ-MMA界の論客3名が気になった試合をピックアップして語る当企画。背景、技術、格闘技観を通して、MMAを愉しみたい。
Text by Takumi Nakamura

大沢ケンジ、水垣偉弥、柏木信吾というJ-MMA界の論客をMMAPLANET執筆陣がインタビュー。今回はMMAPLANETからのリクエストで、2023年8月の一番――8月27日に行われたRoad to UFC2023Ep05でのイ・チャンホ×ダールミス・チャウパスゥイ戦を水垣偉弥氏に語ってもらった。


――今回は我々からのリクエストで、Road to UFC2023Ep05でのイ・チャンホ×ダールミス・チャウパスゥイ戦をピックアップさせてもらいました。最初にこの試合を見た時の感想は「2人とも強い!」だったんです。韓国人×中国人のMMAで、このレベルの試合を見られるのかと思って驚きました。

「まずはチャウパスゥイはレスリングベースで、打撃も強いけど、どちらかというと組んで戦いたいタイプなんです。ここまでの試合を見ていて、スクランブルを中心にしたMMAグラップリングの展開を見ることがなかったんで、まずそこが意外でした」

――試合はチャウパスゥイが組み&テイクダウンで先手をとりつつ、チャンホがスクランブルを頑張るという展開が続きました。

「チャンホは自分が下になってからのスクランブルが得意で、ただただやられていただけではなくて、スクランブルで動き続けることで、結果的にチャウパスゥイが消耗しましたよね。チャンホが下になっても動き、クランブルの展開を作り続けたことが逆転の要因だったと思います。ただ、これをやるのは結構しんどくて。基本的には自分が劣勢の状態で、自分も消耗していくわけだし、それで逆転できるかどうかも分からない。そういう先が見えない中で、動き続けるメンタルの強さは褒めるべきところだと思います」

――スクランブルの攻防から逆転のきっかけを掴むのはMMAならではだと思います。

「そうなんですよ。MMAらしい試合展開というところも面白かったです。これはRoad to UFC全体を見て思ったのが、5分3Rを通しての戦い方が出来ているかどういかというところなんですよ。UFCで3戦以上している選手とRoad to UFCに出ている選手を比較すると、そこに大きな差があるように感じました」

――それはペース配分ということですか。

「単純に5分3R動けるスタミナがあるとは違う、試合の運び方です。チャウパスゥイとチャンホの試合で言うと、1Rからガンガン攻めていたチャウパスゥイが3Rに逆転されてしまった。これは試合の組み立て方だと思うんですよ」

――途中でフィニッシュできればそこで試合終了ですが、そうじゃないことが多いわけで。だったらどこでスタミナを出力するかを考えないといけないですよね。

「チャウパスゥイとしてはどこで休むか、でしたね。もちろんチャウパスゥイも5分3R動くスタミナはあると思うんですけど、そうなるペース配分ができなかったんだと思います」

――水垣さんから見て、どこが休みどころだったと思いますか。

「しっかりポジションキープできるところで休むのか。それともスクランブルで相手を逃がしておいてスタンドに戻すのか。これは選手のタイプによると思うんですよ。カビブ・ヌルマゴメドフ、アルジャメイン・ステーリング、ベン・アスクレン、GSPはテイクダウンしたらトップキープできるところまでいって、そこである程度スタミナをキープしながら戦う前者のタイプ。

逆にフランク・エドガーやメラブ・デヴァリシビリはテイクダウンに入っても無理に抑え込まず、スタンドに戻させる。抑えるための攻防でスタミナを消費せずに、再びテイクダウンを狙っていく後者のタイプ。同じMMAグラップリングでもそうした違いがあると思います」

――エドガーのようにある程度動き続ける方が消耗しない選手もいるのですか。

「あれは力の使い方だと思います。エドガーは本当にベストなタイミングでテイクダウンを仕掛けるので、テイクダウンそのもので消耗することがない。そのままテイクダウン&トップキープできたらできたでいいし、できないならできないで、もう一回ステップを踏み直してタックルに入るタイミングを取ればいい。

テイクダウンに入ってから力を使うのではなく、タイミングとスピードでテイクダウンに入るので、トップキープできなくても、あまり気にならないんだと思います。ある意味、相手を立たせるという選択肢も選べるということです。マラブはそこまでタイミング&スピード系ではないんですけど、誰が相手でもドカーン!といって押し込む展開を作れますよね」

――選手のファイトスタイルにおいてテイクダウンの概念が違うということですね。

「ヌルマゴようにしつこくケージレスリングをやってテイクダウンするというのは、苦労していないように見えますけど、あれはヌルマゴ・レベルのテイクダウン能力があるからなせる業で、あれを他の選手が真似したらかなりしんどいと思いますね。自分のスキル・特徴をどう捉えて、それを試合で組み立てるかですね」

――具体的な選手名が出ると分かりやすいです。

「それでいうとチャウパスゥイは凄くいいものを持っているんだけど、自分が前者なのか後者なのか。その分かれ道でどちらを選ぶかというところが甘かったと思います」

――この2人に限らず、試合の組み立てはRoad to UFCから上を目指す選手には必要なスキルでしょうか。

「そうですね。チャウパスゥイもパーツの技術はレベルが高いし、チャンホ戦も勝てる試合だったと思うんですよ。でも気持ちとスクランブルの対処という部分で逆転されてしまった。勝てる試合をしっかり勝つためにはパーツとパーツのつなぎ合わせであったり、試合運びやペース配分だったり、そこでちゃんと勝つ方向に自分を持っていくことが大事だと思います」

――いわゆるパーツの技術について語られることは多いですが、試合運びやゲームメイクの部分の話は興味深いです。

「先ほどは休みどころの話をしましたが、絶対的なスタミナはあって当然だし、休みどころがあるイコール絶対に休んじゃいけないところもあるわけですよ。そこをしっかり見極めて、自分のファイトスタイルと照らし合わせてMMAに取り組むことが必要ですよね」

――海外で勝つためにそれが求められるといっても過言ではない。

「勝てるところでしっかり勝つ、余計なところで星を落とさない。そういうことが必要になると思うし、そのベースラインがあった上で良いパフォーマンスを見せられるかどうか。今の段階で戦っている相手だったら一方的にやっつけられるけど、次のステップにいくと自分と同レベルの選手が出てくるので、それまでと同じようにはいかない。技術レベルに差がない相手と戦うことになったら、真っ向勝負じゃないところで差をつけることが求められますよね」

――水垣さんはそういった部分を意識して戦っていたのですか。

「現役時代、僕より打撃が強い選手、レスリングが強い選手、寝技が強い選手はたくさんいました。じゃあ僕はMMAファイターとして何が優れていたんだろう?と考えると、まさにそこなんですよ。打撃・レスリング・寝技がそれなりにできるプラス試合運び・スタミナの配分──どこで相手を攻めるか。

僕はそのプラスアルファの部分が上手かったのかなと思います。自分の戦績を振り返っても、同レベルの選手とやってスプリットで勝つことが多くて。そういう試合で競り勝つ術は持っていたんだと思うし、それと同時にそこで圧倒的に勝てない、その壁を越えられなかったのが僕のキャリアだったのかなと思います」

――まさにUFCで生き残るための術ですね。

「それこそ僕がフランシスコ・リベラとやったとき、どちらにポイントがついてもおかしくない際どいラウンドがあって、最後の最後に僕がバックを取ったんです。その時、ジャッジに自分が攻めていることをアピールしようと思って、極まらないのが分かったうえでRNCをやったことがあったんです。本当は腕にほとんど力を入れてないのに、顔の表情は『もうちょっとで極まるぞ!』みたいな。姑息な手段ではあるんですけど(笑)」

――反則ではないのでOKです(笑)。

「僕はいつもギリギリの相手とギリギリの勝負をするキャリアを送ってきて、五分五分の勝負からいかに勝ちを拾うかだったので。どうやって自分がラウンドを取るかということは常に意識していました。ただRoad to UFCはトーナメントを勝ち抜くことが目的ですが、ダナ・ホワイト コンテンダーシリーズやLFAのようなプロモーションではいかに自分のポテンシャルを出して、派手に勝ってUFCのマッチメイカーに『おっ! 面白そうな選手だな』と思わせることが大事なので、今自分がどういう勝ちや試合を求められているかを認識していないといけないですよね」

――自分のポテンシャルを上げて絶対的な強さを追求する。試合に勝つためのスキルや戦術を磨く。その二つのバランスをとって練習を重ねて、試合に臨むことが重要ですね。

「どうしても試合が続くと目の前の試合の勝つための練習や準備になってしまって、自分のポテンシャルが頭打ちになる。小手先の技術に頼ってしまうんです、さっきの僕みたいに(笑)。でも自分の根本の技術を上げて強くならなければ、それはそれで上にはいけなくなります。UFCに行く、UFCで勝つ選手はどの時期にどんな練習をするのか。練習メニューやスケジュールの組み方も考える時代になったと思います………途中からチャウパスゥイとチャンホの試合は関係なくなっちゃいましたけど(笑)」

――一つの試合をきっかけにMMAを深く考察することも、この企画の趣旨なので大丈夫です!!

「話は戻りますが、これは僕の好みなんですけど、下になってもスクランブルを仕掛けてリカバリーするというチャンホの戦い方は好きなんですよ。MMAの組み技において、テイクダウンされたところで落ち着かないというのはすごく大事なことなので。逆にチャウパスゥイはいいポジションを取らなくてもいいからインサイドガードでトップキープして落ち着くとか、そういう選択をしてもよかった気がしますね。

落ち着きたいチャウパスゥイ×落ち着かせたくないチャンホという攻防で、最終的にチャンホが上回る形になって。チャウパスゥイがグラウンドでもアグレッシブに攻めてくれた分、チャンホはスクランブルの展開を作りやすかったと思います」

――私も個人的にスクラングルの攻防で頑張る選手が好きなんですけど(笑)、私の中ではスクランブル=弱者が勝つ展開なんですよ。レスリング力で劣っている相手に対してもスクランブルでトップを取れたり、組み技の攻防において劣勢を挽回できるチャンスになるというか。

「分かります。真っ向勝負じゃないところで勝つ技術ですよね。ただ今回のチャンホに関しては、ほぼほぼ劣勢の状態でスクランブルを仕掛けて、チャウパスゥイに潰され続けていたわけじゃないですか。あれをやられるとメンタル的にも相当しんどいんですよ。最終的に逆転できたからよかったものの、劣勢のまま我慢比べしているようなもので、逆転じゃなかったらひたすらやられ続けて終わるわけですからね」

――スタミナもそうですし、気持ちのタフさも試される試合ですよね。

「展開的にも1、2Rでポイントを取られていて、3Rにポイントを取り返せたとしても、一本かKOしない限りは負けじゃないですか。刻一刻と負けが近づいてきて、先が見えないなかで動き続けるというのはメンタルの強さも求められますね」

――最後に一点聞きたかったのがチャウパスゥイのテイクダウンディフェンスです。かわず掛けのような形で下にならない場面がありましたが、あのスキルを水垣選手はどう見ましたか。

「チャウパスゥイはテイクダウンされ際の返しが上手かったですね。体の可動域が広くてバランス感覚がよくて…あれは田中ノリちゃん(田中路教)を思い出しましたね。こっちがテイクダウンできると思ったところから体がグニュと曲がって倒れない、みたいな。あれは持って生まれた天性のものだと思いますね。他の選手が真似すると怪我するのでやめておきましょう(苦笑)」

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