【Bu et Sports de combat】武術的な観点で見るMMA。グティエレス✖イーウェル「その場&移動」
【写真】出る力、出す力。こういう見方もできるMMAは、実に面白い (C)Zuffa/UFC
MMAと武術は同列ではない。ただし、武術の4大要素である『観えている』状態、『先を取れている』状態、『間を制している』状態、『入れた状態』はMMAで往々にして見られる。
武術の原理原則、再現性がそれを可能にするが、武術の修練を積む選手が試合に出て武術を意識して勝てるものではないというのが、武術空手・剛毅會の岩﨑達也宗師の考えだ。距離とタイミングを一対とする武術。対してMMAは距離とタイミングを別モノとして捉えるスポーツだ。ここでは間、質量といった武術の観点でMMAマッチを岩﨑氏とともに見てみたい。
武術的観点に立って見た──UFC258におけるクリス・グティエレス✖アンドレ・イーウェルとは?!
──LFA出身でUFCでは敗北スタートから3連勝中のグティエレスが、前評判では評価の高かったイーウェルに判定勝ちした試合でした。
「良い試合でした。お互いに引かず。それでいて、イーウェルが途中から気持ちが折れていく。そこも含めて良かったです」
──イーウェルは1週間前の大会を欠場し、ここで急遽出場となったグティエレスと戦いましたが、両者にとって本来のバンタム級ではなく140ポンド契約で戦っています。
「この試合はグティエレスのその場の打撃に対し、イーウェルの移動の打撃という戦いでした。空手の基本稽古って止まってやるじゃないですか」
──ハイ。
「次に移動稽古があるのですが、このその場の基本稽古というのがなかなか意味のあることだと考えています」
──それはどういうことでしょうか。
「シャドーをやると、とにかく動こうとします。ただし、広いところから達人は生まれないという言葉があるんです。畳が一畳あれば十分に質量を上げることができます。距離を使って力を伝えるのと、その場で威力があるのでは後者の方が高度な打撃とされます。寸勁や発勁って、その場というイメージがあるじゃないですか。一番理想的なのは、定置で養ったエネルギーを移動で運べるということです。
この試合ではグティエレスのその場の質量が常に高かったです。イーウェルは前後移動が上手い。対照的な2人の戦いでしたが、ハイキックをカウンターでもらうというのは前後移動の弊害です。
サウスポーのイーウェルが見せた左のオーバーハンドは、相手のパンチを掻い潜って打つパンチなので、アレを見せた時に間はグティエレスのモノになります。掻い潜るというのは、相手の間になっているのに殴っていっているから頭が下げることになる。だからミドルぐらいの蹴りでヒザが頭に当たってダウンをしていました。
イーウェルは前後移動と左の逆突きは良いのですが、その時に必ず頭を下げていました。頭を下げるというのは質量が低い攻撃になります。高さとは相手がいて、相対的なモノなので。身長が高いイーウェルが、わざわざ頭を低くしてくれるのだからグティエレスも叩きやすくなります。
イーウェルは蹴りも悪くなく、前後移動も良い。そしてリーチも長い。それなのに、なぜリーチを生かした戦い方をしないのか。そこを考えず戦うから、常に質量はグティエレスの方が高かったです」
──グティエレスは左右に構えを変えて、蹴りもパンチもヒザも出る。言い換えればバタバタしているようにも感じたのですが、どれも精度が高かったです。
「グティエレスは左右の後ろ回し蹴りをちゃんと蹴ることができていました。打撃のクオリティが高いです。それとスーパーマンパンチから、ケージを蹴って左ミドルを入れた。あの打撃はその場の質量が高く、それを移動させています。
エネルギーとは養成するよりも、運ぶ方が難しいです。同様にタメを作り重心移動して運ぶというのは、力を起こしているのであって、そこに力は存在していない。グティエレスはそこで力を養成しており、イーウェルは移動をしないと力を起こせない選手でした。そうですね、グティエレスは爆弾を内包していて、イーウェルはモノを投げつける。そういう違いが彼らの打撃に存在しています」
──なるほど、グティエレスは「出る」力で、グティエレスは「出す」力なのですね。
「つまりイーウェルの打撃は、距離がないと成立しない。グティエレスのような選手は本来、イーウェルのような前後移動の上手い選手を苦手とするのですが、自分が嫌な距離を取られることなかったので、どんどん攻撃を当てることができました。イーウェルは逆にそこに自分が入っていってしまっていたんです。それならテイクダウンとか、クリンチとか組んで距離をゼロにすべきでした。
それにしても、2人とも良い選手です。素質はイーウェルでしょうが、グティエレスはしっかりと作っていた。そして、質量は常に高い。開始早々の間はイーウェルだけど、グティエレスが常に質量が高くて、ハイキックのダウンから一方的になりましたね。蹴りからのパンチ、パンチからの蹴りというコンビネーションも良かったです。将来性はイーウェルですが、グティエレスは自分の力を出し切った。意識レベルが高い練習をしてきたから、あの戦いができたのだと思います」