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【Bu et Sports de combat】なぜ武術空手に型の稽古は必要なのか─06─站椿02「王向斎は型を不要とした」

【写真】站椿、サンチン、MMAは地続きだ(C)MMAPLANET

型、中国武術の套路をルーツとされるなか沖縄で手の修得に用いられた。それが空手の型だ。ここで取り上げているサンチンもそのルーツは中国武術にあるといわれている。元々は一対一、あるいは極小人数で稽古が行われていた型は、明治期に入り空手が体育に採用されることで、集団で行う体力を養う運動へと変化した。

型を重視する剛毅會の武術空手だが、岩﨑達也宗師は「型と使って戦うということではない」と断言する。自身の状態を知り、相手との関係を知るために欠かせない型稽古を剛毅會ではサンチンから指導する。

沖縄の手は中国武術と深いつながりがある。そして中国武術の意拳では站椿が行われている。その站椿を極真空手は採り入れていた。巡り巡って、沖縄の武術空手に回帰した──剛毅會では站椿を稽古に取り入れている。なぜ、站椿が必要なのか──という説明に明確な理由がないなかで、岩﨑達也が站椿を採り入れるプロセスを訊いた。

<【Bu et Sports de combat】なぜ武術空手に型の稽古は必要なのか─05─站椿01「極真✖太気拳」はコチラから>


──站椿を取り入れてはいたものの、熱心ではなかった。それはやはり、必要性という部分の問題でしょうか。

「そこが站椿の話の肝なわけですね。なぜやるのか、それが分からない。皆さんそうです。でも、やっているという……」

──これだけ広まっていて、なぜやるのか分からない?

「ハイ。足腰を鍛えるモノという先生もいれば、利き手から気を出す──そんな風にやる人によって違うんです。そして、私とすればどの説明を受けても腑に落ちた試しが一度としてなかったわけです。

目の前にいる全日本や世界大会で優勝する先輩が、站椿の成果があって優勝したとは思えないし、やっていたのかも分からないです。アンディ・フグのカカト落としに站椿が生きているようには見えなかった。ただし、私の場合は少し変わっていたのが、なんとくしているのにやると『良い感じ』だった。站椿をやってから組み手をしたときと、そうでない時の感覚というか、感じが違ったのを覚えています。今となってみれば、なぜ感覚が違っていたのかは分かるようになりましたが」

──そもそも型稽古の意味にしても、昇段試験のためにしていた。型の存在意義が、言ってみればその程度の状況と今の剛毅會の型を重視する稽古は違います。だからこそ、剛毅會では站椿も採り入れることになっていると考えて良いでしょうか。

「型と站椿の関係に関していえば、何よりも形意拳を学んだ王向斎という人が、中国武術にある套路(型・形)は要らないということで、形という字を外して意拳としたという話が残っています。站椿によって内側の力を練ることで戦闘力を上げる。そして、套路を稽古に用いなかった」

──!! つまり型稽古が欠かせないとしている岩﨑さんが取り入る站椿の稽古をする意拳には、型に当たる套路はないということですか。

「一般論として、ですね。王向斎は型、套路をやっていました。形意拳の形(型)を。ただし王向斎ご本人が至った境地として、型は必要ないとしたわけです。型を廃して站椿を用いたとうのが史実として伝わってきていました。そして、日本では站椿を採り入れている先生方にしても、その必要性というものが人それぞれ違っていたんです」

──これは困難で興味深い話ですね。例え話を使うことができないほど、奇妙な話です。

「なので私が習っていた站椿は、今、私が指導している站椿とは別物です。習っていた時代の站椿は、なんとなく站椿であって指導者各自のオリジナルだといって良いでしょうね。ただし他の先生方からすると、私が今の稽古で採り入れている站椿も私個人のモノ、私のオリジナルとなります。

何より明確にしておかなければならないことは、私の站椿は独学だということです。完全なる独学ですので、専門家の方からすれば異論があるでしょう。

私が追及しているのは、武術空手です。武術空手の型です。そして、その武術空手を伝えるには、私がここに行き着いたプロセスを知ってもらう必要があります。そうでないと、武術空手を伝えることがより困難になると感じています。武術空手を習得してもらうには、ここに至った私のプロセスを指導する。それが体の内外に存在しても見えないモノなので、技術を指導して理解してもらうという格闘技や武術とは一線を画してきます」

──站椿を採り入れることで、武術空手への理解が深まると?

「その通りです」

──そのために中国武術、站椿を独自で学んだわけですが、極真時代に中国武術に関してはどのような印象を持っていたのですか。

「実は極真空手よりも先に、私は中国拳法の通信教育を受けているんです(笑)」

──えっ? 通信教育ですか。

「ハイ。小学6年生の時に。私が武術、格闘技に入るきっかけはジャッキー・チェンのカンフーですから」

──! ブルース・リーではないのですね。

「世代的に違うのもありますが……そうですね、ブルース・リーは格好良いです。でも、それはブルース・リーが恰好良いってことじゃないですか?」

──確かにそうです。ブルース・リーは格好良いですね(笑)。

「その点、ジャッキー・チェンの映画は酔拳が凄い、蛇拳が凄いのであってジャッキー・チェンが格好良いわけじゃないんです。ジャッキーの場合は、酔拳は黄飛鴻(ファン・フェイホン)という実在した武術家の話なんです。新洪家拳というものを創ったとされる。ファン・フェイホンのお父さんも武術家で、父親から武術を叩きこまれるのですが、ダメな息子が酔っ払いの老人から酔拳を習って強くなるという話で。

そこには型があったんです。『型さえ身につければ、俺もこうなれるんじゃねぇか』って思いました。だから周囲からすると小学6年生の時から、何も変わってねぇじゃなぇかってなりますよね(笑)。小学6年生の時に思い描いていたことが、剛毅會にいたっているわけなので」

────剛毅會空手のルーツが、ジャッキー・チェンの酔拳というのは浪漫ですよ(笑)。

「そして、その時に始めた通信教育が形意拳だったんです」

──おおっ!!

「ジャッキーの映画に拳精というのがあって、そこに五獣の拳……龍拳、虎拳、蛇拳、鶴拳、豹拳というのが出てきます。私は『ジャッキーは、これをやっているんだ』って、思い込んでしまって。

というのも形意拳の通信教育の説明には、五行拳(※劈拳、蹦拳、鑚拳、炮拳、横拳)というモノを学んだあとに、十二形拳という12種類の動物の動き(龍形、虎形、猴<猿>形、馬形、鶏形、鷂形、燕形、𩿡形、鷹形、熊形、蛇形、鼉<ワニ>形)を勉強するということが書いてあったんです」

──それで形意拳の通信教育を受講するようになったのですか。

「その通りです(笑)。でも実際のところ、まるで違っていて。ジャッキーは南拳の方の龍とか蛇や鶴だったんですけどね(爆)。

それに通信教育は、当然のように続かないですよね。でも、その時に中国拳法の本を買い漁っていると必ず隣に大山倍達先生の空手の本が置いてあって、それを読んでいると『こっちかな?』となり……最初は同じ通信教育で真樹(日佐夫)先生のを受けたんですけどね(笑)」

──アハハハ。

「私も極真で入ってからは、他のモノは全否定していました。それが極真というものです。ただし、その全否定があったから今も追い求めることができていると思っています」

<この項、続く

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