【UFC312】展望 デュプレッシー×ストリックランド=世界ミドル級選手権試合。頂点にある圧の掛け合い
【写真】圧の掛け合いは、圧の逃し合いに通じる。一体、どのような攻防が見られるのか (C)ETERNAL MMA
明日9日(日・現地時間)、豪州シドニーのクドスバンク・アリーナにて、UFC 312「 du Plessis vs Strickland 2」が行われる。王者ジャン・ウェイリ×タチアナ・スアレスの女子ストロー級タイトルマッチをコメインとする今大会のメインは、王者ドリキュス・デュプレッシーに前王者のショーン・ストリックランドが挑むミドル級タイトルマッチだ。
Text by Isamu Horiuchi
この試合は、約一年前の2024年1月、当時の新王者ストリックランドにデュプレッシーが挑んだ試合の再戦となる。その時には、両者が事前に通常のトラッシュトークの応酬を大きく逸脱した危ういやりとりを繰り広げ、試合も激闘の末に判定2-1でデュプレッシーが勝利し、南アフリカ人初のUFC王座に輝いた。
しかしながら、試合後にダナ・ホワイトUFC代表が「私は最終Rを取ったストリックランドの勝利だと思った」と発言したように、判定に関して識者たちの意見が割れる大接戦であり、再戦を望む声は当初から挙がっていた。その後、ストリックランドは6月の復帰戦でパウロ・コスタに判定こそ2-1だったものの完勝し、デュプレッシーも9月に元王者イスラエル・アデサニャを4Rチョークで仕留めて初防衛に成功。お互いが一勝を挙げた後、立場を入れ替えた両者のリマッチが実現する運びとなった。
尋常でない確執~紳士協定~技量のぶつけ合いへ
前回の試合前の両者の危険な因縁については、これまで当サイトでは紹介する機会を持てずにいる。一年以上前の話ではあるが、ここで振り返ってみたい。
端緒は2023年末、すでに対戦が決まっていた両者の記者会見に遡る。おそらく読者の多くがご存知の通り、ストリックランドは独特のダミ声で放送禁止用語を連発する…どころか、いわゆるポリティカル・コレクトネスの類も一切無視し、性差別、人種差別、LGBT蔑視と捉えられかねない言葉を次々とがなり立てる破天荒なキャラクターの持ち主だ。新王者となってもその姿勢はまったく変わらず、この日は試合後にコーチ達と祝福のキスをする習慣を持つデュプレッシーを、ゲイ関連のジョークで煽り続けた。
やがてストリックランドは楽しそうに「俺がお前をフィニッシュできないって? 心配するな! お前のコーチがいつものように控室でお前を(手や口で)フィニッシュしてくれるだろうからな!」と口撃を加速。ところが相手の心の傷の在処を察知し刺激することにおいては天下一品のデュプレッシーは、笑いながら「お前はなんでそんなに怒っているんだい? 昔父ちゃんにぶちのめされたからってか? お前の父ちゃんなんか俺とは比較にならんぞ。俺が本当の暴力ってもんをお前に見せてやるぜ!」と反撃に出た。
幼少期に父親から受けた虐待のトラウマの深刻さを常に訴えているストリックランドにとっては、完全に「一線」を踏み越えた言葉だ。ストリックランドが「ドリキュス!」と叫ぶも無視したデュプレッシーは「お前の子供時代の記憶の全てを思い出させてやるよ、試合の時にな! お前が寝ていたら父ちゃんがやって来てボコボコにされたこととかな!」と容赦なく追い討ちをかける。
ストリックランドが「殺すぞ、このpuxxy野郎が!」と声を荒らげると、デュプレッシーは甲高い声で「ヒャハハハハハハ! 怒った、怒った!」と机を叩いて嘲笑。さらに激昂したストリックランドが喚きたてるなか、もう十分と判断したダナ・ホワイトが強引に会見を終わらせた。
この危険極まりないやりとりの数日後、UFC296の会場にてストリックランドが後ろの席にいたデュプレッシーに襲いかかり、素手で殴りつけるという乱闘騒ぎが勃発。ただし、両者とも大きな怪我はないまま関係者に引き剥がされ、騒ぎはすぐに収まった(ちなみに元王者のロバート・ウィティカーはこの件について「ストリックランドの殴り方はなんかWWEっぽかったし、仕込みじゃないの?」という感想を吐露しており、どの程度本気のものだったかの判別は難しい)。
そして翌年1月のファイトウィークでは、事前にストリックランドがデュプレッシーに「もし、お前とコーチの関係について俺が言ったことが度を越していたなら、謝ろうじゃないか。でも、もしお前が再び俺の子供時代のことに触れやがったら、お前を刺し殺す。試合前にお前の人生を俺の人生もろとも滅茶苦茶にしてやる」という内容のDMを送っていたことが判明。
対してデュプレッシーも「俺はお前に何を言われようが一切動じないから、今後も俺のことを好きなように言ってくれて構わんよ。でも分かった。お前の子供時代のことについてはもう二度と触れないよ」と返信したと認めた。
最悪の事態を避け、ファイターとしての決着を望んだ両者の間で紳士協定が結ばれて実現したタイトルマッチは、互いにグローブタッチを交わすきわめてフェアな形で行われた。ストリックランドのジャブでデュプレッシーの左目が塞がりかけ、逆にストリックランドも4Rに左目の上から大流血する激闘の結果は、上述の通り判定2-1でデュプレッシーが勝利。試合後両者は健闘を称え合った。
圧の掛け合いを制するのは?
それから一年。再び対戦が決まった両者は、前回とはうってかわって危険な言動は控え、互いを強敵と認めた上で勝つことに集中した様子を見せている。再戦の勝敗の鍵は、前回の試合を経てどちらがより上手く戦い方を修正できるかとなるのが必然だ。特に両者とも、強靭な身体を武器にスタンドでプレッシャーをかけ相手を下がらせる戦いを本領とするだけに、圧の掛け合いをどちらが制するかが重要となるだろう。
その点で前戦の1Rに主導権を握ったのは右前蹴りで距離を取り、鋭い左ジャブを当ててゆく得意の戦い方を貫いたストリックランドの方だった。2023年10月にイスラエル・アデサニャをも翻弄した圧巻のペース支配力は、限りないスパーで磨き上げた自己流の防御技術に支えられている。初回デュプレッシーがパンチを打つたびに、ストリックランドはすかさず肩を上げた後傾姿勢を取り──頭を遠ざけつつ、両腕で巧みに捌いて被弾を避けていった。
デュプレッシーは後に「ショーンとイジー(アデサニャ)の試合を初めて見た時、イジーの調子が悪くてショーンにパンチを当てられないのかなと思ったよ。でもその後、自分がショーンと戦ってみてよく分かった。ショーンはディフェンスがものすごく巧みで、本当に当てるのが難しいんだ」と語っている。
デュプレッシーの非凡さは、ここですぐに対応し戦い方を変えてみせたことにある。「初回終了後、このジャブを貰い続けるわけにはいかないと思った」と語るデュプレッシーは最初の2Rはペースを抑えて3R以降からエンジンをかけてゆくという当初の予定を変更。2Rからガードをより高く上げて圧を強めた。時にジャブにガードを貫通され目を腫らしながらも、そのたびに前に出て打ち返していった。
前述のようにストリックランドは、相手のパンチに素早く後傾姿勢で反応し、巧みに腕で捌く。が、それは身体がディフェンス一辺倒になる瞬間でもある。デュプレッシーは、強烈なジャブを恐れぬ強靭な身体と精神をもってそこを突いた。スイッチも交えつつ段階的に踏み込みを深めてゆき2、3、4発と連打を放つことでストリックランドを下がらせ、その拳が顔面を掠める場面を創っていったのだ。
デュプレッシーは「イジーは手数ではなく、一発一発の打撃を高い精度で当ててゆくタイプだから、ショーンのディフェンスとはきわめて相性が悪かった。僕は手数を多く放つことで、ショーンに打撃を当てることができたんだよ」と語っている。洗練を極めたアデサニャの打撃を封じたストリックランドのディフェンスを、見た目ははるかに不恰好かつ武骨な連打でデュプレッシーは崩したのだ。
またデュプレッシーは、後傾するストリックランドのボディに拳もめり込ませ、パンチと見せかけて腰高の姿勢のストリックランドの懐に飛び込んでのテイクダウンも複数回決めている。こうしてデュプレッシーは、ストリックランドの強さを支える独特のディフェンスを逆に突破口として2~4ラウンドを取り、それが結果的に勝敗を決定付けることとなった。
戴冠を果たした現王者は、今回の再戦について「戦い方を変えなくてはならないのはショーンの方だよ。僕は前回と同じ戦い方をすればいい。ただし、より高い質で、よりクリーンに、より攻撃を精選し、忍耐強く戦うよ」と語っている。
手段を選ばぬ攻めとコンフォートゾーン
となれば再戦の見所の一つは、ストリックランドが前回とは異なるいかなる手段でデュプレッシーの圧力に対抗するかだ。もっとも本人は前戦終了直後から「負けたのは4Rにバッティングをもらって出血し、視界が塞がってしまったせいだ。それがなければ楽勝だった」と主張し続けており、戦術の改善の必要性は口にしようとしない(もっともデュプレッシーの方は、出血は自分がパンチを当てたからだと語っており、両者の主張は食い違っている)。
その一方でストリックランドのヘッドコーチのエリック・ニックシックは「前戦を見直したところ、もっと上手くやれたのにと思える点がたくさんあったよ」と語る。アルジャメイン・ステーリングやフランシス・ガヌーの世界制覇の功労者でもある名伯楽は、今回ストリックランドにどのような策を授けているのか。前回同様デュプレッシーが連打で前に出てきた時の対処は、いかなるモノか。
後傾気味に下がって捌くだけでなく、強烈なカウンターを放つ用意はあるのか。また前回何度も許したテイクダウンを、いかなる方法で回避するつもりなのか。さらに、前戦の最終局面でストリックランド自身が戦い方を変えて、反撃の狼煙を上げたことも覚えておきたい。残り1分あたりから両腕でガードを上げたストリックランドは、挑戦者が距離を詰めてくるたびに、後傾して守るのではなく左から右を思い切り振り回していった。
これが続けてヒットし、デュプレッシーが下がったところに飛び膝まで繰り出したストリックランドは、場内熱狂のなか最終Rを勝ち取ったのだった──2~4Rのビハインドを覆すには至らなかったが……。
本人はこの場面について──。「(元K-1ファイターであり、現在ストリックランドが練習するエクストリーム・クートゥアのトレーナーでもあった)レイ・セフォーとの会話を思い出したんだ。レイは俺に、試合で眼窩底を骨折した時にいかに戦ったかを話してくれた。あの最後の場面、出血で目が塞がっていた俺は『こんなとき、レイ・セフォーならどう戦うかな』って考えたんだよ。そこでガードを上げて、ただ当たることを願ってひたすらヘイメイカーを振り回したってわけだ」と語っている。
また、この試合の中継でファイトアナリストとしてコメントをしていたディン・トーマスは「デュプレッシーが手段を選ばず勝ちに行っていたのに対し、ストリックランドは試合の大部分をスパーのような安全運転モードで戦ってしまっていた。自分に快適なゾーンの外に出ることがなかなかできなかったね」と評している。
この言葉に導かれて考えるなら、デュプレッシーの世界最高の圧を最後の最後で押し返したのは、──あのK-1レジェンドに触発されて──土壇場でついに自分の殻を破って解放されたストリックランドの戦う心だったということになる。
デュプレッシーとストリックランド。両者とも、その動きは見た目には洗練されているとは言い難い。にもかかわらず、独自にして驚くほど有効な戦いの技術と、強靭きわまりない肉体を練り上げ、ともにアデサニャという華麗な身体操作を究めた王者を打ち破ってみせた。そんな技術と肉体を操るのは、極限状況下でも勝利を求めて戦う心だ。力が拮抗した者同士の試合は、最終的には心と心のぶつかり合いとなる。
危険な因縁を乗り越え、互いを最大の好敵手として認め合った両雄による今回の再戦は、前回にも増した激闘が長丁場繰り広げられる可能性が高い。世界の頂点にある身体と技術、そして心の凌ぎ合いを心ゆくまで堪能したい。
■視聴方法(予定)
2月9日(日・日本時間)
午前8時00分~UFC FIGHT PASS
午後12時~PPV
午前7時 30分~U-NEXT
■UFC312対戦カード
<UFC世界ミドル級選手権試合/5分5R>
[王者] ドリキュス・デュプレッシー(南アフリカ)
[挑戦者] ショーン・ストリックランド(米国)
<UFC世界女子ストロー級選手権試合/5分5R>
[王者] ジャン・ウェイリ(中国)
[挑戦者] タチアナ・スアレス(米国)
<ヘビー級/5分3R>
タリソン・テイシェイラ(ブラジル)
ジャスティン・タファ(豪州)
<ライトヘビー級/5分3R>
ジミー・クルート(豪州)
ホドウフォ・ベラート(ブラジル)
<ウェルター級/5分3R>
ジェイク・マシューズ(豪州)
ホドウフォ・ベラート(ブラジル)
<フェザー級/5分3R>
ジャック・ジェンキンス(豪州)
ガブリエル・サントス(ブラジル)
<ライト級/5分3R>
トム・ノーラン(豪州)
スラヴァ・ボルシェフ(ロシア)
<女子フライ級/5分3R>
ワン・ソン(中国)
ブルーナ・ブラジウ(ブラジル)
<バンタム級/5分3R>
アレクサンドル・トプリア(スペイン)
コルビー・シックネス(豪州)
<ライト級/5分3R>
コディ・スティール(米国)
ロン・チュウ(中国)
<ウェルター級/5分3R>
ケヴィン・ジュセ(フランス)
ジョナサン・ミカレフ(豪州)
<ライト級/5分3R>
クイラン・サルキルド(豪州)
アンガド・ビシュト(インド)