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【Special】月刊、大沢ケンジのこの一番:7月―その弐―:若松佑弥✖シェ・ウェイ「格闘技は、戦い」

【写真】計量失敗も集中力を増した感のあった若松。落とせない試合をモノにした(C)ONE

過去1カ月に行われたMMAの試合からJ-MMA界の論客3名が気になった試合をピックアップして語る当企画。
Text by Shojiro Kameike

背景、技術、格闘技観を通して、MMAを愉しみたい。大沢ケンジ、水垣偉弥、柏木信吾3人というJ-MMA界の論客をMMAPLANET執筆陣がインタビュー。今回は大沢ケンジ和術慧舟會HEARTS代表が選んだ2023年7月の一番、修斗世界ストロー級選手権試合=新井丈×安芸柊斗戦から、ONE FN12の若松佑弥×シェ・ウェイ戦まで語らう。格闘技は、戦いだ。

<月刊、大沢ケンジのこの一番:7月:新井丈✖安芸柊斗戦はコチラから>


――至近距離の練習、ですか。

「ウチのジムでは結構、至近距離の練習をやるんですよ。MMAのスパーリングでも、ボクシングやキックボクシングの距離でやらせます。これは『打ち合い上等』ではなく、少し打撃をもらう覚悟で前に出ていくことで、相手を削っていくということなんです」

――ボクシングジムでガードを固めている選手のグローブをトレーナーさんが叩き続けるトレーニング風景を見たことがあります。受けている選手は目を閉じず、目をそらさないでいるという。

「近い距離で目を慣れさせるためのトレーニングですね。MMAは特に、一発も食らわずに勝つことは難しいじゃないですか。打撃、組み――いろんな展開があるから。こういうことを言うと、僕が『気合いで行け』とばかり言っているように思われるんですけど(苦笑)」

――アハハハ。どうしても言葉の端々だけを取られてしまいますね。

「そう。分かりやすく『見えていれば効かないんだから行け』と言うんだけど、ただ見えているだけじゃダメなのは当たり前で(笑)。遠い距離で戦うタイプの選手は、相手に近い距離で張り付かれると疲れるものですよ。下がるほうがバテます。

でも至近距離の練習をしていない日本の選手は、距離が近くなるのを怖がっちゃいますよね。日本人選手が世界で勝てない理由の一つに、その距離の問題があるんじゃないかって感じます」

――身長差、リーチ差がある海外選手との試合では尚更のことで。

「MMAは階級制のスポーツじゃないですか。結局は同じ体重で戦うのだから、僕は身長差やリーチ差は特に気にしていないですね。日本にも海外の選手に体格で勝っている選手はいるし。それよりも戦うという気持ちのほうが大切で。倒しに行く姿勢を見せていれば、判定になっても有利になりやすい。最初からポイントを意識しすぎるよりも、フィニッシュに近づく展開を見せていれば結果的に判定で勝てると思っていますから」

――新井選手に関していえば、まさに関口祐冬戦がそうであったわけですね。下がらず、前に出て殴って判定勝ちを収めました。

「タイトルマッチや、タイトルに関わるような試合で、あそこまで前に出る選手は他にいないですよね。今後の対戦相手も嫌だと思います。『アイツ、とことん前に出て来るな』って」

――前に出ることで相手を削る。とにかく攻めて勝つ。それはONE FN15でシェ・ウェイをTKOで下した若松佑弥選手も同様だったと思います。

「佑弥の試合も良かったですよね。計量失敗があったので、完全に良かったと言ってはいけないけど……。ただ、佑弥も最近うまくいっていなかったじゃないですか。もともと上を目指すために新しく、いろんなものを身につけようとしていたんでしょう。アドリアーノ・モライシュ戦(昨年3月、ギロチンで一本負け)の前あたりから、組み技も試合で見せるようになっていて。オールラウンダーであり、巧い選手の戦い方を始めていました。

だけど、巧くなるにつれて自分に怖さがなくなっているかもしれない。それは本人も分かっていたと思うんですよ。結果はモライシュに一本負けして、次はウ・ソンフンにKO負けした。計量失敗もありましたし、選手の気持ちとしてはどん底ですよ。少なくともファンや関係者の信用を失うのは間違いない。

でも僕たちは、アイツが本当に頑張っていることは知っているから、このまま落ちていってほしくない。そう思いながら先日のシェ・ウェイ戦を視ていたら、完全に昔の若松佑弥を取り戻していたじゃないですか」

――試合後にも「殺してやるという気持ちで戦いました」とコメントしていましたね。

「何か吹っ切れたんでしょうね。たとえば最初にテイクダウンした時、体を起こそうとした相手の顔面にヒザを打ったじゃないですか。当てきれず反対に倒されかけていましたけど、ここ最近の佑弥だったら、あのヒザは打っていないと思います。もう一度テイクダウンした時も、すかさずヒジとヒザを連打していて。

今の日本のMMAなら、あの場面はまず――しっかり抑え込むように指示するでしょうね。勝とうとしているだけなら、あのタイミングでヒジとヒザは出さない。もし佑弥が負けていたら『ヒジやヒザを出すのではなく、まず抑え込むべきだった』と言う人もいたでしょうね。『仕掛けが早すぎる』とか。あの場面で自分から攻め続けて勝ったから、次に繋がるんですよ。攻めるべき時に、リスクを恐れずに攻める。だって、格闘技は戦いだから」

――「格闘技は戦い」。これも最近、大沢さんがよく口にする言葉ですね。

「もちろん計算しながら戦うことも必要です。でも計算しているのは、自分の中に恐怖心があるから。恐怖心があるために計算しすぎて、試合の中で自分が本来持っているものを出せなくなることって、本当によくありますからね。

でも佑弥は恐れず、自分らしさを出して勝った。昔のような殺気立った佑弥の試合を視て、人間がどん底から這い上がる浪漫を目撃した気がしますね。今後どういう展開になるかは分からないけど、この試合をキッカケに取り戻していくと思いますよ」

――MMAとして打ち合うことや、打撃を出し続けることが必ずしも良いとは思いません。しかし前に出ること、攻め続けることが勝つ術となることは理解できます。

「やらなきゃ自分がやられる。それが戦いであり、格闘技は戦いだから。たとえば試合でフィニッシュを狙わず、トップをキープするだけの相手って怖くないですよ。抑え込まれていても『相手は狙ってこないな』と分かるので、まず自分が仕留められる恐怖心はなくなります。試合中、精神的に追い込まれることはない。だから一切ダメージをもらわないことを考えるのではなく、まず気迫や殺気で相手を抑え込んでいくのも必要だということですね」

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