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【Bu et Sports de combat】ヌルマゴメドフ✖マクレガー戦から見る──武術の四大要素、総括=入る─05─

UFC229【写真】ダウンを奪った右以外、ヌルマゴメドフの打撃はほぼ効果的でなかったのは──なぜか?を検証したい(C)Zuffa LLC/Getty Images

MMAと武術は同列ではない。ただし、武術の要素──『観えている』状態、『先を取れている』状態、『間を制している』状態はMMAで勝利を手にするために生きる。才能でなく修練により、誰もが身に付けることができる倒す力。

『観えている』状態、『先を取れている』状態、『間を制している』状態を経て、理解できるようになる『入れた』状態とは。武術の四大要素編、総括となる『入る』について剛毅會空手・岩﨑達也宗師に尋ねる。

第5回は引き続き10月6日に行われたUFC229のガビブ・ヌルマゴメドフ✖コナー・マクレガー戦を参考に武術の叡智のMMAへの生かし方、勝敗を争う格闘技における偶発性と心理状態を理解していきたい。

<武術の叡智はMMAに通じる。武術の四大要素、総括=入る─04─はコチラから>


──初回、質量で下回っていたヌルマゴメドフですが、トップをキープし2Rにはマクレガーに右を当てて、ダウンを奪い攻勢を強めました。

「下になっても質量が高かったマクレガーですが、ここで既にスタミナを切らしてしまいました。5Rの世界戦で、テイクダウンの強いヌルマゴメドフと戦うというのに、初回のガードワークで疲れる。つまり、マクレガーがどれだけのこの試合のために準備をしてきたのかということなのです」

──岩﨑さんが最初に言われていた、『勝てれば良いな』という状態だったと。

「実際のところは分かりません。でも、私にはそう見えましたし、そう見えて致し方ない試合だったと思います。確かなことは2Rに入ってマクレガーは疲れており、スタンドにおいても試合開始直後のような質量ではなく、ヌルマゴドフを倒せるような状態ではなかったです」

──対してヌルマゴメドフの質量はいかがだったのでしょうか。

「結果的に高くなりました。マクレガーは初回と違い、ノープランで威力のないリードパンチを出したところに、怖くて仕方のなかったヌルマゴメドフが振るったパンチが当たったのです。この時、質量はヌルマゴメドフの方が高く、これも結果論として間も制していたのです。

打撃戦においてはまま、恐怖のあまりに振るったパンチが自信を持って打ちにきた相手をKOすることがあります

そして、マクレガーは質量が下がった時点で自分の攻撃力が落ちていることを理解しないまま、初回と同じつもりで出した打撃で墓穴を掘り、ダウンを喫してしまいました。

ただし、この時のヌルマゴメドフの右パンチは、ヌルマゴメドフが「入って」いたからダウン取れたのではなく、マクレガーのパンチが悪くて、たまたま当たったパンチです。」

──偶然だったということですか。

「勝負に偶然はつきものです(笑)。だからセコンドは、選手の判断できないことを判断する役目を担うべきです。2Rの偶発性のダウンの場面をヌルマゴメドフの精神的な観点で振り返ると、セコンドとしては落ち浮いて距離を取ってマクレガーの動きを見てほしいと思っていたはずです。

ただし、彼は打撃戦への恐怖でとにかくテイクダウンを取りたい一心で自分から距離を詰めていったのです。それだけスタンドでマクレガーと戦いたくなかったので。そこに疲れて、繰り返しになりますがマクレガーは質量が下がった状態で、初回のように質量が高いままの意識でパンチを振ってきたところ、ヌルマゴドフが偶発的に間を制したのです」

──なるほど。

「ただし偶発的に間を制してパンチが当たったことで、ここからヌルマゴメドフはパンチで倒せると錯覚し、間を制していないパンチを前進して振るいます。この状態で攻め気にはやるのは非常に危険な状態です」

──う~ん、面白いです。

「私がセコンドに就いていれば前に出ないよう指示を送っていたと思います。それでもマクレガーは必ず前に出てきます。そこで待ってカウンターです。その方がより確実性を増すことができます。もちろん選手はそうではありません。私がセコンドに就いていた選手も、客席から試合を見させていただいた選手の試合でも、効いている相手に追い打ちをかけて逆転の一発を受けたり、組まれて形勢を逆転されてしまうという場面は幾度となくありました」

──ハイ、そこがMMAを見ている者にとっての醍醐味でもあります。

「仰る通りです。ただし、セコンドにとってそこは『気を付けろ』と最も警戒すべき場面の一つなんです。私も空手の競技会で戦い、またMMAを経験し指導をさせてもらってきました。試合に勝つためのセオリーとして、攻撃を効かせてフラフラになった相手に対しては、仕留めに掛かって追い打ちで勝つことも当然ありますが、ダメージが足に来たりしている相手は打たせて、そこにカウンターを入れれば、より甚大なダメージを与えることができるということなのです」

──それで千載一遇のチャンスを逃すことはないでしょうか。

「あるかと思います。ただし、本当に倒せる時であれば立たせても、また倒せます。逆に追い打ちをかけても凌がれる場合は、そこまで効いておらず相手が反撃に出ることも同じようにあります。

ただし、選手はまず間違いなく仕留めに掛かりますよね。ファイターの心情として、『効いた』と思えば『おりゃぁ』となります(笑)。逆にそういう気持ちを持っているから戦えるのですが、セコンドはその状況を選手より冷静に見る必要があります。

そして本当に強かなヤツは、待ってトドメを刺すのです。全盛期のコナー・マクレガーのように。彼は闇雲に仕留めに行くことはなかった選手です」

──確かにマクレガーは闇雲にラッシュを掛けるということはなかったですね。

「ただし、今回の試合で言うとあのダウンを奪った後もヌルマゴメドフは右のパンチを打ち続けますが、試合全般を通して彼のパンチは『入れて』おらず、非常に危なっかしいものでした。と同時にさすがなのは、パンチを続けずテイクダウンにいったことです。

そうなるとヌルマゴメドフのダブルレッグは『入れて』いるのです。ここもMMAの展開にあるところですが、パンチを効かせてダウンを奪った。その相手がとにかく立ち上がろうとしてくる。再び打撃で攻めるか、テイクダウンに持ち込むのか、2つの選択が出てきます。

色々な意見があるとは思いますが、あのマクレガー戦でのヌルマゴメドフは打撃の質量の差を考えると、テイクダウンは正解だったと思います。結果、「入れた」ダブルレッグを決めたことにより、強烈なパウンドの猛攻を可能にしました」

<この項、続く

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