【Gray-hairchives】─03─Aug 30th 2013 Ben Askren
【写真】記者生活で最初で最後のベン・アスクレンのインタビュー。来週、彼の話を聞くことはできるのか(C)MMAPLANET
1995年1月にスタートを切った記者生活。基礎を作ってくれた格闘技通信、足枷を外してくらたゴング格闘技──両誌ともなくなった。そこで、海外取材のうち半分以上の経費は自分が支払っていたような取材(いってみれば問題なく権利は自分にあるだろうという記事)から、最近の時事に登場してくるファイターの過去を遡ってみようかと思う。
題してGray-hairchives。第3弾はGONG格闘技257号より、ベン・アスクレンのインタビューを、まず後記から振り返りたい。
【後記】
このインタビューから3カ月後にベン・アスクレンはONEと2年間で6試合の契約を結んだ。UFCは彼を欲したが、ベン・アスクレンの望む条件を提示することはなかった。そして、ONEで5勝1NCというレコードを残し、青木との試合でMMAを去ることになった。まだ33歳、実は青木より1歳年下のベン・アスクレン。今回の試合は青木目線といえば怖くて、楽しみ。
その一方でベン・アスクレンをUFCで見られないまま──で終わることは、残念でならない。これが本音だ。そんなアスクレンのレスリング愛、いやフォースタイル・レスリング愛に満ちたインタビューがとても懐かしい。
■『レスリングは陸上競技のような人気スポーツにはならない』
――驚異的なテイクダウンの能力を誇るベンですが、レスリングを始めたのは何歳の頃なのでしょうか。
「6歳ぐらいの時かな。ただ、特別レスリングをやっていたわけじゃなくて、フットボール、ベースボール、サッカー、何でもスポーツならトライしていた。ミルウォーキーから12マイルほど離れた小さな街で育ったんだ」
――ウィスコンシン州でレスリングは人気のあるスポーツなのでしょうか。
「そんなことはない。今はハイスクールに優秀なコーチがやってきたから、状況は悪くないけど、俺が高校生の頃はまるで人気なんてなかった」
――そのような状況でレスリングに専念していったのは?
「他のスポーツをやっていて、限界を感じたからさ(笑)。8歳でサッカーを辞め、11歳でベースボールを辞めた。フットボールは14歳のとき、結果的にレスリングが残ったに過ぎない。14歳からはレスリング一筋でやってきた。球技をやってもソコソコって感じだったけど、間違ってもMLBには行けなかっただろう(笑)。ベースボールを辞めた頃から、トーナメントの数も多いレスリングに没頭するようになり、もっとレスリングの練習をしたいと思ったからフットボールを辞めたんだ」
――子供の頃からレスリングを始めたとのことですか、それはカレッジスタイル、いわゆるフォークスタイル・レスリングなのでしょうか。
「子供の頃からフォークスタイルで、ハイスクールとカレッジも完全にフォークスタイル・レスリングだね。11歳の時からフリースタイルとグレコを練習するようになったけど、フォークスタイル・レスリングが中心だったことは間違いない」
――フォークスタイル・レスリングの試合を見ると、今やフリースタイルやグレコローマン、五輪で行われているレスリングとは別競技に感じます。
「昔はそうじゃなかった。ただし、フリースタイルは俺が11歳で始めてから18年で、少なくとも20回は大きなルール変更があった(笑)。1年に1回、ルールが変わるんだ。トーナメントに出ても、ルールすら把握できていなかった。フォークスタイルもルール変更はある。6歳で始めて23年、6度ルールが変わった」
――ところでベンが北京五輪に出場した時、押し出しルールは採用されていましたか。
「プッシュアウトね、あった、あった。最悪のルールだ。ルール変更にもほどがある。3分X3ピリオド、ピリオドごとにポイントを数え直すのも、どうかと思ったよ。俺にとって、あれはもうレスリングじゃない(笑)。取ったポイントは、最後まで有効でないと。それが帳消しになるなんてね」
――五輪に出た歳は、ベンはもう大学は卒業していたのですか。
「卒業の1年後だったよ」
――では、その間はもう大学の試合からも解放され、フォークスタイル・レスリングではなく、五輪のためにフリースタイルに専念することになるのでしょうか。
「五輪まで1年はフリースタイルに専念したけど、自分のスタイルを変えるのは簡単ではなかった。11歳の時からフリースタイルもやってきた。ただし、夏の間の2カ月ほどだけだ。ロシアなんか、1年中フリーやグレコをやっているわけだよ。米国では9月から3月までフォークスタイルのシーズンが続く。そして、休息を取ってからフリースタイルを練習する。だから12カ月、フリースタイルを続けること自体が大変なことだった(笑)」
――フォークスタイル・レスリングがなければ、米国勢は五輪でもっと多くのメダルを獲得できるのではないでしょうか。
「もちろんだ。ただし、米国がフリーやグレコが中心になることはない。カレッジがフォークスタイルの伝統を守る限り、みんなスカラーシップで進学したいから、フォークスタイルで頑張るよ。五輪という目標だってあるから、コーチはフリースタイルをプッシュするけど、この状況がすぐに変わることはないだろう。
2012年、米国はロンドンで2つの金メダルを獲得している。2004年は……カエル・サンダーソンが金、それと銀メダルが2つだ。NCAAのトーナメントがフォークスタイルでなく、フリースタイルになれば、米国が五輪で獲得するメダルは絶対的に増えるよ。でも、そんな日はやってこないだろう」
――ところでレスリングは五輪競技に残れるかどうか、瀬戸際に立っています。
「FILAはレスリングを五輪に残すために、懸命になってエキサイティングなルールを取り入れようとしているけど、俺にとっちゃエキサイティングでなくなっていっているに過ぎない。レスリングを知らない人間に、レスリングの楽しさを分かってもらうなんて、そんな難しい話はない。
レスリングを知らない視聴者が、なぜ2P入ったのかなんて、分からない。そんな五輪の時だけレスリングを視る人間のためにルールを変えて、レスリング本来の凄さを奪い取っている。真のレスラーにとって、フラストレーションがたまる状況だけど、FILAも懸命なんだろうな」
――今回もフリーとグレコは階級を1つずつ減らし、女子の階級を増やすというアイデアで生き残りに懸けてきました。
「五輪に残るかどうかは、とても大きなことだからな。ただし、レスリング本来の魅力という部分でいえば、俺がレスリングを始めた時はフリースタイルもグレコも10階級あった。俺がオリンピックゲームスに出たときは7階級、今度は6階級にするという。レスリングがレスリングであるために、これ以上階級が減らないことを願っているよ。
レスリングがレスリングでなくなる状況は見ていられない。いずれにせよ、レスリングは五輪に残る。ただし、これからも陸上競技のような人気スポーツにはならないことは心に留めておくべきだ」
■『コントロールするというファクターが、フリースタイルには抜け落ちている』
――フリースタイルやグレコが、レスリングの本質から離れていくなかで、フォークスタイルのカレッジ・レスリングで、ベンはミズーリ州立大時代にNCAAを2度制していますね。
「最初の2年は2位で、残りの2年が優勝だった」
――その頃からMMAの存在は気になっていたのでしょうか。
「TVで視ることはあった。2005年ぐらいからMMAを巡る状況が変わってきて、2007年には今のような感じになった。ただし、大学にいる時からMMAをやろうなんて思っていたわけじゃないよ。ただ、チームメイトのなかでMMAを始める者が出てきて結果を残すようになったんだ。なら、俺の方が優秀なレスラーだから、自分もできるだろうって思ったんだ(笑)」
――2009年、北京五輪の翌年アブダビコンバットの世界大会には、ATTの一員として参加しています。
「ミズーリにいた時、MMAジムはATTの支部しかなかった。だから、ATTで練習した。MMAでしっかりと結果を残したいと思った時、こっちに戻ってルーファスポートに合流したんだ。もともと、ここから20分ぐらいしか離れていない場所で育っているしね。打撃を知るために、ここに移って来たけど、MMAで戦うには柔術の練習も必要だと感じ、ルーファスポートのコーチにちゃんと指導を受けている。
今は茶帯だけど、黒帯を巻くつもりでいるよ。柔術とレスリング、やっぱり俺はグラップリング・アーツが好きなんだ」
――トップからの攻撃にベンが柔術を取り入れるのは比較的容易かったと思います。ただし、ガードワークについてはどういう意見を持っているのでしょうか、気になるところです。
「ボトムワークは、関節技を仕掛けるだけじゃなくて、スタンドに戻るためにとても重要な動きだ。フォークスタイル・レスリングのスタンドに戻る動きが、非常に大切なようにね。ガードワークはサブミッションのためにある――と多くの人が勘違いをしているんだよ。5分間、背中をマットにつけていたらMMAでは負けになるんだ」
――そうやって考えると、競技特性としてフォークスタイル・レスリングは、柔術よりも寄り打撃のないMMAに近いですね。
「関節技もないけどね(笑)。MMAで重要な要素の一つにテイクダウンしてから、コントロールするという点が挙げられる。これはフォークスタイルにも当てはまる。テイキングダウン、ホールディングダウンが大切だ。だから、下になった人間のエスケープ能力も自然とあがってくる。倒されても、立ち上がる。この部分がMMAと共通しているフォークスタイル・レスリングは、テイクダウンからブレイクが早いフリースタイルやグレコよりも、MMAに適しているだろう」
――競技特性がより、MMAに近いと。
「フォークスタイルでは倒してコントロールして2Pが入る。フリースタイルは倒して3点、あとはブレイクだ。MMAは倒して終わりじゃない。コントロールして打撃を入れる。このコントロールするというファクターが、フリースタイルには抜け落ちているんだ」
――そのMMAでは多くの優秀な元カレッジ・レスラーが活躍しています。ただし、その殆ど……というか、ベン・アスクレン以外の選手は打撃を使い、得意なフィールドに持ち込みことうしています。ただし、ベンは打撃に磨きを掛けていない。それでいて、必ずテイクダウンに成功する。ベンと他のレスラーと何が違うのでしょうか。
「1度のテイクダウン・アテンプトで、倒す必要はないんだ。かならず、2度目、3度目とチャンスは残っている。最初にテイクダウンできなくても、テイクダウンを諦めて間合いを戻す必要はなく、狙い続ければいい。そうすればグラウンドの展開に持ち込める。
そのためにレスリングだけでなく、柔術が必要になってくる。トップを取ってしまえば、フォークスタイルの技術でコントロールできる。柔術のガードワークを知ることで、トップを取る手段も変わってくる。凄く柔術に助けられているよ」
■『タフガイであることを証明するためにケージに入っているんじゃない』
――フォークスタイルやガードワークの有効性は、MMAファンには伝わりにくい部分ですね。
「MMAは殴り合いがあれば良い(笑)。本当に重要なスキルを分別できないのは、しょうがない。MMAはビールを飲んで、叫んで観戦するモノだからな。それ以上でもそれ以下でもない。もちろん、そんな状況から脱却してほしいけどね」
――ベンが考えるMMAでは、勝利以上に大切なモノは存在しますか。
「俺はMMAというスポーツで戦っているんだから、勝利以上に目指すモノはないよ。例えファンが、俺の試合に興味が持てなくてもね。勝ってナンボのものだ。エンターテイメント性は必要だろう。ただし、順序が変わってはいけない。ファイトの前にエンターテイメントが来るのは間違いだ。俺にとってMMAはスポーツ、エンターテイメントが前に来ることはない。勝つために有効な戦いをするだけだよ」
――前回のアンドレイ・コレシュコフ戦でも、退屈だという批判の声が出ています。コレシュコフの戦績、スタイルから考えても、打撃を窮地に追い込まれず戦えるベンの凄さがやはり伝わっていない。
「コア過ぎるね(笑)。有難いよ、スマートにMMAに見てもらえると。コレシュコフは12勝0敗のファイターだった。だけど、彼のパンチは1度か2度しか、俺には当たらなかった。その1発や2発のパンチに脅威を感じたけどね。まぁ、レスリングも柔術も経験したことの無い者には分かってもらえないだろう」
――経験者でなくても、分かりやすい打撃のMMAにおける有効性を、ベンはどのように捉えていますか。
「俺の打撃は全然だからな……。ただ、毎日のようにアンソニー・ペティスを初め、エリック・コクとか素晴らしいストライカーとスパーを続けている。ただし、試合になると、打撃を使う必要はない。テイクダウンすれば勝てるんだ。そっちの方がイージーだし、無理に打撃を使うよりもスマートな戦い方のはずだ。なぜ、コレシュコフのようなストライカーとボクシングをする必要がある? コレシュコフにとって、唯一の勝機をわざわざ与える必要はない。自分が有利なフィールドが戦うのは当然のことだろう?」
――正論ですが、やはりファンの支持を得られるモノではないですね(笑)。
「多くの人間が間違っている。『タフなファイターなら打撃を打ち合えるはずだ?』って。下らない。俺はタフガイであることを証明するためにケージに入っているんじゃない。俺はテイクダウンをして、イージーに勝ちたいんだ」
――では、防御という面ではどのように考えていますか。コレシュコフ戦では、テイクダウン狙いにヒザを合わされそうになった場面もありました。ベンの戦い方はどこか、ディフェンスも無視して、距離を詰めているようにも見えます。
「ハハハハハ。ケージに詰めて、組みつく。1度や2度、打撃を受けても負けない。それが俺の戦い方だ。長いリーチ、フィートがあるファイターなら、打撃を俺に見舞う機会は増えるだろう。だから、打撃をなるべく貰わないで戦う必要があるんだ。それは理解しているよ」
――ではテイクダウンディフェンスに優れた相手と戦い、すぐにテイクダウンできない場合、打撃が必要になると考えることはないですか。
「う~ん、まぁ俺よりも優れたテイクダウン技術を持っているファイターと戦ったことがある選手なんて、MMAにはいないだろう。俺はテイクダウンの防御のプロといって良い、五輪を目指すレスラーたちと五輪予選を戦い、ファイナルで14ポイントも取ったんだ。どうやってMMAファイターが、俺のテイクダウンを防ぐことができるのか、全く想像がつかない。
いつの日か、簡単にテイクダウンができない試合を戦うことになるかもしれない。ただし、簡単にテイクダウンをディフェンスできない試合を俺の対戦相手は続けていくことになる」
――スタンドのレンジの外でサークリングを使い、ヒットでなくタッチを続けるファイターと戦う場合はどうなりますか。
「近づいて、テイクダウンを狙う。それで相手は疲れる。俺はクリーンテイクダウンなんてできなくても構わない。ずっとテイクダウンを狙う。狙い続けるんだ。それが俺のスタイルで、相手は疲れてくるよ」
――つまり、ベンが恐れるMMAファイターはいないということでしょうか。
「仮に俺より優秀な相手がいたとしても、ただ戦うだけだ。戦っていて、敵わないなぁなんて思う時もやってくるかもしれない。ただし、相手を恐れていては自分の戦いはできない。それはMMAだけじゃない、どのスポーツにも当てはまる。より効果的に戦うには、自分の戦いをすることだ。相手の戦いに引き込まれないことが、大切になってくる」
――ところで、現在のベンの状況について尋ねさせてください。無敗のベラトール王者も契約が満了となり、UFC出場を望んでいます。
「契約については、あまり話すことができないんだ。守秘義務ってヤツがあるから。ただし、俺はUFCで戦いたい。自分の力を試したいんだ。それは断言できる。俺より上にランクされているファイターは、ベラトールにはいない。ベストガイと戦いたい。だから、UFCなんだ」
――Spikeで中継が始まり、注目度もあがったベラトール。マイケル・チャンドラーのように長期契約を結ぶファイターも出てきました。
「マイケルだって、俺と同じ考えだと思うよ。俺は29歳、彼は26歳。それだけさ、違いは。Spoikeのプッシュなんて関係ない。ベストファイターと戦いたいんだ」
――ランペイジ×ティトでPPVもスタートします。それも関係ないですか。
「ノー、ノー。俺がティトと戦ってもイージーファイトにしかならない。彼がグッドファイターだったのは、何年前の話になる? ホント、真面目な話だよ。フォークスタイル・レスリングについて尋ねてくるんだ、君だって分かっているだろ(笑)。ティトなんて終わっているんだよ」
――私としてはベラトールの活動が活発になり、色々な才能あるファイターが発掘されるのは嬉しい限りです。ただし、ランペイジ×ティトでなく、チャンドラー×エディ・アルバレス、パット・カーラン×ダニエル・ストラウスという試合が、彼らの前に組まれているのは、違うだろうという気持ちはあります(笑)。
「その通りだ。同意するよ。スマートな見方だ。ベラトールは、カジュアルファンの支持を得るためにティトとランペンジが必要なんだ。彼らはビジネスとして、最大限の努力を続けている。でも、MMAファンならティトはもう、10年前に終わっていると知っているはずだ。ハードコア・ファンは、そんな試合見たくない」
――スマートなファン、ハードコア・ファンだけではMMAがビジネスとして大きく成長しないことも事実です。
「だからベラトールはベストを尽くしていると言っているんだ」
――ビヨン・レブニーCEOは、ベンを手放してくれるでしょうか。
「彼は策士だからね。ツイッターで話すことと本音は違う。どうなるか、まあUFCで戦える道を俺も探っていくよ(笑)」
――仮にUFCと契約できた場合、GSPあるいはUFC世界ウェルター級王者と戦うには、何試合ほど経験を積む必要があると考えていますか。
「最初の試合が世界戦だ。当然だよ(笑)。明日でも戦えと言われれば、戦うよ。もう準備はできている。そのために人生を賭けて戦ってきたんだ」
――今日は本当に色々興味深く、また楽しい話を聞かせてもらいありがとうございました。
「こちらこそ、ありがとう」
――MMAファンとして、ベンのような選手がベストファイターと戦いたいと希望するのは当然で、その思いが実現することを願っています。
「ベラトールは本当に、しっかりとビジネスを考え、実践している。もう98回もイベントを開催してきた。そんなことができているのは、ベラトール以外でUFCだけだ。俺は世界のベストファイターと戦いたいだけなんだ。現時点で、世界で2番目のイベントのベラトールは、これから先もずっと成長していくだろう。いつの日かベストファイターが集まるイベントになるかもしれない。これは俺の本当の気持ちだ。ただし、現時点では違う。だから、俺はUFCで戦いたいんだ」