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【ONE FF142】全日本アマ修斗からONEでプロデビュー、TOTTI「もう一度夢を見たい。これに懸けたい」

【写真】1997年9月12日、28歳のTOTTI。空道~柔術、そしてMMAへ(C)SHOJIRO KAMEIKE

13日(金・現地時間)、タイはバンコクのルンピニー・スタジアムで行われるONE FF142で、TOTTI=鴻巣敏彦が米国のフリアン・マヨルガと対戦する。
Text by Shojiro Kameike

昨年10月に全日本アマチュア修斗のフェザー級を制したTOTTIが、国内のプロモーションに挙がることなくONEでプロデビューを迎える。対戦相手のマヨルガも、米国のアマチュアMMAを経て今回がプロデビュー戦だ。これはONEが各国で活躍した選手を集めるだけでなく、自らのリングでイチから選手を育てていくための試みなのだろうか。その意味で画期的な一戦に臨むTOTTIに、意外過ぎるこれまでのキャリアについて語ってもらった。


小学生の時から空道~バドミントン~ハンドボール~ブレイクダンス、そして再び空道へ

――前日計量とハイドレーションをクリアした直後のTOTTI選手です。所属は柔術だとカルペディエム仙台で、アマ修斗の時はカルペディエム福岡となっています。今回もセコンドとしてカルペディエム福岡の田村ヒビキ代表が同行していますね。

「そうなんです! 普段は仙台に住んでいて、柔術メインでカルペディエム仙台に所属しています。それが――珍しい形だとは思いますけど、MMAは福岡で。これはどこから話せば良いのか……」

――では最初からお願いします(笑)。

「はい! もともと僕は大道塾、空道を小学3年生から6年生までやっていました」

――ベースは空道なのですか。

「ウチは母子家庭で。おばあちゃんが僕に強くなってほしいという気持ちで、習い事として格闘技の道場を探してくれたんです。それが大道塾の道場でした。

空道って、アマチュア格闘競技としては凄く良いものだと思うんですよ。今も週1で空道の練習をしていて。アマチュア競技として防具もあるから、しっかり当てることができる。そこで当て感や距離感を養うことができる。MMAの練習だと、しっかり当てることはできないじゃないですか。だから僕はMMAの試合直前まで空道の練習はやっています」

――日本拳法出身のMMAファイターを取材した際、プロデビュー後も日本拳法の練習も続けているのを見て、同様の効果があると思いました。

「そうですよね。米国のMMAジムだと週2回はガチスパーをやるって言うじゃないですか。でも地方で人数が少ないと、それはできないんですよ。ガチスパーをやって怪我すると、怪我をした本人はもちろん、他の人も練習できなくなっちゃうので。そこで空道の練習をする――当て感を養うことができると、MMAでも練習内容が一気に濃くなります」

――特にその当て感を子供の頃から養うことができるのも重要ですよね。

「僕がやっていたのも、空道で少年部の全国大会が始まって盛んになり始めた頃でした。自分は当時そこまで成績を残すことはできなかったけど、ああいう大会があるのは凄く大切だと思いますね」

――その空道をキッカケに柔術を始めるのですか。

「いえ、空道は小学校を卒業した頃に一度辞めているんです。中学校に入ったら部活をやってみたいと思って。そこから中学はバドミントン、高校でハンドボール、大学では先輩に誘われてブレイクダンスに熱中していました」

――えっ!?

「その期間は完全に格闘技から離れていました。でも大学の時にふと『コレじゃないよな』と思って、人生を振り返ってみた時に大道塾のことを思い出したんです。小学生の頃、一般の人たちが仕事を終えてから道場に来て練習している姿を見ていて。その姿を思い出して21歳の時に大道塾へ戻りました」

3年前にタイでONE FFを観戦したことがキッカケで、自分もMMAに人生を懸けようと思いました

――小6の時に一度離れたということは、約10年振りに。

「10年振りですね。少年部でやっていた経験があったので、復帰後も地区大会で優勝して全国大会に進みました。全国大会では世界クラスの選手にボコボコにされたんですけど、そこで火が点きましたね。自分は何で勝とうかと考えた時、当時のRIZINとかを見て柔術の存在を知ったんです。当時は空道にもそこまで寝技をやっている選手はいなかったし、柔術をマスターしたら空道の全国大会でも勝てるかもしれない、と。

ちょうどその頃、空道の先輩に誘われてタイに行って、現地でいろんな道場に連れて行ってもらったんですよ。いろんな格闘技に触れてカルチャーショックを受けたし、さらに現地の人にONE FFのチケットをもらって。それが3年前ですね。大会が2月3日だから、本当にちょうど3年前です」

――2023年といえば、ONE FFがスタートした時ですね。

3年前のチケットとともにタイ入り。彼がONEでプロデビューするのも、運命としか言いようがない

「僕もその時に初めてプロの大会を現地で観戦したんですよ。会場では地元のタイ人が、戦っている選手の国は関係なく応援しながら盛り上がっていました。そういうファイターへのリスペクトに感動して、戦っている選手もカッコ良かったし『俺もココに出たい!』と。ONE FFを観戦したことがキッカケで、自分もMMAに人生を懸けようと思いました。

実は学生時代、自衛官を目指していたんです。防衛大学校に入りたいと思って猛勉強したけど、ちょっと持病があって自衛官になれないことが分かりました。そこからスイッチの入らない人生というか……何をしても楽しくない、笑顔になれないような人生で(苦笑)。だけどONEを見た時に『もう一度夢を見たい。これに懸けたい』と思ったんです」

――そして今回、ONEでプロデビューする。運命的なものを感じずにはいられません。

「そこから試行錯誤の3年間が始まりました。当時はもう柔術の練習は始めていて、その頃にカルペディエム仙台が出来たんですよね。日本で一番大きな柔術道場で練習したいと思い、通っていた道場から移籍しました。

カルペディエム仙台に入ってすぐ、渡邉和樹先生(カルペディエム仙台代表)に『MMAをやりたいです。アマチュア修斗に出るには、どうすれば良いですか』と相談しました。修斗からONEに出ている選手が多いというイメージがあったので。すると和樹先生は『カルペディエムなら、福岡であればMMAの練習ができるよ』と教えてもらったんです。当時は地元にプロのMMAファイターは少なかったし、福岡に行きたい。すぐ和樹先生が田村先生に連絡してくれて、僕も仙台から福岡へ行きました」

――ものすごい勢いですね!

「アハハハ。田村先生に『カルペディエム福岡の所属でアマチュア修斗に出させてください!』と直談判すると、快く受け入れてくださいました。そこでMMAの練習をした際に、小田魁斗選手の右オーバーハンドを受けてダウンしたんですよ。田村先生から『トッティ、ちょっと休んどけ』と言われて――福岡まで行って練習しているのに、ずっと休んでいるという1日を過ごしました(笑)。そのあと仙台に戻って、アマチュア修斗に出始めました」

――そういった経緯があったので、カルペディエム福岡所属でありながら、アマチュア修斗の東北選手権や北陸選手権に出ていたのですね。アマチュア修斗は2023年から出場し、昨年の全日本選手権で優勝しています。

「東北選手権では優勝できていましたけど、全日本は2023年と2024年が1回戦負け。昨年、全勝で優勝しました」

――1回戦負けから優勝へ。2024年から2025年にかけて、自身の中に何か変化があったのですか。

「2年連続でプロになれなくて、その時にはもう27歳になっていました。すると周りから『お前がプロになるのは無理』とか言われて悔しかったです。MMAを始めて2年でプロになれない人も多いのに、年齢のこともあって……。

だから、いろいろと考えるようになりました。国内外の試合をチェックして、選手の練習動画を視て『こうやれば良いのか!』と考えたりとか。練習でも僕が貪欲に勝ちに行こうとすると、柔術の人たちも『MMAだとこういう動きも使えるんじゃないか』と寄り添ってくれて。大道塾でも練習場所を使わせてくれたり、味方が増えていったように思います。

あとMMAの練習に若い選手が参加するようになって、僕もその選手のためにアウトプットする時があるじゃないですか。おかげで自分は何が分かっていないかを知ることができるし、そういう時は田村先生に連絡してリモートで教わったりするんです(笑)。

他にはMMAの教則本を購入するようになって。海外のものが多いですけど、日本だと青木真也選手が壁レスの教則を出したら、すぐに買いましたね」

――なるほど。確かに2024年から2025年にかけて、壁レスが変わったように感じました。

「えっ!? どう変わりましたか」

――ざっくり言うと、2024年の試合はシングルレッグからドライブされた時、ケージを背にして一呼吸置いていました。そして返し切れないことが多い。対して2025年の全日本アマ修斗では同じ体勢になっても一呼吸置くことなく、すぐに自分の有利な組手に持ち込み、そのおかげでテイクダウンに至ることができるようになったかと。

「あぁ、そうですね! 僕も今は壁レスのディフェンスについては、自信を持って臨むことができています。去年の全日本決勝でも押し込まれましたけど、そこから相手が何もやってこないことが分かって。青木選手の教則を視てから、自分の頭の中にもいろんなパターンが入っているので、余裕を持って戦えました。あの日は全部、壁レスでは押し込まれても返すことができていたと思います」

プロになったらコントロール+削りではなく、削りながらコントロール

――その頃からONEで戦うことを目標に、アマチュア修斗に出ていたのでしょうか。

「いえ、そこまでは考えていなかったです。ONEに出るには修斗でチャンピオンにならないといけないかな、と勝手に思っていて。まずプロになることを目標に、アマチュア修斗に出ていました」

――結果、修斗でもプロ昇格。今回はONEでプロデビュー戦を迎えますが、対戦相手も米国のアマチュアMMAを経験してからONEでプロデビューという、似たキャリアを辿ってきています。

「ONEでプロデビュー同士の試合って珍しいですよね。少なくとも日本人としは初じゃないですか」

――ムエタイやキックボクシングの選手がMMAに挑戦するケースを除き、アマチュアMMAからONEでプロデビューというケースは稀でしょう。しかも一方はONEを観てMMAを始めているという。

「ONEへの気持ちは、誰よりも上です!最初は仙台で一緒にMMAの練習をするメンバーも少なくて、最初の1~2年は苦戦しました。僕自身も分からないところが多かったですし、あの時にONEがったから夢を見て、ここまで頑張ってきました」

――ONEの場合、計量とハイドレーションテストがあります。日本の計量に慣れたあとよりも、プロデビューの段階でハイドレーションテストを経験しておくことができると良い面もあるかと思います。

「ハイドレーションテスト、難しかったです(苦笑)。ONE FFに出たことがある魁斗選手にもアドバイスをもらっていて。ただ、今日の計量前も田村先生は『大丈夫だと思うよ』と言ってくれていましたけど、僕も経験がないから不安で。おかげさまでクリアすることができました」

――相手選手との違いは、まず米国ではパウンド有りのアマチュアMMAを経験しているのに対し、アマ修斗はパウンドが禁止です。アマチュアにおけるパウンド有無の差を、TOTTI選手はどのように埋めるのか。これはアマチュアMMA論としても興味深い点です。

「その違いを埋めないといけないことは分かっていたので、まず去年の10月に全日本選手が終わったあと、GSPのパウンド教則は買いました(笑)」

――おぉっ!? GSPのテイクダウン&削りのポイントを学びましたか。

「パウンドだけでなくヒジとか、本当に凄いですよね。自分の中でもパウンドの練習は足りないと感じていたし、今後もやっていかないといけないです」

――ONEで5~6試合を経験している猛者が相手ならともかく、互いにプロデビュー戦なので自身も試していくことができます。

「それはありがたいです。僕もアマ修斗の時はコントロールが得意で、プロになったらコントロール+削りだというイメージを持っていたんですよ。でも田村先生は『削りながらコントロールだ』と言っていて、確かにそうだと思いました。その点は自分の武器にしていきたいです」

――楽しみにしています。プロデビュー戦に向け、MMAPLANETの読者にメッセージをお願いします。

「一番は地方にいて僕のことを応援してくれている人たち、空道をやっている子供たち、そしてアマ修斗でなかなか勝てずにもがいている人たち――僕が活躍することで、そういう人たちが『もう一度頑張ってみよう』と思ってもらいたいです。僕が海外で勝つことにより証明できるものも、たくさんあると思うので。勝って次への期待を抱かせるような、光を感じさせるような試合をしたいです。宜しくお願いします!」

■放送予定
2月13日(金・日本時間)
午後8時15分~U-NEXT

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