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【Bu et Sports de combat】武術的な観点で見るMMA。タン・リー✖ウェン「MMAの妙、武の妙」

【写真】タン・リーに見るべきものがなかった──その真意は(C)ONE

MMAと武術は同列ではない。ただし、武術の4大要素である『観えている』状態、『先を取れている』状態、『間を制している』状態、『入れた状態』はMMAで往々にして見られる。

武術の原理原則、再現性がそれを可能にするが、武術の修練を積む選手が試合に出て武術を意識して勝てるものではないというのが、武術空手・剛毅會の岩﨑達也宗師の考えだ。距離とタイミングを一対とする武術。対してMMAは距離とタイミングを別モノとして捉えるスポーツだ。ここでは質量といった武術の観点でMMAマッチを岩﨑氏とともに見てみたい。

武術的観点に立って見た──ONE113におけるタン・リー✖マーチン・ウェンとは?!


──空手を指導している松嶋こよみ選手にも関係してくるタン・リー✖マーチン・ウェン戦ですが、どのように見られましたか。

「青木選手の解説を聞かせて頂きながら視ていました。そして青木選手の話していることで非常に勉強させてもらったのと同時に、自分はMMAの妙味が分かっていないことが本当に痛感させられています」

──MMAの妙味ですか……。

「質量と競技の違いというのですか……、同じ試合を見ていてもここまで見方が違ってくるのかという部分でも、本当に勉強になりました。というのも、私からすればタン・リーに見るべきものがなかったからです」

──!! えっ? そんなことはあり得ますか!!

「言ってみると期待外れだったんです。それだけビビっていたということなんです。これまでONEで見せていた2試合からすれば、どれだけ凄まじい試合をするのかと楽しみにしていましが、期待外れでした。

タン・リーは完全に蹴りの選手で、ウェンはボクシング……パンチの人です。そして、この試合でのウェンは素敵、男だね。惚れちゃうねって。やっぱり腹が据わっているというか、男の中の男ですよ。

MMAでは前に出てやれる選手はいくらでもいますが、この人の前への出方は良いです。送り足で前に出て追い詰めることができた。それだけタン・リーがビビっていたということです」

──タン・リーがビビッていたと見ている人は少ないかと思います。

「ウェンのパンチにビビっていて、タン・リー良いところが一つもなかった」

──しかし、KO勝ちをしているのはタン・リーです。

「それはウェンの自滅です」

──タン・リーはペースを持っていかれそうだという時になると、しっかりと腹を蹴ることができウェンの間合いにならないように戦うことはできていなかったでしょうか。

「そんなモノはウェンは何も思っていないですよ。気合と根性があったから」

──いや気合と根性だけで勝負が決まるなら、MMAは面白くないですよ。気が弱くても勝てる。距離を取っても勝てる。真っ向勝負でなくて、工夫で勝てるのがMMAという競技なはずです。

「ビビり合戦なんです、試合って。どっちが嫌か、どっちが怖いか。どっちが強いのかで勝負は語られがちですが、戦いはどっちが怖がっているのかということになります。実際、2Rのタン・リーは、後半は試合を投げかけていました。攻撃をするために射程距離を作るために下がるのではなくて、避けるために下がっています。そしてウェンが追い込んでいく。

ただし、ウェンはカウンターの選手なのに3Rになって打ちに行った。後の先が取れる選手なのに、なぜか3Rはそれをしなかったです。カウンターを取れることは、全く悪いことではないのに、『カウンターだけだろ。待っているときは良いけど、自分から詰めることはできない』というような批判に対して、自分から詰めることを練習してきたのでしょう。

実際に1Rからウェンの質量が高かったです。でも本当に肝心なところで、自分が一番強いところを出さなかった。武器として、あの3Rは絶対的にカウンターを使うべきだったのに。前に出るから勇気があるということではないです。早く仕留めてしまおうと焦っていた。それは勇気ではないです」

──確かに、焦っていたようには見えました。

「だから3Rになって、ウェンも心の弱さがでました。「判定でも勝ちゃ良いじゃないか」って──私がセコンドなら言います。ウェンはちょっと勝ち急いでしまった。初回も2Rもウェンの試合でした。そして5Rあるのに、なぜ3Rでとどめを刺しに行ったのか。打ち方も悪くなってしました。中が残って、外が先に出てしまっていましたからね」

──??

「一番良いのは中……内面が先に動き、外面が後からついてくること。これは難しい話なのですが……例え話を用いると、内面という名の機関車が、外面である3両ぐらいの客車や貨車を同時に引っ張って走る形ですね。一番前の機関車だけで前に進み後ろの車両がついてきていないと、カウンターを被弾します。対して、機関車が車両を引っ張り同時に動いていると、カウンターを貰うことはありません。

加えていうと前進しながらのフックは、質量が下がりやすいです。前進は縦方向の動き、フックは横回転なので」

──力の方向性が一致していないわけですね。

「そうなんです。前蹴りからストレート系のワンツーと、前蹴り&左右のフックだと、カウンターを食らうのは後者が圧倒的に多いということなんです。前進しながらのフックは、少し沈み込むような動きから左フックを放つとか、相手の右に対して──左側に沈み込みながら右オーバーハンドという動きならまだしも、下がる相手に左右のフックは、カウンターを当ててくださいと機会を与えているようなものになります」

──そこを3Rにウェンがしてしまったと。

「彼は基本に忠実なボクシングをする選手だと思うのですが、あの動きはボクシングのセオリーからも外れていたかと感じました。結果、あまりストレート系のパンチに自信がないのかと思いましたね。カウンターでも倒しているのは右クロスか、オーバーハンドで直突き……ストレートでダメージを与えるという攻撃がない。それで倒す確信が拳(けん)にないのでしょうね。いずれにせよ、顔から突っ込んでいきました。カウンターのフックではなく、前に出てフック&フックですから……これは良くなかったと思います。

対してタン・リーはボクシングでない、直突きです。前進して回し蹴りをして、直突き。彼のパンチはボクシング的なリズムには落とし込めていない。だからボクシングだとウェンだし、タン・リーの遠間からの攻撃がどういう風に見られるのかというのに着眼していたました。結果、全くウェンがその動きをさせなかった。そして自ら質量を下げていきました。質量の高いウェンに対して、いつものようなミドルを出すこともできなくなっていた。

どっちが強いのかいう点でなく、どっちが退くのか。そういう風に見ると、タン・リーはこれまでとは違い──見るべきものがない動きになりました。自分の動きを駆使するのではなく、相手の武器は使わせない戦いをしていたんです。

武術的にMMAを見る場合──、自分の戦いができると勝てます。自分より弱い相手だと、それができる。ただし強い相手を戦った時にどうなるのか。タン・リーはマーチン・ウェンを相手にして、自分の戦いができなかった。強い相手に対し、自分の戦いを見せることはなかったです」

──なのにウェンは3Rに前に出て、フック&フックで顔面を晒してしまった。

「焦りなのだとしたら、やはり怖かったのでしょう。タン・リーも一発が絶対的にありますからね。そして、それがMMAです。ウェンの自滅だろうが、自分の持ち味など関係ないけど、勝ちが起こる。自分の強さは出せなくても、勝てることがある。それはMMAの妙で、武術の妙は自分より強い相手にいかに自分を出すか──なのです」

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