【Bu et Sports de combat】武術的な観点で見るMMA。ヴィセンチ・ルケ✖ニコ・プライス─01─
【写真】MMAでこの距離で戦い続けるのはヴィセンチ・ルケとホゼ・トーレスぐらいか(C)Zuffa/UFC
MMAと武術は同列ではない。ただし、武術の4大要素である『観えている』状態、『先を取れている』状態、『間を制している』状態、『入れた状態』はMMAで往々にして見られる。
武術の原理原則、再現性がそれを可能にするが、武術の修練を積む選手が試合に出て武術を意識して勝てるものではないというのが、武術空手・剛毅會の岩﨑達也宗師の考えだ。距離とタイミングを一対とする武術。対してMMAは距離とタイミングを別モノとして捉えるスポーツだ。ここでは間、質量といった武術の観点でMMAマッチを岩﨑師範とともに見てみたい。
武術的観点に立って見た──ヴィセンチ・ルケ✖ニコ・プライスとは?!
──今回はヴィセンチ・ルケ✖ニコ・プライスの1戦をお願いします。この試合は再戦で、前回はルケがダースチョークで勝利しています。
「ルケは相当なストライカーですね。とにかくパンチが良いです。ヒジでパンチを打てる選手です」
──ヒジでパンチを打つとは、どういうことでしょうか。
「我々が追及している突きもそうなのですが、肩甲骨を使うということが言われていますよね。エメリヤーエンコ・ヒョードルのようなロシアンフックと呼ばれることもMMAではありました」
──柔軟に肩が回るパンチですね。
「ハイ。ただ肩を回そうとしても、回りません。そのためには肩甲骨を使う必要があります。ただし肩甲骨を使うには、ヒジが使えないと肩甲骨は動かないのです。サンチンの突きも、ヒジで肩甲骨を動かしているんです。ヒジを使う。その状態が何であるかは別の機会に説明させていただくとして、ルケはとにかくヒジを使うことで、肩甲骨が動くパンチが打てていました。
結果、ワンテンポ早いのでプライスには見えなかったでしょうね。何よりも、打ち合いになったときに絶対に顔がブレないです。ショートの打ち合い、MMAグローブであの距離で打ち合うって相当怖いところですが、全く顔がブレないでプライスのパンチに自分のパンチを合わせている。あれは普通はできないです。MMAファイターであの距離に居続ける選手は初めて見ました」
──頭がブレない……頭を振らないとパンチを被弾することはないですか。
「頭を振るのは、何のために振るのか。動かしてずらして殴るためなのか、避けるために動かすのか。それともただ動かしているのか。この3つの理由が頭を振る選手に当てはめることができます。なんとなく動かしても、なんのビジョンもないので質量は下がります。打つためにズラしている。マイク・タイソンもそうでした。その場合の質量は逆に上がります」
──ルケは動かしていないということですが……。
「基本的には動かさない方が質量は高いです。本来は動けば動くほど、移動エネルギーが生じるので質量は下がります。つまりは移動しないとエネルギーを起こせない人間よりも、移動しないでエネルギーを起こせる人間の方が上なんです。移動するというタイムラグがなくて、エネルギーが出せるということですから」
──ただし、あの距離など殴れる割合も高くなるかと思うのですが。
「それはそうです。でもクリーンヒットされる数は少ないです。あの距離はルケの間なので、安全なんです。仮に被弾しても、ルケの質量の方が上なので大したダメージにはならない。逆にルケの攻撃が当たった相手の方がダメージが多くなります。だから理論上は安全なのですが、MMAであの距離に居ることができる選手は少ないです。それはビビッてしまってあそこから下がるが、組みに行く選手が殆どだからです。
結果、下がったり、組みにいくことで動いた方の質量が落ちてしまうんです。だからルケのようにはなかなか戦えないんです。顔が動かず、目もしっかりと開いている。あんな選手はそうはいないですよ」
──ルケが近い距離で戦い続けることができるのは、そのような理由があったのですね。
「ルケは素晴らしいボクサーですよ。でも、それ故に下からの蹴りが全く見えていない。ダウンした前蹴りは目を開いているのに被弾しましたから。それはボクシングにバランスが偏り過ぎているからです。何よりもプライスの蹴りは、ヘンテコ蹴りなんです」
──ヘンテコ蹴りですか!!
「プライスの蹴りは、ヘンテコ蹴りです。あのヘンテコ蹴りは、距離を取るのが実は難しくて。
フルコンタクト空手の世界大会でも、ああいうヘンテコ蹴りを使う選手がたまに出てくるんです。しっかりとしたボクシングができるが故に、下がってから蹴ってくる変な蹴りが見えていない。ルケは構えも距離も素晴らしいボクシングのモノで、ディフェンスもボクシング。だから相手は下がることで有利になることもあり、それがプライスにとってはあの一瞬でした。
プライスってこれまでも変な勝ち方をしているようですし、きっと人間としてもヘンテコリンですよ」
──蹴り上げ、そしてガードポジションからの鉄槌で勝ったことがあります。
「それはヘンテコリンですね。今回の負け方も、実はヘンテコリンでしたし。アハハハハ。ヘンテコリンっていう言い方をしましたが、プライスはきっと発想が自由なのでしょうね。ルケのようなしっかりとやっている選手からすると、プライスのようなヘンテコな選手は嫌な相手になることが多々あります。プライスはローとかミドル、ハイなんて下手くそで見られたモノではないんです。でもヘンテコリンな上段前蹴り、内回し蹴りをヘンテコリンな間合とタイミングで蹴ってくる。これはルケには相性が悪いです」
──面白いものですね。
「本当にそうです。腹がすわっていて、間も良いルケがあの前蹴りを受けてしまう」
──ダメージがあるルケに対し、プライスはテイクダウンに行きました。
「それは正解です。あのあと打撃で行ったら、ヘンテコな蹴りしかないからルケのパンチでやられていたでしょう。プライスのヘンテコ蹴りは下がることによって、カウンターで当たる蹴りなんです。対してルケはその場でカウンターを当てることができる。一番大切なのは、その場です。次が後ろを使うこと。相性的に前蹴りは貰いました。でも、あの後にプライスが前に出るとルケの間に戻ります」
──実際ルケはこの前の試合で回るスティーブン・トンプソンを追いかけて、蹴りやジャブを打たれ続けて負けてしまっていました。
「下がる相手には相性は悪いですね」
──ただ2Rに入ってもテイクダウンを織り交ぜ、プライスがボディアッパーや左ジャブを当てており、ルケは打ち勝てていなかったです。
「もちろんダメージは残っていただろうし、もらったことで考えるようになったと思います。それで自分の攻撃ができないようになったことは考えられますね」
<この項、続く>