【Banana Oil 2025─02─】原点回帰のきっかけはFight&Life#106掲載のパントージャ×朝倉海レポート
【写真】毎週のようにUFCを視聴していても、まるで見落としていることばかりだと気づかさせてくれたパントージャ×朝倉海(C)Zuffa/UFC
一つの前の投稿で、個人的なMMAPLANETの2025年の指針を書かせていただきましたが、原点回帰を少なからずしたいという想いになったきっかけは、12月7日に行われたアレッシャンドリ・パントージャ×朝倉海戦のレポートをFight & Life#106で執筆させていただいたことでした。
Text by Manabu Takashima
MMA界の秩序が乱れるようなUFCデビュー戦=世界王座挑戦という快挙。
朝倉海、勝ってUFCブームを日本へ──という業界の空気に水を差し、「それをやっちゃUFCではない」と指摘する正義感もジャーナリズムもなく、日本でUFCが認知される希望を頂きつつも、自分が信じてきた価値観が崩壊するような想いもしたくない。
試合結果が出てなお、そんな自身の感情が透けて見える情けないばかりの事なかれ主義に徹したようなレポートを校了日当日(著者校正できたページがほとんどないという壊滅的な締め切りウィークを過ごしており、このレポートもあと数十分遅れると発売日に雑誌が書店に並ぶことはなかったというような際どいタイミングで執筆しておりました)に書こうとしていた自身の過ちに気付かされた時、何がMMAを伝えていく上で自分の骨子となっているのかを思い出させてもらいました。
そんなFight&Life#106に掲載されたレポートを編集部の許可を得て、ここで全文掲載をさせていただきたいと思います。戯言か所信表明か、第2弾です。
朝倉海がUFCデビュー戦で、アレッシャンドリ・パントージャの持つUFC世界フライ級王座に挑戦し、2R2分05秒RNCで落とされ一本負けを喫した。
試合内容を振り返れば、完敗であることは間違いない。パントージャは朝倉をほぼ完封した。結果的に唯一といっても過言でない危ないシーンは、初回にテイクダウンを狙った時に受けたヒザ蹴りだけだった。
それも右太腿が顔面に当たり、ヒザ頭ではなかった。仮にヒザ頭だと、世の中がひっくり返るほどの大サクセスストーリーを朝倉は完成させていたかもしれない。
ただし、ヒザ頭は当たらずパントージャが組んでバックに回った。朝倉はすぐに胸を合わせて離れることに成功している。
続いてパントージャは左をヒットさせると、そのまま組みに行った。朝倉は体を入れ替えて離れようとした際にバランスを崩した。パントージャはトップを奪うも効果的に攻めることはなく、朝倉は首の後ろに手を回された刹那、引き寄せたパントージャの力を利用してスタンドに戻ってみせた。
ここからの打撃戦、意外なほどにパントージャの動きが良く。手数、精度で朝倉を上回る。それでも常に、一発が入れば朝倉のKO勝ちもある。そんな緊張感と期待が続き、パントージャ優勢のまま初回は終わった。
当然、ポイントをリードしたのはパントージャだ。ただし組まれた時の反応、倒された時の対処と朝倉はやるべきことを遂行した。朝倉陣営がUFCで戦うために、正しい日々を送ってきた成果が初回から見て取れた。パントージャの立ち技での好調さは想定外でも、その積極性すらテイクダウンを対処し続けていけば疲れる要素になる。終盤、4Rや5Rに待望の一発が当たり世界王者になる目もある。そんな5分間だったといえる。
2Rが始まると、パントージャはまず左ジャブを当てる。朝倉はステップバックしながらの右フックは空を切り、ダブルレッグでケージに押し込まれる。
左を差して離れようとした朝倉に対し、パントージャは小外掛けを仕掛けた。倒れまいと両手をマットについた朝倉のバックを狙う。朝倉は立ち上がり、ケージ際に移動し背中を譲りきることなく、その表情にも余裕が感じられた。
と、パントージャはジャンプして背中に飛び乗り、体重を前方にかけて朝倉にヒザをつかせるように、グラウンドに持ち込んだ。
即ボディトライアングルに取ったパントージャは、右手を伸ばして襷掛けに。頭は朝倉とキャンバスの間にいれ、その頭を起こして逆側に持って来るや左腕を朝倉の喉下に滑り込ませる。
すぐさま右腕に入れ替え、RNCをセット。朝倉はパントージャの左手首を取って胸の前に引きのばすという基本通りのディフェンスを見せた。が、直後に右腕が強烈に喉に食い込み、落とされた。
勝利者インタビューでパントージャは開口一番「これがUFC。UFCのレベルなんだ」と言い放ち、朝倉海のチャレンジは幕を閉じた。
UFC世界チャンピオンになるために最高の環境を創り、世間を巻き込んで最短距離を征き、練習通り正しい反応をしながら敗れた。そう世界最高峰の力の前に屈したのだ。どれだけ準備をし、血を見るような努力をしても相手が強ければ、このような結果もある。それが勝負の世界だ。前述したように、それでも一発当たれば全てをひっくり返す戦いができる。そんな印象を与え続けた。
この勢いがあるからこそ、彼はUFCに日本の一般層を引き連れていくことを可能とした。ばかりか、ファイトウィークが近づくほどにRIZINバンタム級王者という肩書がアナウンスされ、RIZINの名を米国に広める役割すら果たしている。UFCではダニエル・コーミエー&ローラ・サンコというファイトパス実況陣と現世界ウェルター級王者ベラル・モハメッドが日本人トップ3ファイターを議題にトークを繰り広げる煽り番組をも放送している。
そこでは岡見勇信、秋山成勲、青木真也、藤井恵の名が紹介されるなど、UFCファンが日本を知るきっかけにすらなった。朝倉のUFCデビューが世界王座挑戦になったことで、UFCと日本の距離が双方から縮まった。これほどポジティブなことはない。
試合内容に関しては、フライ級に戻ったことでパフォーマンスが落ちたという指摘も聞かれたが、帰国後に本人がYouTubeで否定している。
同時に「スピードがいつもよりなかった」、「パントージャが強過ぎた」という声も数多く聞かれた。
実際のところ、答えは見つからない。パントージャが強く見えたのは、朝倉が他のフライ級タイトルコンテンダーより力不足だったからかもしれない。スピードがないように感じたのも、パントージャが過去に朝倉が戦ってきた相手とはレベチで速かったからかもしれない。なんせ朝倉はUFCではパントージャとしか戦っていないのだから、全ては想像の域を出ない。朝倉が真価を問われるのは、次の試合だ。そこでどういう戦いを見せることができるのか。
それまでは彼が日本にもたらしたUFC需要を、より高める作業に関係各位が没頭してくれるだろう。中村倫也、鶴屋怜が2025年1月、2月と連続でPPV大会に出場するのも、この特需が影響しているかもしれない。とにかく日本におけるUFC、そしてUFCにおける日本の関係性が良好になっている。
だからこそ、ポジティブな完敗。明るい未来へ向かえる朝倉海のUFC世界王座挑戦と敗北だった──という捉え方をし、実際にそのようなレポートを書く気でいた。念のために今一度、両者の試合をおさらいしようとチェックし直すまでは……。
フィニッシュ前、グラウンドに持ち込まれる直前、朝倉はケージにもたれて背中を譲らないよう対処していた。そこでパントージャは朝倉の左足の前側まで右足を伸ばし、左足で後方から右足を刈っている。分かりやすく言えば(そんなこともないかもしれないが)、後方から左足で対角線上にある右足を刈る。小内刈りの要領で、朝倉を前方に崩させてから背中に飛び乗っていた。
米国の実況がパームトゥパームと呼んだ最後の絞めは──。
右腕で絞められていた朝倉は、パントージャの左手を取って自身の胸の前に伸ばさせてRNグリップを解除。と、その瞬間にパントージャは右手で、朝倉に伸ばされた自らの左手を掴むことで絞めを完成させていた。あのジョー・ローガンですら、朝倉がパントージャの掌を掴んでいたことでパームトゥパームと誤認してしまう絞め方は、勝利者インタビューでコーチの名前が引用されたパフンピーニャ・フックだと明らかにされた。
朝倉の対処の先にこのような崩し方、絞め方があることを当然と捉え、驚くことがなかった日本のMMA関係者がどれだけ存在しているのだろうか。この一瞬の修正と応用。このような違いが、日本のMMA界とUFCのトップの間に一体どれ程存在しているのだろうか。
外国人選手同士の試合だと、ここまで細かくチェックすることはなかった。恐らくは毎週のように開催されているUFCにおいて、数多くの試合で我々が見過ごしている技術があるはずだ。
朝倉海が世界王座に挑戦したからこそ格闘技ビジネスでなく、格闘技として改めて、UFCと日本の差を感じることができた。MMAのリアルとしての朝倉海効果とは、こういうことだったのだ。これら小さな技術力の差の積み重ねこそパントージャの言う「UFCレベル」の真実なのだろう。
この差を埋めることは並大抵のことではない。見て追うことはできる。ただし、これらの発想は今の日本のコンペティションレベルでは生まれないのではないだろうか。
だから、見て追うかない。なんとなくポジティブな流れに身を置くのではなく、目を見開いてこのリアルを見つめ直すしかない。それでもUFCに挑む日本勢の評価が高まっていることで、絶望感はない。いやぁ、ヒリヒリしてきたぞ。
※UFC関連では試合を控えた中村倫也、鶴谷怜、ケビン・チャンUFCアジア太平洋地域統括責任者インタビュー。
RIZIN DECADEも終了していますが、「MMA愛爆発!! 柏木さんに訊くRIZINフェザー級の行方」、「シェイドゥラエフ×久保優太戦 展望」、「大晦日から始まるフライ級EXTRAVAGANZA!!」、神龍誠インタビュー等々。今から読んでも、なるほどぉと唸ってしまう記事が掲載されているFight&Life#106は絶賛発売中です。