【Bu et Sports de combat】武術的な観点で見るMMA。ソン・ヤードン✖リッキー・シモン「練習量」
【写真】得意かより得意か。得手不得手があってはUFCでは勝ち残れない (C)Zuffa/UFC
MMAと武術は同列ではない。ただし、武術の4大要素である『観えている』状態、『先を取れている』状態、『間を制している』状態、『入れた状態』はMMAで往々にして見られる。
武術の原理原則、再現性がそれを可能にするが、武術の修練を積む選手が試合に出て武術を意識して勝てるものではないというのが、武術空手・剛毅會の岩﨑達也宗師の考えだ。距離とタイミングを一対とする武術。対してMMAは距離とタイミングを別モノとして捉えるスポーツだ。ここでは間、質量といった武術の観点でMMAマッチを岩﨑師範とともに見てみたい。
武術的観点に立って見たソン・ヤードン✖リッキー・シモン戦とは。
──前回の締めに「蓮の試合の翌日にやっていたUFCを見ると……やっぱり別モノですから」という言葉がありましが、その翌日に行われたソン・ヤードン✖リッキー・シモン戦に関してはどのように思われましたか。シモンの強烈なテイクダウンに対して、ソン・ヤードンも最初は倒されていましたがスクランブルで立ち上がった。その後は切るようになり、ボディも含めパンチを入れ最後はKO勝ちでした。
「テイクダウンの攻防だけで終わらない戦いがありましたね。頭から当たっていくところも見えましたが(笑)。一つ言いますと、全部をちゃんとやってきた2人でした。と同時にパターン化されている部分もあると感じました。ソン・ヤードンはなぜ、そこでパンチで倒し切らずに抱えてしまうのかという場面がありました。あのままフィニッシュできたのに」
──それは試合前から言っていましたが、レスリングでも負けないという部分を見せたかったのかと思います。
「つまりはMMAファイターとして凄い試合でした。MMAが全てできている。ただ、それは相手もいて、どういう試合になるのかはケース・バイ・ケースです。そしてソン・ヤードンとリッキー・シモンに関しては、安心してMMAをやり切っているように映りました。型を形にしないといけないとよく口にしていますが、形とは結果論なんです。こういう形にしていこうという形はなくて。形とは最終的に自分で決めるものではない。
だから平本丈はウェルラウンダーになるかもしれないし、平本蓮も模索の際中なんです。この機会を経て、また稽古を積む。その結果として、形になっていく。そういう意味でソン・ヤードンもリッキー・シモンも結果論として、誰憚かれずMMAの戦いを繰り広げていました」
──凄まじかったです。
「それは、そこまでやってきているからですよ」
──ちなみにソン・ヤードンは言葉もできない19歳の時にサクラメントへ行きユライア・フェイバーに師事をした。そして現地の中国系ファミリーのサポートを受け、家庭も持った。今や通訳なしで、英語でインタビューを受けることができます。そしてUFC戦績は9勝2敗1分けです。
「ねっ、そういうことでしょ。そこまでやっている。それが本気度というやつです。試合中も下になっても挽回できるから、下にもなれる。絶対に倒れないということや、絶対に組まさないという戦いにはならないです。下になってから挽回、ギロチンなんかも見せていましたしね」
──あのシモンのテイクダウンに対して、ギロチンに出たのはワキをさせなかったから頭を抱えたにすぎないと思います。
「それも自力だろうが、膠着ブレイクかどちらになろうが、また立てるという自信がソン・ヤードンからは感じられました。アレを決めないと、終わりだという動きではなかった」
──同時に打撃を効かせて、倒れた相手の立ち上がり際に極めるなどギロチンも上手いです。
「なるほど。そこも自信があるわけですね。それにソン・ヤードンは打撃、ちょっと嫌らしいことをやるんですよ。站椿のような動きですね。一瞬、立ち止まります。あの状態だと、相当に威力のあるカウンターが打てます。
ただし、ソン・ヤードンのパンチは全てフック系でした。真っ直ぐが無かったです。頭をぶつけながら頭を入っていって、ボディブロー。しかも、その頭をぶつけることを意識させて右クロスを打ち込んでいました(笑)。そういうなかで、あのバッと立ち止まった時は何を狙っていたのか気になりますね。まぁ、とにかく世界レベルのMMAでした」
──ハイ。と同時に朝倉未来✖牛久絢太郎、斎藤裕✖平本蓮の試合内容で「打ち合え」という言葉がでなかった。それは日本も、あの戦いの場に挑める素養ができているのかと思った次第です。戦いの純度が上がり、戦いがフィーチャーされた。だからこそ、まだまだなんだと。そうでない格闘技興行のベクトルなら、「まだまだ」と思うこともなかったかと。それはもう、UFCが頂点にあるMMAとは別モノなので。
「なるほど。そういうことですね。そういうことであればRIZIN、日本のMMAとUFCで戦っている選手を見ていると、練習量に違いがあるのは一目瞭然かと。練習量、練習内容なのか。とにかく練習が少ない。それは国内と米国のMMAの基盤が違っているので。アルファメールやATT、キルクリフFCですか、そういうところで1日に複数回練習してないと、あの動きはできないと思います。そういうことができる環境が、米国にはある。
ただし、あるからといってやるかといえばそれも違います。その環境があっても、そこまで練習しない奴はいます。とにかく日本のMMAは恐らくは業界として、もう太刀打ちできないです。太刀打ちできるのは選手、それにはしっかりと練習をすることです。嫌な練習に音を上げないで向き合うこと。
きっとソン・ヤードンも問答無用で練習させられてきたんだろうし、それが当たり前なんですよ。でも、所属もハッキリしない。練習は自主参加。そういう自主練習では限界があって。それでも選手の自主性を重んじない練習をさせているジムもあると思います。ただし、そうすると長続きする人間も少なくなる。
でも上から言われてやるって、きついかもしれないけど、何も考えずに猛進できるから、それはそれで楽な面もあるのですが……。自分の行きたい場所を選んで、スパーリングも入るかどうか、自分で決める。それは自主練であって、稽古じゃない。ソン・ヤードンはUFCでチャンピオンになるという明確な意志を持って、アルファメールという環境で練習に没頭しているはず。そうでないと──あの動きはできないと思いました。ただし、そのような練習も指導者と選手の間に信頼関係がないとできない。
だからUFCだって口にするなら──『こんなんじゃ無理』って、どんどん練習して嫌な想いで日々を過ごせば良い。こんなんじゃ勝てないというところから、練習しないと。そこが持続する法則性があるとすれば、それは信頼関係になります。人間関係がないと、厳しい稽古はできない。逆にいえば、信頼関係があれば突破できるはずです」
──日本では体育会系の上下関係や、強制だらけの指導者の下で競技格闘技を続けてきた選手が少なくないです。だからMMAの指導者のいない、上下関係もないことが心地よいと感じることもあるかと思います。
「あぁ、そこですか。それこそ学生の部活動でも指導者と生徒に信頼関係なんてない。あぁ、それは根が深いですね。それでもね、UFCを目指すなら──自分の意志で厳しい状況を望まないと。あのソン・ヤードンのような動きを日本人選手がすることは無理になってしまいます。ホント、できるわけがない。
余計やこと考えず、1日中強くなるためにやっているんです。ずっとやっているから技術もあって、安心して戦っていますよ。だからソン・ヤードンのMMAは打倒極の回転があります。それだけ練習しているから、アレが可能になるんです。練習量のケタが違っていて、そのなかで生き残っている選手たち──改めて凄い話です」