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【JBJJF】RIZIN WEST 審判監督・滝川直央─02─「一生モチベーションを保ち続けさせてくれるのが柔術」

Instroctors training【写真】インストラクターズ・トレーニングでのグループショット (C)NAO TAKIGAWA

21日(日)、兵庫県神戸市のグリーンアリーナ神戸で開催される「RIZIN FF JIU-JITSU OPEN TOURNAMENT WEST 2018」でレフェリーディレクターを務めるJBJJFの滝川直央理事インタビュー後編。

柔術界の講道館グレイシーバッハに単身乗り込み、一度はリオに骨を埋めようとまで覚悟した滝川氏。人生を掛けて取り組むものになった柔術を地元・関西に持ち返り、バッハ直径のアカデミーをオープンして10年以上が経った。

そんな滝川氏にグレイシーバッハならではの柔術全般を網羅した指導方法、さらに柔術界をリードしたカリキュラム制度など、殿堂バッハの柔術について尋ね、今後の日本の柔術の展望を話してもらった。

Text by Tsubasa Ito

<滝川直央インタビューPart.01はコチラから>


――それでも、2004年にはカーロス・グレイシーJr.から黒帯を与えた最初の日本人になりました。滝川さんを支えていたものはなんだったのでしょうか。

「何もかも捨ててブラジルに行ったので、ここで踏ん張らなかったら戻ったところで何もないなという気持ちは常にあったような気がします。そのままずっとブラジルにいようと思っていた時期もありましたね」

――その間、生活費はどのように工面していたのですか。

「初期の頃は、日本で貯めていたお金を切り崩して生活していました。最初はマーシオの家でお世話になっていたので、ほとんどお金がかからなかったんです。ある段階からはクラスの指導を任されて、給料をもらえるようになりました」

――そして2005年に帰国し、グレイシーバッハJAPANを立ち上げました。当時、関西に柔術の道場は少なかったのですか。

「僕もはっきりとは把握していないんですけど、少なかったと思います。帰ってきた当時は、おそらく関西に黒帯はいなかったと記憶しています」

――関西に柔術が本格的に根付く前ということは、道場を軌道に乗せるまでが大変ですよね。

「2005年ってPRIDEが全盛の時代だったんです。グレイシーというブランドが一般にも存在していた時代だったので、『グレイシー』と名前のついた道場ができるというだけで新聞社とかテレビ局とかラジオ局とかが飛びついてくれたんです。だから幸いにも宣伝にお金を使うことはなかったですね。

すぐに軌道に乗ったかと言えばそんなこともないんですが、軌道に乗せるのに苦労したようなことはなかったです」

――空前の格闘技ブームに乗ったのですね。ブラジルで学んだグレイシーバッハの理念や哲学には、どのようなものがありますか。

4月にはカリーニョスの嫡男カイロン・グレイシーが来日しセミナーを開催した

4月にはカリーニョスの嫡男カイロン・グレイシーが来日しセミナーを開催した

「グレイシーバッハはカーロス・グレイシーJr.が立ち上げた道場で、大元を辿っていくとお父さんのカーロス・グレイシーにつながっていきます。ですから、柔術の源流を色濃く残してつながってきたのがグレイシーバッハになります。

コンペティションだけの道場ではないですし、護身術に偏った道場でもない。『完全体の柔術』を教えていくことがひとつの使命としてあります。柔術って特別な人しかできないものではないんですよね。総合格闘技はある意味特別な人がやるものだと思いますし、ボクシングも頭をガンガン打たれるという意味では、現役が非常に短いですよね。

柔術はすごく息が長くて間口の広い格闘技なので、国籍も性別も年齢も問わず、いろいろな種類の人に完全体の柔術を教えていくことがグレイシーバッハの昔からある理念です。そのためにいろいろなルールや方法論をつくっています」

――グレイシーバッハ・メソッドはその象徴と言えますね。

「段階を経て、ということですね。いきなりスパーリングをやらせることはないですし、いきなり凄い技をやることもなく、カリキュラムが存在します。今はいろいろな道場がカリキュラムを取り入れていますが、柔術にカリキュラムを取り入れたのはグレイシーバッハが最初です。

最初の数ヵ月はこのカリキュラム、それをクリアした人が次のカリキュラムに進めるという流れになっています」

――日々、世界中で新しい技術が生まれていますが、そういったことも取り入れるのでしょうか。

「そうですね。カリキュラムといっても固いものではなくて、インストラクターや各道場の裁量に委ねられるくらいの幅のある形でできています。たとえば各道場の先生方がベリンボロをやらなければいけないと感じたら、ベリンボロを入れる猶予がある状態でカリキュラムはつくられています」

――日本国内では定期的にグレイシーバッハのインストラクターが集まって授業の質を上げるインストラクターズ・トレーニングを行っているそうですね。

「毎年2カ月半から3カ月かけて、オンラインで全世界のインストラクターの研修があるんです。それを学ばないとグレイシーバッハのインストラクターとしては認められないのですが、どうしてもオンラインだとざっくばらんに会話ができないので、間違った形で認識しないように日本は日本で集まって、すり合わせをしています。横のつながりを深くする意味合いもありますね」

――改めて滝川さんが人生を捧げた柔術の魅力はどのような部分でしょうか。

「人それぞれの要求に応えてくれるのが柔術だと思うんです。世界チャンピオンになろうという意思を持った人も、簡単に成し遂げられない高い山であってくれるのが柔術ですし、ダイエットしよう、護身術を身につけよう、単純に強くなろうという要求にも簡単に越えられないような壁であってくれるので。

一生モチベーションを保ち続けさせてくれるのが柔術の魅力ですね。続ける限り終わりがないですし、つねに自分を改善していこうという気持ちにさせてくれるものだと思います」

――滝川さんが帰国されてから現在にかけて、日本国内で柔術が爆発的に普及しました。柔術の未来についてはどんなビジョンをお持ちでしょうか。

「今のままでも右肩上がりのすごいペースだと思うんです。他の格闘技と比べると、ここ10年、20年、とんでもない勢いで成長してきたと思うんですけど、先ほども話したように間口が広く敷居が低いのが柔術の良さの一つだと思うので、競技者とまではいかなくても、柔術愛好家がもっともっと増えれば良いなと思います。

言ってもマイナースポーツなので、将来的には空手、柔道くらいの認知度が得られれば良いですよね。米国やブラジルでは柔術をやっていると言ったら『ああ柔術ね』と一般の人が答えるくらい広まっているので、日本もそうなってほしいと思っています」

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