【RIZIN Y.E.S.P.Festival】「俺の人生で一番重要な試合だった」新バンタム級王者サバテロの人物像に迫る
【写真】 努力が報われた時、人はこれほどまでハッピーになれるのか――というなかで、常に次を考えているダニー・サバテロ(C)MMAPLANET
2025年12月31日(水)に埼玉県さいたま市中央区のさいたまスーパーアリーナで開催された「RIZIN 師走の超強者祭り」で、ダニー・サバテロが井上直樹を破りバンタム級のベルトをその腰に巻いた。
Text by Manabu Takashima
Titan FC、Contender Series、Bellator、PFLと北米メジャーシーンに挑み、その頂点に立つことはならなかった。同時にレスリング&コントロール主体のファイティング・スタイルも決して、一般受けするモノではなかった。
そんなサバテロは昨年5月にRIZIN参戦を果たすと太田忍、9月に佐藤将光を下し、大晦日にタイトル挑戦という機会を得た。4歳でレスリングを始めた時から一貫してチャンピオンを目指し、結果を残すことを唯一のゴールとして生きてきた。
その努力がRIZIN参戦を機に、リング内外でのハードワーカー振りと相まって花開いた。トラッシュトークでも、絶対的に諦めないリングで戦いだけでなく、決して自己犠牲ではなく、自己肯定方の努力が日本のファンの琴線に触れることとなった。今回のインタビューはタイミング的に試合前ではないため、彼の内面(既に溢れ出てしまっているが)、人格形成、人物像により迫ってみた。
シシリアン・アメリカンは家族の絆が強い
――去年の大晦日にRIZINバンタム級チャンピオンとなりました。新年を迎えて帰国し、シカゴの家族の下は訪れたのでしょうか。
「ノー、試合の翌日にサウスフロリダに戻った。ただ家族がフロリダにやってきてくれたから、そこで会うことができた。俺自身はファイト中心の生活で、シカゴに戻ることはほとんどないけど、両親は毎年フロリダに来てくれる。兄2人も機会を見ては、こっちにやってくるよ。
今回は俺の人生でも一番大きな試合だったから、両親、兄、叔父までフロリダに来てくれた。みな、凄く喜んでいて、素晴らしい時間を過ごすことができたよ」
――極寒のシカゴより、ダニーのタイトル獲得を祝福するにはフロリダの方が適しているかもしれないです(笑)。
「その通りだ。この時期のシカゴはとんでもなく寒いし、フロリダで会うことで良いバケーションになっていたはずだ。俺自身シカゴで生まれ育ち、お隣のインディアナにある大学に進学した。フロリダに住むようになって7、8年が過ぎ、シカゴの寒さが身にこたえるようになってきたんだ。クリスマスシーズンにシカゴに戻ると、もう体がアイスキューブになったかのように凍えてしまう。あの寒さに体が耐えられなくなったようだな。
今回は人生最高の時を迎えたけど、もう俺の目は次の試合に向いている。だからシカゴに戻らず、フロリダに留まっているんだ。タイトルを奪取したことで達成感はあるけど、俺はもっと強くなれる。次の試合では、もっと良いファイトを皆に見てもらいたい。でも、友人も多く住んでいるシカゴは今も俺の心の拠り所であることは間違いないよ」
――実は35年も昔に兄がシカゴの郊外に住んでいて、私にとって初めて訪れた海外の街がシカゴでした。今も思い出の土地です。
「そうなのか。俺もシカゴの郊外を何度か引っ越してきたけど、郊外も凄く住みやすい街だよ。ずっとレスリングをやってきて、ハイスクール時代はレスリング・プログラムもあり、より競技と向き合うようになった。だからシティを出歩くようになったのは大学を卒業してからなんだけど、食事も美味いし、刺激的な街だっただろう? 郊外ってどこにいたんだい? 」
――確かガーニーという場所で、シックスフラッグスという遊園地が近くにありました。
「おお、俺も何度もローラーコースターに乗りに行ったよ。サマータイム・ウィークエンドやホリデーになると、凄い人でローラーコースターに乗るには1時間ぐらい並ばないといけないんだよ」
――兄が年間パスを持っていたので、平日の閉園間際に行ってローラーコースターを2本ほど乗り、帰宅していました。
「アハハハ。それは懸命な乗り方だ。でも、シカゴはどうだった? エンジョイできたかい」
――それはもう。全てが目新しく、初めての経験ができました。当時自分は、米国は自由の国だという単眼的思考を持っていて。相当なラフな格好で入国しようとして足止めを食らい、兄の仕事関係の人はなかなかコンサバな人が多いと感じていました。
「パスポート・コントロールで止められた? 凄く興味深い話だ。今もそうだけど、日本人はそういうタイプの人間がいると誰も思っていないからなぁ。それに日本とは違う文化が絶対にあるから、カルチャーショックもあっただろう。俺も日本に来て、色々な経験ができた。
シカゴは大きな都市だから、地域によって特性も違う。俺の家族は凄く仲が良い。タイトな関係だ。それが俺の人格形成に大きく関係しているに違いない。
特にイタリアン・アメリカン、シカゴ地域ではシシリアン・アメリカンはそういう風に家族の絆が強い。近所に住んでいた人たちも、うちとよく似ていた。だから家族、友人、コーチ、チームメイトのことを本当に大切に想っている。俺は誰にだって良い人間だし、周囲のことを凄くリスペクトしている。リングに上がって、俺と向き合うヤツ以外は。心を折り合う相手に関しては、容赦なくトラッシュトークを浴びせる。ただ試合が終われば、その必要もない」
俺はプロフェッショナルだからRIZINやRIZINファンが使ったマネー以上の仕事をしなくてはならない
――井上直樹選手に対しても、その言葉通りでしたね。
「もう試合は終わったんだ。トラッシュトークを続ける意味がない。それは他の相手も同じで。ただし、試合前は相手が嫌がる言動をする。俺のやるべきことだ。それがファッ〇ンな相手に向き合うために、俺のあるべき姿なんだ」
――ダニーのトラッシュトークは、プロ意識の表れでもあると思っています。自らのファイトをPRする。実際、チャンピオンになり祝福ムードに包まれていた会見会場で、自ら福田龍彌選手のことを罵り始めました。もう次の展開を考えているのだと、感心しました。
「俺はプロフェッショナルだからな。絶対に皆をガッカリさせたくないし、RIZINやRIZINファンが使ったマネー以上の仕事をしなくてはならない。だから試合が終わってからも、次の展開のことを考える。それが俺たちの仕事だ。ファイターとしても、次のことを考えることは必要だと思っている。フクダ、ゴトーや他の選手のことを頭に置いている。そして誰が相手になろうが、サカキバラが俺の前に用意した相手をぶっ飛ばすだけだ。
そこにベルトを失い、落ち込んでいるイノウエは存在しない。イノウエは才能に溢れ、技が切れる男だった。俺に負けた相手も、また顔を上げて次に向かって進まないといけない。底に関して、俺も何も言うまい。もう俺の視線は次に向かっている。次の試合に向けて、さらに強くなる。次はもっとビッグファイトになる。そうやって俺はレガシーを創っていくんだ。
ところで、ガーニーにいたことがあったなんて……。なぜ、今まで教えてくれなかったんだ?」
――それはインタビューが試合前ばかりで、試合のことを聞くのがメインになります。でも今回は試合前ではないので、ダニー・サバテロの人物像に迫りたいと思っています。日本のファンは、ダニーのハードワーカー振りを理解して応援しています。そのような人格が形成される以前、幼少期はどのような子供だったのでしょうか。
「いつだって、隣にスポーツがあった。4歳の時にレスリングを始め、常にチャンピオンを目指していた。自分が続ける競技を尊敬し、競技生活を送ってきたんだ。だから俺はプロファイターになってからも一度として、計量失敗をしたことがない。
レスリング時代もそうだ。シーズンになると、ずっと試合が続いていた。時には50試合以上も戦うことがあった。それでも4歳の時から一度も計量失敗をしたことはない。それだけ自分のキャリアをシリアスに考えてきた。
フットボール、ベースボールも齧ったけど、フットボールではランニングバックでキャプテンだった。でも俺のゴールは常にレスリングでチャンピオンになることだったんだ。そのためにフットボールでの活動を犠牲にし、最終的には諦めた。より優れたレスラーになるためにね。
そして、何をやるにも全力を尽くすこと。それがプロファイターになってからも、俺のベースにある。RIZINのためにリングの中だけでなく、外でもしっかりと働く。皆をワクワクさせるために、何をすべきか考えている。それが俺の性格なんだ。何も自分を偽ってきたわけじゃない。減量失敗なんかもってのほかだ。リングの中でも、絶対に諦めない。これまでがそうであったように、これからも」
――計量ミスもしないという性格は、自分に厳しいのですね。フットボールと野球をしていたということですが、個人スポーツの方がチームスポーツよりも合っていたということはありますか。
「それは絶対だよ。チームスポーツは負けたりすると、誰か他の人間の責任にすることができる。と同時に、自分ではコントロールできない不確定な要素が多くなる。対してファイトは上手くいっても、いかなくても全て自己責任だ。KO負けしようが、一本負けしようが言い訳のしようがない。他人のせいにすることなんて、当然できない。
反対に勝利を手にした時の気分は、他の何も比肩できない。どれだけ代償を伴って、ハードトレーニングを自分に課すことができるのか。試合前から、全ては自分次第だ。自分で運命を切り開く。だから個人スポーツが好きなんだ。このキャリアが終焉を迎える時、俺は俺だけのストーリーを残すことになる。そのために計量失敗はしないし、いつでも、常に、どんな時でも十分なスタミナを維持し続ける。リングに上がる前に、どれだけ自分を追い込めるのか。誰よりも、追い込んで俺はリングに上がる」
――それがダニーの責任感なのですね。大晦日のタイトル戦では、「in the air tonight」で入場をしました。レスリング時代からの話をきいて、さらに冒頭部分がグッときます。
「ウォークアウトソングは、その時々によって変えてきたけど、前回の試合は俺の人生で一番重要な試合だった。in the air tonightの冒頭部分、あれこそRIZINのタイトルを賭けて戦う……俺がMMAに人生を賭けてきた気持ちと重なる部分なんだ。

”I can feel it coming in the air tonight, oh Lord
And I’ve been waiting for this moment for all my life, oh Lord
Can you feel it coming in the air tonight, oh Lord, oh Lord”
『今夜、この空気の中にその瞬間がやってくることを感じるんだ
俺はこの瞬間を、ずっと人生をかけて待っていた
神よ、お前も感じるだろう? 今夜、この空気の中にそれが迫ってきているのを』
大晦日の入場は、グッとくるものがあった(C)RIZIN FF
――そこまで自分を追い込んでいると、時に孤独を感じることはないですか。「in the air tonight」の次の節は”Well if you told me you were drowning, I would not lend a hand”(もしお前が溺れているって言ったとしても、俺は手を差し伸べない)というモノで、孤独感を際立たせるように感じていたんです。
「あぁ、そんな風に感じられることがあるんだな。とにかくあの日はフィニッシュできなかったことを除くと、パーフェクトだった。あのフレーズで、そこまで想ってもらえるのがRIZINという舞台なんだ。ファイトに、個々のストーリーが存在している。
多くのファイターはマイクを渡されても、自分の正当性をアピールするばかりで、自身の物語を語ることがない。それではファンもファイターがどういう人間なのか、分かりっこない。俺はファンと、あの夜の『I’ve been waiting for this moment for enter my life』という想いを共有したかった。そして4万5000人のファン、世界中でファイトを視聴したファンと、美しい夜を共に過ごすことができた。あんなことが可能になるのはRIZINのリングだけ、MMAだけなんだ。
俺はRIZINに感謝している。他のどこにも、あんな入場はない。そんなRIZINで俺はずっと戦って行きたい。だからこそ、全ての面において成長する必要がある。そのためにも、もっとルールに則した攻撃をしないといけない。まだ始まったばかりだ。もっと素晴らしい景色を皆と見ていきたい」
――本当に自分を律しているのですね。その「in the air tonight」はフィル・コリンズのオリジナルでなく、Nonpointのモノです。
「そう、リメイクされた方だ。フィル・コリンズの方も良い曲だけど、ちょっとスローテンポなんだよ。これからハードな戦いの場に向かう時に、フィル・コリンズ版ではソフトになってしまう。少しロックンロールで、グランジなNonpointの方がハードな俺の状況、戦いに向かう入場に合っている。あの曲を試合前の耳にして、色々と抱えているモノを整理して、自分が何者かを確認するんだ。リングの外は最もクレイジーでも、リングのなかでは何があっても勝利を手にする男になるために。
大晦日に、RIZINの会場で、最高のファンの前を、人生で最も多くの観客がいる最高の場所で、in the air tonightが流れ、スポットのなか一人で歩く。これまでの人生を振り返り、リングに上がることができた」
ゴトーは俺の相棒のホセ・トーレスに勝った。アイツもタイトル・コンテンダーとして頭に入れておく必要がある
――ベルトを手にしたことで、パーフェクトな夜になりました。
「コーチやジムの皆と50回はあの試合を振り返って見直した。家族も、友人もそうだけど、ATTの皆が本当に喜んでくれた。俺がジムに戻った時、皆が練習をやめて拍手で迎えてくれた。素晴らしい瞬間だった。世界最高のジムでは、RIZINバンタム級のベルトの価値を皆が分かっている。もちろん、キョージ・ホリグチが巻いていたベルトだからだ。あのベルトがATTに戻った。これから、ずっとATTに有り続ける」
――今後ATTから、ダニー以外にもRIZINで戦いたいというファイターが出てくるのではないでしょうか。
「もう既にいるよ。ATTだけじゃない、米国では多くのファイターがRIZINと契約したがっている。ただ、実現していないだけだ。俺のソーシャルメディアには、直接RIZINについて質問が届く。俺がRIZINのサインした時点では、まだRIZINがどういう場所が分かっていない者が多かった。
でも今では本当に多くのファイターから、RIZINについて教えて欲しいという連絡が絶えない。RIZINが最高のプロモーションでも、全員がサインすることはできない。でもRIZINへの興味が、全米で高まっているのは絶対だ。
ATTからRIZINで戦う選手が増えれば、ATTのためになるしRIZINのためになる。俺は今後の人生をRIZINとともに歩み、RIZINを最大のイベントにする」
――2026年のRIZINバンタム級戦線ですが、ダニーは既に太田忍選手と佐藤将光選手に勝利しています。福田選手は井上選手に敗れ、井上選手もダイレクトリマッチという風にはならないかと思います。そのなかでバンタム級転向を宣言しているカルシャガ・ダウトベックのことをどのように思っていますか(※インタビューをした翌日に、福田龍彌×カルシャガ・ダウトベックが発表された)。
「ダウトベックはフェザー級で戦ってきた。いきなりタイトル挑戦はないだろう。正直、あまりダウトベックのことは気にしてこなかった。ただ他のバンタム級のファイターのことを常に頭にある。
フクダはアンドーを相手に素晴らしいKO勝ちをした。ただし、イノウエには敗れている。でも複数回、タイトルショットを戦う選手もいる。あのフィニッシュは、タイトル戦線に浮上するだけのインパクトがあったはずだ。
フクダ以外だとゴトーだな。ゴトーは俺の相棒のホセ・トーレス(トーレスもシカゴ出身)に勝った。元UFCファイターのホセ・トーレスを破ったのだから、アイツもタイトル・コンテンダーとして頭に入れておく必要があるだろう。フライ級チャンピオンになったオウギクボが二階級制覇を目指すこともあるのか。いずれにしてもダウトベックもオウギクボも他の階級で戦っているのだから、意識はしてこなかった。俺がフォーカスしているのはゴトーとフクダだ。
実力的にアンドーもタイトル・コンテンダーの一員だろう。でも、あのKO負けをしたから数戦は必要になってくるに違いない。バンタム級の戦いは熾烈を極め、凄まじい階級になっていく。それでも、俺の支配が続くことになる」
――現時点でダニーはいつ頃、日本に戻ってくると考えていますか。
「3月のカードに俺を加えて欲しい。それが無理なら、4月だな。すぐにでも試合がしたい。サカキバラが今年は10大会を開くと言っていると聞いた。それにRIZINのスタッフにも、井上に勝った翌日に『俺はヘルシーだから、いつでも戦える』と伝えてある。彼らも俺がいつでも戦うことができると分かっている。俺もASAPで日本で戦いたい。それができるなら1年で7000試合しても構わない。
もちろん試合をするために日本へ行く。日本を満喫したいけど、試合のために訪れてソレはできない。だから、バケーションを取って日本を楽しみたい。2026年に実現させたいことは、日本でバケーションを取ることだ。日本でやりたいことは、もうリスト化してポケットにしまってある。もしくはATTのファイターがRIZINと契約すれば、コーナーマンとして日本に行く機会もできるだろう。食事が美味しくて、街が綺麗で、人々が親切な日本を減量なしで楽しみたい」
――ジ・イタリアン・チャンプスターの早々の来日を楽しみにしています。
「その呼び方、最高だよ。サンキュー!! このベルトを持って、日本へ行く。世界一のサポートにいつも感謝している。俺のアンチは、Go fXXk yourself。消え失せろ。でも俺のファンの皆を愛している。まだ俺たちの旅は始まったばかりだ。RIZINのベルトを獲ったけど、これから8000回防衛する」
















