【UFN293】UFC初陣を前に茶の道へ。中村京一郎「格闘技と真逆の静の状態で自分を制し、空間を把握する」
【写真】驚きの茶道をも鍛錬に取り入れた中村京一郎。髪の毛をここまで刈り込んだのは――「けがない」状態にしたからだったが…… (C)KEIICHIRO NAKAMURA
11月7日(土・現地時間)。ネヴァダ州ラスベガスのメタAPEXで開催されるUFN293で中村京一郎がUFCデビュー戦となるオーリー・シュミットと戦う。
今年の2月1日、セバスチャン・サーライを下しRoad to UFCフェザー級T で優勝。UFCとの契約を果たした中村のインタビューが23日から発売中のFight&Life#117に掲載されている。
Road to UFC決勝で左の拳を折った中村は、8月に入りスパー再開と同時にもう一度骨を折り、ミット打ちができるのがファイトウィークになることを同インタビューで明かしている。
ただし、中村の表情に焦りの色は一切なかった。以前から精神世界に関してMMAファイターのなかでも、特別な感覚を共有していた鈴木崇矢をして「今の京ちゃんが分からない」と言わしめた中村の身に何があったのか。
万全でなくても動揺がない境地に至った経過と当たらな出会い――スペースの都合上、掲載を割愛せざるをえなかった――部分をここでお伝えしておきたい。
蓮の花じゃないけど、泥水が汚いほど綺麗な花が咲く
――茶道を嗜んでいるというのは?
「2月に前の試合が終わって、次の試合までの9カ月……今で8カ月。俺、この8カ月をマジで1、2年に感じているんですよ。拳を骨折した。そこと勿論向き合ってきました。内面とも向き合ってきた。多くの人は2月にROAD TO UFCで優勝して、UFCと契約したことで凄く順風満帆、あるいは良い感じで上昇気流に乗っていると感じていると思います」
――ハイ。いえば拳の負傷も、MMAファイターにはつきものといえる範疇ですし。でも、そうではなかったと?
「ハイ。僕、4人兄弟なんですけど2番目の弟はもともと東京に住んでいて、3番目も4月から東京に出てきました。妹は高3年だから北海道にいるんですけど、4月の終わり……5月の頭に両親が離婚したんですよ」
――えっ……。ハイ。確か、京一郎選手のお母さんは……。
「ハイ、20年以上前に亡くなっています。今の母は親父の再婚相手で。で、親父の実家は花屋だったんですけど、それを辞めて単身赴任で群馬とかで仕事をしていて。実家は1階が花屋、2階は祖母の家。3階が僕の家で。母と妹が生活していたけど、妹も連れ子だったので、あの家には中村の直系の人間がいない状態だったんです。
離婚したので母親は中村の家を出ることになって。父親は次男で、叔父から3階の家を空けて欲しいと言われて。その時に実家に戻って、久しぶりにヒザを突き合わせて親父と弟たちと話をしました。もう、口論、喧嘩にもなったし。酒を一升瓶でかっくらって、『あぁ、もうにっちもさっちもいかないなぁ』って寝転がって、大声を出したり……。
結局、ガキの頃から住んでいた家の後片付けを僕がすることになりました。僕ってMMAを戦っていくという観点からも、自分を律して生きてきたんですよ一時期同居していた弟のだらしなさとか、注意しながら。自分の身の回りを綺麗にできないヤツが、サービス業とか人への気配りなんてできないぞ……規律が自分を正してくれるんだなんて説教じみたことを言いつつ。
今回、いざ実家を片付けるとなった時、あの状態で『お前が普段から口にしている規律って言葉、ここでしっかりとできるか』って自分に言い聞かせました。弟に口酸っぱく言っていたことが、この状況で俺のところに跳ね返ってきたので。
もうテナントを空けるのと同じで、業者さんを呼んで書類にサインしてみたいなことを――自分がずっと住んでいた場所でやってきたんですよ」
――周囲はUFCが決まって、意気揚々としているだろうという裏で……。
「人生って、そういうものなんですよね。蓮の花じゃないけど、泥水が汚いほど綺麗な花が咲く。感慨深いけど、そこまで考えることができなかった。どちらかといえば虚無感でしたね。でも、その時に『お前に今、起きていることは悪いことなのか?』とバーンと下りてきて。『生涯で考えると、良いことじゃないのか』と思えるようになりました。
両親も色々なことがあって離婚した。破壊と再生で、この件があってまたよく見えるようになったことがありました。結果、今の方が兄弟仲も良くなって。あれがあったから、親父や母親と真正面から話すこともできました」
――家族という共同体の形が変り、人間関係も新たに築くことができたような。
「なんかフェーズが一つ上がったと思いました。その真っ只中にあって、まだこんな風に思えなかった頃に、たまたま友人の女の子が似たような境遇で。その子のお母さんが茶道の先生だったんですよ」
――ついに茶道の話ですね。滝行を行う格闘家はいても、茶道に嗜むMMAファイターは……。
「茶道って究極のおもてなしで。それこそ戦国時代に戦で勝った方が、戦利品として茶道具を得たり、恩賞として与えたりしていたわけじゃないですか。当時の政治や軍事において、凄く重要な意味があって」
――価値の高い茶道具は領地に匹敵するとさていたそうですね。
「一流の茶道具はステータスシンボルで。茶道自体が高貴な者にしか許されていないなかで、お茶は自分の作法がままなって初めて他人に提供できる。だから、まず自分をコントロールする訓練でもあるんですよ」
――それって型に通じる部分があるかもしれないです。型は自分の精神状況が本当に形として、そして時間の使い方として表れることがあるので。
「分かります。僕もこれまでやってきた滝行が、そんな感じでした。ただ滝行は自分と自然なんですよね。茶には自分以外に、相手がいる。自分の型がままなっていないと、それを人にもてなすなんてできない。
千利休は織田信長と豊臣秀吉に茶頭として仕えて、彼らがどういう精神状態で政や戦に臨んでいるのかを察してお茶を出していたそうなんですよ。茶杓もテーマや客人に合わせて創っていた。そんな2人に使えて、茶室が密談の場になっていた。だから最後は秀吉の命で切腹を命じられるという」
――まさに真剣勝負だったのですね。
「あの茶室の間での所作が、空間のコントロールに通じています。ほぼ言葉も発しない、格闘技とは真逆の静の状態にある。そのなかで自分を制して、空間を把握する。それと試合はいくら激しくても、相手と言葉を交わすことはないわけじゃないですか」
――そうですね。
「MMAは動いているけど、静も入っています。動き自体も動の時間と同じように、静の時間もある。この静と動の押し引きを、今、凄く意識してやっています。それがトレーニングになっています。動、競技としてのMMAの準備はままなっていないかもしれないけど、押し引きの引きの部分のトレーニングは相当に積んできました。
使って良いと言われて2度目のスパーで、また拳が折れた。それって、その時はスパーはいらないということだと理解しています。あの日も『だるいなァ』と思って練習に行って、拳をやりました。
押して、やってしまったんです。ファイターってしんどいことをしている方が楽だから、引かずに押してしまう。モヤモヤしていても無心になれるから、しんどいことをする。それってオナニーといっしょで、自分を騙している。それだと実生活で嫌なことがあるから、ジムで発散する会員さんと同じになってしまいます。
それと同じことをして、僕はケガをしてしまいました。これでプロですか? 格闘家ですか? モヤモヤしていることに向き合って、練習をしないことがどれだけ大切か。でも、練習に行った方が精神的に楽だから――という選択をした。
一歩引いて、自分の現状と向き合うことの方がどれだけ厳しい鍛錬になるのか。キツいことをしない方が、よほどキツい。その方が稽古だろうって、思うようになりました」
――う~む……。なんとも……。
「練習をして汗かくと気持ち良い。そこ逃げるという落とし穴にはまらないようにしないといけない。達成感こそ、落とし穴で。
現状をどう捉えるのかという洞察力を養わないと、押す方も拍車が掛からない。もう押す方は天井にいくだけ、やってきたので。引けるから、押しの幅ができる。
洞察力を磨くのに一番の稽古が茶道で。僕は茶道に出会ってしまったんです。その押し引き、波の満ち引きのようなトレーニングを僕は今凄くやっている。滝行だと足らないから、茶道に出会ったんだと思います。実際に茶道をやったことで、動きが良くなりました」
――そのようなことが精神面の変化が、この5月以降にあったのですね。
「ハイ。そんなことがありつつ、この23日に母親の23回忌がある(※取材は10日に行われた)。僕のここまでの歩みの集大成でもあるんですよね。でも試合でどう出るかっていうのは、僕も分からないです。だからメッチャ楽しみなんですよね」
※中村倫也のサポートで訪れたラスベガスで感じたこと。そして4勝3敗の相手を全く楽観視することがない理由等々が語られた中村京一郎インタビューが掲載されたFight&Life#117は23日(金)から発売中です。
















