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【UFC315】展望 BOX勝負? それとも上=モハメッド✕下=JDMの柔術?? UFC世界ウェルター級選手権試合 

【写真】テイクダウンがダメージを与える攻撃と比較し、評価されなくなった今、ボクシングと柔術の勝負になるのか (C)Zuffa/UFC

10日(土・現地時間)、カナダのモントリオールにあるベルセンターにて、UFC 315:「Muhammad vs Della Maddalena」 が行われる。ヴァレンチーナ・シェフチェンコ✕マノン・フィオホの女子フライ級タイトルマッチをコメインとする今大会のメインは、新王者ベラル・モハメッドにランキング4位のジャック・デラ・マダレナが挑むウェルター級タイトルマッチだ。
Text by Isamu Horiuchi

モハメッドは、昨年7月にレオン・エドワーズに挑戦。不利が予想されるなか、打撃で圧をかけ金網側に追い詰めてテイクダウンしコントロールするという、世界中のグラップリング系MMAファイターがストライカーを攻略する際の手本となるような戦いで完勝し、王座に輝いた。その後年末のUFC310にて、当時プロ18戦全勝だったシャクハト・ラクモノフとの初防衛戦が予定されていたが、足指の骨折に起因する骨の感染症のため欠場を余儀なくされた(ちなみにそれが原因で、王者アレッシャンドリ・パントージャにUFC初参戦の朝倉海が挑んだフライ級タイトルマッチが当大会のメインに格上げされたのだった)。

その日ラクマノフは、代打出場のイアン・マシャド・ギャリーとの全勝対決を接戦で制し、モハメッドも抗生物質による治療を経て回復。今回ついに両者の戦いが実現するかと思われたが、今度はラクマノフの方が負傷により出場を断念した(負傷の詳細は公表されていないが、ラクマノフはヒザの怪我を抱えながらギャリーと戦ったという話もあり、今回の負傷もそれと関係しているのではとの推測も流れている)。そこでこのたび挑戦者として抜擢されたのが、豪州出身のストライカー、ジャック・デラ・マダレナ(以下JDM)だ。


挑戦者JDMは、派手さはないが自然と人を惹きつける独特の佇まいの持ち主

少年時代にラグビーに打ち込み、14歳からボクシングをはじめたというJDMは、2016年3月にプロデビューから2連敗を喫するも、その後は連勝。KO勝利にてエターナルMMAウェルター級王座に就くと4連続KO防衛を記録し、21年9月のDWCSでの判定勝利を経て、UFCと契約した。最高峰の舞台でも強力な拳を武器に連勝を重ね、昨年3月には当時ランキング4位にしてタイトル挑戦経験を持つジルベウト・ドゥリーニョ・バーンズと対戦した。

1Rは多彩なコンビネーションで有利に立つも、2Rはテイクダウンからバックコントロールを許して迎えた勝負の3R。中盤にまたしてもテイクダウンから背中に突かれてしまい万事休すと思われたJDMだが、ここで乾坤一擲の前方ロールを敢行して振り解き、立ち上がることに成功した。次の瞬間、組みにきたドゥリーニョにカウンターの右ヒザをクリーンヒット。後方に倒れ込んだところにヒジとパウンドの連打を浴びせて仕留め、キャリア最大の勝利を挙げるとともに、UFC登場以来7連勝(その前から数えると17連勝)を記録した。

この試合で腕を負傷し手術を受けたJDMは、それに起因する感染症治療のためしばらくオクタゴンから遠ざかることに。一年経過した今年の3月に、元王者エドワーズとの試合が組まれた。が、前述のように第一挑戦権を持つラクマノフが負傷を理由にタイトル挑戦を見送ったことで、今回挑戦権が回ってきた。

挑戦者JDMは、派手さはないが自然と人を惹きつける独特の佇まいの持ち主だ。普段の言動はそのオクタゴンでの戦い方と同様、きわめて冷静沈着。余計なことは言わず相手を煽ることもせず、常に簡潔なその言葉は、余裕と自信を醸し出している。イタリア系の祖父を持ち、いわゆるイケメンではないものの(同郷豪州が生んだレジェンドにして練習仲間でもあるアレクサンダー・ヴォルカノフスキーともどこか共通した)強者特有のオーラを身に纏う。

対照的に王者モハメッドは、以前からとかくファンの反感を集めがちだった選手だ。強力なレスリングベースを活かして相手を「漬けて」の判定勝ちが多く、にもかかわらず独特の高い声&早口で自己アピールを欠かさない。戴冠する前からカマル・ウスマン等歴代王者たちについて「俺の方が実績は上」と主張したり、「もしレオン(エドワーズ)を倒したら、俺は歴史上最も偉大なウェルター級選手となるな!」等と放言することで、ファンのヒートを買ってきた。

さらに遡って4年前、エドワーズのアイポークをもらって試合続行不可能となった時に人目を憚らず泣き叫んだ姿も、長く嘲笑のネタにされてきた。そして──彼がパレスチナ系アメリカ人であり、常に祖国を代表して戦うと公言している事実も、ファンの否定的な反応の多さと無関係とは言えないだろう(実際「なぜベラル・モハメッドにはこんなにアンチが多いのか?」という議論が英語圏のファンの間でされる際には、その戦いぶりや言動に加えて民族的出自がしばしば指摘される)。

そんなモハメッドだが、この防衛戦に向けてのファンの反応は今までと比べてはるかに好意的なものが目立つ。今回彼がJDMを倒し、ラクマノフとの頂上対決が実現することを望む声も多い。前回のエドワーズ戦における素晴らしい戦いぶりが、そのビッグマウスに説得力を与え、またその背後にある多大なる努力の存在を人々に否応無しに伝え、その見方を変えてきているようだ。

以前からUFCと蜜月の仲にあるドナルド・トランプ米大統領が、国内におけるイスラエルへの抗議行動に大きな圧力をかけている現在。パレスチナの旗を背負って戦うモハメッドは、複雑な政治的事情を超越して人々を魅了する力を格闘技が秘めていることを示してくれているとも言える。

さて、(1NCを挟んで)目下10連勝中の王者モハメッドと17連勝中の挑戦者JDMによる今回の一戦だが、下馬評は王者有利と出ている。両者がこれまで戦ってきた相手の違い、そして互いの戦い方の相性を考えると妥当な評価だろう。

JDMの最大の武器は何といってもその拳

(C)Zuffa/UFC

挑戦者JDMの最大の武器は何といってもその拳だ。

常にリラックスした姿勢から放たれる伸びのあるジャブを中心に相手にプレッシャーをかけつつ、距離を支配。コンパクトかつ精度と威力を兼ね備えたパンチを上下にスムーズに打ち分けて相手を倒すその戦いは、UFCウェルター級のベストボクサーという評価に相応しい。

しかしモハメッドは前戦、このような相手を攻略するのに最適と思われる戦い方を見せつけている。これまで(カマル・ウスマンやコルビー・コヴィントンといった強力なレスラー相手に)卓越した距離の支配力とテイクダウンディフェンスを披露してきたエドワーズと対峙したモハメッドは、その打撃を恐れることなく常に体を振りフェイントを多用しながら、鋭いジャブを中心にプレッシャーをかけた。やがて金網側に追い詰めたところでテイクダウンに入ったモハメッドは、しっかりとクラッチを組んでエドワーズの体を高々とリフト。試合を自らの土俵であるグラップリングに持ち込み、主導権を握ってみせた。

そこでこの試合の最大のポイントは、挑戦者がいかなる形で──打倒ストライカー用ブループリント世界最新版と言える──モハメッドの戦い方に対抗するかだ。最初の注目点は、スタンドにおける距離のコントロールと圧力の掛け合いの攻防で、どちらが主導権を握るかだろう。

作戦の詳細を語ることはないJDMだが、「こちらの第一のディフェンスラインは、テイクダウンを防ぐことだ。序盤にそれができれば、その後の試合展開はぐんと楽になる。できると信じている」と話す。そのために一番避けたいのは、スタンドでモハメッドの圧力を受けて金網に詰められてしまうことだ。

前戦でモハメッドは、サウスポーのエドワーズに対してスイッチを繰り返し、巧みに逃げ道を塞ぎつつ圧力をかけてみせた。が、JDMもまたスイッチを用いて、圧力をかけてゆくタイプだ。エドワーズのように簡単に下がらされてしまうことはないだろう。

左右どちらの構えからも変わらず綺麗なコンビネーションを放つJDMは、ジャブの伸び、拳の威力と精度においてはモハメッドを上回る。が、そのぶん王者は打撃に加えてテイクダウンのプレッシャーを混ぜることができる。お互いが相手の動きに応じてスタンスを変え合う中、相手に自分の武器を警戒させ、後退を余儀なくさせるのはどちらか。

ちなみにモハメッドは「俺はこの階級のベストグラップラーというだけでなくベストボクサーだ。俺の(世界4回級制覇の)カネロ・アルヴァレズばりの拳をもって、ボクシングでもジャックを圧倒してやるぜ!」と豪語している。

「ベラルの拳はカネロの如く特別だよ」

(C)Zuffa/UFC

これまたアンチの癇に障りそうな言葉だが、全く説得力がないわけではない。

前回のエドワーズ戦前でも、モハメッドの打撃コーチが「ベラルの拳はカネロの如く特別だよ」と語り、嘲笑のネタとされたことがあった。が、実際に試合でモハメッドはエドワーズと堂々拳で渡り合い、有効打を当てる場面まで作ってみせた。そして戴冠直後のインタビューにて、世界を驚かせた新王者はダニエル・コーミエに向かって「俺がカネロのように戦うという話をみんな笑いやがったが、あのジャブを見ただろ!」と得意満面に捲し立てたのだった。

ビッグマウスの裏でたゆまぬ努力を重ねるモハメッドが、大きく上達したボクシング技術にさらに磨きをかけていることは間違いない。「奴自身の一番得意な分野(=ボクシング)で圧倒して、心を折ってやるさ」という王者の挑発的な言葉がどこまでブラフなのかを見極めるのも、スタンドにおける両者の拳の交換の攻防の楽しみ方だろう。

もっとも、この試合でモハメッドが打撃勝負に専念すると予想する者は少ないだろう。JDMにはテイクダウンを切らずに受け止めてしまう傾向があり、前回のドゥリーニョ戦でも数回テイクダウンを許している。立ち技で圧をかけることができようができまいが、王者がテイクダウンを仕掛け、試合がグラウンドに移行する場面が複数回見られる可能性は高い。

そこでこの試合のさらなる注目点は、グラウンドで抑え付けてドミネイトし、パウンドでダメージを与え究極的にはフィニッシュを狙う王者と、下から動いて立ち上がりたい挑戦者のせめぎ合いにある。

豪州が輩出した世界的重量級グラップラーであるクレイグ・ジョーンズとの練習を重ねているJDM自身「背中を付けさせられても戦う準備はできているよ。下からでも攻撃を仕掛けるし、立ちに戻る術も持っている」と語る。対するモハメッドも、JDMについて「ジャックは確かにテイクダウンを許すけど、その後も諦めずに動き続け、スクランブルをし続ける。一番の強みはそのハートだ。諦めてしまう癖のあるレオン(エドワーズ)と違って、ジャック(の心)をブレイクする(折る)のはより困難だ。だからこそ俺は、あの時よりハードに戦う必要があるんだ」と、その心身の強さを称え、タフファイトになる可能性を暗に認めている。

序盤にモハメッドがテイクダウンを取ったとしても、その度にJDMは王者の上からの圧に対抗し、立つことを試み続けるだろう。この苛烈な攻防で消耗してゆくのはどちらか。5Rのタイトル戦の中盤から後半にかけて相手の心身をブレイクするのは、グラップリングの強さを最大限に活かすために打撃を磨く王者モハメッドか、それともMMA最高峰の拳で勝負するために組みを強化するJDMか。頂点を争う戦いが、互いが全てを出し尽くし奪い合う死闘となる可能性は高い。

元UFCランカーの水垣偉弥氏は、当サイトのインタビューにて、エドワーズ戦におけるモハメッドを「(フィジカル等で突出した要素を持っているわけでない)凡人が見本とする選手」と絶賛している。弛まぬ努力と工夫で究極のストライカー攻略法を実践してみせた王者と、拳と鉄の心でそれを凌駕せんとする挑戦者の戦いは、MMAファイターと打撃系格闘技からの転向組の凌ぎ合いが盛り上がるジャパニーズMMAのより深い楽しみ方をも、我々に教えてくれるだろう。

■視聴方法(予定)
5月4日(日・日本時間)
午前7時30分~UFC FIGHT PASS
午前11時00分~PPV
午前7時30分~U-NEXT

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