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【JBJJF】大阪国際2019、黒帯ライト級連覇を狙う森戸新士「岩崎選手たち国内トップと対戦してみたい」

2019.02.28

Morito【写真】前列右から2人目が森戸。知れば知るほど興味深い、格闘家人生──いや人生だ (C) SHINJI MORITO

2日(土)、大阪府の中央区にある大阪市立修道館で日本ブラジリアン柔術連盟(JBJJF)主催の『大阪国際柔術選手権2019』が開催される。

2回目の開催となる同選手権、第1回大会のアダルト黒帯ライト級で優勝した森戸新士が2連覇を狙っている。同級は、ティアゴ・ハタダ、白石勝紀といった昨年とほぼ同じメンバーがエントリー。今年の結末がどうなるのか注目が集まるななか、核となる森戸に昨年のアジア選手権での活躍を振り返ってもらいつつ、今後の展望を訊いた。

Text by Takao Matsui

――昨年のアジア選手権は、アダルト黒帯ライト級でアレッシャンドリ・モリナロ選手と決勝で対戦し、準優勝でした。誰も予想していなかった顔合わせとリポートで表現されていましたが、振り返ってみていかがでしたでしょうか。

「予想されていない顔合わせ……、そうですね。その通りなんじゃないですか(笑)。岩崎正寛選手やクレベル・コイケ選手が欠場しましたので、彼らが出ていたらまた違った結果になっていたかもしれませんので。ただ、周りがどう思ったのかは分かりませんが、モリナロ選手との試合は、そんなに大きな差を感じたわけではありませんでした。

初戦で高本裕和選手に勝てましたし、自分なりに手応えを持てた大会になりました。会場で関根“シュレック”秀樹選手にブルテリアの坂本健社長をご紹介いただきまして、スポンサー契約を結ばせていだだくことになりました。その意味でも、アジア選手権がターニングポイントになりましたね」

――シュレック選手も情熱と実力を認めての紹介だったのでしょう。

「本当にありがたい存在です。西日本選手権、フルフォースカップなどで過去3回くらい対戦させていただいておりまして、アドバン差など、いずれも勝負がもつれています。そうした経緯を経て、少しずつ認めていただくようになったのかなと思います」

――シュレック選手を中心に、そうした柔術の友情の輪は広がっているような印象があります。柔術の良さのひとつですね、相手の実力を認め合うことは。そもそも森戸選手は、なぜ柔術を始めたのでしょうか。

「自分は高校2年の時、カナダに留学しているんです。洋画を中心に映画が大好きで、海外の文化にも興味がありまして、留学してみようと決断しました」

――高校生での海外留学は、結構な決断が必要だったのでは。

「高校は進学校だったんですが、このまま漠然と大学受験、就職活動という流れに閉塞感を持つようになっていまして、広い世界を見たくなったんです。両親も『留学でもしたら?』というオープンな感じだったので、背中を押してくれた感じでした。

カナダの高校へ通うまではサッカーをやっていましたが、現地ではあまり盛んではなく、むしろ格闘技が人気だったんです。テコンドーやキックボクシングなどのジムがあって、自分はキックを始めました。夏休みに帰国した時も、広島にある『スタジオK』というジムに通っていました」

――格闘技キャリアのスタートはキックボクシングだったのすね。

「はい。あとは、テコンドーもやりました。そして高校3年の時、MMAのフィット・プラスというジムを見つけて、通うようになったんです。UFCに出ていたTJ・グラントが所属していました」

――グラントは、2009年にUFC97で長南亮選手と対戦した選手ですね。

「そこのジムで柔術を習うようになりました。メインは打撃だったんですが、週に何度か柔術を習うようなスケジュールで、高校を卒業してからは、バンクーバーのブリティッシュコロンビア大学に進学しました。それに伴い、クリス・フランコが率いるパンクレーションのジムへ移籍することになったんです。そこは3年間、通いまして、アマチュアのケージ大会に出場したこともあります」

――クリス・フランコはランス・ギブソンと並ぶ、90年代末期のマット・ヒュームの教え子ですし、MMAの歴史に触れていたのですね。

「大学3年目は、自由に留学できるシステムだったため、半年をシンガポール、残りの半年をイタリアで過ごしました。シンガポールはイヴォルブMMAで青帯をもらい、イタリアではミラノにあるミラニマルというジムで紫帯をもらうことになりました」

――イヴォルブに続き、イタリアでも柔術を習っていたとはっ……。

「大学卒業後は一度帰国しましたが、就職直前に渡米してアトスで1ヵ月半、練習をさせていただきました。錚々たる面々が揃っていたのでボコボコにやられましたが、ここに2年くらいいたら強くなれるだろうなと思いましたね。でも、生活もあるので帰国して、藤田柔術に籍を置かせていただくことになったんです。仕事の都合でテクニック練習の時間に参加するのはなかなか難しいのですが、とても勉強になっています」

――ちなみにお仕事は何をされているのでしょうか。

「広島で新聞記者を3年間、やっています」

――ええっ⁉ 記者だったのですか。

「でも、今年の3月末で転職します。記者の仕事をしていると、なかなか柔術の練習ができないのも理由の一つです。もっと上を目指そうと思っていますので、練習環境を自分で整えるために、外資系の製造業メーカーで翻訳や技術などの仕事をすることが決まっています」

――行動力の塊のような方ですね。また海外で柔術の練習をしたくなりませんか。

「昨年、結婚したばかりなので、さすがにそれはないですが、柔術が軸になっているのは間違いありません。藤田柔術は岩国基地が近くにある関係で外国人が多いんです。彼らに個別で柔術の指導をしてほしいという話もあります。柔術を専業にできれば理想かもしれませんが、その環境が整うかどうかもありますね。

それに選手としては、ムンジアルにも出てみたいですし、岩崎選手たち国内トップとも対戦してみたい気持ちもあります。今は選手としての実績を積みたいですね。紫帯の時に、2度パン柔術に挑戦したのですが、1度目は直前に腰を痛めてしまい2回戦で敗退し、ケガが悪化するという苦い経験があります。2度目は3回戦敗退でした。新しい環境になる今年が勝負だと思っています」

――そのためにも、大阪国際からが本格的な勝負ですね。

「そう思っています。昨年、優勝しているので、2年連続の優勝を狙います!」

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