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【Pancrase361】宮澤雄大とストロー級KOP決定戦、船田電池「判定決着でも面白い試合ができる」

【写真】船田電池の「ブランディング」も現代ファイターの在り方の一つ(C)SHOJIRO KAMEIKE

14日(土)、横浜市中区の横浜武道館で開催されるPancrase361で、船田電池が宮澤雄大と空位のストロー級KOPの座を争う。
Text by Shojiro Kameike

2024年2月のプロデビューから5連勝。昨年4月に当時ストロー級1位だったリトルを下していたものの、就職活動のため1年間ケージから離れていた。その間に王者の黒澤亮平がベルトを返上し、今回の王座決定戦出場に至っている。

フルラウンド動き続ける「無限電池スタイル」から、ファイトネームも本名の船田侃志から船田電池に改めた。自身は己のスタイルを「ドロドロスタイル」と形容しているが、果たして無限電池はタイトルマッチ=5Rもフルに動き続けることができるのか。勝敗や内容とともに、その点も気になる船田に無限電池のルーツと現在を訊いた。


高校受験で落ちたことがキッカケで、16歳の時にHEARTSへ入ったんです

――船田選手は和術慧舟會HEARTS所属ですが、もともとは禅道会小金井道場出身なのですね。

「はい。小金井道場には4歳で入門し、16歳の時まで通っていました。小金井道場代表の西川享助には今でも練習を見てもらっていて、今回もタイトルマッチに向けて週3回パーソナルをお願いしています」

――4歳の時ですか。すると禅道会がジュニア&キッズのルールを整備していた頃で……。

「はい! 今のRFエキスパートルールですよね。僕はその1期生のようなものです。今のキッズ修斗のようなルールが禅道会で始まったのは、僕が小学3年生の時でした。ちょうどその頃にルールが改定されていって」

――幼少期からMMAに近いルールに触れていたわけですね。禅道会の実績を教えてください。

「めぼしい大会では勝っていました。一番変わっているのは中2の時、ロシア遠征に行っていて。その時は2回戦負けでしたけど、翌年のウクライナ遠征で優勝したのが一番大きな実績だと思います」

――中学時代に国際大会へ! なぜ16歳の時、小金井道場から離れたのでしょうか。

「僕、高校受験で落ちたことがキッカケで、16歳の時にHEARTSへ入ったんです(笑)」

――えっ!?

「もともとは小金井道場の近くにある高校が第一志望で、その高校に受かっていたら、変わらず小金井道場に通おうと考えていました。でも落ちて、阿佐ヶ谷にある高校へ入ることになったんです。わざわざ遠いところまで学校に行くなら意味をつけたいと思い、高校から近いジムに入ってみようと。

それでなぜHEARTSかといえば、場所が良かったこともありますけど、僕は中学生の頃から魚井フルスイングさんが好きで。魚井さんが所属していることもあって、HEARTSを選びました。ただ、当時はまだプロになるつもりは全然なかったですけど……」

――船田選手が中学生の頃といえば、魚井選手も修斗を中心に試合をしていた頃かと思います。当時から後楽園ホールのイベントもチェックしていたのですか。

「その頃はABEMA TVで格闘技が盛り上がっていて、僕も受験のストレス発散でよく視ていたんです。そのなかで修斗の中継を視ていると、面白い試合をする選手がいるなぁと思っていました。今の僕のファイトスタイルとは全然違うんですけど(笑)。

それでHEARTSに入りましたが、プロになろうとは思っていませんでした。入会する時もプロ志望とは言っていなくて。でも禅道会でやっていたおかげで下地があるから、16歳にしては確立されていたらしいんです。すると初めてクラスに出た時、大沢(ケンジHEARTS代表)さんからプロ志望に認定されました。

学校が休みの日にプロ練を見に来るよう言われて。見学するだけのつもりが、そのまま練習に参加して、あれよあれよという間に……。気づいたらアマチュアの試合に出ていて、気づいたらプロデビューしていました(笑)」

――アハハハ。幼少期から格闘技経験があり、16歳で確立されている。であれば、もっと伸ばしたい。もっと伸びてほしい。そしてプロで活躍する姿を見たくなるのも仕方ないと思います。大沢代表も船田選手の中に、それだけ光るものを感じたのでしょうし。

「実は僕、子供の頃から柔道もやっていたんです。本格的に、というわけではないですが小学2年生の頃から町道場で――それもあって寝技もスクランブルも入会当初から、ある程度はできていたと思います」

――禅道会であれば、寝技のみのRF柔術も……。

「はい、RF柔術の試合にも出ていました。だから今の僕って、キッズ&ジュニア修斗出身の選手と同じような感じだと思います」

僕がドロドロスタイルで試合をするのは、楽しいから

――確かにそうですね。その船田選手がプロになろうと思ったキッカケは何だったのでしょうか。

「僕がHEARTSに入ったのと同じタイミングで、吉村兄弟(海飛&天弥)も入ってきたんですよ。その頃は他にもプロ志望の若い人たちがたくさん入会していて、その人たちだけのアマチュア練習会をやろうという話になったんですね。僕もその練習に行くようになって、自然と『アマチュアの試合に出て、プロを目指してみよう』という気持ちになりました」

――そうだったのですか。つまりHEARTSにとっても、若手が増えた転換期で。

「当時は選手練といえばプロの方ばかりで、選手志望で入っていても始めたばかりの人はついていくのが厳しかったです。そう感じていた人たちが平日の夕方から集まり、練習会をやり始めました。おかげで僕も同じぐらいのレベルの人たちと一緒に強くなることができて、じゃあアマチュアの試合に出てみようということになったんです」

――同じレベルの選手と一緒に強くなれたことと、もう一つ。HEARTSにストロー級の強豪選手が集まっていたことも大きかったのではないですか。

「そうなんです。HEARTSって日本ストロー級一番の名門だと思うんですよ。高校の時はプロ練に参加することはなかったけど、大学に入ってから午前中のプロ練にも参加できるようになりました。そこで猿田(洋祐)さん、ジョー(新井丈)さん、飯野(タテオ)さんと一緒に練習する機会があって、メチャクチャ助かりました。プロになって、ここまで来ることができたのは環境のおかげもあると思います」

――学習院大学に通っていることも明らかにしている船田選手ですが、大学受験とMMAの練習は並行できていたのでしょうか。

「高校3年生の時は1年まるまる休会していたんです。アマチュアで試合したのは高1、高2と大学1年生の時でした。大学もHEARTSから近く、年内に終わる試験形式のところを受験して」

――すると高校受験をキッカケに新宿のHEARTSを選び、HEARTS入会をキッカケに目白の学習院大学を選んだと。

「繋がってきましたね、アハハハ」

――さらに昨年4月のリトル戦後、就職活動のために1年間休んだそうですね。

「休みました」

――リトル戦の勝利によって、目の前にベルトのチャンスがある。年齢的にもどんどん試合ができるし、試合をしたほうが良い時期でもある。そこで1年間も休むのは驚きました。

「……やはり僕の階級で、格闘技だけで食べていくことは難しいと思うんです。そもそも高校の時にMMAを選んだ理由が――今は大学受験でAO入試とかが流行っているので、MMAの経験が入試に生かせるのではないか。いずれは就活でもガクチカ(学生時代に力を入れたこと)で役立つのではないか、と。だから僕にとっては就活で格闘技の話をするというのが、MMAを始めた時のゴールでした」

――……。

「こんなヤツ、いないですよね。自分でも嫌なヤツだろうなって思います(苦笑)」

――確かに珍しいパターンですが、それも新しい格闘技の在り方なのではないかと思います。一方、先日の会見では自身のことを「ドロドロスタイル」と呼んでいました。好きだった魚井選手のフルスイングスタイルではなく、ドロドロスタイルになっていったことは、そのゴールと何か関係しているのでしょうか。

「僕がMMAを続けているのは、先ほど言った就活のためでもあるし、人生を楽しくするためでもあるんです。僕がドロドロスタイルで試合をするのは、楽しいから。

僕は練習でも試合でも、ひたすら動いて相手と一緒にクタクタになるのが好きで。まずスタミナが自分の一つの武器であることと、疲れる試合をすることが好き。そういう自分が得意で楽しめるスタイルで試合をしているだけでした。すると周りから『面白い』と言ってもらえたり、無限電池スタイルとか注目してもらえて、ありがたいです」

今まで3R戦でやっていたのと同じことを、5R続けられる自信があります

――近年、大沢代表もアタックし続けるMMAを主張していました。その大沢代表の主張とも噛み合っていたのですね。

「アマチュアの時は試合時間が短いから、僕のスタミナもそれほどフューチャーはされなかったんです。でもプロで5分3Rやるようになって、その頃に大沢さんの方針とマッチするようになったと思うんですよね。大沢さんも僕のファイトスタイルを支持してくれるようになって。

ただ、大沢さんはまず打撃でアタックするように言っていました。でも僕はアマチュアの頃、打撃が怖くて、それができなかったんです。そこを矯正してもらい、意識して今のスタイルができるようになりました」

――船田選手のスタミナは持って生まれたものなのか、あるいはMMAをやるうえで身に着けたものなのか。それとも動くための技術を身に着けている部分が多いのか、とても気になります。

「スタミナに関しては――よく聞かれるんですよ。『どうすれば、そんなにスタミナがつくのですか』と。だけど、このスタミナは生まれ持ったものじゃないかと思うんですよね。あとはジムでひたすら寝技のスパーをやって、自然とついていった気がします。

もともと僕は性格的に一つのものに固執しすぎることなく、いろんなことをやりたいタイプで。それが寝技の創り方にも出ているのでしょうし、そういう様々なものが組み合わさって今のスタイルが出来上がっているんだろうと考えていますね。最近では、それを長所として意識して伸ばすような練習をしています」

――UFCをはじめて現在のMMAでは、アタックしてエキサイティングな試合をするとともに、よりフィニッシュを求められるようになりました。そのなかでドロドロスタイルを標榜するファイターも珍しいです。

「確かに、判定勝利をブランディングとしてやっているファイターはいないかもしれないですね(笑)。もちろん僕としては自分が楽しいスタイルで試合をしているのと――判定決着でも面白い試合ができるんだよ、というプライドもあります。試合でもギューッと固め続けているわけではないですし」

――3Rフルに動き続けることができていますからね。

「そうですね。自分の中ではアタックし続けています。

フィニッシュ……ギュイーンと持っていく力はないかもしれないです。その代わり、ずっと動き続けることができる。速筋ではなく遅筋タイプだと思うんですよ。もちろんフィニッシュも狙ってはいます。今までもフィニッシュ直前まで行っている試合もありましたし。でも判定決着でも動き続けていることを褒めてくれる人も多くて。そうやって認めてくれる方が多いのであれば、ドロドロスタイルを押し出していこうかなというのが自分の考えです」

――だからこそ、タイトルマッチの5R戦は楽しみでしょう。

「……楽しみです。本当にやりたかったです」

――今その言葉を発するまでの間と笑顔が、喜びとともに自信を感じさせます。

「アハハハ。今まで3R戦でやっていたのと同じことを、5R続けられる自信があります。いつも試合では3R終わったあと、『もう2R行けるな』という実感があって。ギリギリ5Rは動き続けることができると思っています。

僕の中では『どれだけ限界に近づくことができるか』もMMAをやっているうえでの目標の一つなんですよ。それは自分との戦いであり、一番証明できるのが5R戦であって。もちろんフィニッシュできるなら、したいけど――宮澤さん、当日は僕の5Rに付き合ってください」

■視聴方法(予定)
2026年3月14日(土)
午後1時45分~ U-NEXT

■Pancrase361 対戦カード

<ライト級KOPC/5分5R>
[王者] 雑賀ヤン坊達也(日本)
[挑戦者] ラファエル・バルボーザ(ブラジル)

<フライ級QOP決定戦/5分5R>
杉山しずか(日本)
和田綾音(日本)

<ストロー級KOP決定戦/5分5R>
船田電池(日本)
宮澤雄大(日本)

<フライ級/5分3R>
大塚智貴(日本)
猿飛流(日本)

<ウェルター級/5分3R>
内藤由良(日本)
ガブリエル・レーベン(フランス)

<バンタム級/5分3R>
山木麻弥(日本)
荒田大輝(日本)

<ライト級/5分3R>
神谷大智(日本)
葛西和希(日本)

<フェザー級/5分3R>
透暉鷹(日本)
ギレルメ・ナカガワ(ブラジル)

<フェザー級/5分3R>
木下尚祐(日本)
シン・ジェヨン(韓国)

<フライ級/5分3R>
岸田宙大(日本)
眞藤源太(日本)

<フェザー級/5分3R>
岡田拓真(日本)
清水博人(日本)

<フライ級/5分3R>
菅歩夢(日本)
谷村泰嘉(日本)

<ミドル級/5分3R>
平田旭(日本)
林源平(日本)

<ストロー級/5分3R>
リトル(日本)
佐々木瞬真(日本)

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