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【UFC316】展望 荒ぶる闘志控え目=マラブ・デヴァリシビリ✕SNS断ち=ショーン・オマリー

【写真】前回の試合と違う必要があるオマリー。前回と同じ動きがしたいマラブ(C)Zuffa/UFC

7日(土・現地時間)、ニュージャージー州ニューアークのプルデンシャル・センターにて、UFC316「 Dvalishvili vs O’Malley 2」 が行われる。新王者ジュリアナ・ペニャにケイラ・ハリソンが挑戦する女子バンタム級王座戦をコメインとするこの大会のメインは、王者マラブ・デヴァリシビリに前王者ショーン・オマリーが挑むバンタム級タイトルマッチだ。
Text by Isamu Horiuchi

この両者は、昨年9月にラスベガスの球形建造物スフィアで行われた「ノーチェUFC306」のメインイベントにて対戦している。この大会は、サウジアラビアのリヤドで毎年開催される世界最大級の観光アトラクション「リヤド・シーズン」の名を冠し、演出に2000万ドル(約28億円)以上の金額を注ぎ込んだもの。ダナ・ホワイト代表が事前に「一度きりの大会だ。誰もやったことがないことを成し遂げたいんだ」と語る、前代未聞のメガイベントだった。

その大会のメインに相応しい選手として選ばれたのが、2023年8月にアルジャメイン・ステーリングを相手に完璧なタイミングの右ストレートを当てて新王者に就いたオマリーだった。続く翌年3月、オマリーはUFCで唯一敗戦を喫しているチートことマルロン・ヴェラと対峙し、5Rにわたって打撃で一方的に試合を支配して初防衛に成功。スーパースターへの道を邁進していた。


デヴァリシビリの特異さは、打撃のコンビネーションと完全に一体化した形で、打撃のごとくテイクダウンを放ち続けられる点にある

対する挑戦者デヴァリシビリは、当時10連勝中。底知れぬスタミナでテイクダウンを仕掛け続けて相手を疲弊させ、やがて組み伏せる唯一無二の戦い方で白星を重ねていた。圧倒すれど判定勝利が多いこと、盟友のステーリングが同級王座に君臨していたこと、非英語圏のジョージア共和国出身ということ等が重なり注目を浴びずにいたが、ジョゼ・アルド、ピョートル・ヤン、ヘンリー・セフードと元世界王者を3タテし、実力でこのビッグチャンスを手に入れた。

2日後に独立記念日を迎えるメキシコのファイト・カルチャーを称える映像が建物の内壁全面に映し出され、観客の全視界を覆う壮大な演出の中で行われた決戦。遠い距離を保ち常に動き続けたデヴァリシビリは、一瞬でオマリーの懐に飛び込むと、突進を止めずに倒し切るテイクダウンを複数回決めた。そのまま強烈な圧力で上の体勢をキープし試合を有利に進めた挑戦者は、最終5Rに前蹴りで腹を効かされたものの、距離を取って追撃を回避して最後にもう一度テイクダウンに成功。一世一代の大舞台にて力を存分に発揮し、判定3-0にて悲願の王座奪取に成功した新王者は勝利を告げられベルトを巻かれると、マットにヒザをつき頭を抱え、声の限りに叫び続けた。

「言い訳は一切ないよ。良いコンディションで試合に臨めた。マラブが強かった」と敗北を認めたオマリーだが、やがて試合の10週間前に股関節唇を損傷していたことを公表し、手術を経て休養に入った。

その間に新王者デヴァリシビリは、最強の挑戦者と目された18戦無敗のウマル・ヌルマゴメドフと防衛戦を敢行。序盤はテイクダウンを防がれ打撃を被弾してしまった新王者だが、まったく動じずに驚異的なペースで仕掛け続けて挑戦者を疲弊させ、3ラウンドについにテイクダウンを奪って形成逆転してみせた。

その後も金網側でウマルに背中を取られているにもかかわらず、満面の笑顔を作って実況陣に向かって大声で「なあ、いいファイトだろ!」と話しかける奇人ぶりを発揮したデヴァリシビリは4、5Rも勢いを落とさずに攻撃を続け、幾度もテイクダウンを奪取。最後は疲労困憊のウマルに強烈な右も当ててみせ、完全に呑み込む形で試合終了。UFCバンタム級史上最高のグラップリング戦を制して、見事に初防衛に成功したのだった。

そして今回、休養明けの前王者にいきなり挑戦権が与えられる形でこの再戦が実現する。下馬評は当然大きく王者有利と出ている。前戦においてオマリーは、誰もが来ると分かっていたデヴァリシビリのテイクダウンを6度も許し、長時間コントロールされてしまった。よって今回も同様の展開になるのでは、というのが大勢の見方だろう。

ならばまずこの試合で着目すべきは、オマリーがいかに前回と同じ轍を踏まないかだ。前戦は、ストライカーのオマリーがグラップラーに抑え込まれ得意の打撃を封じられたと言える。しかしもう少し掘り下げると、オマリーは、自らの本領においてもデヴァリシビリの後塵を拝していたとも考えられる。

一撃必殺の拳を最大の武器とするオマリーだが、それを当てるまでの作りはきわめて精妙だ。スイッチを交えスタンドにて無数のフェイントを放ち、相手の反応を伺いながら距離と角度を調整して高い精度の打撃を当てる。が、前回の試合で手や体の動きのフェイントをはるかに有効に使っていたのは、遠い距離から絶え間なく動き続けるデヴァリシビリの方だった。その動きを警戒しいつものように攻撃が出せないオマリーは、デヴァリシビリの飛び込み&レベルチェンジに反応しきれずに懐に入られてしまい、またパンチのタイミングに合わされる形でのテイクダウンを何度も奪われた。

以前も指摘したが、デヴァリシビリの特異さは、打撃のコンビネーションと完全に一体化した形で、打撃のごとくテイクダウンを放ち続けられる点にある。世界屈指のMMAストライカーのオマリーは、自らが最も得意とするスタンドでのフェイントの掛け合いと間合いの取り合いにおいて、「テイクダウンというストライキング」を駆使するデヴァリシビリに遅れを取ったのだ。

では、いかにして今回オマリーはその駆け引きで王者を上回ることができるのか? その鍵となるのは、技術以上に精神的な側面と考えられる。

最高度に進化した彼らの戦いを通して、その根幹を支える精神のあり方を感じ取るのもMMAの楽しみ方

その派手な風貌から「目立ちたがり屋」というイメージの強いオマリーだが、実はきわめて内省的なファイターだ。以前筆者が行ったインタビューにおいても、戦いにおける理想の精神状態は「思考を必要としない状態(thoughtless state)」であり、スタンドにおけるフェイントやアングルの精緻な駆け引きの大部分も「オートパイロットモード」で行っていると語ってくれた。

実際タイトルを奪ったステーリング戦では、考えることなく「高次元に存在する自己(higher self)」に身を任せて戦うことができたというオマリー。逆に前回のデヴァリシビリ戦は、テイクダウンを警戒するという思考に囚われ動きが制限されてしまった面は否めない。

しかし今回、手術も含めて約9ヶ月の休養を経たオマリーは、決戦に向けて過去最高の精神状態にあると語る。もともと毎朝10分の瞑想を欠かさなかったが、前戦以降はそれまで積極的に行っていたSNSへの露出をめっきり減らし、喫煙も辞め、また人前に出ることも制限して、自然に囲まれた自宅で娘や友人たちとのんびり過ごす時間を大切する生活に切り替えたと言う。

「SNSを見なくなっただけで、こんなに自分の精神にいい影響があるとは思わなかった。今までは、常に心にうっすらと不安(anxeity)を抱えていたんだ。いつも携帯でXをチェックしていたから。でも今回、はじめてそれが全くない状態になったんだ」と穏やかに語る前王者は、さらに「家にはたくさんの鳥たちがいるんだけど、今は毎日そのさえずりがいっぱい聞こえるし、花の香りもよりよく分かるんだ。その全てが、携帯を見なくなったことのおかげなのさ」と、その拳で強豪達を薙ぎ倒してきた男とは思えないほど平和にして、SNS社会に疲れた我々全てが共感するようなコメントを残している。

さらにオマリーは「敗戦を通して僕を成長させてくれたマラブには感謝しかないよ。今の僕は、ただ100パーセント試合に集中している。勝とうが負けようが、それが僕の本質を決めたりしない。勝敗にかかわらず、試合の翌朝に自分が幸せかどうかを決めるのは自分だ。僕の人生は最高だ。絶対に勝たなきゃいけないことなどない。ただhigher levelでパフォームするだけさ」と悟りの境地を披露する。

もしオマリーがその言葉通り、敗北を恐れる心から解放され、「高次元の自己に身を任せた」戦いができるならば、前回のようにデヴァリシビリに動かされてしまう=居着くのではなく──自らのフェイントで王者を反応させ距離を制し、その顎に世界最高の精度と威力を誇る拳を叩き込む、あるいは王者のテイクダウンを誘って強烈なカウンターの膝を炸裂させるチャンスがより大きくなるだろう。

オマリーにとってのもう一つの好材料は、前回は股関節唇損傷のためほとんどできなかったという組技の練習が、今回は存分にできていることだ。組みつかれても簡単には倒されない、たとえ倒されても立ち上がれるという確信があればあるほど、スタンドにおいて王者のテイクダウンを警戒する必要は少なくなる。

また、オマリーは前回の試合直後に「テイクダウンされた後、スタミナの消費を懸念してスクランブルを試みず、下にステイしすぎてしまった」との反省点を口にしている。しかし今回はその種の不安もなく「レスリングに必要なスタミナは走ったり、ミットを打っても得られない。レスリングをやりこんで得られるんだ」と、静かに自信を覗かせている。諸々の懸念を解消し、オマリーの精神を理想のオートパイロットモードに導く条件は、前回より揃っているようだ。

昨今は、アレックス・ペレイラ(アマゾン少数民族スピリチュアリズムへの回帰)イリー・プロハースカ(侍の精神文化への傾倒)、イスラエル・アデサニャ(マジックマッシュルームを用いた瞑想)等──そこに仙三氏の導きにより瞑想による「宇宙」との一体化を試み、先日見事にONEバンタム級王座に輝いた若松佑弥を加えてもいいだろう──、世界のトップファイターたちがさまざまな形で科学を超えた精神面の探究を試みている。最高度に進化した彼らの戦いを通して、その根幹を支える精神のあり方を感じ取るのもMMAの楽しみ方の一つだ。

精神といえば、王者デヴァリシビリもまた突出した精神力を武器とする選手だ。余人には真似のできない高いモチベーションを日々保ち鍛錬を積み重ね、誰もが及ばない驚異のスタミナを手にしている。その過剰なまでの闘争心は、オマリーとの前戦の試合開始直後、オマリーと対峙しながらセコンドのティム・ウェルチと口論をはじめたこと、また前回の挑戦者であるウマルの言動に激怒し、大会前記者会見にて激しく罵倒してみせたことにもよく現れている。

荒ぶる闘志を全面に出し、圧巻のスタミナを武器に試合開始から終了まで力の限り攻撃し続ける不屈の精神力こそ、王者の真骨頂だ。彼のレスリングコーチを務めたビリー・ビゲロウは「マラブの戦い方こそ、まさにGRIT(どんな困難にも負けない根性)だ」と表現している。

ただし今回の再戦に向かう王者の言動からは、いつものような激しすぎる意気込みは感じられない。「ウマルに勝って、みんなの僕への見る目が大きく変わった。本当にリスペクトしてくれるよ」と語る王者は、今回一切トラッシュトークを仕掛けてこない挑戦者についても「生活環境を変えたことは、彼にとっていい影響があると思うよ。ショーンは僕のテイクダウンを全て防いでしまうかもしれないね」と穏やかに評している。それどころか「一度自分がドミネイトした相手と戦うのにモチベーションを作るのは難しい」とまで話している。

もちろん、だからと言ってデヴァリシビリが苦闘の果てに手にしたベルトを保持する努力を怠るとは考えにくい。「できるだけ長くこのベルトを防衛するために、僕はできる全てを行うつもりだよ」と語る王者は、今回も──対戦相手への怒りという発奮材料はなくとも──超ハイペースで25分間動き続けられる驚異のコンディションを作って防衛戦に臨んでくるだろう。

また上でも指摘したように、グラップラーのデヴァリシビリは、実はスタンドにおける距離とフェイントの攻防にもきわめて長けている。先日、デヴァリシビリとオマリーがUFC PIで出くわして友好的な会話を交わしたことがあった。その時王者がにこやかに「君も作戦を変えてくるんだろう? 僕も今度は君に対して打撃で立ち向かうかもしれないよ」と話すと、オマリーは「ノー!」と一笑に付した。が、ウマル戦の最終Rに当ててみせた強烈な右のように、テイクダウンと織り交ぜたノンストップ・アタックで相手を疲弊させた果てにおいては、疲れ知らずの王者が繰り出す打撃は脅威の武器となるに違いない。

バンタム級史上最高のグラップラーと最高のストライカーによる注目の再戦。極限まで磨き抜かれたお互いの得意領域はどのように交差するのか。それぞれの方法で最高度に研ぎ澄まされた両者の精神は、いかなる形でこの至高の戦いを導くのだろうか。


■視聴方法(予定)
6月8日(日・日本時間)
午前7時00分~UFC FIGHT PASS
午前11時00分~PPV
午前6時30分~U-NEXT

■ UFC315対戦カード

<UFC世界バンタム級選手権試合/5分5R>
[王者] マラブ・デヴァリシビリ(ジョージア)
[挑戦者] ショーン・オマリー(米国)

<UFC世界女子バンタム級選手権試合/5分5R>
[王者] ジュリアナ・ペニャ(米国)
[挑戦者] ケイラ・ハリソン(米国)

<ミドル級/5分3R>
ケルヴィン・ガステラム(米国)
ジョー・パイファー(米国)

<バンタム級/5分3R>
マリオ・バウティスタ(米国)
パッチー・ミックス(米国)

<ウェルター級/5分3R>
ヴィセンチ・ルケ(ブラジル)
ケヴィン・ホランド(米国)

<フライ級/5分3R>
ブルーノ・シウバ(ブラジル)
ジョシュア・ヴァン(ミャンマー)

<ライトヘビー級/5分3R>
アザマット・ムルザハノフ(ロシア)
ブレンジソン・ヒベイロ(ブラジル)

<ヘビー級/5分3R>
セルゲイ・スピヴァク(モルドバ)
ワルド・コルテスアコスタ(ドミニカ)

<ウェルター級/5分3R>
ケイオス・ウィリアムス(米国)
アンドレアス・グスタフソン(スウェーデン)

<女子フライ級/5分3R>
アリアニ・リプスキ・ダ・シウバ(ブラジル)
ワン・ソン(中国)

<フェザー級/5分3R>
ユ・ジュサン(韓国)
ジャカ・サラギ(インドネシア)

<ライト級/5分3R>
クイラン・サルキルド(豪州)
ヤナル・エシュモズ(イスラエル)

<ライト級/5分3R>
マルケル・メデロス(米国)
マーク・チョインスキー(米国)

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