【ADCC2024】レポート─01─それでも激熱=77キロ級で、元柔術の神の子ミカがPJパーチに苦戦も決勝進出
【写真】ある意味、ADCCの権威を守ったといえるミカの出場。そして、しっかりと決勝進出を決めた(C)SATOSHI NARITA
8月17日(土・現地時間)と18日(日・同)の二日間にわたって、ラスベガスのT-モバイルアリーナにて、世界最高峰のグラップリングイベントであるADCC世界大会が行われた。今年は既報のように、破格の賞金100万ドルを掲げて日時と場所をあえて重ねて開催してきた対抗団体クレイグ・ジョーンズ・インビテーショナル(CJI)に多くの有力選手を奪われた形となった。
Text by Isamu Horiuchi
それでも世界の強豪が集まった今大会の中でも最注目と言える、77キロ以下級の前半ブロックの準決勝までの模様をレポートしたい。
この階級の最注目選手は、当然ミカ・ガルバォンだ。2022年の前回大会はケイド・ルオトロに敗れて準優勝に終わり、その数ヶ月前にタイ・ルオトロを倒して最年少で制覇したはずの世界柔術のタイトルも、禁止薬物の使用発覚によって剥奪されてしまった。
驚異的な強さの秘密の一端が神から与えられた才能ではなく、人工的な薬物だったことが明らかとなった以上、「柔術の神の子」という渾名は使いにくい。(ちなみに本人はこの件について、ハードトレーニングに起因するテストステロンの減少の治療に、医者が禁止薬物を使用してしまったせいだと説明している)
それでも昨年は主にWNO等のプログラップリングで活躍し、変わらぬ強さを見せ続けたミカは、今年になってIBJJF系の大会にも復活。ヨーロピアン、パン、ブラジレイロ、世界柔術とミドル級を全制覇し、このADCC世界大会はいわゆる「スーパーグランドスラム」達成が賭かったものとなる。宿敵ケイドがCJIを選択してここにいない今回、20歳のミカが飛び抜けた優勝候補筆頭だ。
そんなミカの一回戦の相手は、ブラジル予選勝者のルイス・パウロ。ミカとは練習仲間でもある選手だ。シングルレッグで右足を掴ってから、あえて下になってのフットロック狙いを見せたミカは、それを凌がれた後も支え釣り込み足等を積極的に仕掛けてゆく。
さらに飛びつきガードも見せたミカは、下から腕や足を狙ってゆき、さらに後転してシングルレッグに移行して上に。場外に出て抵抗を試みるパウロから流れるような動きでバックを奪ってみせた。ここからミカは相手の右腕を右足で押さえて封じると、左手で相手の左手首をコントロール。こうして両手を封じた後、残った右腕でワンアームチョークに。わずか3分06秒、ミカが流石の技の切れ味を見せつけた。
続く準々決勝でミカは、技師オリバー・タザと対戦。初戦でヴェテランのダヴィ・ハモスをわずか55秒、前転からのヒザ十字で仕留めて勢いに乗るタザだったが、ミカは序盤からニータップでテイクダウンからパス、マウントへと移行し腕を極めかける等圧倒する。
そして5分経過して加点時間帯を過ぎた後、スタンドで足を飛ばしてタザを崩したミカが、背後から飛びついてグラウンドに持ち込んで先制。その後も立ち、寝技どちらも終始優勢に試合を進めたミカが、バックやマウントでポイントを重ねて8-0で勝利。順当に準決勝進出を果たした。
もう片方の山の一回戦では、ポーランドの足関節師マテウス・シュゼシンスキが大会常連のゲイリー・トノンと対戦。6月のポラリス28では、リーヴァイ・ジョーンズレアリーに競り勝ち勢いに乗るシュゼシンスキが、延長でオープンガードから一瞬で抱え十字を極めてみせた。
そのシュゼシンスキは続く準々決勝で、前回大会にて当時の絶対王者だったJTトレスを倒して世界を驚かせた10thプラネット柔術のPJ・バーチと対戦。得意のオープンガードで互角に渡り合ったシュゼシンスキは、加点時間が過ぎた後にスイープで上になりかける。が、場外側でバーチにスクランブルされてブレイクが入り、試合が(バーチの土俵である)スタンドから再開されてしまうという不運に見舞われてしまう。
結局、残り1分でダブルレッグを仕掛けたバーチが、シュゼシンスキが仕掛けてきたギロチンから頭を抜いて先制点を奪い、2大会連続の準決勝進出を決めた。
<77キロ以下級準決勝/10分1R・延長5分>
ミカ・ガルバォン(ブラジル)
Def. Referee’s decision
PJ・バーチ(米国)
前回大会準優勝のミカと、4位のバーチ。その時は顔を合わせなかった両者だが、その後昨年のWNO 20におけるウェルター級王座決定トーナメントの決勝で対戦が実現し──僅か45秒でミカの跳び抱え十字が炸裂して一本決着している。ミカの尋常でない極めを体感したバーチは、今回どう挑むのか。試合開始後いきなりシングルを仕掛けたミカ。右足を取るがバーチは片足立ちで堪えて抜く。さらにミカはダックアンダーやシングルを仕掛けるがバーチが凌ぐ。
3分を経過した時点で、これまで守っていたバーチが首を取り合う状態からミカを捻って崩すと、そのまま回り続けて最初のテイクダウンを奪ってみせた。
ハーフからクローズドを作ったミカが下から仕掛けるが、バーチは固くワキを締めて守る。やがて試合は加点時間帯に。ミカはシッティングから逞しい脚をシザースイープのような形で使ってバーチを崩す。
そのままがぶってみせたミカは、倒れ込みながらのギロチンへ。しかしバーチは強靭な首で耐えて姿勢を崩さず、やがて頭を抜いてみせた。
残り3分。下のミカに対して右でワキを差したバーチは右ヒザも入れてニースライスに。ミカは左足で跳ね上げようとするが不発で、バーチがヒザを抜く。ピンチに陥ったミカはすかさず背中を向けて凌ぎ、さらに向き直る際に足を絡めてハーフに戻す。
ワキを差して胸を合わせているバーチは再びニースライスを狙うが、ミカが足を入れてバタフライに戻してみせた。
難を逃れたかに見えたミカだが、残り20秒のところでバーチが両ワキを差し、3点倒立の姿勢でニースライスの形を作る。上半身を完全に制して侵攻するバーチは、残り10秒でニアマウントまで持ち込み、残り1、2秒のところでついに足の絡みを解いてヒザを抜いたバーチが完全マウントを達成…したところで本戦終了を迎えた。
バーチ大殊勲の勝利かと思いきや、ポイントが成立するにはポジションを安定させてから数秒必要ということで、スコアは0-0のまま。試合は延長戦に持ち込まれた。それにしても、これまで階級上の世界王者たちを相手にした時でさえ鉄壁であり続けたミカのガードが、同体格のバーチに完全攻略されかけた場面は衝撃的だった。
延長戦。一つの失点が命取りになるとあって、両者譲らないスタンドの攻防が続く。バーチがシュートインを試み、ミカも積極的にアームドラッグ等を仕掛けるが崩し切るには至らない。
このままでは敗色濃厚のミカは、残り15秒のところでシングルからドライブ。
バーチに切られて腹這いになるミカだったが、次の瞬間体を起こしてワキをくぐって背中に回る。
ミカはここから瞬く間に飛びついてグラウンドに持ち込む。
残り10秒を切る中、ミカは柔軟な股関節を使ってまず左足をフックし、残る右足も入れようと試み、バーチがそれを手で凌ごうとしている時に試合終了。まだ完全にバックグラブの体勢に入り切っていないということで、ここはノーポイント。試合はレフェリー判定に持ち込まれた。
本戦終了寸前にマウントポジションの形を作り切ったバーチと、延長終了寸前にテイクダウンからバックグラブ狙いまで持ち込んだミカ。予想が難しい判定は…ミカに挙がった。
これはバーチにはなんとも気の毒な判定だ。試合終了寸前のミカのバック狙いよりも、本戦終了寸前のバーチのマウントの方がはるかにポイント獲得/完全制圧に近かった。加点時間前に見事なテイクダウンを決めたのもバーチのほうだ。前戦での秒殺負けを経て、今回は隙のない試合運びを見せながら、要所で有効な攻撃を繰り出して互角に渡り合った。さらに桁外れの攻撃力を持つミカのガードを正面突破するという、世界の同階級の誰もなし得ないような偉業を成し遂げる寸前まで迫る、出色の──おそらくキャリア最高の──パフォーマンスだった。
とはいえ、敗色濃厚だったこの試合にて、最後の最後で見事な瞬発力を技のキレをもって大反撃を見せて強引に勝利を引き寄せたミカもまた、改めてその非凡さを見せつけたと言える。人工的な手段に現在も頼っていようがいまいが、やはりこの選手は柔術の神から──ついでに審判からも──特別な愛を受けている…とこちらが思ってしまうような形で薄氷の勝利を得たミカが、昨年に続いて決勝進出を決めた。