【ONE】アジア全域、MMA普及計画 by チャトリ・シットヨートン、合い言葉は『オーセンティック』
【写真】世界に例を見ないムエタイと柔術の融合、MMAの昇華を目指すイヴォルブMMA総帥チャトリ・シットヨートン (C)MMAPLANET
チャトリ・シットヨートン──。青木真也、ベン・アスクレンやハファエル・ドスアンジョスを始め、レアンドロ・イッサ、ゾロ・モレイラ、デェダムロン・ソー・アミュアイシルチョークらが在籍するプロMMA集団の長にして、アジア初といってよいメガジムを展開するイヴォルブMMAのリーダー&経営者。
MMA不毛の地だった東南アジアの金融立国シンガポールを拠点にアジア全般へのMMAの普及と目指す彼はハーバード大でMBAを収めたエリート・ビジネスマンのMMA普及論とは。
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──チャトリに初めてインタビューをさせていただいたのは2011年9月、ONEが第1回大会を開催した時だったと記憶しています。改めて、なぜイヴォルブMMAというメガジムをシンガポールに開いたのかを説明してください。
「イヴォルブはアジア全域に目をやっていて、シンガポールはその出発点に過ぎない。アジアのMMA産業はまだスタートしたばかりだ。ONEは成長への一歩、イヴォルブはそれ以前に活動を始めた。ONEがアジアに広がれば、イヴォルブもアジア中に広まるからね。
7年前にアジアに戻って来たとき、日本のMMAがアジアを引っ張る時代は終焉していた。あの時、どこに住もうか、ビジネス拠点を考えたんだ。タイは空気が良くないから、住みたくなかった。法的にも保険など社会環境も良くない。シンガポールはとても綺麗な国だし、安全、殺人事件もない。ビジネスをするには最適だった。今もタイでビジネスもしているけど、シンガポールが僕のホームだよ。」
──チャトリはもともとムエタイの経験があり、米国で柔術のトレーニングをするようになったのでしたね。
「そう、私はタイで生まれ育ち、ムエタイをシットヨートンジムで子供の頃に始めた。練習生、ファイター、コーチとして30年近くムエタイに関わってきたことになるね。ムエタイは僕のベースだ。そして学業と仕事のために米国で生活をしている時に、NYのヘンゾ・グレイシーのところで柔術に出会った。今ではほとんどノーギの練習が主になっているけど、当時は道着の練習に夢中になった。そして、全てのマーシャルアーツを一つにまとめることができないかというアイデアが浮かんだんだ。それがMMAへの興味に通じるようになった。
米国のメジャースポーツであるNBAやMLB、そしてNFLにF1やプレミアリーグ、ブンデスリーガ、リーガ・エスパーニャのような巨大なスボーツビジネスがアジアでは育っていない。5千年のマーシャルアーツの歴史を誇る地域なのに。
中国にはカンフーや散打がある。タイにはムエタイ、ロシアにはサンボ、インドにはガッカ、韓国のテコンドー、もちろん日本には柔道、空手がある。インドネシアにシラット、マレーシアもそう。これだけマーシャルアーツがあるのに、産業になっていない。これらのマーシャルアーツをONEを通して、統一することでMMAが産業になるんだ。
マーシャルアーツに通じるビッグネームはブルース・リー、ジャッキー・チェン、ジェット・リーぐらいだ。シンガポールにイヴォルブに作ろうと思ったのは、この国には小さくて、汚いジムしか存在しなかったから。マーシャルアーツ産業の欠片も見当たらなかった。そんな不毛の地にムエタイ、柔術、レスリング、ボクシング、グラップリング、MMAの世界のチャンピオン──元チャンピオン、現役チャンピオン、そして将来のチャンピオンが一堂に会す最大のチームを持ち込もうと思った」
──最初から今のような大きな規模でのジム展開をしていこうという計画だったのですか。
「そうだよ、ポモ・モールに最初のジムを開いたときからね。小さなガレージのようなジムをやるつもりはなかった。世界チャンピオンがいれば、それでもジムは成り立つだろう。でも、チャンスは小さい。全てのファイターを可能な限り、サポートしたいという想いがあった。いや、言い訳を許すような環境にはしたくなかったんだ。
だから最高の環境、コーチ、トレーニング・パートナー、栄養士、食事、全てを揃えたジムを提供する。そのためにアジア最大の設備を誇るジムを開く、それが私の計画だった。私は傲慢な人間にはなりたくないけど、それでもイヴォルブのプロチームは、アジアで最もプロフェッショナルだと断言できるよ(笑)。
毎日朝の9時から11時まで、そして午後2時から4時まで、厳しいプログラムに従ってトレーニングが行われている。練習参加は絶対。個人の意思で来たり、来なかったりなんてない。ヒース・シムスというヘッドコーチの下、生半可でないトレーニングに励んでいる。それが成功をサポートする環境なんだ」
──MMAに力を入れたジムを作ろうと思ったわけですか。
「ノー。ムエタイ、BJJ、レスリング、ボクシング、全てだよ。MMAだけのジムを作るつもりはなかった。MMAの練習をしているだけでは、最高のファイターにはなれない。ケージワーク、トランジッションをやるだけでなく、ちゃんとしたムエタイ、レスリング、柔術のファウンデーションが必要だと私は思っている。究極のファイターとは、柔術の黒帯世界王者で、ムエタイではルンピニーのチャンピオン、レスリングで世界王者が個々の競技を指導し、さらにケージMMAの技術を積み上げていくこと。そう信じてやってきて、今も各競技観の世界チャンピオンが弱点を補い合って練習している」
──プロフェショナルチーム、一般会員のためのジム。どちらを創ろうと?
「その二つをリンクさせることだよ。プロのチームだけじゃ、このスポーツは成長しない。一般の人々だけを相手にしたジムだけでも、MMAは成長しない。オーセンティック、信頼たる柔術、信頼たるムエタイ、信頼たるMMA、ボクシング、レスリング、オーセンティックな指導者が欠かせない。
残念ながらアジアのMMAジムには、そういうコーチがいない。プロファイターもオーセンティックな指導者からリアルな技術を学ぶ必要がある。シンヤ・アオキからMMAを習いたくない者がいるかい? ブラジリアン柔術をレアンドロ・イッサやゾロ・モレイラから学びたくない者がいるだろうか。 ナムサックノーイ・ユタガーンガムトーンからムエタイを教えてもらいたくないかい? それがイヴォルブの背景にあるコンセプトだ。アジアでもっとも信頼たるスクールなんだよ」
──シンガポールに拠点を置くうえで、この国が東南アジアで有数なリッチな国だったということは頭にありましたか。
「そこはあんまり考えていなかった。イヴォルブは全アジアに進出する予定だから。イヴォルブ・トーキョーもいつか目にすることになるよ」