【UFC316】展望 女子バンタム級選手権試合 圧倒的優位なケイラに対し、王者ペニャは口撃以上の攻撃は?
【写真】ペニャの口撃があった減量も、両者揃って135ポンドとリミット丁度でクリアしている(C)Zuffa/UFC
7日(土・現地時間)、ニュージャージー州ニューアークのプルデンシャル・センターにて、UFC 316「Dvalishvili vs. O’Malley 2」 が行われる。バンタム級王者マラブ・デヴァリシビリに前王者ショーン・オマリーがリマッチを挑むタイトル戦をメインとするこの大会のコメインは、新王者ジュリアナ・ペニャにケイラ・ハリソンが挑戦する女子バンタム級タイトルマッチだ。
Text by Isamu Horiuchi
王者ペニャは、UFCが女子試合を初開催した2013年のTUFシーズン18で名を上げた選手だ。周りの迷惑を一切顧みず好き勝手に振る舞い、自分への非難は平然と他人に転嫁する自己中キャラとして視聴者のヒートを買いつつ、試合では突出した組み力と勝負強さを遺憾無く発揮し、トーナメントを制覇した。
その後も女子トップ戦線で戦い続け、2021年11月には絶対女王アマンダ・ヌネスのバンタム級王座に挑戦。初回は下の体勢から粘り強く守ると、2Rに何度もカウンターのジャブや右を当て、怯んだところで投げ倒してチョークを極める大番狂わせで世界の頂点に立った。
しかし8ヶ月後のリマッチでは、入念な準備をしてきたヌネスにカウンターの右やテイクダウンをもらい続けて判定3-0で完敗し、初防衛に失敗した。
女子MMA界屈指のトラッシュトーカーであるペニャ
その2年後に復帰したペニャは、引退したヌネスの後に王座に就いたラケル・ペニントン──11年前のTUF18にて同室となり口論を繰り返した因縁の相手だ──に挑戦。ペニャが2度に渡って組み伏せれば、ペニントンも強烈な右でダウンを奪う一進一退の激闘の末、判定2-1で辛勝して王座に返り咲いている。
対するハリソンは、幼少時から柔道を経験。十代の頃にコーチから性被害を受けるも、米国柔道界屈指の寝技師にして熱血漢ジミー・ペドロ氏の庇護と指導の下で乗り越え、2012年ロンドン、2016年リオと2大会連続で五輪柔道78キロ以下級を制覇した。やがてMMAへの興味を表明し、2018年にATT所属としてPFLにてプロデビュー。世界最高のアマチュアキャリアを持つ女子MMA選手となった。
2019年、コロナでの中断を挟んで2021年とPFLの女子ライト級トーナメントを制したハリソンは、昨年4月に2階級下のバンタム級でUFCに参戦し、元王者ホリー・ホルムと対戦した。初回、無謀にも組みの攻防を挑んできたホルムを払い腰で舞わすと、2Rにも大外刈りから首投げの連絡技で豪快にテイクダウン。凄まじい圧力で抑え込み、マウントから強烈無比なヒジとパウンドを落とし、最後はRNCを極めて圧巻のUFCデビューを飾った。
続く10月にはランキング2位のケトレン・ヴィエイラと対戦。金網を背に粘るヴィエイラを倒すのに手間取り、また2Rに離れ際の肘をもらう等苦戦する場面も見られた。が、最終Rにシングルで相手を金網側まで押し込んでボディロックを作り、テイクダウンに成功。前戦同様の突出した圧力で上から一方的に攻撃し続けて快勝し、UFC参戦3戦目にして王座挑戦権を得た。
「あんたはPFLのクリス・サイボーグから逃げてきたのよね」
今回初対決となる両者だが、女子MMA界屈指のトラッシュトーカーであるペニャは、今回の対戦が決定する以前からハリソンをしばし口撃の的にしていた。その鍛え抜かれた肉体へのステロイド疑惑を無責任に指摘し、ハリソンが怒ると待ち構えたように「ロイド・レイジ(ステロイドの副作用による激昂)だわ!」と返してみせる。
今回の大会前記者会見でもペニャは「あんたはPFLのクリス・サイボーグから逃げてきたのよね」とハリソンを挑発。さらに「体重大丈夫なの? 今回はタイトル戦だから、いつもの1パウンドの猶予なんかないのよ、このweight bully(相手よりたくさん減量して当日体の大きさで優位に立とうとする選手への罵倒語)め!」と畳み掛ける。
続いてペニャが「ケイラが金メダリストだからってどうってことない。私もメダリストと戦って眠らせている」と2021年のサラ・マクマン(アテネ五輪女子レスリング63キロ級銀メダリスト)戦(3Rにチョークで勝利)に言及すると、ハリソンも「あの時の彼女はもう40歳よ。なのにあんたは最初の2Rやられいてて、最後にラッキーテイクダウンを取って勝っただけじゃない!」と(ある意味マクマンに対しても失礼な)反撃に出た。
「ウォーキングタコスでも食ってなさいよね!
が、瞬時に割り込んだペニャは「40歳! あんただって見た目は40歳でしょ! 絶対年齢詐称してるわよね!! 間違い無いわ!(ちなみにハリソンはペニャより一つ年下の34歳)」と斜め上のカウンターを放った。打撃への反応は抜群とは言えないペニャだが、トラッシュトークの応酬における切り返しの速さは抜群の対応力を持つ。
さらにペニャは「あんたホント空腹そうね。ウォーキングタコス(市販のトルティーヤチップスを袋の上から割って、その中にタコスミートや野菜やホットソースを放り込んで混ぜて歩きながら食べる、最近SNSでバズった高カロリーストリートフード)でも食ってなさいよね!」と、効果的とは思えないが面白いディスも繰り出したのだった…
試合の下馬評は圧倒的にハリソン有利
閑話休題。
罵り合いでは強さを見せたペニャだが、試合の下馬評は圧倒的にハリソン有利だ。ペニャの最大の武器は身体の圧力を活かしたグラップリング、つまり四つから相手を強引に組み伏せるテイクダウンと、上から相手を制圧する寝技だ。しかし、まさにその面において、五輪金メダリストのハリソンはペニャを遥かに凌駕していると見られるのだからこの予想は順当だ。
ペニャとしては、通常自分の攻撃ターンであるはずの組みの攻防が、ハリソン相手ではひたすら耐え忍ぶ時間となってしまう可能性が高い。が、逆に言えばこの「耐え忍ぶこと」にこそペニャの勝利の鍵がある。
3年半前のアマンダ・ヌネス戦でも、劣勢だった初回をペニャがしぶとく凌いだことが逆転勝利をもたらした。前回のペニントン戦でも、4Rに強烈な右をもらい痛烈なダウンを喫しながらも、蹴り上げの連打で致命的なパウンド被弾を避け、スクランブルから立ち上がりピンチを脱出してみせている。
「私の中にはdog(苦難に負けない闘争心。ここではGRITとほぼ同義)がいる。試合を諦めることは絶対にない。本物の犬たちでさえ、内部に私ほどのdogを持ってはいないと思う」というペニャの言葉には──根拠など気にせず放つ普段のトラッシュトークとは違い──これまで彼女の戦いぶりに裏付けられた大きな説得力がある。
アンダードッグのペニャが再び世界を驚かせるチャンスが出てくる
両者の間にあると思われる圧倒的な組技の技術差、身体能力差、そして体格差を考えると、試合の序盤はハリソンがテイクダウンを取り、上から攻めたてる展開となる可能性が高そうだ。が、凄まじい圧力と攻撃力を誇るハリソンをもってさえ、心に不屈のdogを宿し、寝技での確かなディフェンス技術を持つペニャをフィニッシュするのは容易ではないだろう。
ペニャがハリソンの猛攻に耐え、試合が中盤以降まで持ち込まれるなら、アンダードッグのペニャが再び世界を驚かせるチャンスが出てくるかもしれない。一年前のUFC参戦時にはじめてバンタム級まで落としたハリソンにとって、この階級での5R戦は今回が初めてとなる。対するペニャは、これが4試合連続のバンタム級5R戦だ。
もちろんハリソンも名参謀マイク・ブラウンの指導の下、スタミナ配分の重要性を十分に意識してこの試合に臨むだろう。それでも、チャンピオンシップラウンド(4、5R)に突入してなお丁寧な仕掛けを作れるかどうかは、蓋を開けてみなければ分からない。実際ハリソンは前回のヴィエイラ戦にて、初回こそ左ストレートを放っておいて右手で相手の前足を取るニータップへの連携を見事に決めてみせた。が、2、3Rは同じタイミングのテイクダウンの仕掛けを何度も繰り返しては、読まれて防がれる場面が見られた。
ペニャは、そのように相手の攻撃が単調になってきたところで、タイミングを掴んで反撃に転じる勝負強さの持ち主だ。3年半前の大番狂わせも、2Rに突然雑になったヌネスが同じ作りでパンチを繰り出すところに、ことごとくカウンターを合わせたことがきっかけだった。
「ジュリアナの最大の強みは、彼女がtough cookieだということ。そこはリスペクトする」
なお、ハリソンがヴィエイラ相手に同じテイクダウンの入りを繰り返していた姿は──ホルム戦にて、柔道競技の如く豪快に払い腰で投げた勢いで下になってしまった場面同様に──彼女に柔道の危険な癖が残っている証と取れるかもしれない。ロンドン五輪の決勝戦にてハリソンは、ひたすら払い腰を試み続けて2度の有効を奪い、米国人初の柔道五輪金メダリストに輝いた。が、こうした同じ攻撃の反復は、投げが崩れて下になってもやがて「待て」がかかる柔道競技においては功を奏しても、MMAでは命取りになりかねない。
ところで今回ペニャは、ハリソン対策として、2016年のリオ五輪で代表選手たちのパートナーに選出され、ハリソンとも何度も練習した柔道家のマキシミリアン・シュナイダーを招聘している。そのシュナイダーはこの試合について「これは柔道ではなく、ファイトだよ。ジュリアナはMMAスペシャリストだ。ケイラとの試合に勝つための武器を持っているよ」と語っている。あまり具体的とは言えないこの言葉も、上記の事柄を踏まえると俄然説得力を帯びてくる。
王者の心の強さについてはハリソンも「ジュリアナの最大の強みは、彼女がtough cookie(これまた不屈の精神を持つ者という意味だ)だということ。自分を強く信じている。そこはリスペクトする」と認めている。が、「でも私も自分を信じている。絶対に諦めない」と続けるハリソン。10代にして想像を超える辛苦を乗り越え、2度までも世界の頂点に立った柔道家が常人離れした精神力を持っていることもまた、疑いようがない。たとえ試合がペニャの望む消耗戦にもつれ込んでも、ハリソンの心は最後まで折れることはないだろう。
米国史上最強の超エリートアスリートのハリソンが大方の予想通り、その圧倒的な身体能力と技術と気力でUFC王者をもねじ伏せてしまうのか。それともUFC女子部門の黎明期から戦い続けてきたペニャが、長年の激闘で培った経験と喧嘩強さと心に宿す不屈のdogをもって勝利をもぎ取るのか。五輪競技で頂点に立つことの凄さと、現代MMAの頂きの高さの双方を存分に味わえるような戦いを期待したい。
■視聴方法(予定)
6月8日(日・日本時間)
午前7時00分~UFC FIGHT PASS
午前11時00分~PPV
午前6時30分~U-NEXT
■UFC316対戦カード
<UFC世界バンタム級選手権試合/5分5R>
[王者] マラブ・デヴァリシビリ(ジョージア)
[挑戦者] ショーン・オマリー(米国)
<UFC世界女子バンタム級選手権試合/5分5R>
[王者] ジュリアナ・ペニャ(米国)
[挑戦者] ケイラ・ハリソン(米国)
<ミドル級/5分3R>
ケルヴィン・ガステラム(米国)
ジョー・パイファー(米国)
<バンタム級/5分3R>
マリオ・バウティスタ(米国)
パッチー・ミックス(米国)
<ウェルター級/5分3R>
ヴィセンチ・ルケ(ブラジル)
ケヴィン・ホランド(米国)
<フライ級/5分3R>
ブルーノ・シウバ(ブラジル)
ジョシュア・ヴァン(ミャンマー)
<ライトヘビー級/5分3R>
アザマット・ムルザハノフ(ロシア)
ブレンジソン・ヒベイロ(ブラジル)
<ヘビー級/5分3R>
セルゲイ・スピヴァク(モルドバ)
ワルド・コルテスアコスタ(ドミニカ)
<ウェルター級/5分3R>
ケイオス・ウィリアムス(米国)
アンドレアス・グスタフソン(スウェーデン)
<女子フライ級/5分3R>
アリアニ・リプスキ・ダ・シウバ(ブラジル)
ワン・ソン(中国)
<フェザー級/5分3R>
ユ・ジュサン(韓国)
ジャカ・サラギ(インドネシア)
<ライト級/5分3R>
クイラン・サルキルド(豪州)
ヤナル・エシュモズ(イスラエル)
<ライト級/5分3R>
マルケル・メデロス(米国)
マーク・チョインスキー(米国)