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【Special】『MMAで世界を目指す』第6回:鈴木陽一ALIVE代表「MMAファイターの脱水と脳震盪」─01─

【写真】パンクラス、DEEP、グラジエイターなどでお馴染みの鶴和レフェリー(C)SHOJIRO KAMEIKE

世界的なスポーツとなったMMAで勝つために、フィジカル強化は不可欠となった。この連載では「MMAに必要なフィジカルとは?」というテーマについて、総合格闘技道場ALIVEを運営する鈴木社長=鈴木陽一代表が各ジャンルの専門家とともに、MMAとフィジカルについて考えていく。
Text by Shojiro Kameike

連載第6回目は、救急科のドクターでありMMAのレフェリーも務めている鶴和幹浩氏にご登場いただく。鶴和氏に「MMAファイターの脱水と脳震盪」について訊く――はずが、本題の前にレフェリーとドクターの業務について興味深い話が出てきた。MMAファイターの体を守るのもレフェリーとドクターの役目。基礎知識としてMMAにおけるレフェリーとドクターの業務についてご紹介し、前編の内容も踏まえて後編をお読みください。


ルールを理解していないと、ドクターとしても変な判断をしてしまうかも

鈴木 今回は脱水と脳震盪をテーマにお話を聞きたいと思い、現在ドクターであると同時にMMAのレフェリーもされている鶴和幹浩さんにお越しいただきました。鶴和さん、よろしくお願いします。

鶴和 よろしくお願いします。私は救急科専門医です。救急科というのは、救急車で病院に運ばれてくる患者さんを病気や怪我にかかわらず診療する科です。

鈴木 ひとくちにお医者さんといっても、それぞれ専門分野があるじゃないですか。そのなかでも救急処置ができる方がケージサイドにいてくれると、我々の立場としてもすごく安心するんですよ。だからウチが開催しているアマチュアパンクラスでも鶴和さんに来ていただいています。

鶴和 そう言っていただけると本当に嬉しいです。確かに格闘技の現場で起こりうる問題は、ほぼ救急医がカバーできる分野だろうと思います。

鈴木 今年2月のGRACHAN大阪大会で松場貴志が左腕を脱臼した時、応急処置として腕をはめてくれたのが鶴和さんでしたよね。

今年2月のGrachan67にて。(C)SHOJIRO KAMEIKE

鶴和 松場さん、その後は大丈夫ですか?

鈴木 大丈夫です。応急処置していただいたあと、救急車で病院に行って検査もして――その節はありがとうございました。まずは鶴和さんが医師、そしてレフェリーになった時期と経緯を教えてください。

鶴和 医師になったのは1998年で、ずっと救急の現場にいます。格闘技大会への関わりは2012年か2013年だったと思いますが、ZSTやジ・アウトサイダーに大会ドクターとして参加させてもらったのが最初でした。当時はZST代表であった上原譲さんには大変お世話になりました。

鈴木 最初はリングドクターだったのですか。

鶴和 はい。大会中に『これは競技のルールを理解していないと、ドクターとしても変な判断をしてしまうかも……』と思うことがあって。
鈴木 ドクターストップの判断とか。

鶴和 そうです。私は学生時代に日本拳法をやっていたのですが、MMAとは異なります。ルールなど競技のことを知らないのに、メディカルストップのような責任のある権限は負えません。だからルールを勉強したいと思っていた時に、ちょうどパンクラスで審判候補生を募集していまして。医師として参加した大会で梅木さん(JUDGE SQUAD代表 梅木良則氏)を紹介していただき、審判団で勉強させていただくようになって現在まで師事しております。

鈴木 ドクターからレフェリーへ! 本題の前に、すごく興味深くなってきました。

鶴和 審判の仕事は、選手の命や勝敗を預かる立場として不謹慎な言い方に聞こえるかもしれませんが、もの凄く面白くてやりがいのある役割なんです。自分にとっては、医師として大会に関わるよりも、はるかに興味深いことばかりで、格闘技の審判員という仕事にのめり込んでいきました。

鈴木 今、一つのプロ興行で両方やってほしいと言われませんか。アマチュア大会だと、ウチのアマチュアパンクラスでは鶴和さんに両方お願いすることもあるけど……。

鶴和 それは、あります。でも梅木さんから「兼任だと、大会そのもののクオリティが保てないから」と方針についてお話があり、プロの興行では兼任せず、アマチュア大会では臨機応変に……ということになっています。

鈴木 プロの興行で、白衣姿でケージサイドに座っている人が白衣を脱いだらレフェリーのコスチュームになったりすると……(苦笑)。

鶴和 アハハハ、それは変ですね(笑)。あとはもう一つ、そもそもレフェリーとドクターは異なるものです。レフェリーストップとメディカルストップも異なります。そのため、レフェリーをやっている時に医師としての判断はできません。レフェリーがメディカルストップを判断してしまうと、それぞれの立場がおかしくなってしまう。責任の所在がハッキリしなくなります。

審判団の中で必要な救急医療や応急処置の知識と技術をセミナー形式で

鈴木 ちなみに、たとえばパウンドアウトでストップする時はレフェリーの視点だけですか。それともドクターとしての視点も入りますか。

レフェリーストップのタイミングは難しい。格闘技と医学の見識から考える必要は出て来る(C)SHOJIRO KAMEIKE

鶴和 難しい質問ですね(苦笑)。でも、パウンドの時はレフェリーの視点です。ケージの中に入っている時は100パーセント、レフェリーですから。でもインターバルでは、チラッとドクター目線で選手の状態を見たりすることはあるかもしれません。『ダメージや負傷は大丈夫かな?』とか。

鈴木 これは本題と異なるように見えるかもしれないけど、重要な問題だと思います。世界を目指す選手だけでなく、まず人がMMAを続けていくためには健康面や安全面は欠かせません。我々も職業として常設道場を持ち、医療的な観点も持たないといけない。人の体に関わる仕事ですから。それは大会を運営する場合も同じで。

たとえば加藤久輝がベラトールに出場した時は、ドクターによる運動機能のチェックがありました。内容は四肢の機能障害、手足の機能障害、脳のダメージ、あとは視力検査などです。このメディカルチェックにクリアしないと、試合に出場できない。これは米国だとABC(Association of Boxing Commissions)の管轄で、UFCやベラトール、IMMAFも含めて統一の基準があるんですね。しかもメディカルチェックの時に、レフェリーも一緒にいました。

鶴和 なるほど。米国とは少し違うかもしれませんが、私が所属しているパンクラスでも、試合前日の計量には必ず医師が立ち会うことになっています。また、審判団の中で必要な救急医療や応急処置の知識と技術をセミナー形式で情報共有しようと準備中です。

鈴木 それは良いですね! 私はもともと厚生労働省の健康運動指導士という資格を持っていて、厚労省管轄の運動施設に勤務していました。それと企業の健康経営として産業医さんと一緒に仕事をしていたこともあって、格闘技に関わることでも医療面の話が後になってしまうのが不思議だったんです。

鶴和 まだ計画段階ではありますが「Cage Side Emergency」と題しまして、打撃による裂創や失神、絞め技による失神―さらに心停止というケースまで対応できるような内容を考えています。

鈴木 鶴和さんがいるからこそ可能なレフェリー講座ですね。講座の実現と、その効果を楽しみにしています。では、ようやく本題の「脱水と脳震盪」に移りましょう。

<この項、続く>

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