【RIZIN Y.E.S.P.Festival】フライ級GP優勝&ベルト獲得、扇久保博正「UFCへの恨み、復讐です(笑)」
【写真】最高の形で締めくくった2025年。果たして今年は何に抗うのか(C)RIZIN FF
2025年12月31日(水)に埼玉県さいたま市中央区のさいたまスーパーアリーナで開催された「RIZIN 師走の超強者祭り」で、扇久保博正が元谷友貴を判定で下してフライ級GP優勝を果たすとともに、RIZINフライ級のベルトを獲得した。
Text by Shojiro Kameike
2021年のRIZINバンタム級GPに続き、今回のフライ級GPも制した扇久保。さらに修斗に続き、RIZINでもバンタム級とフライ級で2階級制覇を達成した。2006年のプロデビューから20年を迎える扇久保にとって、そのMMAキャリアは順風満帆だったわけではない。しかし、敗戦からさらに強くなることこそ扇久保の真骨頂ともいえる。今回は大晦日の元谷戦を振り返ってもらうとともに、常に何かに対して抗ってきた彼のMMAキャリアと今後について訊いた。
GP優勝賞金2000万円は、子供の将来のために使いたいです
――RIZINフライ級GP優勝、そしてベルト獲得おめでとうございます。
「ありがとうございます!」
――扇久保選手本人も試合後のインタビューで言っていたように、「一番厳しい道を選択した」結果の優勝です。改めて率直な気持ちを教えてください。
「……2021年にバンタム級トーナメントで優勝した時は、本当に嬉しかったです。今回はどちらかといえば、ホッとしているという気持ちが大きいですね」
――バンタム級GPは嬉しくて、今回はホッとしている。その違いは何から生まれているのでしょうか。
「今回のフライ級GPは、最初から僕が優勝候補だと言われていたので。バンタム級の時は朝倉海選手と井上直樹選手が優勝候補だと言われていて、その予想を覆してやろうという気持ちで戦っていました」
――自身が優勝候補だと言われているために、バンタム級GPとは違うプレッシャーがありましたか。
「プレッシャーというか毎試合がタイトルマッチ、毎試合が防衛戦みたいな感じでしたよね」
――さらに優勝賞金2000万円も懸かっていましたし。バンタム級GPの時は?
「バンタム級GPは1000万円でした」
――RIZINで2つのトーナメントを制し、合計3000万円!!
「アハハハ。前回のはだいぶ税金で持っていかれて、あまり残っていないですけど(苦笑)」
――それでも凄いことだと思います。扇久保選手がプロデビューしたのが2005年。当時の軽量級で、それだけMMAで稼ぐことができるファイターは稀でしたし、扇久保選手も自自身がそうなるとは予想していなかったのではないですか。
「確かにそうですね。デビューした頃はパンツスポンサーみたいな概念もなくて、収入も今とは大きく違いました」
――それだけの収入を得ることで生活も変わりましたか。
「生活スタイル自体は、あまり変わっていないんですよ。毎日練習して、遊びにも行かないし、そんなにお酒も飲まないので。ただ、メンタル面の余裕というか――それはお金が有ると無いとでは全然違いますからね」
――もちろんです。以前の収入といえばファイトマネーとジムスタッフ=正社員としての給与が主だったかと思います。今もジムスタッフは続けているのですか。
「いえ、コロナ禍をキッカケに僕もジムの指導員を辞めて、そこからは選手一本で生活しています」
――そして賞金が合計3000万円……フライ級GPの賞金はまず奥様に渡すということでしたが、奥様の反応は?
「渡しましたけど、まだ何か買ったとかでもなくて。奥さんも欲のある人ではないんですよね。まだ子供が3歳と1歳で、子供の将来のために使いたいです」
元谷選手は絶対に僕が組みに来るだろうと考えている。だからその裏をかいてボクシング勝負、パンチでいこうと
――それはとても大切なことです。扇久保選手の場合はバンタム級GP優勝後に3連敗を喫し、フライ級でジョン・ドッドソンと神龍誠選手に勝利したあと同級GPを制しています。バンタム級とフライ級の違いは関係していましたか。
「その違いはありました。バンタム級では日本人のチャンピオンクラスなら勝てるけど、世界の強豪と戦うには、この体格ではキツいと感じていて。自分の適性階級はフライ級だと思っていた頃でもありましたね」
――もともと修斗でもバンタム級からフライ級に転向し、VTJのフライ級トーナメントで優勝したあと、修斗のフライ級王座を獲得しました。そこからRIZINではバンタム級で戦うことになった時は、不安などはなかったのでしょうか。
「当時はとにかく堀口恭司選手に勝ちたい、という気持ちが強かったんですよ。その時は堀口選手がRIZINのバンタム級で戦っていたので、その堀口選手を倒すために自分はバンタム級でも何でも良いから行くという感じでした。だから『バンタム級だからなぁ……』ということは考えていなかったです」
――それが再びフライ級で戦うことになった時、練習内容や体づくりの面で変えたものはありましたか。
「バンタム級の時は結構しっかりとウェイトトレーニングをやっていました。フライ級に落としてからは、そこまでウェイトには力を入れず、スパーリングの量や走り込みの量を増やしましたね。減量した体でもしっかりと動くことができるように」
――結果、フライ級初戦は相手がドッドソンで、GPでも1回戦はホセ・トーレスを下したあと、準決勝の相手に自らアリベク・ガジャマトフを選択しました。それだけフライ級の自分に自信を得ていたのですね。
「フライ級なら今でも自分はトップクラスだと思っています。それは自信がありました」
――その自信を、試合でトーレスやガジャマトフを組み伏せることにより証明しています。あの試合展開こそ扇久保選手の真骨頂だと思います。対してフライ級GP決勝戦は、元谷友貴選手を相手に打撃戦を展開しました。
「簡単に言うと、裏をかいたということですね。元谷選手は絶対に僕が組みに来るだろうと考えている。その対策をガッツリやってきている。だからその裏をかいてボクシング勝負、パンチでいこうと。元谷選手は負けている試合って結構、パンチで押されている試合が多いんですよね。そこを狙っていこうというプランでした」
――試合中、そのプランがハマッっている実感はありましたか。
「元谷選手が面喰っているというか、『想定よりパンチを打ってくるな』と感じているんだろうな、とは思いましたね。ただ、3Rに僕がテイクダウンされたじゃないですか。それまで僕が何も打っていない時に元谷選手が入ってきていたから、僕はテイクダウンを切ることができていて。でも3Rめの時は僕がパンチを出したところに元谷選手がテイクダウンで入ってきていたので、あれは元谷選手が巧かったなと思います。タイミングも、距離感も」
――それだけ裏をかくために、元谷戦に向けてパンチの練習を変えたりしましたか。
「ガジャマトフ戦のあとボクシングを強化しました。矢田圭一さんというオリンピック選手を指導されているトレーナーさんに、ボクシングのパーソナルトレーニングをお願いして、だいぶ変わりましたね。
僕も今までのキャリアの中で、いろんな方のパーソナルトレーニングを受けてきて……やっぱり相性ってあるじゃないですか。矢田さんはすごく相性が良くて、自分もどんどん吸収できる実感がありました。その点が良かったと思います」
――なるほど。元谷戦では扇久保選手のジャブが当たるとともに、元谷選手のパンチをヘッドスリップで綺麗にかわしているのも印象的でした。
「結構かわせましたね。あのディフェンスも練習でやってきたことで。詳しい内容は言えないですけど……、矢田さんには体の使い方を直してもらったんです。オフェンスでもディフェンスでも、それがうまくハマりました。とにかく自分のターンで終わる。自分が打って当てて、相手の攻撃は当てさせない。
試合中は相手のパンチもよく見えていました。パーソナルトレーニングだけでなく、ボクシングのスパーリングもたくさんやってきたので、その成果が出たのかなって思います」
――あれだけ自分のほうが当てていれば、気持ちも乗ってくるでしょう。
「このままいけば倒せるかもしれない、と試合中に思ったのは久しぶりだったかもしれないですね。対策してきたことが、ほぼハマッていたので。テイクダウンのフェイントも効いていて、アッパーも入るようになっていました」
トーナメント、強いんですよ。自分の場合は逆算するのが好きで
――個人的に前回インタビューしたのは、2014年のVTJフライ級トーナメント優勝後だったかと思います。あれから10年以上が経った今、また新たな扇久保選手の強さを見ることができたのは驚きでもあります。
「アハハハ、ありがとうございます」
――この10年……特にRIZINに参戦して以降、自身の中で「このまま戦っていくのは難しいな」と感じることもあったかと思います。
「ありましたね。やっぱり3連敗した時は『もう限界なのかな』とか思ったりしました。そう思いつつも、まだ巻き返すことはできるという気持ちもあって。今もそうですけど、当時もメンタルも落ち切ってはいなかったです」
――メンタル、ですか。扇久保選手はメンタルが弱いとは思わないです。ただ2012年から2103年にかけて、とても落ち込んでいる時期もありました。
「あぁ、一番は最初の堀口戦ですよね。あの時は心を折られて負けたことがショックで……『もう自分はファイターじゃない。こんな負け方をするなら辞めたほうが良いのかな』と落ち込んでいて」
――RIZINで戦うなか、それほど落ち込んだ時はありますか。
「1回目の朝倉海戦は落ち込みました。1回目の堀口戦の時のメンタルに似ていましたね。もう相手に飲み込まれてしまった。『まだこんな俺が出てしまうんだ!?』と落ち込みましたよ」
――そう考えると堀口選手との初戦直後にVTJトーナメントがあり、朝倉海選手に敗れたあとRIZINバンタム級GPが行われ、3連敗してフライ級GPが始まるという……。
「あぁ、確かに。同じですね(笑)」
――トーナメント戦には絶対的な自信があるのでしょうか。
「トーナメント、強いんですよ。アハハハ。自分の場合は逆算するのが好きで」
――逆算、というと?
「トーナメント決勝に向けて逆算するんです。『この時期はこういう練習をして、ここは練習したくても絶対に休まなきゃいけない時期だ』とか計算するのが好きだから、トーナメントの時は良いコンディションとメンタルを保つことができている。自分自身では、そう分析しています」
――2016年のTUFもトーナメント戦でしたが、あの時は期間が短すぎましたか。
「TUFは準決勝のパントージャ戦で出し切っていて、決勝は無理でした。もう疲れ切っていて――決勝で戦ったティム・エリオットもキツかったと思いますよ(笑)」
――あのレベルの相手と1カ月で4試合戦うわけですからね。今回のフライ級GPで優勝し、新たなベルトを巻いたことにより自身の中では何か変わりましたか。
「ベルトを獲って、やる気がすごく上がっています。満足してしまうのかと思っていたけど、逆にモチベーションが高まっていますね。チャンピオンとして良い試合をして、RIZINを盛り上げていきたい。そういう前向きなメンタルでいることができています」
TUFで世界中からフライ級の選手が16人集まった時、皆が同じ気持ちだったんです。『体は小さいけど、俺たちも面白い試合ができるんだ』
――これは邪推かもしれませんが元谷選手との打ち合いは、いつも塩試合と評価されていたことに抗い、「俺もこういう試合ができるんだぜ」と見せたかったのかとも思いました。
「あ、それは少し思っていたかもしれないです」
――試合について「強いけど面白くない」「面白くないけど強い」と言われることも多いです。
「僕も性格が悪いから、そういうことを言われると俄然盛り上がるタイプなんですよ(笑)。『これは優勝したい!』と思っていました。
元谷戦については――元谷選手も同じ気持ちだったんじゃないですかね。お互い『強さだけを目指している』という感じの、口数が少ないキャラで。『だけど試合ではこれだけやれるんだぞ』というところは見せたかったし、元谷選手が相手ならそういう試合ができると思っていて。実際に戦いながら、元谷選手もそう考えているようには感じました」
――その気持ちは試合終了直後、2人が肩を抱き合ってロープにもたれかかりながら言葉を交わしているシーンに表れていたように思います。大晦日最大の名シーンでした。
「アハハハ、自然にああいう形になりました。お互いの想いは一緒だったんだな、って感じましたね」
――それは自身の試合内容に対する評価だけでなく、フライ級というクラスへの評価にも同じようなことを感じていたのではないですか。MMAだけでなく格闘技は、どうしても重量級に人気が集まりがちです。
「それが一番大きいですね。TUFに出た時から、そう思っていました。TUFが行われていた時期はUFCもデメトリウス・ジョンソンが絶対王者で、相手がいなくてフライ級自体の人気が低かったじゃないですか。もうDJが強すぎて。
そんななかTUFで世界中からフライ級の選手が16人集まった時、皆が同じ気持ちだったんです。『体は小さいけど、俺たちも面白い試合ができるんだ』と。TUFを通して自分たちの生活も変えていかなきゃいけないし、皆が同じ気持ちで戦ってきました。
TUFのあともパントージャやブランドン・モレノたちがUFCでフライ級を盛り上げていて、僕もRIZINで戦っている。一緒にTUFで戦っていたズールーもRIZINに来た。あの時の皆の気持ちが、ようやく華開いてきたというか。世界中の人たちに『フライ級の試合も面白いんだぞ』ということが伝わってきているような気はします」
――そう聞くと扇久保選手とは、ずっと何かに抗ってきたファイターなのですね。
「そうですね、はい(笑)」
――となると気になるのは、今回評価される試合をしてベルトも巻いたあとも何かに抗う気持ちはあるのかどうかです。
「ありますよ。MMAをやっているかぎり、そこに行くまで消えることはないと思います」
――「そこ」とは、もしかして……。
「UFCへの恨みです。アハハハ」
――恨み、ですか。
「まぁ、恨みというのは言いすぎですかね(笑)。でもTUFで準優勝したあと、当時のマネージャーを通じて『試合がつまらないから契約しない』と言われましたから。RIZINさんは、いつも『試合がつまらない』と言いながらも、僕の試合を組んでくれている。だから僕はRIZINをメチャクチャ盛り上げて、世界中のフライ級ファイターがUFCではなくRIZINのベルトを獲りに来るようにする。それでUFCへの復讐は完了ですよ」
――アハハハ、壮大な復讐劇ですね。
「そのモチベーションは落ちていないです(笑)。もう一つは、この4月で39歳になるんですよ。まだ自分が衰えているとは思っていなくて、まだまだ成長しています。その年齢的な部分に抗いながら、強い選手と戦ってRIZINのベルトの価値を上げていきたいですね。強さを示していけば、世界中のファイターがRIZINを直視するようになる。それが今最大のモチベーションです。まだ2026年最初の試合は決まっていませんが、今年も宜しくお願いします!」



















