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【Bu et Sports de combat】武術的な観点で見るMMA。イムマグロフ✖アウベス「ビジョンの有無」

【写真】肉体的な資質、そこを基にする技も持っているアウベスだが、UFCに勝利していくために何が欠けているのか(C)Zuffa/UFC

MMAと武術は同列ではない。ただし、武術の4大要素である『観えている』状態、『先を取れている』状態、『間を制している』状態、『入れた状態』はMMAで往々にして見られる。

武術の原理原則、再現性がそれを可能にするが、武術の修練を積む選手が試合に出て武術を意識して勝てるものではないというのが、武術空手・剛毅會の岩﨑達也宗師の考えだ。距離とタイミングを一対とする武術。対してMMAは距離とタイミングを別モノとして捉えるスポーツだ。ここでは質量といった武術の観点でMMAマッチを岩﨑師範とともに見てみたい。

武術的観点に立って見たダミール・イスマグロフ✖ハファエル・アウベスとは?!


──UFCデビュー戦でイスマグロフに敗れたアウベスは、昨年8月にコンテンダーシリーズでアレハンドロ・フローレスに勝利した際にこの項で岩﨑さんに言及してもらったファイターです。あの時は武術的な見方だと質量はフローレスの方が上で、技術的にもアウベスは遅れをとっていた。肉体的な強さは抜群でも、居着いてしまう。ギロチンで勝ったものの倒すビジョンがなかったという厳しい評価でした。

「アウベスの敗因は、全く同じですね。前回は勝ったけど、倒すビジョンがないままでした。そこに尽きますね。なぜ、あの瞬発力を戦略的に使っていかないのか。パンチも良い、蹴りも良い。後ろ回し蹴りとかも出している。でも、組まれてギロチンを仕掛けて頭を抜かれると、ずっと下にいる。アウベスは下になって勝つビジョンがあって、ギロチンから引き込んでいるのかということですよね。イスマグロフを相手に下になることが、得策だと思っていたのか」

──1Rは明らかに極めに行ったと思います。あとはテイクダウン狙いに対して、粘りがない。しんどいことはしなかったかと。

「今のMMAは極力下にならないじゃないですか。それを続けるというのはビジョンがないに等しかったと思います。対してイスマグロフは一つ、一つのパンチにビジョンを持っていた。でも3Rになるとアウベスが盛り返しましたよね。あの優秀なイスマグロフを追い詰めることができる戦闘能力があるのに、なぜギロチンを仕掛けて尻つぼみになるのかが分からないです」

──最終回はイスマグロフがセーフティリードを築いていたので、失っても良いというファイトをしたと思います。

「あぁ、なるほど。その通りかもしれないですね。それにしても、アウベスの身体能力の高さはスバ抜けています。初回にバックに回って落とされそうになると、頭をつけて体を回転させて起き上ったじゃないですか」

──ハイ、驚くばかりの身体能力の高さです。

「だからこそ、ひとえにプランニングです。でもUFCという場はフィジカルだけでは、どうにもならない世界です。だから勝って良しとするのではなくて、なぜコンテンダーズではフローレスに勝てたのか。そこをUFCで戦うのだから、しっかりと勝った試合からでも色々と研究をしておくべきでした。

コンテンダーシリーズで勝てても、ここはUFCでしかなくて。イスマグロフが腹へのパウンドを正確に打ち抜くとか、やはりUFCで勝つ選手とコンテンダーズは違うのかというのはありますね。最初にパンチを被弾して、バランスを崩し気味に倒れた。それでも少しずつ自分のペースを創っていけたのがイスマグロフでした。

アウベスはそれを突破する瞬発力があるけど、ビジョンを持って組み立てない。そうなると、やはりUFCでは勝たないということなのかと。

それはどのような競技でも同じです。私がやっていたフルコンタクト空手がまだ一本化のトーナメントを開いていて時代は、優勝を狙って出てくる空手家がどれだけ多くいたのか。強くて当たり前、能力があって当たり前、精神力があって当たり前。ミスをして、失点したら負け。良くも悪くも高いレベルで実力が拮抗してくると、自分が勝つのではなくて相手が負けてくれるという感じになってきます。

フローレス戦は勝ったのではなくて、負けてもらったという捉え方を本人もチームも持たないといけない。フローレス戦で出た粗が、そのまま今回も出ているとそれはもう勝てないですよ。勝ちを拾ったという感覚が、アウベスにはなかったのでしょうね。それがあれば、前回と同じようなビジョンのない試合はしなかったはずです。

実際、質量はアウベスです。でも居着くから、イスマグロフがいくらでもパンチを入れることができていた。一瞬引く、一瞬制圧するというギリギリの攻防だと、勝ち負けに質量や間が関係してきますが、もうこの試合は見たまんまでしたね」

──武術の原理・原則を推し量る試合ではなかったと。

「そうですね。そういうなかでも人口が2000万人にも及ばないカザフスタンから、UFCで活躍する選手が出てくる。90年代からの日本の格闘技は見るブームで、ロシアや中央アジアのような『俺はこれをやる』という風な結びつき方は少なかったのかもしれないです。カザフスタンなどは、これで食っていくという切実さが日本とは違うのでしょうね。選手層が薄いという問題に結びついてしまいます。

技術力でなく、競争力で力をつける土壌が中央アジアにはあり、日本にない。途方に暮れます……。私がMMAの打撃になるとミルコを例えにすることが多いのも、今はあんな風に綺麗に打撃を使えるファイターは少なくなっているからなんです。ジョン・ジョーンズのような洗練された動きもそうです。でも、それは洗練された動きが通用しなくなるぐらいの実力伯仲の団子状態を意味します。で、特徴とか洗練されてなくても競争力で強くなっています。

トップ選手は試合で見せないことも、練習ではしているはずです。必要になると出せる。UFCの上の方で戦うにはできないことが存在していては無理です。できないことがあってはならないのと同時に、これで勝てるなんて甘いモノじゃない。

そうやって考えるとアウベスはできることはたくさんあるけど、何ができないかは考えなかった。そして、今は何が必要かという考え方がまるでなかった。UFCという厳しいなかで、あの手持ちの技でどう勝てるのか、それは見えないです。ビジョンや戦略がないと言いましたが、それも装備が整ってからの話で。イスマグロフは装備が整っていて、ビジョンがある。これからが楽しみです」

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