この星の格闘技を追いかける

【on this day in】10月02日──2010年

02 10 10【写真】K-1のFinal16がソウルで行われること自体、地盤が如何にグラついていたかが理解できるはずだ (C)MMAPLANET

K-1 World GP 2010
@韓国ソウル、オリンピック第一体育館
「記者として活動のフィールドはMMAとグラップリングに完全に固まっていた僕をソウルで開催されたK-1の会場で目にした旧知の人達は、皆一応に『珍しいね』と声を掛けてくれた。この頃になると、国内でもK-1はWorld GPにすら足を運ぶことは滅多になく、MAXだけ取材させてもらっていた。それなのにソウルでK-1を取材しようと思ったのは、まぁぶっちゃけ──これで最後になる可能性が高いと踏んでいたからだ。MMAでいえばグレイシー柔術とUFCがなければ、今はないと思う。日本のプロ格闘技に関していえば、K-1がなければあの絶頂期は来なかったに違いない。それが僕の考えだ。まだこの仕事に就くなんて思いもしなかった1993年の第1回大会。当時、務めていた会社の電波の受信状況や色味をチェックする、相当高価なモニターにコソッと東京から送られてきたビデオテープを入れて、ブランコ・シカティックとアーネスト・ホーストの雄姿を何度も見返した。ひょんなことから、この業界に入った時には既にK-1は世間を席巻、雑誌からTV業界へリクルートした谷川さんが、98年に無謀にもオフィシャル・ビデオのリポーターに採用してくれた──。このK-1界の川井ちゃん計画は、語学力の足りなさとカメラ目線も取れない不適合性で、完全に失敗(笑)。それでもスイス、ベガスと海外取材まで行かせてもらってホントに良い経験をさせてもらった。スイスでは一本で50万円ぐらいするワインをスタッフにふるまっていた石井館長の脱税&収監を機に、K-1は傾き始め──リング上よりも未払いの話題の方が大きくなっていった。K-1の終焉に立ち会わなければとソウルへ向かったけど現地で見たスタッフの方たちは、そんな状況をおくびにも出さず仕事に集中していた。その心臓の強さに、やっぱり僕とは人種が違うなと感心させられた。そんな感じで、本当にただの個人的な理由で取材に訪れたソウルの旧K-1ラスト2が、僕の人生に新たな出会いを与えてくれるとは思いもしていなかった。いや、ホントに」

on this day in──記者生活20年を終えようという当サイト主管・髙島学がいわゆる、今日、何が起こったのか的に過去を振り返るコラム。自ら足を運んだ取材、アンカーとして執筆したレポートから思い出のワンシーンを抜粋してお届けします。

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