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【Bu et Sports de combat】武術の叡智はMMAに通じる。武術の四大要素、間を制している状態─04─

Tatsuya Iwasaki【写真】武術を武術で語ると難解だが、MMAというフィルターを通すと理解しやすくなる(C)MMAPLANET

MMAと武術は同列ではない。ただし、通じている部分が確実に存在している。ナイファンチン、クーサンクー、パッサイ、セイサンという型の稽古を行う意味と何か。

そこには武術の四大要素──『観えている』状態、『先を取れている』状態、『間を制している』状態、『入れた』状態が存在し、無意識な状態で使える次元、レベルを高めるために型稽古が必要となってくる。

間を制する編、最終回は言葉として伝わり辛く、感覚としては知りない武術の特性を前回に続き、ビビアーノ・フェルナンデス×マーチン・ヌグエン、ブライアン・オルテガ×フランキー・エドガーの2試合を例に、剛毅會空手・岩﨑達也宗師に話してもらった。

MMAのなかで見られる武術的要素、質量がもたらすファイターの選択肢の変化をカウンター、レンジという面が捉えてみると、武術の叡智が見え始める。

<武術の四大要素、間を制している編Part.03はコチラから>


──勝因はビビアーノが攻めなかったとはどういうことでしょうか。

(C)ONE

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「前回説明した通りヌグエンのカウンターは狙い過ぎで、先が取れていません。つまり、そういう相手の動きに反応するだけのカウンターファイターは、極端な言い方をすると自ら攻めることができないのです。そしてヌグエンは、その例の代表的な選手だと思われます。

ビビアーノはそこを理解してか、しっかりとガードを固めて前に出ていくことがなかったです。そして、迷いなくテイクダウンを狙っていたので質量が高い攻撃を仕掛けることができていました。だからヌグエンはパンチが空振りすることが多かった。このビビアーノの状態を『見切れた』状態といいます。

見切りとは相手の攻撃を避けることではありません。相手の攻撃が勝手にズレていくのです」

──ビビアーノは武術の修行を行ったとは思えないのですが、見切れた状態を取れるということなのですか。

「ビビアーノのセンスが成せる技であることは間違いないですが、それ以上にヌグエンに問題がありました。余りにもカウンターを狙い過ぎています。それもボクシングのカウンターばかりです。

カウンターを狙うことはMMAで戦ううえで、何も間違っていません。しかし、パンチにしかカウンターを合わせることができない。ビビアーノの右の蹴りに対して、カウンターを狙うことができていれば、また試合展開は変わったと思います。

何よりMMAです。ビビアーノは実際にテイクダウンを狙い、それを切られることもあった。そこでヌグエンは切るだけで何も出さない。組み際、立ち際にパンチを入れることができるMMAなのに、そういう攻撃もなくひたすらカウンターを狙い続けていました」

──確かにその通りですね。

「対してビビアーノはヌグエンの左のジャブは貰っても構わないという気持ちで戦っていました。だけど絶対に右は被弾しない。柔術の世界チャンピオンでありながら、打撃の我慢比べができる。ビビアーノは本当に凄い格闘家です。勝つべくして勝った。私はそう思っています」

──相手の動きを見て反応だけしていると、実は自分の攻撃ができないということなのですね。

「ハイ、その通りです。タイミングの選手は時空を超えた『入る』攻撃が必須になります。それができていないと、ヌグエンのように逆にビビアーノに入られてしまい、後の先ではなく単に後手になってしまうのです」

──後の先が後手に……ヌグエン×ビビアーノ戦のヌグエンは、まさに通りでした。北米MMAでいえばフランキー・エドガー、そしてドミニク・クルーズという選手が距離とタイミングを武器に、ある意味倒さない……テイクダウンに帰結する攻撃で、MMAの打撃革命を起こしたと私は思っています。そのドミニクとフランキーに陰りが見えるようになってきました。この辺りについて、岩﨑さんはどのように捉えていますか。

「3月でしたか、エドガーがブライアン・オルテガに負けた試合を見ました。中に入って手数のエドガーと、一発のカウンターがあるオルテガという風に見えました。ただし、あの試合ではエドガーの質量が低かったです。質量が低いと、あのエドガーのステップは、よりドタバタとしてしまい、さらに質量を低くします。

(C)Zuffa LLC/Getty Images

(C)Zuffa LLC/Getty Images

逆にオルテガは前半こそ様子を見ていたのですが、ハイキックが当たった頃から、自分の攻撃が当たることに気付き始めました。結果、間を制している状態で気分も乗っているので、ヒジ打ちまで繰り出すことができたのでしょう。

オルテガの攻撃で注目すべきはボディブローです。この腹への攻撃が強烈で、エドガーは腹に意識がいったことで、顔面にパンチを受けて倒されました。質量が上ならば、その場で打ち込める。移動エネルギーを使わない方がパンチを強く打てるのです」

──移動エネルギーがない、使わない方が強烈に打ち込めるとはどういうことでしょうか。

「クルーズやエドガーの動きは、殴り倒すという意が少ないです。パタパタと動いて、相手を混乱させてテイクダウンにつなげるパターンですね。それで相手を惑わせることができれば、判定勝ちはできるでしょう。ただし、クルーズがコディー・ガーブラントと戦った時は、ガーブラントの倒すという意と違いが歴然で、間を制されてしまいました。

質量に差がある場合、テクニックは通用しないケースが多いです。ガーブラントは質量という言葉は知らなくても、倒せることを自覚していました。オルテガは最初は自覚していなかったですが、ハイキックぐらいから分かり始めて、ヒジとボディで覚醒した感じでしたね」

──つまり、質量とはファイターに『行ける』という自覚をもたらすということでしょうか。

「間を制すと、結果的に精神的に余裕が出るので『行ける!』と思えるはずです。往々にして間を制していない、質量が下の者が動きたがります。なぜか? スポーツの距離とは相対的な距離を物差しにしており、内面の質量の違いなどは、そもそも概念として存在しないからです。

その点において本来、空手や中国武術などは非力な内面人間が如何にして力を奮い起せるかを目的に稽古するものです。よって稽古のシステムも当然のようにそうなります。空手の基本稽古、意拳の站椿など先ずはその場での質量を上げることに専心し、その後移動稽古、型に移るのはそのためでしょう。

弓矢は移動エネルギーにより放たれますが、拳銃は火薬爆発のエネルギーで弾が移動します。つまりエドガーは動いてエネルギーを発動しようとし、オルテガは発動したエネルギーで打った。弓矢とけん銃の差は大きいです」

──なるほどぉ!!

「ただし、武術とスポーツの差を話すのはナンセンスです。何度も言っているようにスポーツは結果を求めるモノで、武術は在り方を問うモノ。勝利を求めるために、双方にそれぞれの視点が当然あるべきと考えています」

──ただし、そのスポーツの世界で岩﨑さんは武術の叡智を活かそうとしているわけですよね。

「その通りです。なぜなら、あらゆる民族の中で日本民族こそ一番顔面の殴り合いを苦手にしている民族だからです。だからこそ、武術の叡智が必然的に育まれたのです。

日本という島国に生きて来た我々が、度重なる虐殺の歴史の中で生き延びてきた大陸の民と同じことをやっていたら勝てるはずはありません。もちろん、彼らのやりようを研究する必要はあります。ただし、勝つには欧米よりアジア、アジアより日本。日本人にしかできない武術的な打撃を正しく学ぶことだと私は思っています。

例えば青木真也選手は、本人は自覚していなかったと思いますが、ベン・アスクレン戦で出した左ストレートは、相手を倒せるだけの威力がありました。ただし、青木選手自身があの試合で、打撃で倒せるということは頭にはなかった。

ないから出たという見方もできますが、あの青木選手の左ストレートの事実の中に日本人が学んでいくべき打撃の真理があります」

──その武術の叡智をMMAという最も何でも有りに近い状況のスポーツに生かすには、物凄く困難を伴っていると思います。空手として、その立ち合いのなかで武術の叡智を伸ばす方法はないモノでしょうか。

「結論として、正しく顔面寸止めでやるしかないでしょう。何よりも観えている、先が取れている、間を制している、入れでいるかどうかを判断できる指導者、審判が必要になってきます」

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