【HEAT58】ネクサス王者×修斗環太平洋王者のHEAT王座決定戦。中桐涼輔「対戦相手が変わってやりやすい」
【写真】自身のジム「13GYM」でリモート取材を受けてくれた中桐。独特の雰囲気を持っているが、何よりも自分のことを冷静かつ客観的に捉えている(C)SHOJIRO KAMEIKE
11日(土)、東京都港区のニューピアホールで開催されるHEAT58で、中桐涼輔が川北晏生と空位のバンタム級王座を争う。
Text by Shojiro Kameike
当初は中桐と元同級王者のユン・テスンが王座決定戦を行う予定であったが、中桐の対戦相手が川北に変更された。結果、Nexus王者の中桐と修斗環太平洋王者の川北がHEATのベルトを賭けて激突するという、チャンピオン対決に。中桐は2019年12月に修斗でプロデビュー。以降はネクサスを主戦場とし、昨年11月には下田凛太郎に判定勝ちでベルトを巻いた。その中桐に格闘技キャリアを訊くと、独特ともいえる道を歩んできたファイターであることが分かる。これは独特であっても、やはり格闘技から離れられない男のドキュメンタリーだ。
20歳の時、お笑い芸人になろうと思って上京しました
――昨年11月の下田戦で回転系の技からテイクダウンに移行しても、体の軸がブレない。とても体幹、フィジカルが強い選手だという印象を持ちました。
「そうですか。僕の場合は特別パンチ力が強いというわけではなく、寝技がメッチャ巧いということでもない。体幹の強さ、ボディバランス、フィジカルは自分の強みかもしれないですね」
――それも幼少期から器械体操をやっていたというプロフィールを見て、なるほどと納得しました。まずは器械体操を始めたキッカケを教えてください。
「僕は岡山県岡山市出身で、地元にOSKスポーツクラブ岡山という場所があり、そこで器械体操を始めました。それが2歳の時ですけど、もっと言えば赤ちゃんの頃にOSKで水泳も始めていたんです。
どちらも物心ついた頃にはやっていた、という感じですね。器械体操については小学校高学年の時に、オリンピックを目指したいと思って、別のスポーツクラブの選手クラスに移りました。そこから中2の途中まで器械体操を続けて」
――なぜ中2の時に器械体操を辞めたのでしょうか。
「……中学校に入ると、いろんな誘惑があるじゃないですか(苦笑)。それで練習をサボりがちになっていって。中学3年間、選手クラスで頑張っていれば高校の推薦も貰えました。でも中2の途中で辞めてしまったし、高校まで続けることはなかったです」
――高校で他の部活には?
「入らなかったです。高校時代も何もしていませんでした。出席日数が足りず、途中で辞めようと思ったこともあったぐらいで。朝、家から出てもすぐ帰宅して、家でメジャーリーグの中継を視ていましたね。野球が好きで、イチローの試合を視たりとか」
――青春時代に、特に目標もなく……。
「なかったです。何かやらないとマズイな、と思いながら18歳になっていましたね。高校を卒業したあとはスポーツ学科がある大学に進んで、将来はスポーツ関係の仕事に就こうと考えていたんですよ。でも大学も途中で辞めて、20歳で上京するまで本当に何もしていない状態でした」
――なぜ20歳の時に上京しようと考えたのですか。
「お笑い芸人になろうと思ったんですよ。もともと、お笑いが好きで」
――えっ!? 違う角度から新しい話が出てきましたね。
「大学に入ってからも、ずっと友達とゲームばかりしているような生活でした。『このままじゃダメだ』と思い、お笑い芸人になろうと友達を誘って、みんな同じ日に大学を辞めたんです。でも友達は全員、家族に反対されて――僕だけ東京に行って人力舎の養成所(JCA)に入ったけど、一人だし何も面白くなくて、養成所も長く続きませんでした。
その頃、住んでいるところの近くにトイカツ道場があり、たまたま入りました。JCAを辞めたのも、格闘技のほうが面白かったこともあったんですけど」
――それまで格闘技に興味はあったのですか。
「一番好きなのは野球でしたが、格闘技もテレビで視たことはありました。それで上京したあとYouTubeでお笑いの動画を視ていたら、おすすめにK-1の試合が出てきたんです。そのなかでも僕はミルコ・クロコップが好きで、最初はトイカツ道場のキックボクシングクラスから始めました。すると自分が参加していたキッククラスとフィジカルクラスの前後に、レスリングクラスが出来て。流れでレスリングクラスにも参加していたら、ちょうどミルコのキャリアもK-1からPRIDEへと……」
――YouTubeなどで順々に追っていくと、ミルコがMMAを始めていた、と。
「はい。だから自分もキックボクシングだけでなく、MMAもやろうと思いました。それもミルコの影響ですね」
――ということは、ミルコのような左ハイを打ちたいですか。
「もちろんです。なにせミルコに憧れていたので、最初はサウスポーで練習していました。だから、いつの間にかオーソドックスでもサウスポーでも戦えるようになっていて(笑)」
――アハハハ。いざ格闘技を始めてみると、想像していたものとは違わなかったですか。
「いえ。正直、ここまであまり苦労したことはないかもしれないです」
――それは子供の頃に水泳と器械体操をやっていたから、ではないでしょうか。
「間違いないです。おかげで体の基礎が出来ていたんでしょうね。自分もジムに入って教わる立場から、いつの間にかインストラクターになっていました」
――少なくとも一般クラスで教わったことは、すぐにできるようになっていたのでは?
「そうですね。中学で器械体操を辞めてから体を動かしていなかったので、最初は筋肉痛とかもありました。でも体の使い方とかは、覚えるのも結構早かったかもしれないです」
海外で練習して一番通用したと思ったのはフィジカルでした
――インストラクターになったのは、ジムに入ってからどれくらい経った頃ですか。
「トイカツ道場に入って1年半ぐらい経ったあと一度、1年半ほど岡山に帰っていたんです。そこから東京に戻った時、トイカツ道場の知り合いのインストラクターから『ジムでインストラクターをやってくれないか』と言われて。当時の僕はまだアマチュアの試合に出始めたぐらいで、ジムでは受付とキッズの指導から始めました」
――その頃にはプロ選手になることを目指していたのでしょうか。
「う~ん……何となく漠然と格闘技を続けていて、プロになりたいとかチャンピオンになりたいとかは思っていませんでした。とにかく十年前の自分は本当に何も考えていなかったです(苦笑)」
――その中桐選手がMMAを続けている理由は何ですか。
「はっきり言って、これでしか食えないからです。食い扶持ですよね。僕の場合は全然かっこつけた理由でも何でもなく、単純に運動できるところを試合でアピールして、ジムを建ててチヤホヤされたいだけなんですよ。アハハハ。本音はそれだと思います」
――格闘技を続ける理由は人それぞれです。ただ、独特な理由を持っている選手でも共通しているのは、格闘技がないと生きていけない人たちだということ。でなければ選手を続けることもなく、2023年に自分のジムをオープンすることもないのではないか、と。
「それも自分が選手であり、指導者であり、経営者であり――というのがカッコいいかなと思って。言えば、ステータスのためかもしれないです(苦笑)」
――自分のことについて、すごく客観的に捉えているように感じます。それはファイターとして、試合に臨むうえで相手に対しても同じですか。
「たとえば試合映像を視ている時に『この人には勝てない』『この人にはギリギリ勝てるかもしれない』とか思っていると、たいていは予想通りになりますね。本来は絶対に勝てない相手にも『コイツには勝つ!』とか思わないといけないのかもしれないけど、今の僕の能力では厳しいかな――とか普通に思っちゃいます」
――厳しいと判断したうえで、相手を選んで試合をすることはありますか。
「ないですね。本当は選びたいけど、選べる立場ではないというか(笑)」
――アハハハ。自分の立場に対しても客観的で。
「ようやく最近は、そういうことが言えるようになってきたかな、と思います」
――そんななか、2025年夏にラスベガスのシンジケートMMAで練習してきたそうですね。
「当時付き合っていた彼女は海外旅行が好きで、一緒に行きました。自分の行きたいところを優先しましたけど(苦笑)」
――……。
「UFCのチャンピオン、世界で一番強いファイターってどんな感じだろうと体験したくて。だから2週間ぐらい練習してきました。彼女は英語が喋れたので、現地ではいろいろ対応してもらいながら、ジムでは僕ひとり練習して、写真撮影を彼女にお願いするという。……今は申し訳なかったなと考えています(苦笑)」
――今それが分かっていて何よりです。シンジケートMMAでは誰が練習に参加していたのでしょうか。
「まずRIZINにも出ていたヴィンス・モラレスですね。彼の奥さんは日本語を喋ることができて、本人も優しくて凄くお世話になりました。それと憧れだったメラブです。メラブは当時UFCの世界王者だったメラブにお願いして、スパーをやらせてもらいました。
去年の夏、31歳でまだ体が動くうちに『夢の舞台のトップ選手ってどんな感じなんだろう?』という興味本位でした。そこで差を思い知らされたら良かったけど、『こういうところは意外と通用するんだ』という部分もあって――海外で練習して一番通用したと思ったのはフィジカルでした。フィジカルは通用して、技術で負けた。結局は同じ体格だから通用するところはある。こういうので人は格闘技を辞めることができないんだな、って思いましたね。でも35歳あたりで辞めますけど」
――……きっと中桐選手も辞めることはできない気がします。
「あぁ、そうですかね(笑)」
――フィジカルが強いゆえに、技術差を埋めたくなる。あるいは新しい技術を追い求める。しかも技術を追い求めることに終わりはないわけで。
「なるほど。アハハハ、何となく分かる気はします」
練習も含めて、一度もダウンしたことがなくて。だからディフェンス面も見てほしいです
――試合の話に戻すと、次は川北選手とHEATバンタム級王座を争うこととなりました。当初はユン・テスン選手と対戦予定だったのですね。
「そうです。ユン・テスン選手が交通事故に遭って試合ができなくなったと聞きました。僕としては試合のプランは変えますけど、対戦相手が変わってことで自分はやりやすくなったかなと思っています」
――やりやすくなった、というのは?
「ユン・テスン選手はボクシング技術が高くて、川北選手はグラップラー寄りじゃないですか。ダイキライトイヤー選手をKOして打撃にも自信を持っているかもしれないけど、基本的にはグラップラーだと思うし、僕はそのほうがやりやすいです。自分からテイクダウンに入るより、相手のテイクダウンを受けるほうが楽なので。そのほうが5Rもつな、と」
――中桐選手にとって5R戦は今回が初めてです。
「一応、体力は上げてきました。スパーリングだと、強度を高くしても5Rは動き続けることができます。ただ試合なので、想定外のことが起こると分からなくなりますよね。そうなると体力だけでなく精神的にも乱れてしまうでしょうし」
――5R戦うことを想定していますか。それとも途中で仕留めたいと思っていますか。
「仕留めたいけど、1~2Rに仕留められなかったら判定まで行くだろうと思っています。序盤に僕が出した攻撃で通用しなさそうだったら、5Rまで行って――3つのラウンドを僕が取って勝つ。
僕が試合を視る感じでは、川北選手ってガチャガチャしている印象なんですよ。綺麗なテイクダウンではなく、しつこく組んで倒したりとか。僕は綺麗にポイントアウトしたいです。そのなかでKOや一本勝ちができれば良いですけど、実は僕、練習も含めて、一度もダウンしたことがなくて。ほぼダメージなく、ここまで来ることができています。だからディフェンス面も見てほしいですね」
■HEAT58 対戦カード
<HEATキック ウェルター級(65kg)王座決定戦/3分5R>
ポッシブルK(日本)
ジョ・サンヘ(韓国)
<HEAT MMAバンタム級王座決定戦/5分5R>
川北晏生(日本)
中桐涼輔(日本)
<HEATキック スーパーヘビー級選手権試合/3分5R>
[王者] イ・ホジェ(韓国)
[挑戦者] 木村太地(日本)
<キック 57.5キロ契約/3分3R>
清重真平(日本)
ROSVIN(日本)
<バンタム級/5分3R>
萩原悠人(日本)
千原右京(日本)
<バンタム級/5分3R>
上野惇平(日本)
Jセロウ若林(日本)
<キック 61.5キロ契約/3分3R>
石川龍之介(日本)
小柳俊和(日本)
<バンタム級/5分2R>
野村颯(日本)
宮島暖斗(日本)



















