【Special】月刊、大沢ケンジのこの一番:4月:スタッツ✖アルチュレタ─02─「日本人が勝つためには…」
【写真】日本人が勝つために正解はない。それでも、この試合でここまで大沢ケンジが語ることができるのは、それだけ本気で向き合っているから。佐藤天が反論したのも、人生を賭けて向き合っているから。なので彼らのやり取りに乗じて、本気でやっている人間を尊重していないコメントを見ると──無性に悲しくなります (C)BELLATOR
背景、技術、格闘技観を通して、MMAを愉しみたい。3人の論客から、大沢ケンジ氏が選んだ2022 年4 月の一番。4月23日に行われたBellator279で組まれたBellator暫定世界バンタム級王座決定戦&ワールドGP準決勝=ラフェオン・スタッツ×フアン・アルチュレタ戦からの日本人の強くなり方──を引き続き語らおう。
<月刊、大沢ケンジのこの一番:4月:ラフェオン・スタッツ×フアン・アルチュレタPart.01はコチラから>
──日本人選手の練習量が足らないというのは?
「それは専業になれない選手が多いという業界全体の問題に通じてきます。だから勝負できるところ、勝負できないところがハッキリしている選手が増えてきました。MMAを専業にできたい選手が世界のトップどころと張り合うのは厳しいです」
──その時間が少ないと、得意な場所を伸ばすのか苦手な部分を克服するのかという判断もしないといけないですね。
「以前は得意なところだけ伸ばす。そこが中心で勝てえいたというのもあります。でも、今は世界のトップがどの部分でも強さが増しているので、難しいです。だから苦手なところの穴埋めが足らないというのは、感じますね。アルチュレタがあれだけ武器を持っているのを目の当たりにすると」
──そこを克服する時間は専業でもないと取れないと。
「でもやり方次第では……というのも思います。皆が皆、専業にはなれないわけですし。例えばパッチー・ミックスは圧倒的にグラップリングの選手です。でも、打撃でも自分の強い距離を創っている。反応できないならガードで受ける。貰う覚悟がある。そして組める距離を創る。
自分の得意なパターンを当てて、ダメなら組もうという思考ではなくて、組むための打撃の距離と手をいくつか用意している。打撃が通じないからと組むと、その組みも弱くなります」
──ハイ。その通りだと思います。
「ミックスはダメななかで、やれるところと覚悟がある。だから深く入れます。そういう風な武器を増やすことは日本で、専業でなくても可能かなって思います。
そこはウチの連中にも言っていますが、やっぱりやりようがある。MMAスパーに極端によってしまうと、駆け引きばかり上手くなるという風に感じるんですよ。
だから限られた練習時間でも打撃なら打撃をしっかりとやって、レスリングならレスリング、寝技なら寝技をちゃんとやる。MMAだからこそ、MMAスパー中心にしない。
MMAスパー中心だと、打撃で敵わない相手には組み技を仕掛けることができる。でも、試合じゃないので。練習ならその苦手なことにトライしないといけない。自分より強いなって思う相手に挑まないといけない。
相手の方が組みが強いと、組まないで突き放す。そして打撃で勝負する。繰り返しますが、それは試合でやれば良いことで。練習では打撃が強くなれるようにしないといけない。凄く当たり前のことなんですけど、MMAは全てが必要だから個々の強化よりMMA全般のぼんやりとした駆け引き上手のスパーリングをやっておきたくなる。
時間が取れないからこそ、そこを一つひとつ部分で強化しないといけないなって思います。それって皆、薄々気付いていたことだろうけど、この国際戦で勝てないという結果が連続したことで、いよいよ目を逸らせなくなった。結果がでていないというのは、連敗でなくてももう存在し続けたことですし。堀口選手は連敗したけど、彼が勝てる相手はBellatorにはいくらでもいます。ただ無双できると思っていたら、そうではなかった」
──そのショックが大きかったということですね。UFCでないというのもありますし。
「ただスタッツやアルチュレラタはUFCバンタム級でも通用しますよ」
──アルチュレラタ、しますか?
「高島さん……アルチュレタは1Rのテイクダウンと最後のハイキック以外、スタッツに負けてないですよ。倒されてもすぐに立ち上がったし。バンバンに圧力掛けて、近い距離でも戦って」
──それって、これまでの距離のコントロールとテイクダウンという戦い方があったから、フレッシュなのではないですか。例えばロブ・フォントって、相当に強いと思います。でも、既に消耗してしまった。近い距離で戦うことで、2年、3年のハードファイトによりフレッシュでなくなっている。
「あぁ……、ロブ・フォント……強いんですけどね」
──これは完全に結果論ですが、チート・ヴェラと戦って4分30秒、あるいは4分50秒リードしているラウンドで最後に打ち合ってダウンし、ラウンドを持っていかれるわけですし。
「Bellatorもそうなりましたが、タイトル戦ではなくてもメインは5R制──これは削れますね。ただしヴェラも近い距離、ビビらずにやっているじゃないですか」
──チート・ヴェラはその走りだと思います。何でもできて圧力を掛けるファイトの。
「MMAの流れって足りないところが見えてきて、そこを突いて勝率が上がる。そうすると対策が広まる。その繰り返しだと思うんです。それでも僕らが現役の時より、練習量は減っているというのは感じています。慧舟會のプロ練習って3時間ほどで……」
──いや、大沢さん。当時の慧舟會の練習は全てプロ練でしたよ(笑)。
「そうなんですよ(笑)。練習時間は3時間、立ち技10本、寝技が10本、そこから補強。それ以外に昼間に青木君のところに行ってみたり、山田(武士JB SPORTSボクシングジム・チーフトレーナー)さんのところに行ったりとか。
今は傾向として、練習時間が短くコンパクトになりました。ウチも2時間ぐらいで、仕事をしている選手が多いから1日1回という人間も少なくないです。僕らの時代の働いている選手が当然のように大変でしたから毎日はできなくても週3、4はパーソナルを含めて二部練習をやっている選手がいました」
──練習時間と練習量は比例するのでしょうか。それと、やはり短い練習時間の工夫と使い方という部分で、苦手分野の克服と得意分野の伸長をどのように配分するのか。
「まぁ、しんどくないことをずっとやっても一緒で。ただ単にスパーリングが多いから良いということではなくて」
──きつい練習とは何も体力的なことだけではなく、自分がストレスを感じる空間での練習というのでしょうか……。そういうことに時間を使っている選手もいるように思います。取材を通してですが……。
「嫌なことですよね。嫌なことにどう取り組むのか。それに練習をしていない時間でも、ずっと考えるだけでも良いし。一人で体を動かせる時間に、技の入りをアレコレ考えるとか。エクササイズでなくて、MMAのことを考えて体を動かすとか。そういうことで時間を有効に使えると思うんです。
時間がたっぷりあって、どこの局面でもコーチがついて練習できる海外の選手と、日本に住んでやり合うというのなら、どういう風に時間を使っているのかは凄く大切になってくると思います。
あと米国人選手が強いのは環境と練習方法もありますけど、もともと強いってのがあるじゃないですか。レスリングのベースがしっかりとあって、そこに打撃と柔術を組み合わせていく」
──確かにざらにNCAA D1オールアメリカン、NCAA優勝という選手が出てきます。
「全員がそうじゃないけど、そういう選手が多いのは確かで。そうしたら、米国の練習を参考にするとしても、どこをピックして取り入れるんだってこともあります。子供の頃からレスリングをやっていた……カレッジレスリングがデキる選手が主流のトレーニング方法を真似ても、日本にそこまでレスリングができる選手がどれだけいるんだっていう話で」
──仰る通りですね。知ることも、体験することも大切ですけど、MMAを俯瞰して見て取捨選択する能力が欠かせないかと。
「ブラジル人は打撃も寝技も凄く強いです。でも、バラバラですよね。融合していなくても、UFCチャンピオンがここまでいる」
──確かにブラジル人選手で米国レスラーやダゲスタン・レスラーのようなゴリゴリのレスリングベースの選手はほぼ印象にないです。
「それでも、ここまで強い選手がいる。それはブラジル人の強くなり方があり、米国に行って穴を埋めても、自分らの強い部分を崩していないからですよ。打撃なら打撃、寝技なら寝技でバチバチに勝負します。対して米国人は混ぜて勝負しています」
──極端な言い方をすると、レスリングが強く他を加えて混ぜる系の強さと、打撃と柔術が抜けて強くてバラバラでも勝てる。融合と接合のMMAがあるということですね。
「打撃、レスリング、柔術の要素の合計点ですよね。60+90+60で210点。70+20+120でも210点です」
──ハイ。総合力……MMAで勝つといっても30+30+30なら90点で勝てるわけがない……とは私も思います。際と呼ばれる接点「+」の部分で30点を3回稼いで回転といっても、180点にしかならない。それにレスリング中心の米国人ファイターにも、ブラジル人にも「際」の加点はあるわけですし。
「そうなんですよ。野球のピッチャーでストレートも変化球も良くない奴が、駆け引きだけでやっていけるかって。ストレートならストレートで勝負できて、変化球なら変化球を決め球にできるから駆け引きが生きるんだって。
駆け引きだけだと逃げ癖がつきます。勝負できる部分が必要で。と同時に強い部分が一つだけだと、やはり勝てない。ずば抜けて強くても、穴が多いと勝てない。あと、どっちにして打撃を怖がっていない。あのアルチュレタが、スタッツに近い距離の打撃で戦った。自分から行けないと、レスリング+打撃&柔術の選手、打撃+柔術の選手でもそこがないと。近い距離があって、遠い距離が生きるとアルチュレタの試合を見て──彼は負けたけど、思いました」