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【Shooto2022#03】9連敗から5連勝、元世界チャンプ黒澤亮平戦へ。新井丈「ナメくさっていたんです」

【写真】5連勝の経験がある選手は少なくないが、9連敗をした選手というのはそうはいない。この巻き返し力は凄まじい (C)SHOJIRO KAMEIKE

22日(日)、東京都文京区の後楽園ホールで開催されるShooto2022#03で、修斗ストロー級世界1位の新井丈が同級3位の黒澤亮平と対戦する。
Text by Shojiro Kameike

新井は2015年11月、当時スタートしたばかりだった修斗トライアウトマッチに出場し、その試合内容を評価されてプロ昇格を果たした。しかし2016年のプロデビュー以降は、1勝1分からなんと9連敗を喫する。ところが2019年10月、大竹陽にKO勝ちを収めてから5連勝でランキング1位に昇りつめた。その大躍進の裏には何があったのか。新井丈がこれまでのキャリアと、煽り続けている黒澤亮平良について語る。


――新井選手といえば、MMAで9連敗からの5連勝というキャリアが注目されています。9連敗していた時期と6連勝している現在では、何か大きな変化があったのでしょうか。

「アマチュア時代やプロデビューしたばかりの頃は、試合は好きだったんですよ。あとは殴り合うことが好きで。でも練習が好きじゃなかったです。試合が終わったら2カ月休んだりとか。今はツラい練習も好きだし、トレーニングや栄養とか、技術についている時間も好きで。そこが変わったかなと思いますね」

――新井選手の試合を初めて見たのは、修斗トライアウトの時でした。トライアウトでは1試合でプロ昇格になるほどの才能と身体能力を見せていたと思います。一方、その時点ではまだ才能と身体能力だけで戦っているのかなという印象も強かったです。

「……アマチュアの時は、それで通用したんですよ。でもプロになって、組みの選手には全く対応できなかったというか。それこそ9連敗って全部同じ負け方ですし。だから自分が負ける理由も、もっと練習しないといけないことは分かっていたのに、そこから逃げていたような感じです。いま考えると、恥ずかしいヤツだなって思いますよね(笑)」

――そのことに気づくまでのキャリアをお聞きしたいと思います。まず新井選手がMMAを始めたキッカケを教えてください。

「キッカケはアメリカのプロレスですね。小学校の時にWWEを見ていて、血だらけになりながら逆転勝ちするヒーローの姿に心躍らされて、自分もヒーローなりたいと思ったんです。そこから格闘技に興味を持ち始めました」

――プロレスラーになりたいとは思わなかったのですか。

「プロレスは好きで見ていたんですけど、そこから地下格闘技を観たり、昔のMMAを観たりするようになって。自分やるならプロレスじゃなくMMAだなと思って、ネットで調べて家から一番近かったキングダムエルガイツのジムに入りました」

――今も試合の前後で「殴り合いたい」という発言をされていますが、MMAを始めた頃から殴り合いをしたかったのですか。

「殴り合いもそうだし、血だらけになりたいっていう気持ちがあったんですよ。血だらけになって最後に勝つような試合をしたい。人の心を躍らせることができるヒーローになりたかったんです。寝技で漬けたり判定で勝つっていうことは、考えたことなかったですね。グラップラーにはなりたくなかったです。もちろん相手を潰すための寝技の技術は必要なので、寝技をやらないといけないっていうことは分かっていました。でも、そこまで本気で取り組めていなかったんですよね。結構軽く考えていたので」

――プロでもKOで勝ち上がっていくことができる、と。

「そう、そうです。ナメくさっていたんですよ。アマチュアの時は1回か2回負けたぐらいで、あと勝てていましたから。……まぁ、本来は1回負けたら気づくんでしょうけど、9連敗しないと気づけなかったです(苦笑)」

――アマチュア時代やプロデビューしたばかりの頃に、才能や身体能力だけで勝っている選手は、勝ち進むと壁にブチ当たることが多いですよね。

「ホント、その通りでした。自分の意識を変えられたのは、中国に行った時ですね。格闘技だけの生活をしたいと思って、1カ月ほど一人で中国へ練習しに行ったことがあるんですよ。大竹戦の前だったと思うんですけど、ずっと何かを変えたいとは思っていたので」

――新井選手は中国で開催されたMMA大会、WLFでも試合をしていますよね。

「中国には4回行きました。試合で3回、練習で1回です。そのうち試合は1回、現地で地震が起こって大会が無くなっちゃったんですけど」

――2017年8月8日に発生した、九寨溝(シルツァデグ)地震のことでしょうか。

「そうです。で、中国では2回試合をして、2回ともエンボーゲドウというジム(恩波格斗、エンボー・ファイトクラブ。現在UFCランカーのソン・ヤードンやスムダーチーが所属していた)の選手だったんですよ。それでエンボーゲドウの選手と顔なじみになり、一緒に来ていたロシア人コーチと連絡先を交換して。そのロシア人コーチを通じてエンボー・ゲドウへ行くことになったんです。

でもロシア人コーチがエンボーゲドウと揉めて、ロシアへ帰るっていう話になっていて。自分は中国に着いているのに、何のアテもなくなっちゃったんですよ。オレは中国語も英語もできないから、日本にいた中国人の知り合いに、町の人と電話で話してもらいました。そうやって紹介してもらった空手の道場で練習させてもらいながら、キックボクシングのジム、MMAのジムと紹介してもらっていって。結局、中国でも150キロぐらい移動しましたね」

――えっ!?

「えっ、ってなりますよね(笑)。ヤバすぎますよ。オレは中国まで何しに来たんだろう、って思いました。一番起きてほしくないことが起きちゃって。でも、エンボーゲドウがある成都にいたんですけど、重慶まで行ったらMMAの練習ができるところがあって。

最初にたどり着いた空手道場の先生が、日本の文化が好きで何回か日本に来たことがあったから、少しだけ日本語が分かる人だったんです。それは助かりました。
重慶では格闘技しかやることがなくて、毎日練習していました。それで最後にジムのメンバーからもらった言葉が『『格闘技の本質は継続することにある』って。その言葉が、すごく心に刺さって……。やっぱり格闘技に対して情熱というか愛を注がないと、結果が返ってこないと気づいたんです」

――その言葉をもらってから、新井選手の中で大きな変化があったのですね。

「自然と練習が好きになったんですよね。もっと技術を知りたい、栄養について詳しくなりたい、体の動きについて知りたいという気持ちになって。自然と格闘技が好きになりました」

<この項、続く

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