【ADCC2019】岩本健汰が挑む、世界の頂=Stop the パウロはガブリエル? ヒルテイラー?? ニッキー???
【写真】ストップ・ザ・パウロはマテウス・ガブリエル、それともシェーン・ヒルテイラー (C)SATOSHI NARITA & MMAPLANET
28日(土・現地時間)と29日(日・同)の2日間、米国カリフォルニア州アナハイムにあるアナハイム・コンヴェンション・センターでアブダビコンバットクラブ(ADCC)主催の世界サブミッション・ファイティング選手権が行われる。
2年に1度、ノーギグラップリング世界最高峰の戦いが展開されるこの大会のプレビュー1回目は、超激戦区となった66キロ以下級の見どころを紹介したい。
前回優勝のレジェンド、コブリーニャことフーベン・シャーレス、準優勝のAJ・アガザームの名前が見られない今年の最軽量級。
真っ先に名前を挙げるべき有力選手は、前回3位のパウロ・ミヤオ(ブラジル)だ。今年はギあり柔術の大会において、ヨーロピアン、パン、ワールドプロ、世界柔術と優勝(チームメイトとのシェアも含む)を果たし好調のミヤオ。そのパス不可能なガードワークと、外回り、内回りを中心とした超攻撃的な戦いぶりはノーギでも変わらない。
前回17年の準決勝、──実質的な決勝戦となった──コブリーニャ戦でも下から仕掛け続けたミヤオ。後半の加点時間帯にて、スタンドでギロチンを仕掛けたまま下を選択したためにマイナスポイントを献上し、その後も攻め続けるが凌ぎきられて惜敗した。最後はスタンドレスリングの力がものを言うこの大会、倒されず上をキープすることに専念する戦略を取ってくる相手を、掴むギもない状況でいかに崩しきれるが、悲願の初優勝に向けて最大のカギとなりそうだ。
ただし今年のこの階級には、初出場にしてミヤオをも凌ぐ優勝候補と言える若手の超強豪が二人エントリーしている。一人目は、2019年柔術界最大のブレイクアウト・スターの一人、マテウス・ガブリエル(ブラジル)だ。
今年のパン大会フェザー級にて、18年の世界トップ2であるレオナルド・サジオロとシェーン・ヒルテイラーに完勝して制したガブリエルは、続く世界柔術でも決勝でマーシオ・アンドレに腕固めで圧巻の一本勝ち。恐るべきキレのベリンボロ、卓越したトップでのバランス感覚と強烈なプレッシャー、そして凄まじい極めを見せつけた超新星が、ノーギグラップリングの世界最高峰の舞台においてどのような戦いを披露してくれるのか、必見だ。
もう一人は、18年の世界柔術フェザー級を制したシェーン・ヒルテイラー(米国)。抜群の反応スピード、脱力しておいて突如相手を高々と舞わすスイープ、一瞬にして相手を捉える極めの強さを併せ持ち、退屈に写りがちな競技柔術において見る者を魅了する稀有な才能の持ち主だ。
今年はパン大会準決勝でガブリエルに惜敗し、世界柔術は虫垂炎のため欠場を余儀なくされ大きな活躍ができていないだけに、ここで存在感を示したいところだろう。特筆すべきは、そのテイクダウン力。上述のガブリエル戦でも、終盤ダブルレッグで点を取り返し、さらに終了間際にはシングルレッグからのボディロックであわや逆転という場面を作り出している。スタンドレスリングのスキルが勝敗を分けることが多いこの大会、ヒルテイラーこそ優勝候補筆頭と言えるかもしれない。
新世代柔術家では昨年のノーギ・ワールズ初戦でガブリエルをチョークで仕留め、その後も勝ち進んで優勝を果たしたケネディ・マシエル(ブラジル)も注目すべき1人だろう。また忘れてならないのが、前回大会の級にて全試合一本勝ちで初出場初優勝を果たしたゴードン・ライアンの弟、弱冠18歳のニッキー・ライアン(米国)だ。
ジョン・ダナハーの下で世界最先端のグラップリング・システムを学ぶライアンは、昨年5月のKasai pro 2において、前々回のADCC世界大会3位のジオ・マルティネス相手に終盤バックを奪って快勝。続く10月のQuintet 3のスペシャル・ワンマッチでは所英男からパスを奪うと、2分少々でバックチョークで一本勝ちし、さらに12月のポラリス8では、「足関10段」こと今成正和相手に足の取り合いで一歩も譲らなかった挙句、またしてもチョークで一本勝ち。
さらに今年5月のポラリス10では、UFCレジェンドのユライア・フェイバーから大差のポイント勝ちを収めている。足関節はもちろん、ポジショニングやバックテイクの技術においても卓越した驚異の10代は、世界の超強豪といかに渡り合うのか。北米予選で勝利し世界大会出場を決めたニッキーだが、その後77キロ級へ階級を上げることを示唆しながら、再び66キロで挑戦することを言明──しつつも、かなり肥大したボディも披露している。
その他、前回4位のパブロ・モントバーニ(ブラジル)、元柔術世界王者にして昨年嶋田裕太を下したタンキーニョことアウグスト・メンデス(ブラジル)、大ベテランのブルーノ・フラザト(ブラジル)、Quintetでリダ・ハイサムを仕留め改めてその技術力を見せつけた10th Planet柔術所属のジオ・マルティネス(米国)、そのチームメイトのキース・クロコリアン(米国)等、世界の強豪が文字通りひしめき合っている。
この恐るべき超激戦区に日本から勇躍参戦を果たすのが、トライフォースの岩本健汰だ。昨年3月、青帯にして全日本ノーギオープントーナメントエキスパート級にエントリーした岩本は、ライト級優勝を飾っただけでなく無差別級でも決勝進出。無類の極め力を持つ山田崇太郎相手に互角の攻防を展開した末に、山田の外掛け反則により初優勝を果たした。その後11月にも全日本ノーギの無差別級を制した岩本は、今年5月のADCCアジア予選でも決勝以外全て一本で勝利、見事に出場権を得た。
早稲田大学大学院で物理学を学ぶ岩本は、柔術においても、ただスパーリングをするのではなく、物理と同じくまず仮説を立てた後、スパーで実験してデータを取り、それを検証してゆく作業を繰り返すことこそもっとも科学的で効率の良い上達法だと語る。この方法論をもって短期間で日本のノーギグラップリング界を駆け上がった岩本は、オリンピック経験者等、圧倒的な身体能力を誇るスーパーアスリートたちとは違った可能性を秘めた存在だ。
コロンビア大学大学院で哲学を収めたジョン・ダナハー、その元弟子にして大学院で物理学を学んでいたエディ・カミングスらが技術革新を引き起こしてきた近年のグラップリング界。その頂点である今回の舞台で岩本がどのような戦いを見せてくれるか、期待したい。