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【Special】新連載『MMAで世界を目指す』:鈴木陽一ALIVE代表「MMAに必要なフィジカルとは?」─01─

【写真】ALIVE設立前はスポーツクラブ運営委託会社でトレーナーやスポーツクラブの運営に携わっていた鈴木社長。現在はALIVE運営のほか、健康経営事業でも活躍中(C) ALIVE

UFCをはじめ世界各国でMMAが普及、拡大していくなか、技術だけでなくフィジカル面も重要視されていることは言うまでもない。しかし「MMAに必要なフィジカルとは?」というテーマに対して、なかなか答えを出せない方も多いのではないだろうか。そこでMMAPLANETでは毎月、総合格闘技道場ALIVEを運営する鈴木社長=鈴木陽一代表が各ジャンルの専門家とともに、MMAとフィジカルについて考えていく連載企画をスタートする。

Text by Shojiro Kameike

鈴木社長はスポーツクラブ運営委託会社勤務、健康運動指導士を経て1998年に名古屋で総合格闘技道場ALIVEを設立。これまでプロ選手を30名輩出し、国内外のMMAイベントに選手を送り出してきた。今回の連載では、格闘家に関する身体組成、運動生理学、分子栄養学、フィジカルトレーニング、減量の知識、脱水の知識などを専門家とともに考えていくことがテーマだ。そんな連載の第1回はまず「フィジカルとは?」について考えたい。


――連載開始にあたり、まずは鈴木社長から経緯と内容についてご説明いただけますか。

鈴木 2023年9月、おかげさまでALIVEが25周年を迎えました。25周年のジムというのは、日本のMMAの中でも長いほうだと思います。そして私自身も58歳になり、会社で取り決められた定年――60歳まであと2年と迫っています。その2年の間に、25年のMMAジム運営で培ってきたものを形にして残したいと思ったんです。

MMAではカナダTKOから、UFC、Bellator、ONE、IMMAFまで29回、柔術の国際大会にも4度セコンドとして帯同している鈴木社長。

では、何をどうやって残していくのか。私はもともとスポーツやフィットネスのトレーナー出身です。そこから総合格闘技道場ALIVEを立ち上げ、選手とともに国内大会から海外へ――UFCやBellator、Road FCといったMMA大会にも行きました。柔術の世界大会ムンジアルにも同行しています。

たとえば日本と米国のMMAジムの違いとして、米国のMMAジムにはしっかりと資金が投入されている。医師、理学療法士、栄養士といった国家資格を持った人たちが、MMAジムのスタッフに加わっています。それだけMMAがスポーツ・ビジネスとして成立しているわけですね。そこで日本の格闘技業界で25年やってきた人間でありながら、スポーツトレーナーとしての観点で日本のMMAについてお話していこうというのが、今回の連載企画の主旨です。よく言われるところですが、MMAにおいて日本は海外と比べて遅れている――遅れているから、何をどうするべきなのか。その点を考えていきたいと思っています。

――同じコンバットスポーツでも、レスリングやボクシング、柔道といった五輪スポーツは日本国内でも施設や育成プログラムが整っています。海外の場合は規模こそ違えど、各MMAジムで同じような施設とプログラムが成立しているわけですよね。

鈴木 私も仕事柄、Jリーグやプロ野球、ラグビー、そのほか五輪スポーツのトレーナーさんとお話することが多いです。多くのプロスポーツは分業制になっていますよね。栄養は栄養士がチェックする、フィジカルはフィジカルトレーナーが就いて、心理相談員もいます。さらに、その全てを管理するコーディネーターさんがいるわけです。日本のMMA界でも、自らギャランティーを支払ってフィジカルトレーナーや管理栄養士さんに付いてもらっている選手もいます。ただ、それらをコーディネートするのは選手本人であることが多いですよね。それが日本と海外、日本のMMAと他のスポーツの違いではないかと思います。

――日本のMMAジムの規模で、その環境をジム側が提供できるかどうか。

鈴木 そこが一番の課題になります。たとえば米国のジムに行くと、会員さんが2000人もいたりします。そのなかでプロ練習に参加しているのは数十人ほどでしょう。1900人以上の一般会員さん、フィットネス会員さんがいる。その売上で各ジャンルの専門家をジム内で雇うことができます。それはマネージャーも含めて、です。日本のジムだと会員さんは、多くても数百人でしょう。するとジムに掛けられるお金も違ってきますよね。日本のMMAジムも、もっと利益を生み出して専門家を雇えるようにならないといけない。

――ただ、日本と米国ではMMAの市場規模が違いすぎますよね。1000人、2000人も会員さんを集められるジムは存在しないのが現状です。場所、スペースの問題もあって、それだけのジムが生まれることはないでしょう。

鈴木 これは今回の企画から離れてしまいますが、ALIVEの現状についてお話します。今はクラスの会員さんが約200名で、プロ選手が指導するパーソナルトレーニングジムの会員さんが50名ほど。プラス道場へのスポンサー料で、年間の売上が約4000万円になります。それぐらいの売上があると、ある程度の出資が可能になりますよね。国内だけでなく海外遠征も楽になる。そうして海外のMMAメガジムを追いかけている形です。

――よく分かりました。少し前置きが長くなってしまいましたが、連載第1回目のテーマ「MMAに必要なフィジカル」についてお話していただきたいと思います。私自身、「フィジカル」という言葉について一つ大きな疑問がありました。それはトレーナーさんによって「フィジカル」の定義が異なることです。

鈴木 そうですよね。そこで今回は、理学療法士でもある納土真幸君に来ていただいています。納土君は元ALIVE会員で、現在は愛知県内で特にスポーツリハビリに強い総合病院に理学療法士として勤務しています。また、高校の部活動や県のスポーツ協会で、トレーナーやメディカルスタッフとして活躍しています。

納戸 今日はよろしくお願いいたします。フィジカルの定義に関するお話の前に、MMAにおける日本の米国の差について一つ例をご紹介します。私も全ての文献をフォローできているわけではありませんが、少なくとも2015年ごろから米国では、成功したアスリートに関する文献にMMAファイターの例も増えてきています。それこそ医学的見地から脱水に関して、ボクシングの場合はこう、MMAの場合はこう――と。

――えっ!? 米国ではMMAが、以前からスポーツ医学の研究対象となっているのですか。

納土 はい。なかでも特に研究の質が高いと言われている『American Journal of Sports Medicine』(米国整形外科スポーツ医学会の公式機関誌)が、2016年にはMMAの文献について取り上げています。つまり、2016年より前から米国ではスポーツ医学の見地からMMAについて研究されているということになります。文献の中では、MMAにおけるフィジカルも研究されています。そこでMMAに必要なフィジカルとして研究されているのは、筋力――筋力と神経の伝達、もうひとつは無酸素性の能力です。

鈴木 我々が学校の体育科で最初に習うのは、「フィジカル」ではなく「体力」という言葉です。まずこの図を見てください。

学校で学ぶ「体力」の要素。これだけでも新しい事実が分かってくる

日本のトレーナーさんの言う「フィジカル」とは、「身体的要素」の中にある「行動体力」の機能だと思います。そもそも体育を専門的に学んだ者からすると、「身体的要素」と「精神的要素」の両方ともが体力=フィジカルなんです。たとえば「精神的ストレスに対する抵抗力」――練習や試合に対するストレスも、体力のいち要素であって。

――「体力」という言葉を聞くと、どうしても「行動体力」の機能しか思い浮かびません。学術的には、精神面も体力のうちに入ってくるのですね。

鈴木 MMAのトレーナーは今後、こうした文献や学術的な視点を持っておかないと、海外で勝てるファイターを育てることはできないと思います。今の僕が、これを実現できているかどうかではありません。ただ、MMAジムを25年続けてきて、所属選手が海外でも戦ってきた結果として感じていることです。

――これまでフィジカルトレーニングとメンタルトレーニングは、分けられるものだったと思います。学問としての「体力」においては同じものなのですか。

鈴木 同じです。最近流行しているボディメイクのトレーナーさんと、五輪競技のトレーナーさんでは「フィジカル」の定義が異なります。さらに学者さんが言う「フィジカル」も違います。本来「フィジカル」には、精神的なケアも含んでいるということなんです。

これはまた別の回で話をしますが、計量前の脱水に関しても「体力」の中では、身体的要素 > 防衛体力 > の温度調節、あるいは形態の発汗能力も含んできます。単に脱水といっても、様々な様子が含まれてきます。

納土 脱水に関しては腎機能に影響を及ぼすことが世界的に知られています。その点までジム単位でチェックできているか。日本のMMAの場合、減量についてはプロ選手と一般の方で認識の差が小さいと思います。しかしトップアスリートとなれば、減量の影響が試合にも大きく影響を及ぼす。減量については、健康上の安全性という観点も含めてチェックしていかないといけないですよね。

<この項、続く>

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