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【JBJJF】デラヒーバ杯2018黒帯ライト級出場、難攻不落のダイヤモンドガード=柿澤剛之「丁寧に正確に」

Yoshiyuki Kakizawa【写真】タンキーニョ、コブリーニャをパスさせなかった大ヤンモンドガードでデラヒーバ杯優勝となるか柿澤剛之。写真は毛利部慎佑と(C)YOSHIYUKI KAKIZAWA

20日(土)と21日(日)の両日、東京都墨田区にある墨田区総合体育館で日本ブラジリアン柔術連盟(JBJJF)公認の『ヒカルド・デラヒーバ杯2018』が開催される。

好勝負が多く見られる同大会は、アダルト黒帯ライト級にエントリーしているリバーサルジム川口リディプスの柿澤剛之に注目が集まる。道場設立を目指す柿澤の理想郷とは何なのか。意外なアマ修斗出身という格闘技歴から、柔術観も含めて大会への抱負を語ってもらった。
Text by Takao Matsui


――柿澤選手は、リバーサルジム川口リディプスに移籍をされたのですか。

「移籍というか、お世話になっていたピュアブレッドを退会しましたので、ヒカルド・デラヒーバ杯へ出場するために、小野瀬龍也さんにお願いしてリバーサルジム川口リディプスから出場させていただきました」

――では、フリーという立場なのですね。ジム設立を考えているとか。

「はい。今、埼玉の北部の方で物件を探しているんですが、なかなか条件が合う場所がないので、どこにするか迷っているところです。早く条件に合う物件が見つかればいいんですが」

――修斗時代も含めて、格闘技歴は長いですよね。

「学生の頃は士道館で空手をやっていまして、総合格闘技の選手を目指したのはシューティングジム横浜時代からです。かれこれ20年くらい経ちます。でも当時の川口健次さんは怖かったです。普段は凄く優しいんですけど、スパーになると鬼になりました。パンチとキックがメチャクチャ痛かったです。今、思い出すだけでも怖いですよ(苦笑)」

――プロの道は考えなかったのですか。

「大学に通いながらアマチュア修斗の大会に出ましたが、総合はあまり自分には向いていなかったかもしれません。デビュー戦は、川尻達也選手と戦って負けました(笑)」

――その後は、ピュアブレッド大宮へ移籍することになったのですね。

「横浜は、わりと立ち技がメインだったので、柔術クラスがあったピュアブレッド大宮で練習をさせていただくことがあったのと、実家の埼玉へ戻るタイミングで移籍することになりました。そこでスイープを何度も決められて転がされまして、それから自分もやってみたいと興味を持つようになりました」

――そこが柔術の原点なのですね。柿澤選手と言えば、ダイヤモンドガードと呼ばれる鉄壁のガードを得意としているようですが、このテクニックはどのように身につけたのでしょうか。

「もともと故・吉岡大さんが使っていたオープンガードを体感しているうちに、いつの間にかできるようになっていました。紫帯の時だったと思います。それを柔術新聞の方に名付けていただいたんです」

――いつの間にかできるようになっていた……わけですか。まるで漫画の世界ですね。ところで2010年のリオオープンではアウグスト・タンキーニョ選手をダイヤモンドガードで、てこずらせたと聞きました。

「でも、結局は負けてしまいましたからね。最初にスイープを決めましたが、2回、スイープを決められて最終的なポイントは2-4ですから」

――あのタンキーニョ選手と接戦なんて凄いですよ。

「あれだけの強豪ですから自分の中でも手応えのある試合だったんですが、結果がついてくればという感じでした。ただ、パスガードされなかったことは自信になりました」

――そこは、ダイヤモンドガードの成果なのですね。世界の舞台へ再挑戦という思いはないのでしょうか。

「パンには出るかもしれませんが、ワールドにはそこまで拘っていません。これまでビル・クーパーやマイケル・ランギとか強豪選手と対戦してきましたが、基本は守り重視の戦い方なので、点数を取れないもどかしさとかもありますから」

――今年の全日本選手権はアダルト黒帯ライト級3位に入賞しましたが、デラヒーバ杯も含めて久しぶりの出場となりましたね。

「全日本選手権は10年ぶりですね。その時は、半谷泰祐さんに負けました。デラヒーバ杯は5年ぶりで、中村大輔さんと対戦したことを覚えています」

――デラヒーバ杯へエントリーした理由は?

「全日本選手権の内容が納得いかなかったからです」

――全日本選手権は準決勝で、ミヤケス・トシオ・アサダ選手と対戦しました。

「50/50の展開でアドバンテージを一つ勝っていたので、閉じ込めて逃げようと思っていたんですけど、オモプラッタを仕掛けた時にスラム気味に落とされて、そのまま顔に相手のヒザが入ってきて意識がなくなってしまいました。

フワフワした気持ちのまま戦って、逆転負けを喫してしまったんです。それが悔しくて、今回のエントリーを決めました」

――アダルト黒帯ライト級のエントリーですが、世羅智茂選手がいます。2016年の柔術新聞杯の決勝以来の対戦になりますが。

「そうなりますね。あの時は、うまくベリンボロからバックコントロールの4ポイントを奪って勝てましたが、途中で逃げられてしまったのが失敗でした」

――世羅選手は、どんな印象がありますか。

「一発の極めとセンスが凄い選手ですね。頭の回転が速く、展開によって作戦変更ができる印象があります。以前は勝てましたが、今回はどうなるか分からないです」

――鉄壁ガードと世羅選手の極め力の対決は、楽しみです。ちなみに柿澤選手が目標にしている柔術家はいますか。

「そうですね……。柳沢友也さんと松本義彦さんですかね。柳沢さんは体が細く力が全然、無いように見えるんですが、達人のような動きをするんですよね。パウロ・ミヤオ選手といい試合をしていますし、勝負勘が凄い。なぜ、そんな動きができるのか訊いても『普通にやっているだけ』と言っていましたし、メンタルの強さも異常でした。

今でも忘れないのは、戦う弁護士で有名な関口和正さんとスパーリングをしていて、いつも同じパターンでコムロックを極められてしまうんです。あまりにも何回も同じパターンを繰り返すので関口さんに『バカなの?』と笑われたと柳沢さんから聞きました。

でも自分がスパーをやっている中で、ふと柳沢さんを見たら、相変わらず同じパターンで極められていましたが、そのうちにやられなくなっていったんです」

――カッコ良い!!

「ですよね。松本さんも同じで、練習の時は同じミスをしてギロチンチョークを何回も極められてしまうんです。1回のスパーで5回くらい取られていたのに、次第に取られなくなっていきました。さすがカイオ・テハから一本勝ちをした選手だなと思いました」

――普通は失敗したら危険なことを避けて違う動きをしますよね。でも2人は、あえて逃げなかったと。

「そうだと思います。同じやり方で入り、失敗を何回も繰り返して克服していました。自分もそれを実践したいのですが、どうしても防衛本能が働いてしまいます」

――言い方は悪いかもしれませんが、2人とも突き抜けているんですね。自分には真似ができないから、憧れの存在。柿澤選手が目標にする理由も分かる気がします。

「自分は2人のようなセンスはないので、しっかりと守って、一つひとつを丁寧に正確にじっくりとつくり上げていくスタイルです。そこの軸は変わらないと思いますが、2人のようにリスクを背負う要素も取り入れていきたいですね」

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