【Bu et Sports de combat】武術の叡智はMMAに通じる。武術の四大要素、間を制している状態─03─
【写真】絶妙なカウンターファイターのウェンだが、観えていて、先を取れていて、間を制していても──入れた状態になっていない。どういうことなのか??(C)ONE
MMAと武術は同列ではない。ただし、通じている部分が確実に存在している。ナイファンチン、クーサンクー、パッサイ、セイサンという型の稽古を行う意味と何か。
そこには武術の四大要素──『観えている』状態、『先を取れている』状態、『間を制している』状態、『入れた』状態が存在し、無意識な状態で使える次元、レベルを高めるために型稽古が必要となってくる。
間を制する編、第3弾は前回に続き、ガチスパーリングの有無と試合の関係から『観えている』状態、『先を取れている』状態、『間を制している』状態の三位一体と入れた状態の関係性及び、実際にMMAというコンバット・スポーツに於いて見られる、四大条件にあるような状態と武術における状態の違いを剛毅會空手・岩﨑達也宗師の話を引き続き訊いた。
<武術の四大要素、間を制している編Part.02はコチラから>
──極真でも同じ道場では戦いづらいというのは、ある意味当然の話ですよね。
「後輩が嫌ですね。先輩は構わない(笑)。後輩はどうしても負けらない。先輩には、どこかで負けても良いっていう気持ちにどうしてもなりますからね」
──極真空手ほど同門対決がある実戦もないのではないでしょうか。
「競技ですからね。MMAは練習試合ですら、同門対決はできない。試合と同じルールで練習をするわけにはいかないから難しいですよね。ただ、ムエタイにしてもガチで練習することなんてないと思います。ただし、実戦を想定してマスをやっていますよね。
敢えて言いますと、顔面無しの空手の良くないところはフルパワーでガチスパーできることなんです。顔面がないから、実戦と同じ練習ができてしまう。
ただし、ガチスパーが強い人間が試合で強いかというと、決してそのようなことはない。そもそもMMAの場合は試合のルールと同じ状況下でのガチスパーはできない。と同時に、練習ではガチに近いように動く割には、その動きを試合では出さないという選手もいます。
その逆で練習ではしょっぱいけど、試合でしょっぱくない選手もいます。練習では勇ましくて、ケージではそうではなくなる選手もいます。これはもう本人の性格、気質があるのでそこを踏まえて、指導していくことが重要になってくると考えています」
──その結果がマススパー、ガチスパー、試合の三層構造を見極めるということなのですね。
「そこを逆算してはいます。ミットのように勇ましく、試合で打てない選手がいますし、想像力、イメージする力も必要になってきますね。根本論ですが、ガチスパーもマススパーもスパーリングの相手は仲間というか、試合の対戦相手ではないということなんです。そういう足し算や引き算が必要になってくるので、MMAは準備が難しいです。
そこは顔面のパンチのないモノ、そして組み技だけの競技の方が試合と同じルールを用いてガチ練習ができるので、準備はしやすいかと私は思います」
──顔面パンチがないと、練習は別モノになってくる。ただし、原理・原則である武術的には間を制すことを日常的に行っているということになるのでしょうか。
「ハイ。繰り返しになりますが、日本語的にはおかしいのですが、相手に遠く、我に近い状態。同じ1メートルでも自分には近く、相手には遠いということです」
──この武術の四大要素、ここまで観える、先を取る、そして間を制すと説明してきてもらっているのですが、実演してもらうと、どの状態も人間の動きとしては同じになる。
「言ってみれば今、ある状態をそれぞれ別の3つの角度から見ているのと同じモノだと考えてください」
──では、観ていても間を制することができなかったり、先を取っていても間を制することができないこともありえるのでしょうか。
「武術的にはないです。存在しません。観える、先を取る、そして間を制すことできると『入る』状態になります。入る状態というのは次の題目として考えていたのですが、要はこの入れた状態を多角度から論じているものが、これまで話してきた3つの状態なのです。
ですから、観える次元、先を取る次元、間を制す次元によって、入る状態の次元も変わってきます。次元という言葉が難解なようですと、レベルと言い換えても良いかと思います。入るレベルはつまり=観える、先を取る、間を制すレベルと等しいのです。
ただし、スポーツでは偶発的に入る状態になることがあります。そのような事象が起こるのは、選手なり指導者なりが観える、先を取る、間を制すという状態を3つバラバラで理解、学習するからです、バラバラで理解しても、入るという一つの状態にならないのです。
本来は3つのレベルは同じで、入るレベルを表すことになるのですが、スポーツでは観えていても、先が取れていない。先が取れていても、間を制すことができない。間を制していても観えていないということが起こりえますが、武術ではありえないことなのです」
──観えている状態は先を取る状態、間を制している状態と等しく、よって入る状態という一つの状態を形成するということなのですね。
「そうですね。3つの状態の結果が、入れた状態のレベルだとは言えます。例えば交通量が多く、歩行者や自転車が多い、狭い道路を目的地まで他車より早く、事故を起こすことなく到着できる人は時間、空間全てをある次元において絶対化し、入れた状態になっているといえます」
──なるほど繰り返しになりますが、なので3つの状態を分解写真にしても、分析写真にすると、3つとも同じ写真にしからないと。腑に落ちるというか、ようやく分かったような気がします。そしてMMAだと、KOシーンであっても3つの状態が揃っていないことがあり得るということですね。
「ハイ。あるいは3つが揃っていても、入ることができないという状況もスポーツ選手には起こりえます。そうですね……ONE世界バンタム級王者のビビアーノ・フェルナンデス選手と、去年のムンジアルの会場で会いました。かつては指導していた大塚(隆史)が必死に倒そうと思っていた相手です。その彼と笑顔で握手ができた。そういうこともあって、ビビアーノとマーチン・ウェンとの防衛戦に興味があって、ウェンがKO勝ちを続けている試合映像をチェックしたんですよ」
──ウェンは昨年、横田一則選手に続きマラット・ガフロフをKOしフェザー級王座に就き、さらにエドゥアルド・フォラヤンもKOしてONE世界ライト級王座も獲得し、2階級同時制覇を成し遂げた勢いを駆って、ビビアーノの持つバンタム級にも挑戦しました。
「ヌグエンは質量が非常に高く、普通にパンチだけで相手を倒すことができます。ただし、『入り方』を知りません。観えて、先を取れて、間を制することができても、入ることができていない」
──ただウェンはガフロフ戦でも、フォラヤン戦でも見事に右を当ててKOしています。
「最初は攻勢だったガフロフですが、ウェンのカウンターに恐怖を感じたのか、それ以降は質量が下がり、パンチで倒すのではなく組んで勝とうという風に変わりました。
こうなるとMMAですから、ウェンは倒されても立ち上がる自信があったのでしょうね。ガフロフの質量が下がったことで、ウェンは楽になり思い切りカウンターを合わせることができました」
──ではフォラヤン戦は如何ですか。後ろ回し蹴りに右のカウンターを当ててKOというMMA史に残るような勝ち方をしています。
「あの試合に関しては、初回など序盤はファラヤンの方が質量が上でした。後ろ回しの出し合いで、威力を比べれば明白です。ところが段々とウェンの質量が上がっていきました。フォラヤンの攻撃を被弾しながら、その感覚的にでしょうが結果として質量を分析して、ある種の先を取り始めているのです」
──ウェンは先が取れていたのですね。
「その証拠に攻撃をしないウェンに対し、フォラヤンが怖がり動かされるようになっていきました。そして、最後のスピニングバックキックに関していえば、ウェンに先を取られている状態で、入ることができていない状況で攻撃を出すことは自殺行為です。
いずれにせよウェンはカウンターの達人でしょう。それは動作だけでなく心理や呼吸など常に相手の状態を鑑みて攻撃しています。ただし、あくまでスポーツ的なタイミングの領域です。時空を絶対化しているわけではない。その読みが外れると、意外と脆さを見せる可能性もあります」
──決して脆くはなかったですが、ビビアーノをウェンが攻略できなかったのは、どこに要因があったのでしょうか。
「ウェンの敗因はビビアーノの勝因です。つまり、ビビアーノが攻めなかったことです」
<この項、続く>